機動警察Kanon第160話









  プルルルル プルルルル



  「はい、水瀬です」

 突然鳴り出した携帯電話にすぐ出る秋子さん。

 すると携帯電話の向こう側から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 『私だ』

 それは今、特車二課にいるはずの課長の声だった。

 「あら、課長。突然の電話、どうしました?」

 『現状を打開できそうな策が出てきたんで、一応君に伝えておこうと思ってな』

 「一体なんです?」

 『詳しいことはよくわからないが、怪物を遺伝子レベルで破壊するという方法だそうだ』

 「怪物を遺伝子レベルで破壊する…ですか? 本当なんですか、それ?」

 さすがの秋子さんも懐疑的に尋ねる。

 しかし課長はきっぱり言い切った。

 『本当だよ。つい先ほど東都生物工学研究所がその可能性を提示してきた。

 今、本庁で検討中だよ。藁にもすがりたい気分だ。こいつが決定打になってほしいよ』

 「…確かに決定打になってほしいですね」

 『そういうことだ。ところで今そっちではどうなっている?』

 課長の言葉に秋子さんは膝の上に置いてあるモバイルの液晶画面をちらっと一瞥した。

 「今は貯木場の中で大人しくしているようです」

 『そうか、それはよかった。もうしばらく頑張ってくれよ』

 「了承です」 




  そしてちょうどその頃。

 名雪の乗るKanon一号機ことけろぴーは、13号のすぐそばでじっと監視しているところであった。



  「…一体何しているんだろ?」

 目の前の13号が貯木場内でじっと動かない状態に名雪はつぶやいた。

 すると指揮者の中でぼけーっとしていた祐一が無線機で声をかけてきた。

 『あんまり緊張するなよ。のべつ力んでいると疲れるだけだぞ』

 「うぅ〜、それくらいわかっているよ〜」

 『なら実行しろよ。いざっていうときに『疲れちゃいました』じゃどうしようもないぞ」

 「わかったよ〜」

 名雪はそう返事すると腰を動かした。

 ただでさえ居住性が悪いKanonである。

 それが一日中じっとしていているのだ。お尻が痛くならないわけがないのだ。

 「ねえ、祐一……」

 『ん? 一体なんだ?』

 「動かないね……」

 『ん、そうだな。きっと寝ているんじゃないのか?』

 「そんなことあるのかな?」

 首をかしげる名雪に、祐一は笑った。

 『いくら化け物っていったって相手だって生き物なんだぜ。

 それに夜中にかなり暴れていたし、疲れているんだろ。それにもともと夜行性っぽいしな』

 「やっぱりそうなのかな〜?」

 祐一の『夜行性』発言に名雪は眉をしかめた。

 『どうした? 自信無いのか?』

 「当たり前だよ〜。わたしに夜、起きていろなんて〜」

 『寝たら、秋子さんの特製ジャムをコクピットにぶち込むぞ』

 「うぅ〜。祐一、極悪だよ〜……ってお母さんのジャム、あいつにも効くのかな?」

 『効くかもしれんが……そんなこと提案出来るわけ無いだろ』

 「だよね。やるなら今のうちなのに……」

 『何をやるんだ、何を』



  未だに東都生物工学研究所が、現状打開のために画期的な提案をしたことを知らない

 名雪と祐一であった。 





  そしてやっぱり同時刻。

 東京都千代田区霞が関2丁目、皇居桜田門前にある警視庁では東都生物工学研究所からの提案を

 真剣に討議しているところであった。



  「わたしは来栖教授の提案には危険を感じるね」

 「と言いますと?」

 帝都大の池永教授の言葉に首をかしげる警視庁上層部の一人。

 元々この手の生物工学等は全く詳しくないのだ。

 だから池永教条はきわめてわかりやすく説明した。

 「良いかね? 例の細胞片の分析は始めてまだ間がないんだよ。

 わかっていないことも多いんだから早急に決断出来るものではないよ」

 「しかし先生!! 我々は早急な決断がしたいんです!!」

 詰め寄る警察官たち。

 しかし池永教条は自らの信条にかけて、首を縦に振ることは出来なかった。

 「相当な自信がなければこんな提案は出来ないよ。

 来栖くんはヤマ師のようなところがあるからな」

 「先生……」

 「さもなければ実は来栖くんはあれを長年に渡って研究しており……本当はあれの正体を知って

 いるかのどちらかだな」

 実は真実を述べているのだが、そのことは誰も知らない。

 池永教授の毒のある言葉に一同が黙り込んでいると突然、対策会議の開かれている部屋のドア

 が開き、一人の男が入ってきた。

 「いやはやどうも……学者が三人集まると何も決まらないと言うのは本当ですな」

 「東都生物工学研究所の来栖所長です」

 やっと役者がそろった。





  バババババババババババ


  一機のヘリコプターがSEJ支社屋上のヘリポートに着陸する。

 それに合わせて企画七課課長代理の川澄舞がビルの中から姿を現した。

 「課長代理。さんぐりあ号の出航には間に合いません。海上で甲板に降りることになります」

 「はちみつくまさん」

 久瀬の言葉に舞はうなずいた。

 「……それとらふれしあ号は横浜港にいますが……」

 「浦安港にまわして」

 「わかりました」

 「…それからTVの特番は全部エアチェックしておいて。

 佐祐理が帰ってきたら絶対に見たがるに決っているから」

 「死んでも撮ります!!」

 こんなことぐらいしにしか役に立たない久瀬であった。






  プルルルル プルルルル



  「はい、水瀬です」

 突然鳴り出した携帯電話にすぐ出る秋子さん。

 すると携帯電話の向こう側から今日二回目の課長の声が聞こえてきた。

 『私だ』

 「課長、どうしました?」

 『例の提案だがね、実行することに決ったよ。

 すぐにも東都生物工学研究所の方で製作にかかるらしい。

 というわけだから君たちはやつを絶対に逃がすな』

 「わかりました。それじゃあそれまでは私たちで何とかしますね」

 『頼んだぞ』

 カチャ

 すぐに電話が切られる。

 すると秋子さんは第二小隊全員への無線の回線を開いた。

 「第二小隊の全員、お話があります。

 我が警視庁はヤマ師に賭けることになりました。

 勝っても儲かりませんけど、一勝負つきあってくださいね」

 秋子さんの言葉に皆は一瞬沈黙した。

 しかしすぐに我に返った真琴が叫んだ。

 『ちょっと、そのヤマ師に賭けるってどういうことなのよ〜!?』

 どうやらまだ動揺しているらしい。

 いつもなら秋子さんに対しては決して使わない言葉遣いだ。

 『そんな博打まがいのことで良いんですか!?』

 祐一もびっくりしているようだ。

 そんな部下たちの動揺を隠せない状態に秋子さんはクスッと笑った。

 「仕方がないですよ。他に方法がありませんからね」

 『うぐぅ、ところで方法って何?』

 あゆの素朴な疑問に、第二小隊一同は一斉にうなずいた。

 『えぅ〜、そういわれてみれば何をするのか聞いていません』

 『そうだよ、そうだよ〜』

 『あゆあゆにそんなこと気がつかれるなんて一生の恥辱よ』

 『…何で真琴ちゃんにそんなこと言われなくちゃいけないんだよ……』

 『まあ気にするな』

 『そういえばそうですね。具体的には何をするのですか?』

 数名、変な方向に行っているような気もするが秋子さんは気にしなかった。

 「実はですね」

 そして秋子さんは第二小隊の面々に、時限爆弾の話を始めるのであった。
 




  「え〜っとつまりどういうこと?」

 秋子さんの説明を聞いてもチンプンカンプン名雪は思わずつぶやいた。

 するといくらか呆れ気味の祐一の言葉が飛び込んできた。

 『お前、本当に警察官採用試験を通ってきたのか?』

 「そんなの当たり前だよ〜」

 『ならあの程度、理解しろよ。なあ真琴?』

 『そ、そんなの当然よね!?』

 本当はわかっていないのに見栄を張る真琴。

 しかしそんなことはわからない名雪は思わずうなった。

 「うぅ〜、真琴まで……。じゃああゆちゃんは?」

 『酷いよ、名雪さん……。ボクだってそれくらいわかるよ……」

 「ごめんね、あゆちゃん。じゃあ栞ちゃんは?」

 『えっへん。私が医学のことは結構詳しいんですよ』

 無い胸を張って威張る栞。

 「それじゃあ天野さんは……って聞くだけ無駄だよね」

 『はい。これくらいの医学は一般常識だと思いますよ」

 「うぅ〜」

 思わず落ち込む名雪。

 さすがにその状況を哀れに思ったのか、祐一が優しく声をかけた。

 『まあ簡単に解説してやらんでもないぞ』

 「…お願いします」

 『よし、それでは猿にもわかるように易しく説明してやろう』

 「わたしは猿なんかじゃないよ〜」

  抗議する名雪を無視して祐一は説明を開始した。

 『まあ簡単に言ってしまえば怪物の体内に相性の悪い細胞をぶちこんで、そいつを

 繁殖させちまおうってことだな』

 「うぅ〜、やっぱりわからないよ〜」

 『ようは怪物の体内にガンを作っちまおうってこった』

 「ガン!?」

 思わず驚く名雪。しかし祐一は続ける。

 『怪物の体内から破壊していこうってわけだ。

 これなら細胞を飛び散らせてしまう心配はないからな』

 「うぅ〜、なんか怖い話だよ」

 『何が怖いんだ?』

 祐一が尋ねると、あゆが同意した。

 『名雪さんの言いたいこと、ボクもわかる気がするよ。

 凄いことだとは思うけど自然の技術じゃないからね』

 「そうそう、あゆちゃんの言うとおり!」

 あゆの言葉に激しく同意する名雪。

 しかし祐一はそんな二人の意見を一蹴した。

 『逆もまた真なりって言ってな。

 ガンのメカニズムを知るためにガンを作る研究は昔からやっているんだぜ』

 『山際勝三郎博士は、ウサギの耳にコールタールを2年間塗り続け、遂にガンを発生させましたからね』

 「山際勝三郎博士って誰?」

 美汐が追加説明してくれたが、聞いたことのない名前に名雪はただ首をかしげるだけ。

 そして

 『俺は知らん』

 『うぐぅ、ボクも……』

 『私も知らないです』

 『そんな人知らないわよ〜!!』

 他の四人もそれに同意する。

 『山際勝三郎博士を知らないと言うのですか。それは日本人として不出来でしょう』

 『ほとんどの日本人が知らないと思うぞ。やはり天野はこういう古い知識だけは豊富だな。

 おばあちゃんの豆知識ってやつか?』

 『おばあちゃんの豆知識…。そんな酷なことはないでしょう』

 「祐一、それは酷いよ……って話がずれているよ〜!!」

 いつのまにやら時限爆弾の話から、山際勝三郎博士に話題が移っていたことに気がついた名雪は
叫ぶ。

 そして第二小隊の面々もはっと我に返った。

 『で、何の話してたっけ?』

 『え〜っと時限爆弾について名雪さんに解説していたところです』

 祐一の言葉に、反応する栞。

 そして栞の言葉に名雪はうんうんとうなずいた。

 「それだよ、それ。でわたしが言いたいのは怪物の正体が人間の手で作られた生命体だとしたら

 ……それがそもそも不自然なものだよね」

 『それは言えるな』

 同意する祐一。

 「そんな奴をこの世から消し去るために、さらに不自然な技術を使うのかってことなんだよ〜」

 『名雪さん。そもそも人間の知恵っていうのが不自然なんですよ』

 『おいおい、天野。それはいくら何でも悲観すぎるぞ』

 『そうですよ、天野さん。不自然だって別に構わないじゃないですか』

 今度は生物的哲学に脱線してしまったらしい。

 そしてついに会話についていけなくなった真琴が爆発した。

 『あう〜っ!! やかましいわよ〜!!

 真琴たちの仕事はそんな訳のわからない理屈をこねることじゃないわよ!!

 何でも良いからはやくその時限爆弾とやらを持ってきなさいよ〜!!

 真琴が一発で仕留めてやるんだから!! 真琴に銃を撃たせなさいよ〜!!』

 『はやらないで、真琴。ぶち込むべき武器はまだ製造中なんだから』



  生産に着手したばかりの時限爆弾が完成するまで後数日。

 第二小隊、いや特車二課の面々がゆっくり出来るようになるにはまだまだのようであった。






あとがき

160話をやっとお届けすることが出来ました。

待たせてしまってごめんなさい。

これというのも不調なPCのせいです。

ゲームにばかりかまけていて、書くのが遅くなったから…なんてことはないんです、ええ本当に。


2002.11.14


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