機動警察Kanon第168話

















  「グァー ピィー ピィー」

 ここ一週間ばかりまともに寝ていない祐一は指揮車の運転席で高いびき状態であった。

 口からよだれを垂らし熟睡する姿は何とも情けない。

 そこへドンドンと指揮車のドアが激しく叩かれた。

 「祐一さん、祐一さん!!」

 「…………俺の眠りを妨げる愚か者は誰だ? 地獄へ落としてやる」

 寝ぼけたままそんなことを言う祐一。

 やっぱり祐一も名雪の従兄弟、寝起きはあまり良くないようだ。

 「そんなこと言う人、嫌いです…じゃなくて祐一さん、移動ですよ」

 「………移動?」

 「はい、そうです」

 「……何で?」

 「何で…って祐一さん、目覚めてます?」

 「…もちろんだぉ〜」

 「ふざけています? それとも寝ぼけているんですか?」

 「…今、起きた……」

 祐一は大きなあくびをしながら頭を大きく振った。

 そして眠気覚ましに自分のほおを叩くと栞に尋ねた。

 「怪物の動きに変化があったのか?」

 「いいえ。ただ例の作戦を上の方が正式に決定したそうなんでその準備に」

 「本当に採用したのかよ……」

 いくら落ちこぼれとはいえ特車二課だってれっきとした警察組織の一員だ。
 
 その本拠地に怪物を引っ張り上げるという作戦が採用されるとは……。

 いくら秋子さんが提案者とはいえ採用されるとは思っていなかったのだ。

 「それじゃあ特車二課に戻ればいいのか?」

 「はい、そうです。それじゃあ居眠り運転しないでくださいね」

 栞は祐一にそう言い残すと、キャリアに向かって走り出す。

 その栞の背中に向かって祐一は叫んだ。

 「栞! 名雪、寝かせといてやれよ!!」

 すると栞はぱっと振り返り、笑った。

 「私に名雪さんが起こせると思いますか?」

 「違いないな」

 思わず苦笑する祐一なのであった。








  「これはまた警察も思い切った真似を……」

 傍受した警察無線の内容に、舞は半ば感心、半ば呆れた声を上げた。

 「今頃になってASURAの発信音に気がついたようで。にしても警察としては大胆な手段ですね」

 久瀬の言葉に舞は頷いた。

 「この作戦を立てた警察官と佐祐理は気が合いそう」

 「…それはどういう意味で?」

 ある意味、逝っちゃった上司と気が合うというのは、警官の方も逝っている?

 そんな風に捉えた久瀬は冷や汗を垂らしながら尋ねる。

 だが舞はそれに対して答えを返さなかった。

 無表情のまま首を横に振ると逆に久世に尋ねてきた。

 「…ASURAの方はどう?」

 「現在スタッフが総出でチェック中ですが今のところ異常はないようです」

 「それは上々。…そろそろみちるを連れ戻さないと……」

 そして舞はきっと表情を引き締めるのであった。









  「あらあら、二人ともこんなところで何をしているんです?」

 ハンガーをたまたま通りかかった秋子さんは、名雪と真琴の二人が立っているのを見て

 話しかけた。

 一応、しっかり休養を取っておくようにと指示したのだが。

 すると二人は口をそろえて叫んだ。

 「「もう充分休みました!!」」

 「……本当ですか?」

 真琴はいざ知らず、愛娘の名雪があれしきの睡眠時間で十分?

 とうてい信じがたいことだったからである。

 そんな母親のとまどいを察してか、名雪は口をとがらせて文句を言った。

 「ひどいよ、お母さん!! わたしだってやるときはちゃんとやるんだよ!!」

 「今やるべきことは休養を取ることなんですけど……まあ良いですか」

 盛り上がっている気持ちを冷めさせることもあるまい。

 「肝心なときに使い物にならないなんてことにはならないでくださいね」

 そう言い残すと秋子さんはハンガーを後にする。

 その背中を見ながら名雪はつぶやいた。

 「もう眠れるわけないよ」

 「当たり前よ! 真琴たちの仕事はこれからが本番なんだから!!」

 気合いの入った二人。

 だがすぐに

 「く〜 く〜 く〜」

 手すりに寄りかかり、寝息を立て始める名雪。

 名雪はやっぱり名雪であった(笑)。









  そして朝。

 いよいよ前代未聞の怪物退治が行われようとしていた。

 そのためであろう、いつもならまったく目立たない課長がやけに張り切っていた。

 滅多に来ない埋め立て地にわざわざ足を運び、そして小坂・水瀬両隊長を課長室へと呼び出した。




  「……………」

 無言のまま二人に背を向け、窓の外を眺め続ける課長。

 この忙しい最中に一体何で呼び出されたのか?

 由起子さんは課長に問いただそうと口を開きかけた。

 とその時、秋子さんが由起子さんの肩をつかんで止めた。

 「何で止めるんです? 課長の用事が興味ないんですか?」

 課長に聞こえないよう小声で尋ねると、秋子さんはくすっと笑った。

 「由起子さんもまだまだですね。課長の用件なんて分かり切ったことですよ」

 「何なんです?」

 「それはですね」

 「ゴホンゴホン」

 秋子さんが説明しようとしたそのとき、課長が咳払いをし、背中を向けたまま口を開いた。

 「ここに至っては何も言うべきことはない」

 「じゃあ何で呼び出したんですかね?」

 「課長も男だってことですよ」

 そんな二人の小声は課長の耳には届かないようだ。

 課長は振り返ると二人の顔をじっと見つめる。

 「課員一同一致団結の元、警視庁の名誉にかけて奮闘してもらいたい!!」

 「水瀬警部補、部署に戻ります!!」

 「小坂警部補、部署に戻ります!!」

 どうでも良い儀式が終わったので二人はっささと課長室を出ようとする。

 すると課長は秋子さんの背後から声をかけた。

 「水瀬くん」

 「はい、何でしょう?」

 「攻撃は君の小隊が担当だったな」

 「そうですが、それが何か?」

 「こうなったらあの怪物を二度と海へ逃がすな!! ここをやつの墓場にしてやれ!!」











  「なるべく時限爆弾を打ち込む箇所は怪物の中心部にしてください」

 アドバイザーとして特車二課にやって来ていた貴島の言葉にあゆが手を挙げた。

 「はい!! 何で怪物の中心部に撃ち込むの?」

 すると貴島は『良い質問です』と言わんばかりに頷いた。

 「怪物のあの形態から脊髄か、もしくはそれに準じるものがあると考えられます。

 よって時限爆弾もその位置に撃ち込みたいのです」

 「なるほど、そういうことですか」

 「よくわかります」

 「なるほどな」

 栞と美汐と祐一はは貴島の答えにうんうんと頷く。

 しかしあゆ・名雪・真琴にはよくわからないようであった。

 「うぐぅ、よくわからないよ…」

 「え〜っとつまりどういうことなのかな?」

 「あう〜っ、難しい言葉は使わないでよ!!」

 「…ようは頭からか、背中から撃ち込めば良いんだよ」

 猿にでもわかるように簡単に祐一が説明し直すと、さすがの三人も頷いた。

 「うぐぅ、でもあの怪物レイバーの装甲を着込んでいるよ」

 「だから時限爆弾を撃ち込むのが第二小隊に任されたのよ!!」

 真琴は叫んだ。

 「あの装甲を引っぱがしながら時限爆弾を撃ち込まなくっちゃいけないのよ!

 そう言う器用さにおいてKanon以上のレイバーは無いもの。

 だからこの作戦は真琴たちにたちに振られたのよ!!」 

 「真琴、良くできましたね。その通りです」

 「えへへ〜、すごいでしょ〜」

 美汐に褒められ、満面の笑顔を浮かべた真琴。

 とそこへ貴島が冷や水を浴びせた。

 「ちなみに時限爆弾は二発しか用意できませんでしたので大事に使ってください」

 「「「「「たった二発!?」」」」」

 美汐を除く五人は思わず叫んだ。

 「たった二発じゃ失敗も出来ないよ〜!」

 「水瀬さん、失敗するつもりですか?」

 厳しい顔の美汐に問いつめられ、名雪は狼狽えた。

 「そ、そんなつもりはないよ。ただ緊張感がありすぎるかなと……」

 「余計なことを考えなくてすむと思いますけど」

 「うぅ〜」

 冷静な美汐の一言にただ名雪はぐぅの音も出ない。

 「真琴は平気ですね?」

 「あぅ…あんまり平気じゃないかも」

 「…いつもの射撃の腕前はどこへ行ったんです?」

 美汐が尋ねると真琴は情けない顔をした。

 「だって美汐、たった一発なんだよ?」

 さすがの真琴も一発の重みに悩んでいるのか?

 しかしそうではなかった。

 「たった一発なんてつまらないよ〜」




 名雪とはまた違う次元で悩む真琴なのであった。






あとがき

「廃棄物十三号編」完結まで2.3回ぐらいかな?



2003.01.04

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