機動警察Kanon第166話
















  「黒いれいばー……、ですか?」

 秋子さんは名雪の言葉に首をかしげた。

 すると名雪は珍しく母親である秋子さんにかみついた。

 「あいつだよ、あいつ!! 幕張と有明で暴れたやつ!!」

 「あらあら、そうですか?」

 おっとりと考え込む秋子さん。その悠長な態度に名雪は叫んだ。

 「手配だよ、手配!! 目の前でランチ一隻沈められているんだよ!?」

 「もちろん手配はしますよ。だから今日のところは忘れてちょうだいね」

 「忘れて、ってどういうことなんだよ!? 

 あいつの消息さえつかめばわたしたちはいつだって……」 


 パチーン!!


 あたりに甲高い乾いた音が響いた。

 そして

 「えっ!?」

 呆気にとられる名雪。秋子さんが名雪の頬を叩いたのだ。

 「お、お母さん…?」

 だが秋子さんはにっこりほほえんだまま口を開いた。

 「名雪、仕事の順番を間違えてはいけませんよ。

 私たちが今しなくてはいけないことは何ですか?」

 「そ、それは……」

 「答えられません? それでは祐一さんはどうです?」

 秋子さんに聞かれた祐一はきっぱり答えた。

 「東京湾に潜む未知の怪物を殲滅することです」

 「うぅ〜」

 「はい、良くできました」

 うなる名雪に、笑顔の秋子さん。極めて対照的だ。

 「まあそういうことです。普段の名雪なら叩かなくてもわかっていると思いますけどね」

 「うぅ〜〜」

 名雪はうなってばかりだ(笑)。

 「逃げた恋人に気をとられていると、目の前のいい男、逃がしちゃいますよ」

 「うぅ〜〜〜〜」

 とその時、急に新木場駅周辺が騒がしくなった。









  「うぐぅ、何かあったのかな?」

 「怪物がまたどこかに上陸したんでしょうか?」

 「望むところよ!! 二号機の整備も終わったし、今度こそ蜂の巣にしてあげるんだから!!」

 「威嚇射撃だけですよ、真琴」

 「様子でも見てくるか?」

 そこへ第一小隊隊長の小坂由起子警部補がやって来た。

 「先輩、お疲れ様です」

 「あら、由起子さん。ONEの修理は終わりました?」

 「ええ、とりあえずは。それといよいよ秘密兵器の到着ですね」


  由起子さんのその言葉に第二小隊の面々は、急に騒がしくなった理由がわかった。

 「そうか、T細胞弾頭が到着したんだな」

 「やったね、祐一くん」

 「これで怪物を蜂の巣に出来るわよね、美汐?」

 「ええ。思う存分やってください」

 「これで現場で泊まり込みもお終いですね」

 

  そんな第二小隊の面々を無視して秋子さんは由起子さんに話しかける。

 「しっかり休養できました?」

 「おかげさまでばっちり鋭気を養いました」

 「それはよかったです」

 微笑む秋子さんに、由起子さんは尋ねた。

 「先輩は大丈夫なんですか? ずっと現場に出ずっぱりで」

 「ええ、もちろんです」

 秋子さんのその答えに由起子さんは半ば感心したしたような、半ばあきれたような顔をした。

 「先輩はタフですね。一体いつ寝ているんです?」

 「普段ですよ、普段」

 とその時、無線機が呼び出し音を響かせた。

 「はい、水瀬ですが……はい。ええ…わかりました」

 すぐに交信を終了すると、秋子さんはぽんと手を叩いた。

 「これからミーティングを始めますよ〜」

 「「「「「「は〜い」」」」」」」







  「東都生物工学研究所の貴島和宏と言います」

 特車二課の面々の前で、男はそう名乗った。

 「所長と研究主任がこちらに来られなくなりましたので、代わりに私が」

 「はい、ご苦労様です」

 秋子さんの一言に貴島は頷くと、厳重に封印されたジュラルミンケースの鍵を開けた。

 「それでは早速ですがT細胞弾頭について簡単に説明したいと思うのですがよろしいですか?」

 「了承」

 第二小隊隊長の秋子さんの言葉に貴島はT細胞弾頭について説明を開始する。

 「え〜、そもそもこのT細胞弾頭というのはですね…………」

 簡単に説明すると言いつつ専門用語の連発に真琴は完全に『脳みそ溶けるよ〜』状態。

 その真琴を指揮する美汐は要点をメモ帳にチェックしながらの真剣な表情。

 未だ黒いレイバーのことが気にかかる名雪は渋いというかちょっと暗い表情。

 だがあゆと栞と祐一の三人は何か貴島について気がかりな点を覚えていた。





  「うぐぅ、どっかで聞き覚えのある声だよ。覚えていない?」

 あゆが小声で尋ねると、栞も頷いた。

 「あゆさんもですか? 私もどこかで聞いた覚えがあるんですけど……」

 「ボクと栞ちゃんで共通の知り合いなのかな?」

 「それにしては見覚えないんですけど……」

 「だよね。ボクも顔は初めて見ると思うんだよ」

 「声だけ……ですかね?」

 「う〜ん、わからないね」

 「そうですね」

 二人は説明など全く聞かずに、首をひねるのであった。







  (どこかで会ったことがあるような……)

 祐一は貴島の顔を見ながらそう思った。

 はっきりとは覚えていない。

 しかし警察官としての職業柄、少なくとも昔のように12時間たてば人の顔を忘れる……なんて

 いう特技?は消えた今、貴島の顔は記憶の奥底に眠っている。

 しかしやっぱり思い出せない。

 (どこだったかな? 精々ここ一二ヶ月のことだと思うんだが……)

 首をかしげる祐一。

 とふと相方の名雪が暗い表情でいることに気がついた。

 「おい、忘れろって言われただろ」

 「それくらいわかっているよ〜」

 「わかっているならもっと明るい顔してろ。見てるこっちが陰気になる」

 「うぅ〜」

 やっぱりなかなか割り切れない名雪であった。





  ってそうこうしているうちにも貴島によるT細胞弾頭の説明は終わりを迎えつつあった。

 「…以上で説明を終わりにしたいと思いますが、怪物の細胞に働きかけるT細胞の役割は

 わかっていただけたでしょうか?」 

 貴島のその一言に真琴は胸を張って威張った。

 「こいつをぶち込めば怪物は死ぬんでしょ。こんなの簡単よ」

 「…真琴にはこれで十分なんですよ…」

 ちょっと恥ずかしい美汐なのであった。








  「……………」

 ミーティング終了後、名雪は一人考え込んでいた。

 (やっぱり黒いレイバーは見逃せないよ。でも今は怪物退治が優先なのはわかるし…)

 今やらなければいけないことはわかっている。

 しかしなかなか自分の気持ちを整理することが出来ない。

 「うぅ〜、どうすれば良いんだよ〜」

 今日、何度目かの台詞を口にしたその瞬間、名雪の背筋に冷たい物が走った!!

 「だぉ!?」

 あわてて振り返る名雪。するとそこには缶ジュースを片手に祐一が立っていた。

 「ほら、奢ってやるぞ」

 そしてポンと缶ジュースを投げる。

 名雪はそれをキャッチ、そして口をとがらせた。

 「祐一、驚かさないでよ〜!」

 「お前がぼーっとしているからだ。それよりどうした?」

 「えっ、何が?」

 「ぼーっとしていただろ」

 「あっ、うん……。どうしてもお母さんの言ったみたいに割り切れなくて……」

 「割り切れ」

 「そんな簡単に割り切れたりしないよ〜」

 「ならば俺が割り切れさせてやろう」

 祐一はそう言うとにんまり笑ったではないか。

 「な、何をするんだよ……?」

 思わずおびえる名雪。

 「もしも割り切らないというなら秋子さんの特製ジャムを……」

 「わぁ〜っ、わぁ〜っ!!」

 思わず名雪は絶叫した。

 「祐一、そんな恐ろしいこと言わないでよ〜!!」

 「まあ冗談だけどな」

 「うぅ〜、ひどいよ〜」

 恐怖で青ざめる名雪に、祐一はあっさり言ってのけた。

 「何がひどいものか。今俺たちがやらなければいけないのは怪物退治だぞ」

 「わかっているけど……」

 「わかっているなら理解しろ」

 「うぅ〜」

 へこんだ名雪は下を向いて、考え込む。

 


  それから数分後。
  
 名雪はきっとした表情を浮かべて顔を上げた。

 「決めたよ」

 「やっと割り切れたか?」

 祐一が尋ねると名雪は首を横に振った。

 「うんん、わたしはやっぱり拘る」

 「おい」

 「その上で突き抜けることに決めたよ」

 「何だ、それは?」

 「まずはここで全力を尽くすよ。怪物に対する切り札は手に入ったんだし全力で片を付けるよ」

 「…しっかり割り切っているじゃないか。それが何で拘りなんだ?」

 祐一は首を捻るばかり、そして名雪は笑顔のまま返事をしない。

 (目の前のいい男を釣り逃がしちゃうようじゃ…逃げた恋人なんて追いかける資格ないよ!!)

 気合いを入れた名雪はパンと気合いを入れるとすくっと立ち上がった。

 「さあ怪物!! いつでも来るんだよ!! この…」

 「沢渡真琴さまが正義の鉄槌をくだしてやるんだから!!!」

 「うぅ〜、格好良く決めようと思ったのに〜」

 
 やっぱりどこか抜けている名雪なのであった。





あとがき

秋子さんに名雪をひっぱだいてもらいましたけどどうでしょう?

違和感あるかな?



2002.12.21



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