機動警察Kanon第159話










  怪物対策現場指揮所の席上にて


  「若洲第一・第二水門…それと青海水門。

 これらを封鎖して、まず怪物が外海へ出られないようにします。

 外海を泳ぎ回られると補足が困難になりますから」


  陸上自衛隊の一佐の説明に、海上保安庁のお偉い方が一人、手を挙げた。

 「対潜哨戒機などで監視は出来ないのかね?」

 「それはむろん可能ですが、攻撃がやりにくくなります」

 「今だって十分攻撃しづらいと思いますけど」

 秋子さんのその一言に、一佐は首をかしげた。

 「何がやりにくいんですか?」

 「いえ、アスロックとか短魚雷で吹っ飛ばすわけにはいきませんよね。

 港内に閉じこめて、その後どうするんですか?」

 「それは対策会議が決めることですからね。我々の出る幕はないです」

 単純明快だがこれがシビリアンコントロールという訳だ。

 秋子さんをはじめとする列席者の大半がその意見に納得してしまう。

 だがまだ不安な材料はいくらでもあった。

 「それと奴が運河に入り込もうとした場合…外海への対策はいいとしても、内陸部に

 対する手当はどうするんです?」

 由起子さんの心配を、一佐は軽く一蹴した。

 「心配無用です。なんせ電撃が有効なのを教えてくださったのはあなた方何ですから」

 「電撃…ですか?」

 「はい、電撃です」













 そしてそれから数時間後。ようやくと朝が来た。




  『疲れた、名雪?』

 Kanonのコクピット内で一夜を過ごした真琴の言葉に名雪は、うなずいた。

 「う〜ん、ちょっとだけ」

 『無理ないわね。ただでさえ居住性の悪いKanonに乗りっぱなしなんだもの。

 いくら日頃鍛えているからって、やっぱり堪らないわよね』

 「うん、そうだね」

 『といわけで今のうちに本体とスタンスティックの電池交換しておきなさいよ〜!』

 「うん、わかったよ〜。後任せるね」

 真琴の提案に乗った名雪は、整備班の面々が待機しているキャリアへとけろぴーを向かわせる。



  「オーライ、オーライ。はい、いいですよ〜」

 栞に誘導してもらい、けろぴーをキャリアに収容する。

 そして起動ディスクをけろぴーから引き抜くと、名雪はコクピットを出た。

 「お疲れ〜」

 「ご苦労さん」

 「休憩してな」

 「けろぴーのこと。よろしくお願いね〜♪」

 あっという間に整備に取りかかる整備員たちの声を背中に受け、名雪はキャリアを降りる。

 するとそこには祐一が立っていた。

 「ほらよ、朝飯だ」

 「ありがとう」

 ポンと投げられた袋をキャッチした名雪は、その中身をのぞき込んだ。

 そして中身を確認するとうれしそうに笑った。

 「わっ、イチゴミルクにジャムパンだ♪」

 「疲れているところ、こんな粗食ですまんな」

 「そんなことないよ。イチゴミルクにジャムパン、サイコ〜だよ」

 「それじゃあ私の特性ジャムパンはいかがです?」

 いきなり現れ、そう宣わった秋子さん。

 しかし名雪はそれに勝るとも劣らぬスピードで首を横に振った。

 「い、いいよ!! それよりお母さん、いつまでこんなことしてなくちゃいけないの!?」

 「根本的対策が見つかるまですよ」

 あっさり言ってのける秋子さん。

だがそれが至難の事であることは現場の人間なら誰にも
分かり切ったことであった。




  「根本的な対策ね。そんなものがあるなら速く手を打ってもらいたいもんだ」

 祐一がそうぼやくと、秋子さんは苦笑いした。

 「それがあれば、こんなモグラたたきみたいなことしてませんよ」

 「…素人考えなんですけど」

 「あら、祐一さん。何か良いアイデアでも?」

 「毒殺は駄目なんですか? いくら化け物とはいえ、相手は生き物なんですから」

 「あ〜、それですか。一応、検討はしたんですよ」

 「何で駄目だったんですか?」

 「どんな毒物が有効なのか? 致死量はどれくらいなのか? 

 それがわからないので却下されたんです」

 「そんなもん、いろんな毒をミックスして、多量に飲ませりゃ良いんじゃないですか?」

 きわめて乱暴かつ単純な祐一の意見。しかし秋子さんは首を横に振った。

 「そういう意見もあったんですけどね。

 ただ学者さんの一人が毒物をはき出す可能性を指摘しまして」

 「それが何か問題にでも?」

 「その際、吐物と一緒に細胞をまき散らすおそれがあるということで却下です」

 「そんなことまで気にしていたら何も出来ませんよ!?」

 あまりの答えに祐一が叫ぶ。
 
 するとそこへ未だ二号機に搭乗中の真琴が会話に割って入ってきた。

 『それなら焼き殺せばいいのよ〜!! 悪質な病原菌もそれでいちころなんだから〜!!』

 「あら、真琴。そうするためには奴を地上から上げなくちゃいけないのよ?」

 「うぐぅ、地上で火を使うのは不味いと思うよ」

 「やりそこねますと周辺に与える損害が大きいです」

 あゆや美汐まで会話に加わってきた。

 『それじゃあどうしたらいいって言うのよ!?』

 「うぐぅ、それはやっぱり港内に閉じこめておくぐらいしか……」

 『そんな弱気な提案は却下よ、却下!!』

 真琴の叫び声を聞き流しながら名雪がぼっそり呟いた。

 「閉じこめておくって言っても…かならず上がってくるよ」

 「それはどういう意味だ、名雪?」

 名雪の不気味な予言に祐一は尋ねる。

 「だって怪物だって生き物なんだから、お腹空くよね?

 そうしたら水の中で大人しくしているとは思えないよ〜」

 「たぶん肉食獣みたいですしね」

 栞がそういうと、あゆが身をぶるっと震わせ、叫んだ。

 「うぐぅ、ボク思い出しちゃったよ〜!!」




  そこへ一台の冷凍車が貯木場にやってきた。

 「あれ? 何の用だろう?」

 「さあ? いったい何なんでしょうね?」

 のんきに会話しているうちに、止まった冷凍車の扉が開かれた。

 中からモクモクと冷たい冷気が流れ出てくる。

 「うぐぅ? あれ何?」

 「…あれは怪物に提供する餌ですか?」

 切れ者の美汐は冷凍車が何を運んできたのかすぐに気がつき、秋子さんに尋ねる。

 すると秋子さんはうなずいた。

 「ええ。とりあえず牛三頭丸ごとだそうです」

 「うぐぅ、うらやましいよ…」

 「もったいないですね」

 「まったくだ。それだけあれば埋め立て地での食生活も……」

 「焼き肉・すき焼き・ステーキ食べ放題だよね」

 あゆ・栞・祐一・名雪はレベルの低い感想を漏らす。

 すると秋子さんは笑った。

 「そんなにもったいないものでもないですよ」

 「でも秋子さん。あれだけの肉、それなりの値段するだろ?」

 祐一の言葉に、秋子さんは首を横に振った。

 「あれはBSEが検出された牛ですから」

 「そ、それって拙いんじゃありません?」

 BSEの牛肉と聞き、驚いた祐一は秋子さんに尋ねる。

 しかし秋子さんは全く気にしなかった。

 「どうしてです? 廃棄処分するものですから惜しくないですし。

 なにより狂牛病が感染してくれれば万々歳だと思いますけど」

 「…そんなに長い間,あいつをあそこで飼うつもりですか?」

 「あら、そういうわけにも行きませんね」

 「…お母さん」

 「「「「秋子さん……」」」」

 『…秋子さん……』






  『当局は怪物の貯木場封じ込めを計る模様です。

 怪物の正体は明らかにされていませんが……当局の対応には酷く慎重なものを感じます』



  「ツキが回ってきた…」

 テレビ画面の向こう側からの情報に舞は頬を緩ませた。。

 デスクの上の電話の受話器を取ると素早くダイヤルする。



 プルルル プルルル




 『はい、翠川ですが?』

 「私。さっそくだけどらふれしあ号とヘリコプター一機の準備をお願い。

 今夜、グリフォンを動かす」

 『わかりました。さっそく準備にとりかかります』






  そしてそのころ。

 財団法人東都生物工学研究所所長室では、所長の来栖が電話をし、その片腕貴島和宏・

 そして研究主任の望月綾芽の二人が黙りこくったまま向かい合っているというここでは

 きわめて珍しい光景を繰り広げていた。



  「もちろんだとも。だいいち米軍が表面に出たのでは君たちだって都合が悪いだろう。

 わたしを助けると思って渡してはもらえないかね? …………うん、それはわかっているよ」

 どうやら電話の相手は米軍の関係者のようだ。

 「T細胞がどう」「廃棄物がどう」と部外者に聞かれたら拙いネタばかりである。

 手持ちぶさたな貴島はぎゅっと手を握りしめていると、綾芽は口を開いた。

 「今日は良い天気になりそうね」

 「望月!! お前はなんでこんなことをしでかしたんだ?」

 しかし綾芽はそれには答えず、席を立ち上がった。

 「いい加減、家に帰るわ。

 しばらくこっちに詰めっぱなしだったんんで洗濯物もため込んでいるし」

 「望月…」

 どうやら何も答える気はないらしい。

 はぐらかした綾芽に、貴島は絶望したような表情を浮かべた。

 するとその時、来栖は受話器を置き、そして綾芽に声をかけた。

 「望月くん。君がやったことはどうやら無駄になりそうだよ。

 米軍の研究施設が分離したT細胞を保管してくれていたんだ。

 こちらで処理すれば『時限爆弾』は完成する」

 「そう…」

 綾芽の力無い言葉に来栖はにやっと笑った。

 「残念だったな。13号の命も後3,4日というとことだ」






あとがき

 とうとう10万HIT達成〜♪

 2年間ちょいで10万HIT…順調すぎて怖いぐらいですね。

 次は20万HIT目指してがんばるぞ。



 2002.11.06



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