機動警察Kanon第157話







  「キシャァー!!」

 咆哮とともに怪物……廃棄物13号が川名みさき巡査部長の駆るONE211号機に

 襲いかかる。

 だがみさきはその攻撃をあっさりかわした。

 「そんな程度じゃ私は負けないよ!!」

 そしてスタンスティックを引き抜くと13号に向かって振り下ろした。

 「これでも食らうんだよ!!」


 ヴゥン!!


 スタンスティックからの高電圧にあたりの空気が一瞬ふるえる。

 「キシャァァー!!」

 そして次の瞬間、13号は悲鳴に似た叫びをあげた。



  「いけるよ! 留美ちゃん、詩子ちゃん、電撃が有効だよ!!」

 13号のダメージを見て取ったみさきは僚機である212号機・213号機に連絡する。

 すると即座に了解の声が帰ってきた。

 『わかったわ!!』

 『わかったよ!』

 「出力最大でレイバーパーツの隙間にねじ込んでやるよ!!」

 そして三機のONEは一斉に13号をスタンスティックでどつき始めたのであった。









 ところ変わって特車二課は第二小隊のオフィス内にて。

 秋子さんを筆頭とする第二小隊の面々は出前のブリーフィング真っ最中であった。




  「首都高湾岸線は全面閉鎖。

 警備陣は京葉線新木場駅を中心に葛西・辰巳・岡インターチェンジ間の約3.5Kmの

 ラインに展開、これを第一次防衛線とする……ということに決まったんですけど

 何か質問あります?」

 秋子さんの言葉に真琴が叫んだ。

 「何なの!? その第一次防衛線というのは!! ちょっと消極的よぉ〜!!

 現場に駆けつけて第一小隊と協力して、銃弾ぶち込めばそれでお終いでしょ!?」

 「それが出来たら苦労しないんですけどね」

 腕を組み、首をかしげる秋子さん。

 そんな秋子さんに祐一は言った。

 「今回は何の問題もなく飛び道具…たとえばライアットガンだって使えるはずだし、

 奴さえ捕捉すれば十分やれると思うぞ」

 しかし秋子さんは首を縦には振らなかった。

 「例の電話の一件を忘れました?」

 「覚えていますけど…まさか秋子さん、あんな何の根拠もない電話に縛られて?」

 「それがどうも根拠のないイタズラの類ではないそうなんですよ、これが……。

 今夜、東都生物工学研究所から最初の回答がありまして」

 「…問題の研究所ですね?」

 美汐の言葉に秋子さんはうなずいた。

 「来栖博士の言い分によるとですね……短時間の分析結果ではあるが、件の細胞は

 南極五号標本…すなわちモチヅキ・セルに、まことによく似たものと言わざるを得ない。

 もしこれがモチヅキ・セルによく似た性質を持っているならば特定の栄養下での分裂・

 増殖は驚異的ものと推測され、これを攻撃する際に、細胞片を飛散させることは得策で

 あるとは言い難い……だそうです」

 秋子さんの簡単な説明を聞いた名雪は神妙な面持ちで、おそるおそる手を挙げた。

 「ねえ、お母さん……」

 「何です、名雪?」

 「その…特定の栄養下では…って例えばどうなるのかな?」

 「それは書いていませんね。それがどうかしました?」

 「だってお母さん。今更そんなこと言われても…わたし、メンテナンスベースで

 あいつの肉片、散々散らばしちゃったよ!!」

 「あっ!!」

 「うぐぅ!!」

 「あうっ!!」

 「えうっ!!」

 「………!!」

 名雪の言葉に一瞬にして固まる五人の隊員たち。

 しかし秋子さんは気にしなかった。

 「やっちゃったことは今更どうしようもありません。

 まあ今回以降は今言ったことを肝に命じておいてくださいね」

 「肝に命じてって……それじゃあ俺たちはどうしたら良いんです!?」

 祐一は思わず叫んだ。

 しかし秋子さんは動じない。いつもの笑顔であっさり言った。

 「お客さんは出来るだけ丁重に、でも玄関から上に上げないように頑張りましょうね」

 「…つらい戦いになりそうですね」






  そして祐一たちはみな出動のため、各々の持ち場へと急ぐ。

 その後ろ姿を見送った秋子さんはつぶやいた。

 「私たちの戦いはいつもつらいんですよ」

 そして秋子さんも出動するべくミニパトへと向かう。

 とその背後から課長が声をかけてきた。

 「水瀬くん、ちょっといいかね」

 「了承」

 振り向く秋子さん。すると課長は真剣な面持ちであった。

 「どうしたんです?」

 「とうとう自衛隊が出動することになった」

 「…ついにですか」

 「災害出動の要請という形をとったそうだよ。

 それとどういう訳か米軍が協力を申し出ている」

 「米軍が? それはまたどうしてです?」

 秋子さんの質問に、しかし課長は首を横に振った。

 「私にはわからんよ。どうも上の方がなにやらごそごそ動いているようだが……。

 なあ水瀬くん、これは災害なんかではなくて…人災…いや何か『犯罪』があったような

 気がしないかね?」

 課長の言葉に秋子さんは反応しない。

 すると課長は笑った。

 「いや、いいんだ。この話は聞き流してくれたまえ。出動前にすまなかった」

 そして課長は来た時のようにプラッと課長室へと戻っていく。

 (やはり課長も警官ですね)

 頼りない上司の意外な一面に秋子さんはかすかに笑う。

 とその背後から美汐が声をかけてきた。

 「秋子さん、出動準備完了しました」

 「了承。それじゃあ行きましょうね」


  かくして第二小隊は怪物と戦うべく、特車二課を出動していったのであった。








  「留美ちゃん・詩子ちゃん。スタンスティックまだ使える?」

 みさきは僚機に機体状況を確認する。

 だが帰ってきた答えは予想通りと言うべきか、芳しいものではなかった。

 『212号機、バッテリーが持たないわ!』

 『213号機、右に同じ』
 
 「うぅ〜、もうちょっとで何とかなりそうなのに〜!!」

 手詰まりな状況にみさきは悔しそうに唸った。

 スタンスティックによる電撃は確かに有効だ。

 しかしだからといって致命傷を与えることは出来ない。

 また無暗やたらに重火器を使うことは出来ない。

 第二小隊がブリーフィングで聞いたことは、今や第一小隊にも伝えられていたからだ。

 どうしようもない状況だよ……みさきがそう考えていると13号は向きを変え、貯木場

 へと飛び込んだ。

 「しまった、逃げられるよ!!」



  まさにみさきの言うとおりになった。

 13号は浮かんでいる無数の木材を巻き込みながら貯木場へ飛び込む。

 「しまった!!」

 その様子を見守っていた由起子さんは思わず叫んだ。

 このまま陸の上にとどめ置けば、第二小隊と何とか出来たかもしれなかったからだ。

 しかしそれはもはや後の祭り、13号をとりのがした今となっては事後の準備が必要だ。

 「防衛線! 目標が貯木場内部に逃げ込んだ!! そっちの警戒を強化しなさい!!」





 そしてそのころ東都生物工学研究所にて。

 スタッフの誰もが予想していなかったとんでもないことが起こっていた。



  「所長、大変です!!」

 ドアをノックもせずに飛び込んできた貴島和宏に所長である来栖は眉をしかめた。

 「何だね、貴島くん。騒々しいぞ」

 「T…T細胞が…培養していたT細胞が全滅しているんです!!」

 「何!?」

 あまりの報告に来栖は驚愕した。

 そしてすぐに貴島を問いただす。

 「一体どうしてそんなことになったんだね!?」

 「それが温度を…設定温度を誰かがいじくったんです。

 これでは『時限爆弾』が製造できません!!」






  そしてそれから数十分後。

 所長室には三人の男女が真剣は表情で向かい合っていた。



  「さて話を聞かせてもらおうか、望月くん。

 培養中のT細胞を破壊したのは君だな?」」

 来栖の言葉に綾芽はうなずいた。

 「その通りよ」

 「なぜそんな馬鹿な真似を!?」

 綾芽の言葉に来栖は感情を抑えきれなくなったのか叫ぶ。

 しかし綾芽は淡々と答えた。

 「今は13号を殺すべきではないからよ」

 「殺すべきではない? あの怪物を!?」

 「怪物? 十年近くの研究成果を『怪物』と言うの?」

 「望月…」

 貴島が綾芽をたしなめようと口を挟む。しかし綾芽は無視して続けた。

 「姉の研究を踏み台にして『廃棄物』シリーズを生み出し…米軍と手を組んで生物兵器

 の研究に勤しんだ来栖敏郎博士の最も偉大な研究成果を『怪物』と言う?」

 「13号はイレギュラーだ!! 研究プランの上で出来上がったものではない!!」

 来栖の強い口調にも綾芽はひるまなかった。

 「未知の生命体を人間の手でいじくろうとしたのよ、それくらいは覚悟すべきだわ。

 培養槽で育てようが海で育てようが同じことだもの。

 それとも所長はその覚悟もなしに『廃棄物』の研究を続けてきたのかしら?」

 「だからこそ『時限爆弾』の製造に取りかかったのではないか!!」

 「そうだぞ、望月! 所長は所長なりに今回の事故に責任を感じて…」

 「貴島くんは黙っていて!!」

 来栖の弁明、そしてそれに同調した貴島の言葉を綾芽は一喝した。

 「『時限爆弾』と引き替えに免責を勝ち取ろうとしたののよね?

 おそらく米軍を通じて取引しようとしたのだろうけど『時限爆弾』の製造が困難に

 なった今となっては、どうのように責任をとるのかしら?」

 「き、貴様…何が目的だ!! 私になにをしろと……」

 弱々しい来栖の言葉、それに対して綾芽は毅然と言い切った。

 「姉、望月幾美の研究を私物化し、その方向をねじ曲げた成果があの怪物だと世間に

 知らしめれば?

 『あの生き物を作り出したのは自分たちだ』と胸を張って発表すれば良いのよ!!

 それまでは姉の鬼子として…13号はわたしが守るわ」

 「君は自分のしたことがわかっているのか!?」

 綾芽の主張に来栖はデスクを叩き、叫んだ。

 「T細胞を失くしたことによって13号を殺す方法も失ったのかもしれないのだぞ!!」

 「それは仕方がないわね」

 来栖の言葉に綾芽は笑った。

 「13号がこの先、さらに成長を続けるか……あるいはどこかで増殖を始めるとして……

 もし人間社会を脅かす存在になったとして……それは自然が13号の存在を認めた事……

 それはわたしたちにとって喜ぶべき事ではないのかしら?」







あとがき

すいません。まただいぶ遅くなっちゃいました。

これもHDDが壊れたり、ディスプレイが死んだのがいけないんです。

…次こそ、もっと早く更新しよっと。



2002.10.29



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