機動警察Kanon第165話















  ところ変わって…といってもそれほど場所は離れていない若洲水路の底にて。

 本来のパイロットではない川澄舞が乗り込んだグリフォンが立ちつくしていた。

 おそらく21時に発信されるであろうASURAの発信電波を待ちかまえていたのだ。

 「水門まで200m。ここで発信を待つ」

 舞はらふれしあ号の翠川にそう報告する。

 すると一瞬のタイムラグの後、返事が返ってきた。

 『了解です。センサーの感度を上げておいてください。ASURAの発信まで20秒です』

 「はちみつくまさん」

 舞はあらためてセンサーの感度を上げる。

 いつ電池が切れるかわからないASURA……失敗は許されない。

 慎重に慎重を重ねてもまだ足りないのだ。

 『10秒前です』

 ASURAの発信までのカウントダウンが始まった。

 『9…8…7…6…5…4…3…2…1…』



  ピィーン



  「捕まえた! 前方約170m…水門のすぐ側!!」

 舞が珍しく興奮して叫ぶと、らふれしあ号からも同意の言葉が飛んできた。

 『らふれしあです。こっちでも今キャッチしました。

 間違いありません。水門のすぐ側です!!』

 「わかった。これから水門に入る」

 舞がそう言うと無線機の向こう側の翠川が叫んだ。

 『待ってください!! 警察無線が何かを言っています!!』

 「何と言っているの?」

 『…例の怪物が若洲水路に向かったそうです! やめましょう、川澄さん。

 捜索に手こずれば、水路で怪物と鉢合わせしますよ』

 しかし舞は首を横に振った。

 「どのみち怪物騒ぎのどさくさまぎれにしか回収するチャンスはない。

 バッテリーも長くは持たないし…それに水門を閉じれば怪物はこっちに出てこられない」

 『それはそうですが……』

 「後はやるだけ。バックアップ、お願い」

 舞はそうきっぱり言い切るとアクアユニットの推力を全開にし、若洲水路へと突き進んでいった。






  
グォングォングォン


  大きな音を立て、若洲第一水門が次々と閉められていく。

 13号を外海に逃さないためだ。

 「若洲第一水門の閉鎖、完了しました。これから一時避難します」

 そして若洲第一水門からは人が完全にいなくなり、そして会合の時が近づきつつあった。






  
キキィー

  ブレーキ音を立てて、第二小隊一号指揮車ならびにキャリアが若洲第一水門前に止まる。

 そして祐一が指揮車のドアを開け車から降りると、第一水門から避難してきた職員が声をかけた。

 「特車二課の方ですね?」

 「そうだ」

 「水門の方の閉鎖は完了しました」

 「ご苦労さん。後は俺たちに任せておけ」

 「はい、後はよろしくお願います」

 そして職員は車に乗り込むと、若洲水路から離れていく。

 職員の避難を見送った祐一はパンと気合いを入れた。

 「よし、これで怪物は水路伝いには逃げられなくなったな。…名雪、良いか?」

 『おっけーだよ〜』

 キャリアから起動する一号機ことけろぴー。

 そこで祐一は自分たちのとるべき行動をあらためて口にした。

 「俺たちの仕事は奴が陸上を横切らせないようにすることだ。手際よくやるぞ」 

 『まかせてよ〜』

 名雪も気合い満々のようだ。

 「俺は水路の縁に降りて一番手前で見張るからな。いつでも動けるように準備しておけよ」

 『怪物に食べられないように気をつけてね〜』

 「……不吉なことを言うな」

 半ば憮然とした表情になった祐一はそれでも怪物監視の任につくのであった。






  うろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろ うろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろう ろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろ うろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろう ろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろ



  のっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっし のっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしの っしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっ しのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっし のっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっしのっし




  「真琴ちゃん、熊みたいに歩き回るのやめてよ」

 たい焼きを頬張りながら真琴に言うあゆ。

 しかし真琴はそんな言葉には耳も貸さない。そして苛立ったように叫んだ。

 「あう〜っ!! いったいいつまで整備に時間がかかるのよ!?」

 「うぐぅ、真琴ちゃんが怒鳴ったって早く終わったりなんかしないよ」

 至極まっとうな意見。

 しかし『雉も鳴かずば撃たれまい』の言葉のように、あゆのその一言は真琴の神経を逆撫でした

 だけであった。

 「あゆあゆのくせに生意気〜!! そんなこと言う口はこうしてやるんだから〜!!」

 「うぐぅ〜、やめぇてよ〜!!」





  「あらあら、あの二人はいつも仲良いですね〜」

 真琴とあゆの行動を微笑ましそうに眺める秋子さん。

 すると警察無線で連絡が入った。

 「はい、水瀬ですが……はい、ええ……」

 無線の交信相手の言葉に相づちを打つ秋子さん。

 と突然、真剣な表情を浮かべた。

 「…そうですか、わかりました。うちの小隊でやります」








  「良いですか、名雪さん。モニターの感度上げておいてくださいよ」

 祐一がこの場から離れている以上、名雪のサポートをするのは栞だけ。

 というわけで栞がそう言うと名雪はうなずいた。

 『うん、わかったよ。ゲイン、最大に上げておくね。

 それとそっちのモニターでもチェックしていてよ』

 「はい、わかりました」

 名雪の言葉に頷いた栞は普段は収納されている液晶ディスプレイを引っ張り出そうと、体を

 助手席の方に乗り出させる。

 「えっ!?」

 とその時、何気なく視線をやった海の中に栞はとんでもない物の存在を見た。

 思わず自分の目を疑り、何度も目をこする。

 だがそれは幻覚でも何でもなく、間違いなくそこにいたのだ。

 「な、名雪さん!! こっち…水門の外!!」





  「えっ、一体何なの!?」

 栞の言葉に思わず振り返り、水路の外、外海に視線をやる。

 そして名雪も目の前の存在に思わず絶句した。

 「ゆ、幽霊!?」

 そこには東京湾に沈んだはずの黒いレイバー……グリフォンの姿があったのだ。

 

 「う、動くな!! 動くと撃つよ!!」

 あわてて37mmリボルバーカノンを引き抜き、グリフォンに狙いを定める名雪。

 だがグリフォンの返答は名雪の予想だにしないものであった。


 
 ボォン!!


  「だぉ!?」

 突然、グリフォンの腕から何かが発射された。

 思わず呆気にとられる名雪。

 


  「私程度の腕前でみちると互角にやり合ったパイロットとやりあうつもりはない」




  
ボボボボォン!!


  グリフォンの腕から発射された何かが地面に落ちると同時に、けろぴーの周囲はたちまち

 白煙に包まれた!!







  そしてちょうどそのころ。

 ちょっと離れた場所で祐一は一人寂しく怪物を監視し続けていた。

 指揮車に搭載されたサーチライトで海面を照らし、じっと見張り続けるという退屈な任務だ。

 「…暇だな。真琴なりあゆがいればからかって遊ぶんだが」

 二人に聞かれたら非常に面倒なことになりそうな暴言を吐く祐一。

 だがすぐにその退屈さは吹っ飛んだ。

 かすかに揺れる波の影に、怪物の物と思われるしっぽを発見したのだ。

 「名雪! 奴が水路から入ってくるぞ!!」

 『…ガァーピィー!!』

 しかし名雪からの返事は全く返ってこない。

 「おい、名雪!! 何をしているんだ!?」

 やっぱり返事が返ってこない。

 「名雪の奴、寝ているのか?」

 正直言って、一番あり得そうな可能性に祐一は一瞬青ざめた。

 もし名雪が寝ていて、そして起こすのに手間取り怪物が外海に逃げ出してしまったら……。

 始末書どころではすまないだろう。

 「…おい、名雪!! 何をしている!? 奴が来たぞ!!」

 叫びながら、けろぴーとキャリアが止められている方向に視線をやる。

 「…一体何が起こっているんだ!?」

 するとなぜか白煙に包まれ、けろぴーもキャリアもその姿を見ることは出来なかった。







  「毎度おなじみの手だよ!!」

 煙幕&電波攪乱を使って姿をくらますのは黒いレイバーの十八番だ。

 だから名雪は即座に決断した。

 「覚悟するんだよ!!」



 
 ドガァン!! 

 ドガァン!! ドガァン!!

 ドガァン!! ドガァン!! ドガァン!!





  「銃を使っている…? 一体何が起こっているんだ?」

 祐一は突然の出来事に驚きながらつぶやいた。

 怪物相手に銃は威嚇射撃のみしか認められていない。何より怪物はまだ祐一の目の前にいるのだ。

 それなのに発砲…しかも外海に向けて。

 名雪の意図を測りかねた祐一は思わず、無線で秋子さんに尋ねた。

 「秋子さん、応答願います」

 『どうしたんですか、祐一さん?』

 「あっ、秋子さん。実は一号機と無線が通じないんです。ちょっと待っていてください」

 祐一は秋子さんにそう言うと、今度は一号キャリアの栞を呼び出した。

 「栞!! 名雪と連絡が取れないんだがそっちはどうなっているんだ?」

 
『ガリガリガリ ピィーピィー』

 さっきよりも電波状態がひどくなっている。

 名雪と栞との連絡をあきらめた祐一は今度こそ秋子さんに尋ねた。

 「だめです、秋子さん。一号機とキャリア、どちらとも連絡が取れません。

 俺は怪物を見張らなければいけないんでどうしたら良いんでしょう?」

 『祐一さんはそのまま怪物の監視を続けてください。美汐ちゃんに見てきてもらいますので』

 「了解しました」

 状況がとっても気になる祐一ではあったが、秋子さんの命令に従い、怪物の監視を続けることに
 
 したのであった。






  「はあっ、はあっ、はあっ」

 37mmリボルバーカノンの弾丸を撃ち尽くした名雪は荒く息をつく。

 するとそこへエンジン音を響かせ、警察のランチが近づいてきた。





  「発砲したのはあいつか?」

 「一体何のつもりだ? 

 ……ってそういえば特車二課にはハッピートリガーな奴がいると聞いたが」

 「そういえば…。人騒がせな奴だな」

 真琴に間違えられて、名雪も不本意だろう。

 しかし事態はそんなのんきな物ではなかった。

 「右前方に航跡あります!!」

 「何!?」

 「どこだ、どこだ!?」

 すると突然海中からグリフォンが飛び出した。

 そしてその巨大な腕でランチを粉砕する。

 「おわっ!!」

 「た、助けてくれ〜!!」




  「…見回り、ご苦労」

 ランチを粉砕した舞は冷静そのもの。

 警察を馬鹿にしたような一言を残し、逃走する。

 「…川澄よりらふれしあ号へ。ASURAユニットの回収に成功した。これより帰還する」





  そして目の前でグリフォンにランチを沈められた名雪は腸の煮えたぎる思いであった。

 「うぅ〜、許さないんだよ、許さないんだよ!!」

 目の前のディスプレイに華奢な拳をたたき付ける。

とそこへようやく電波攪乱が収まってきたのであろう。

 かすれかすれではあるが無線機に声が混じってきた。

 『
ザァー ピィー ゆきさん…応答してください……ザァー 応答して…さい…』

 どうやら名雪のことを呼んでいるらしい。

 怒りのあまりふるえる声で名雪は何とか返事する。

 「…黒い…黒いレイバーが水門の外に……」

 『…何で……て!?』






  『相沢さん、相沢さん、聞こえますか?』

 名雪の元へ向かった美汐からの連絡だ。祐一はすぐに無線機のマイクをとった。

 「こちら相沢。無線回復したのか?」

 『ええ、そうです。

 それで聞いて欲しいんですけどこっちでちょっと問題が起こりました。水門の外に…』

 「問題? …ってちょっと待っていてくれ!!」

 祐一はあわてて無線の交信先を切り替えた。

 「秋子さん!! 怪物が進路を変えました!! また港内に戻るつもりみたいです!!」

 『あらあら、怪物さんがどんなつもりなのか誰にもわからないですね』

 「それはそうですが……畜生!!」

 祐一は悔しそうに指揮車の屋根を思いっきり叩いた。

 「何で爬虫類にもなっていない原始生物に振り回されなくっちゃいけないんだ!!」

 すると力強い秋子さんの返事が返ってきた。

 『振り回されるのもここまでですよ。T細胞弾頭が完成して、まもなく到着します。

 ここからはただ反撃あるのみですよ』

 「それを俺たちが使うんですか?」

 「はいそうです。これが私たちのラストチャンスというわけです。

 しくじったら自衛隊が全面に出てくるそうですよ』

 「マジですか!?」

 『マジだそうです。湾岸を焦土と化しても怪物の都心進入を阻止するそうです

 私たちが上手くやらないと東京は火の海…というわけですね』

 「…………」





あとがき

ようやく廃棄物13号編の終わりが見えてきました。

しかし今年中の完結は難しそう…気合いを入れてがんばってみるかな?


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2002.12.17