機動警察Kanon第167話













  「せっかく怪物に対する切り札が手に入ったんですから早く終わりにしたいですね」

 秋子さんのその一言に、由起子さんは苦笑した。

 「今度は上陸を望むんですか? さっきまでは必死に上陸させないようにしていたのに」

 「“万物の長”たる人間様があんな怪物もどきに嘗められる訳にはいきませんよ。

 それに早く今回の騒動を治まらせて、新しいジャムのレシピも作りたいですし」

 「えっ…じゃ、邪夢ですか?」

 「はい、ジャムです…って発音、なんか変ではありませんか?」

 「そ、そうですか?」

 由起子さんは乾いた笑い声をあげた。

 「せ、先輩の気のせいですよきっと」

 「そうですか? 

 まあそういうわけなんで、さっさとこっちの思う場所に釣り上げて片を付けたいなと。

 まあこういうことです」

 「そ、そうですね」

 うなずく由起子さんだが、心の奥底では全く別なことを考えていた。

 (…一生、怪物を相手にしている方がましかも……)










  「あぅ〜」

 「うぐぅ〜」

 「…………」

 栞・あゆ・美汐の三人は、怪物の弱点を探すべく本部の隅っこで多量のデータと格闘していた。

 その資料の出所は警視庁・海上保安庁・海上自衛隊・国土交通省等々。

 それら様々な組織で収集されたデータが全く整理されずに、集まっているのだからその量は膨大。

 はっきり言って、対策本部の人間だけではとうてい終わらない。

 そこでちょっと暇していた栞とあゆ。

 そしてその昔、公安に所属、この手の解析は得意であった美汐は手伝いにかり出されていたのだ。

 そこへ由起子さんとの話を終えた秋子さんが笑顔でやって来た。

 「どうです? 何かわかりました?」

 しかしあゆと栞の二人は同時に首を横に振った。

 「うぐぅ、まだわからないんだよ」

 「川崎沖以来の怪物の動きを推定可能なデータとつき合わせているのですが不明な点も多くて」

 あゆと栞の言葉に秋子さんはうなずいた。

 「そうですか、頑張ってくださいね」

 秋子さんがそう言うとあゆと栞は無い胸を張って威張った。

 「任せておいてよ!」

 「右に同じです!」

 「頼もしいです」

 そして秋子さんは無言でデータと格闘している美汐の手元をのぞき込んだ。

 「美汐ちゃんはどうです?」

 すると美汐は顔を上げた。

 「ちょっとだけ気になることを発見しました」

 「あら、何です?」

 「これなんですけど」

 そう言って美汐は、海上保安庁から提供された資料を秋子さんに見せる。

 「海上保安庁の水中用無人レイバーの音響センサーの記録なんですが…午後9時過ぎに30秒間

 だけですが感知しているんです。何日か前にも同じデータが…」

 「作業用の海底標識か何かではないんですが?」

 だが美汐は首を横に振った。

 「それならば稼働中、ずっと発信しているはずです。ところがこの発信は午後9時だけ。

 まったく突然発信され、突然途絶えているんです。あきらかに不自然です」

 「そうですね」

 データを見ながら秋子さんは頷き、そしてあゆと栞も頷いた。

 「本当だ。午後9時にだけ発信するなんて不自然だね」

 「それに日付によって受信位置もバラバラです」

 「あら本当、動いているんですね」

 そして秋子さんは考え込む。そしてすぐにぽんと手を叩いた。

 「これ怪物が水路の方向に進路を変えた時間ですね」

 「「「あっ!!」」」

 あゆ・栞・美汐の三人は一斉に声を上げた。

 「確かにそうだよ!」

 「偶然な訳ないですよね?」

 「調べてみる価値はあります」

 三人の反応に秋子さんはうれしそうに頷き、微笑んだ。

 「香里ちゃんに頼んでおきますから特車二課の電算室を使って、この正確な音源を割り出して

 、怪物の過去の推定進路と重なるかどうかしっかり調べてもらってください。

 もしかしたら怪物の好物を発見したかもしれませんからね」

 「「「はい!!」」」

 そして三人は慌ただしく、本部を飛び出していったのであった。









  そして数時間後の東京湾海上の巡視船“うらが”艦橋では陸の上からの要請に応じようと

 しているところであった。



  「船長、本庁からですが例の音波と怪物の動きについて関連があるのではないかと」

 「警察の方からも同じ意見が来ています」

 部下の言葉に、うらが船長は頷いた。

 「それはまあ今日のやつの動きを見れば、そうとしか思えないわな」

 「はい、どう考えても水門の外からの音に惹かれたようにしか思えません」

 「よし、わかった。試してみよう」

 船長は頷くと、船内電話の受話器を手に取った。

 そして“うらが”に搭載された水中用レイバー“あさつき”の操縦室を呼び出した。

 『はい、こちら“あさつき”操縦室ですが』

 「私だが“あさつき”はすぐに出せるか?」

 『当然です。いつでもいけますよ』

 部下の言葉に船長はよしよしと頷くと命じた。

 「ならば直ちに“あかつき”を発進、例の怪物に接近させろ」

 『何をするんです、船長?』

 「君から報告があった例の不審な音波。

 あれが怪しいんで調べてみろと上から指示が出た。すぐにかかれ」

 『わかりました。すぐに発進させます』


 たちまち“うらが”船内は慌ただしくなった。
 









  「5・4・3・2・1・GO!!」

 合図とともに“あかつき”が“うらが”を発進、海中へと滑り込む。







  「どうだ、“あかつき”は?」

 操縦室の責任者の言葉に、操縦手は頷いた。

 「異常なし。快調に動いています」

 「よし。それは怪物に300mまで接近させろ。そこから例の音波を出す」

 「了解しました」

 操縦手は頷くと、操縦桿を巧みに操り、指示された地点まで“あかつき”を移動させた。

 「所定の位置に到達しました」

 「よし」

 操縦室責任者は満足げに頷くと、船内電話を手に取った。

 「船長、音波発信準備完了しました」

 『よし、さっそく開始しろ』

 「了解しました。キャッチした音波と同周波数で30秒間発信します」

 そして電話を切ると、責任者は操縦手に命じた。

 「言ったとおりだ。発信を開始しろ」

 「任せてください」

 操縦手は頷くと、目の前に並んだ無数のスイッチの一個に手を伸ばした。

 「ぽちとな」

 


 ピコーン!!



  東京湾内を、決して人の耳では聞き取れない音が鳴り響く。




  「発信そのまま。“あかつき”の進路をこっちへ向けさせろ」

 「了解……って目標が動きます!」

 「食らいついたか!?」

 「まだわかりません!!」

 しかし結果はすぐに現れた。

 怪物が“あかつき”の後をものすごい勢いで追跡し始めたのだ。

 「船長!! 目標が食らいつきました!!」

 ただちに艦橋にいる船長に情報を伝える。

 すると船長があわてて叫んだ。

 『早く“あかつき”の発信を止めろ!! このままだと“あかつき”がお釈迦になるぞ!!』

 「…“あかつき”の方が足、早いですから平気ですよ」

 だが船長は頷かなかった。

 『いいからさっさと発信を止めさせろ。

 “つきなみ”に続いて“あかつき”まで失ったら海保の戦力は激減だぞ!!

 そんなことになったら私の将来は……いいからさっさと発信止めろ!!』









  リリリリリーン

 「はい、水瀬です」

 突然鳴り出した電話に動じることなく、素早く電話に出る秋子さん。

 すると相手はここ数日、よく話をする課長その人であった。

 『水瀬くん、君のところからの提案の例のアレ、食いついたよ』

 「食いつきましたか。これでいつでも好きなところへ怪物を釣り上げられますね」

 『そういうことだな。時限爆弾も完成したし、これでやつも終わりだな』

 そして悪役のように笑う課長。

 「ええ、そうですね」

 頷く秋子さん。やがて課長はふと我に返った。

 『だがどうやってやつを誘導する? 生憎警察の装備では水中までカバーしておらんぞ』

 そんな課長に秋子さんは提案した。

 「そこでなんですけど課長。この際海上保安庁の無人機をそのまま使わせてもらいません?

 非常事態な訳ですし、この際ナワバリなんか取っ払って」

 『海保の手を借りるのか!? …気に入らないな』

 「まあ課長、ここまで来て手柄の独り占めは良くないですよ。

 後々のことを考えれば仲良くしておいて損は無いですし♪」

 『うむうむうむ…』

 課長はうなる。

 出来れば出世のために今回の事件で上層部にポイントを稼いでおきたかったのであろう。

 「水中用無人レイバーの調達のあて、あるんですか?

 レイバーの中でもかなりマイナーな機種なので予定はぎっしり、レンタルするの大変ですよ?」

 『そんなのは官憲力を行使すれば……』

 「でそれが報道屋さんにすっぱ抜かれて、問題になっても?」

 『なっ!?』

 「そうなりますよ。手柄を奪われたくないからって協力中の省庁の機材を借りない。

 官僚気質だけでなく、業者との癒着も指摘されちゃうかもしれませんね」

 『そ、そうなるとは限らんぞ…』

 「ええ。でも100%ありえないとも断言できませんよね? そうなると課長はたぶんクビ。

 大学一年生のお嬢さんと高校一年生のお嬢さんに来年私立中学に入学しようと言う息子さん。

 どう思われるんでしょうね?」

 『わかった、上の方にはその胸を伝えておこう……』



  歴代の特車二課課長が次々と更迭されていった一因に触れたような気がする課長であった。








  「うちの“あかつき”をおとりにするですって!?」

 本庁から伝えられた指示に“うらが”船長は思わず絶叫した。

 そしてすぐに反論する。

 「うちはもうすでに“つきなみ”を失っているんですよ!! 

 ここで“あかつき”まで失ったら……海保の水中戦力はどうなるんです!?」

 だが指示を伝えてきた相手にはそんな理屈は通らなかった。

 『警察がうちにも怪物退治という手柄を分けてくれるというのだよ?

 これに乗らなくてどうするつもりかね?』

 「し、しかし!!」

 『うちだって色々協力してきたが、所詮協力は協力。

 現場で直接怪物と相対してきた自衛隊や警察とはPR度が足らない。

 これでは来年度予算を取られてしまうぞ』

 「そ、そんな……」

 『それにここで海保のレイバーが活躍すれば予算も増加、レイバーの配属数だって増やせる。

 なんだっら“あかつき”を失っても構わないぞ』

 「…わかりました」

 『我々の輝かしい未来のためだ、がんばりたまえ』

 そっと受話器を置く船長。

 そして切れたのを確認すると憎々しげに叫んだ。

 「くそったれめ!! 現場のこともしらないくせに気楽にぬかすな!!」

 「まあ船長、落ち着いて……」

 「わかっているさ」

 どかんと椅子に腰を下ろすと船長は艦橋の低い天井を仰いだ。

 「人様の機材をおとり……非常時だから仕方がないとはいえ気に食わないぜ、クソっ!!」








  「……するしかないですね♪」

 秋子さんの微笑みながらの明るい声にあゆ・栞は思わず耳を疑った。

 「うぐぅ!?」

 「あ、秋子さん…今、何て言いました?」

 「ですから海保の機材だけ危険な目に遭わせるのは申し訳じゃないですか」

 「うん、そうだよね」

 「私もそう思います」

 「ですから例の音で引っ張っていくならこうやってここに……」

 そう言うと地図上の一点を秋子さんは指さす。

 そしてその場所を見てあゆと栞はまたも驚愕した。

 「うぐぅ〜!!」

 「えぅ〜!!」

 「あら反対ですか?」

 「そ、そういう訳じゃないけど…」

 「え〜っと…あはは…本気ですか?」

 「はい、本気です」

 秋子さんはこっくり頷いた。

 「その証拠に課長に提案しちゃいます」

 そう言うと秋子さんは受話器を手にとり、ダイヤルし始めたのであった。






  「何だって!?」

 特車二課課長は思わず自分の耳を疑った。

 すぐに電話してきた秋子さんに尋ね返す。

 「水瀬くん、君は本気かね!?」

 すると秋子さんはこと細かに理由を話し始める。

 その理路整然とした説明は課長も頷かざるをえないものであった。

 「…確かに君の言う通りかもしれん。だがこれは私の一存では決められない。

 部長に伺ってみる…君は準備だけしておくように」

 そして電話を切ると課長は「はぁ〜」と大きなため息をついた。

 しかしすぐに我に返ると部長にお伺いの電話をかけ始めるのであった。








  「私は賛成です」

 秋子さんから説明を受けた美汐はきっぱり頷いた。

 「おそらく港内のどこを探してもこれ以上の適地はそうそう見つからないと思います」

 「そうですよね。祐一さんはどう思います?」

 秋子さんに話を振られた祐一はクビをすくめた。

 「天野と同じ意見です。にしても秋子さん、思い切ったことを考えましたね」

 「お褒めいただき光栄です」

 秋子さんは茶目っ気たっぷりに笑うと、振り返った。

 「第一小隊の意見はどうです?」

 すると由起子さんは苦笑いした。

 「先輩らしい大胆な方法ですね。私は依存ありませんけどみんなはどうかしら?」

 そう言って由起子さんは第一小隊の三人の指揮者に話を振る。

 すると深山雪見巡査部長は

 「ここなら周りに与える被害を考えなくても良いから気が楽ね。

 それに四方が運河に取り囲まれているというのもポイントが高いわね」

 と賛成するし、折浩平巡査は

 「埋め立て地でなら何やっても問題ないだろうし、良いんじゃないのか」

 とあっさり同意するし、里村茜巡査も

 「…構わないです」

 とあっさり頷く。

 「それじゃあ特車二課の総意を得たと言うことで構わないですね?」

 秋子さんの言葉に一同は一斉に頷いた。

 「それじゃあ怪物を上陸させるのはここ特車二課で決まりです!」








あとがき

10日も更新できず、すいません。

本当は数日前に一回更新。

その後頑張って2002年内に廃棄物十三号編を完成させる予定だったんですが…。

それがその…HDDのデータが全て吹っ飛んでしまいまして。

申し訳なかったですm( )m




2003.01.01     新しい年の始まりに

 

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