機動警察Kanon第163話













  ザバァーン

 13号が水面を激しくかき分けながら、F作戦によって封鎖された出入り口を無視して、上陸

 しようと護岸に接近する。

 だがその先には恐るべき相手が待ちかまえていた。

 特車二課で最凶の警察官と呼ばれる……沢渡真琴巡査がその前を立ちはだかったのだ。


 

  「今度はこっちに来るつもり!? 真琴が相手にしてあげる!!」

 そう叫ぶや、Kanonの右脚に手を伸ばす……がすぐに美汐に止められた。

 『真琴! リボルバーカノンの発砲は厳禁ですよ!!』

 「あう〜っ!!」

 どさくさに紛れて発砲しようとした真琴の試みはあっさり失敗に終わってしまった。

 仕方がなく真琴は手持ちの武器…シールドに装備されたスタンスティックを引き抜く。

 「ここから先には一歩も行かせないんだから!!」

 


  するとどうだろう。

 真琴の気迫に押されたか、あるいは逝っている奴を相手にしたくないと思ったのか。

 とにかく13号は進路を変えたのである。

 「ちょ、ちょっとどこへ行くのよ!?」

 真琴を無視して13号は突き進む。

 そしてその行き着く先は……運河の出入り口であった。





  『司令部! 怪物が再び出入り口の方に移動を開始しました!!』

 前線からの報告に三佐は一瞬考え込み、そしておそるおそる上官に伺いを立てた。

 「…放電準備してよろしいでしょうか?」

 すると指揮系統を乱している三人の上官……統合幕僚会議議長・陸上幕僚長・東部方面隊総監の

 三人はきっぱりと言い切った。

 「君、もう少し臨機応変という意味を勉強したまえ」

 「そうとも。後方からの妨害は昔からよくあることだ。気にすることはない」

 「うむ。素人に戦争の何がわかるというのだね」



  (……聞かなかったことにしておこう)

 シビリアンコントロールを完全に否定する上官の言葉を三佐は無視することに決めた。

 そして上官の意向をふまえた上での決断を下す。

 「放電準備!!」

 三佐の命令を受けた司令部&前線はたちまち慌ただしさを増す。

 


  「送電線の状況はどうなっている!?」

 さっき何万ボルトもの電流を流し込んだ送電線の状況が気になる。

 三佐はさっきチェックした送電線の状況を副官に尋ねる。

 すると副官はきっぱり断言した。

 「大丈夫です。まだ行けます」

 「よし、大丈夫だな」

 お約束の送電線破損による怪獣脱出はあり得そうもないことを確認し、三佐はパイプ椅子に

 どかっと腰を下ろした。

 とそこへ前線から少し離れた地点で警備に当たっていた部下が司令部に飛び込んできた。

 「失礼します!!」

 「どうした?」

 三佐が部下に尋ねると、部下はびしっと敬礼し、報告した。

 「東都生物工学研究所の方がお見えになりました!!」

 「東都生物工学研究所の?」

 三佐は首をかしげた。

 なぜならそんなことは全く聞いていなかったのだ。

 しかし単に情報が届いていなかったのかもしれない。

 はっきり言って現状では専門家によるアドバイスは大変貴重である。

 そこで三佐はうなずいた。

 「よし。それではこちらにお通ししろ」

 「はっ!!」


 
  これがとんでもない事態を引き起こすとは想像だにしなかった三佐であった。








  屈強な自衛官に案内され、綾芽は司令部へと向かう。

 

  「例の怪獣はどこかしら?」

 歩きながら聞く綾芽の言葉に、自衛官は金網の向こう側を指さした。

 「この金網の向こう側の水の中にいます」

 「見えないわね」

 「現在、怪物はこっちに向かってきているそうですからすぐに見られますよ」

 「怪物は脱出しないのかしら?」

 すると自衛官は胸を張った。

 「あの運河の出入り口に沈めてある金網、見えますよね?」

 「ええ、見えるわ」

 うなずく綾芽。すると自衛官は説明を続けた。

 「怪物があの金網に触れた瞬間に放電するんですよ。先ほどはかなりの効果がありました」

 「そうなの…」

 そしてその場に立ち止まるとじっと金網の向こう側を見つめる綾芽。

 案内役の自衛官もおとなしく立ちつくす。

 そこへF作戦従事し、送電線の作業を行っていた自衛官が大声で呼びかけた。

 「お〜い。そこにいると危ないぞ〜!!」

 「望月さん、行きましょう。放電の準備に取りかかります」

 自衛官が綾芽をそっと促す。

 するとその瞬間、綾芽は白衣を翻し、F作戦による危険区域……運河の出入り口の上に

 架かっている橋へ向かって走り出した。

 「そっちへいったら危険です!! 戻ってください!!」

 だが綾芽は自衛官の阻止を完全に振り切ると、そのまま橋桁の上によじ登った。

 「戻ってこい!!」

 「馬鹿な真似はよせ!!」

 人としてはもっともな意見の自衛官。

 しかしある種の狂気に捕らわれていた綾芽にはその言葉は届かなかった。

 なんら躊躇することなくそのまま水の中へと飛び込む!!





  「何!? 人が飛び込んだだと!?」

 三佐は部下からの報告に思わず耳を疑った。

 しかしすぐにそれが紛れもない事実であることを認識するとあわてて副官に向かって叫んだ。

 「放電止め!! 中止にしろ!!」

 「放電止めろ!! 人が飛び込んだ!!」





  そしてこの報告は自衛隊だけにとどまらず、怪物の上陸阻止に従事中の特車二課にも届いた。


 

  「あう〜っ、誰なのよ、あいつは!?」


  「うぐぅ!?」


  「何だって!?」


  「あらあら、困りましたね」


  「えぅ〜!!」


  「何でそんなことをするんだよ〜!?」



  「…困りましたね」



  思わず驚愕してしまう第二小隊の面々…一部は驚いていないようだったが。






   「ロープを用意してくれ!!」

 漢気あふれる自衛官の一人が軍服を脱ぎ散らかし、救助すべく水中に飛び込もうとする。

 しかし彼の部下があわてて引き留めた。

 「駄目です!! 奴がすぐそこまで来ています!!」

 本来なら放電でその進行を阻むはずだった怪獣が彼らの目の前に来ていたのだ。

 これでは迂闊に救助に向かえない。

 怪獣にパクリと食われてしまうからだ。

 「くそっ、駄目か……」






  「さあ13号! ここを破って逃げ出しなさい!! わたしがいるうちは放電できないわ!!」






  
キシャァアアアアー


  怪獣が咆哮をあげ、阻止線に接近する。

 その進行先には自らの意志で飛び込んだ望月綾芽がいる。

 このままならその命は風前の灯火だ。

 綾芽本人はそれでいいかもしれない。

 しかし責任問題に発展することが明白なため、現場の警察官や自衛官たちは人命救助に

 尽くすしかなかったのである。




  『真琴!!』

 美汐の言葉に真琴は大きくうなずいた。

 「わかっているわよ!! 真琴に任せて!!」

 そして真琴の駆るKanon二号機は勢いよく水中へと飛び込む。


  バシャァアアアンー


  何トンもの重さのあるKanonが水中に飛び込んだことによって大きな波が発生する。

 そしてその波が13号と護岸を襲う。


  
キシャァァアアアアアー


  しかし13号は全く気にもとめなかった。

 咆哮を上げながら二号機にその牙と触手で迫り来る。



  「逝んだれやぁ!!」

 真琴はそう叫ぶとスタンスティックを13号に突き立てようとする。

 だがそこへ美汐の制止がかかった。

 『駄目です、真琴! 水の中ではスタンスティックは使用禁止です。人がいるのですよ』

 「あう〜っ……」

 思わず呻く真琴。だがすぐに気を取り直した。

 「それなら正義の鉄拳をお見舞いするまでよ!!」

 スタンスティックを収納すると真琴は13号に向かって突進する。

 
「許さないんだから!!」

 「キシャァアアアアアアアアアアアアー」

 「でりゃぁああああ!!」

 「シャギャァアアアアアア!!」

 「このヤロ〜!!」

 「ンギャァアアアアアア!!」





  「どっちが怪獣だかわかりませんね」

 「そういうくだらない冗談はよせ」

 自衛官は部下をたしなめた。

 「今なら行けるな」

 「はい。水面を照らさせます」

 「頼む、そこで怪獣を取り押さえていてくれよ」

 自衛官は祈るようにつぶやくとロープを腰に巻き、水面に飛び込んだ。

 そして水中で意識を失い、プカプカ浮いている綾芽の元に泳ぎ寄った。

 「おい、大丈夫か!?」

 「………」

 意識がないのだから返事があるはずもない。

 とりあえず自衛官はロープで綾芽を固定すると、上にいた部下に合図する。

 「おい、引き上げろ!!」

 「了解!!」




  「このやろ、このやろ、このやろー!!」

 真琴は13号を必死にどつきまわす。

 だが、ただの打撃にすぎないその攻撃が、レイバーサイズの生き物にそう通用するはずがない。

 あっという間に二号機は救助活動中の運河出入り口にまで押し込まれてしまう。

 だからあわてて現場に急行した名雪は叫んだ。

 「一号機、二号機支援の為に水に入るよ!!」

 しかしこの意見は秋子さんと祐一に、速攻却下された。

 『却下!!』

 『駄目!!』

 「何でなんだよ〜!?」

 思わず叫ぶ名雪。

 すると祐一があわてて理由を叫んだ。

 『落ち着け、名雪!! 

 水に入って格闘戦なんかしたらその後の点検にどれくらい時間がかかると思っている!?

 旧式化した第一小隊のONEでは奴を相手にすることなんてそうそう出来ないんだぞ!!

 一号機はどんな状況にも即座に対処できるように残しておく必要があるんだよ!!』

 「で、でも……」




  その時、ついに13号が真琴の乗る二号機を払いのけた。

 「あう〜っ! し、しまった!!」

 13号は真琴を無視して、グングンと運河出入り口向かって突き進む。

 「阻止線突破、許さないんだから!!」

 あわてて真琴は13号を追いかける。

 しかし水の中では思うように進めない。

 それどころか


 
ドガァーンン!!

 
 怪獣の鞭のようにしなやかな尻尾の一撃に吹っ飛ばされる。

 「あう〜っ!!」


  
バシャァァンン


  水の中に派手に転倒する二号機。

 これにはさすがの美汐もストップをかけた。

 「もういいです、真琴!! Kanonの水中での活動はもう限界です!!」

 「あう〜っ、悔しいよ……」






  「怪物が貯木場の出入り口を突破しました!!」

 前線からの報告を伝える副官。

 その報告に司令部は一斉に色めき立った。

 「何だと……君、これは責任問題だよ!!」

 「全くだ。ここを突破されたら海自の担当になってしまうではないか」

 「君は東部方面軍の名を汚す気かね!?」

 「五月蠅い!! 関係ない奴は引っ込んでいろ!!」

 統合幕僚会議議長・陸上幕僚長・東部方面隊総監の三人の言葉に三佐はついに切れた。

 「なっ!?」

 「き、君は何を……」

 「…な、なんたる暴言を……」

 「怪獣ごっこがしたけりゃ孫と遊んでろ!!」

 三佐は上官三人を一喝すると一番の気がかりを副官に尋ねた。

 「飛び込んだ女性はどうなった!?」

 すると副官は大きくうなずいた。

 「救助された模様です。ただ出入り口のラインが切断されたと……」

 「接続をカットしろ!! 第二線で今度こそやつの足を止める!!」

 「了解です!!」

 急に凛々しくなった上官ににんまりしながら副官は部下に命令を伝えるのであった。







  ところ変わって東都生物工学研究所の所長室。

 すっかり荒らされてしまった所長室では来栖と貴島の二人が部屋の整理整頓をしていた。

 「根こそぎ持って行かれたな」

 すっっかり寂しくなってしまった本棚の状況にに来栖が呟く。

 すると床に転がっていた本を拾い上げながら貴島はうなずいた。

 「これでもう……『廃棄物』シリーズの研究は出来ませんね」

 「もういい、わかった」

 来栖は項垂れながら首を横に振った。

 「『時限爆弾』の完成をもってこの研究は終わりとしよう」

 「そうですね…」

 黙りこくってしまう二人。

 とその時、部屋の片隅に置かれていたテレビが驚くべきニュースを告げた。

 『こちら新木場です。新しい情報が入りました。怪物は…えっ!?

 怪物は貯木場を脱出した模様です』

 「何!?」

 「しょ、所長!!」

 思わずあわてふためく二人。

 いくら時限爆弾で13号を殺せるといえ、それを体内に撃ち込まなければ何の役にも立たないのだ。

 とはいえそれはもう過ぎてしまったこと。今更どうにかなる問題ではない。

 というわけでニュースもどんどん進んでいく。

 『……この女性は東都生物工学研究所の所員望月綾芽さんと判明しました』

 「何!?」

 「どういうことだ!?」

 今度もひどく驚いた。

 まさか自分たちの知り合いがニュースに出てこようとは…ましてやそれが13号に関するニュース
 
 だったからである。

 あわてて耳を澄ましてニュースに食い入る二人。

 するとそれは二人が想像していた以上のことであった。

 『望月さんが放電を妨害し、結果的に怪物の脱出を助けてしまった動機はまだ判っていませんが
 
 ……警察では望月さんの意識の回復を待って事情を訊くことにしています』

 「こ…ここまでやるか……」

 ニュースの内容に思わず来栖は愕然とした。

 とその時所長室の電話が鳴った。

 すぐ近くにいた貴島が電話に出る。

 「所長室ですが」

 するとそれは怪物対策本部からのものであった。時限爆弾製造が気になるらしい。

 そこで貴島は

 「所長、対策会議からだそうです」

 と取り次ごうとした。

 しかし……

 「所長!?」

 貴島が振り返った時、目に飛び込んできたのはばったりと崩れ落ちる来栖の姿であった。






  バムン

  救急隊員が綾芽を救急車に運び込む。

 そしてその容態を見て、呟いた。

 「重体だな。意識を回復するかどうか……」


  その様子をじっと眺めていた秋子さん。

 そこへ祐一が駆け寄ってきた。

 「秋子さん、二号機の引き上げ終わりましたよ」

 すると秋子さんはにこりほほえんだ。

 「ご苦労様。追っつけ香里ちゃんたち整備班のみなさんが点検のために駆けつけてくるはずです。

 一号機・二号機ともにいつでも動けるようにキャリアに乗せておいてくださいね」




  まだまだ13号との対決は長引きそうな状況であった。





あとがき

疲れました。




2002.12.05



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