機動警察Kanon第156話




 




  その夜、都内、荒川河口付近にて。

 特車二課第一小隊の深山雪見巡査部長・川名みさき巡査部長・上月澪巡査の三人は

 地元所轄の警官たち数名とともに警戒に当たっていた。
 


 
  「まったく怪獣とやらはどこにいるのかしらね?」

 荒川堤防上に上がり、真っ暗な川を観察した雪見はつぶやいた。

 水面上にも、堤防の上にもその姿は見えない。

 怪獣への警戒のため、立ち入り禁止区域になっている堤防上には、一台の車が停まって

 いるだけだ。

 しかもその車には警察官が懐中電灯を片手に駆け寄っていく。

 雪見のやることなど、何もない。

 「一体いつまでこんなことをしていなくちゃいけないの?」

 「それはね、雪ちゃん。勤務時間が終わるまでだよ」

 『そうなの、そうなの』

 みさきと澪の言葉に雪見は思わずため息をついた。

 「あのね!!

 私が言いたいのは一体いつまでこんなバカな任務をしなくちゃいけないのかってよ!」

 「え〜っ、バカな任務じゃないよ〜。だって雪ちゃん、怪獣退治だよ?」

 『部長、萌え…じゃなくて燃えないの?』

 「…私は怪獣のような非常識な存在と嬉々としてやりあうような趣味はないわよ」

 「雪ちゃん、つまんないよ〜」

 『部長、ゆとり無さすぎなの〜』

 「はい、はい。勝手にほざいていなさい」

 みさきと澪の抗議を適当に流していると、禁止区域に止めてあった車に向かったはずの

 警官が三人の側に立っていた。



  「あの車はどうだったの?」

 雪見が尋ねると、まだ奉職1年目っぽい初々しい警官は顔を赤らめた。

 「そ、それがその…なんと言いますか…」

 「しっかり報告しなさい!」

 煮え切らない態度に雪見が一喝すると警官は思わず敬礼して叫んだ。

 「報告します! 

 あの車の中ではアベックが二人、カーセックスにいそしんでおりました!!」

 「あっそ」

 素っ気ない態度をとる雪見。
 
 だが暗がりではっきりは見えないが顔を赤らめているのだ。

 意外と純情ですね、雪ちゃん。



  しかし相棒の二人はそんな雪見の繊細な心とは関係なかった。

 「わっ、雪ちゃん。私、そういうの見たこと無いんだ。見に行こうよ♪」

 『お芝居の勉強に最適なの。見に行こうなの』

 「二人とも警官がそんなこと口にしないの!!」

 雪見は二人を怒鳴りつける。

 そして妙齢な二人の女性の言葉に唖然としている警官に指示した。

 「恥ずかしいかもしれないけど、あそこは立ち入り禁止区域だから、場所移動させて」

 「一応、危険ですからとは言ったんですが、今良いところだから後で…と」

 「…個人の事情なんか無視しなさい。何かあったからでは遅いのだから」

 「は、はい!」

 またも敬礼する警官。その彼に雪見は言った。

 「それじゃあ、私たちは他の所へパトロールしてくるから、後よろしく」

 「了解しました。それではよろしくお願いします」

 そう言って、また車へと駆けていく警官。

 その背中を見送った雪見はパンと手をたたくと言った。

 「それじゃあ次行くわよ、次」

 「え〜っ、雪ちゃんひどいよ〜」

 『部長、横暴なの!』

 ブウブウ文句をつけてくる二人。

 だが雪見はそんな二人を無視して指揮車・キャリアへと向かった。

 


  「ほらほら、キリキリ働きなさい!」

 みさきと澪の二人をキャリアへ放り込むと、雪見は指揮車へ乗り込もうとドアを開けた。

 するとその時、堤防に「ドパァーン!」と大きな波がぶつかった音がしたではないか。

 「いったい何かしら?」

 気になった雪見は半分は入り込んでいた指揮車から降りると、みさきと澪に現場待機を

 命じ、堤防に向かって走った。

 


  「一体何事なの!?」

 雪見が警官に尋ねると、警官は肩をすくめた。

 「どうやらレイバーのようです。…にしても錆び付いたような音を立てていますね」

 確かに海中にはレイバーらしき影が見える。

 しかし今ここは怪獣騒動による立ち入り禁止区域、しかも無灯火だ。

 「全く何を考えているのかしら、あのレイバーのパイロットは…」

 雪見がぶつくさ文句を言うと警官もうなずいた。

 「全くです。警告してやりましょう」

 「そうしてちょうだい」

 警官はパトカーに積んである、無線機兼拡声器のマイクを手に取ろうとした。

 そして警官は見た。

 レイバーにはあり得ない、とんでもないものを……。



  「巡査部長!!」

 「何よ?」

 警官の呼びかけに答える雪見、すると警官はレイバーを指さし、叫んだ。

 「あれを見てください!!」

 「えっ!?」

 慌てて雪見がレイバーに視線をやると…その機体から無数の触手…そして巨大なしっぽ

 が姿を現していた。

 「まさか怪物…?」

 思わず唖然とする雪見。

 だが

 「そのまさかです!! くそっ、本部! 応答願います!! 本部!!」

 と職務に忠実であろうとする新人警察官の行動にはっと我に返った。

 「みさき!! すぐに211号機を起動させ、堤防上に上がってきなさい!!」

 『…えっ、どういうこと?』

 事態が飲み込めないのだろう、みさきは聞き返してきたが雪見はそれを無視した。

 「あんたのお望みの怪獣がでたのよ!! みさきに上月さん、急ぎなさい!!」




 「211号機、堤防の北へ。212号機は堤防中央、213号機は南の車道から入りなさい!!

 キャリアは南北に一台ずつつけて車道を塞ぎなさい!!」

 現場へ急行中の由起子さんは次々と指示を出す。

 『1号指揮車より、隊長へ。キャリアは堤防上に上がれない』

 雪見の現場報告に由起子さんはすぐに新たな指示を与える。

 「各指揮車は堤防上へ! キャリアは登り口にぴったりつけなさい!!」

 『一号了解!』

 『二号了解!』

 『三号了解!』

 三名の指揮者の言葉に由起子さんは少しだけほっとした。

、そしてついさっき秋子さんが危惧した通りの展開にぎっと歯を食いしばった。

 (まさかこんな浅いところに上がってくるなんて…。秋子先輩の考えたとおりだわ…)

 



  ガシャァーン!!

 怪獣の巨大なしっぽが荒川堤防上に停めてあった車を一撃で粉砕する。

 その光景に車の持ち主の男は足を止め、思わず嘆いた。

 「俺の…俺の車が!!」

 「バカ!! 車よりも自分の命の方が大切だろ!!」

 慌てて警官は男を引きする。

 ちなみに男と一緒にいた女はさっさと堤防上に逃げて、今はそれなりに安全な場所だ。

 「おい!! 早く、早く!!」

 「わかっている!!」

 なんとか男もそれなりに安全なところまで確保した。

 と思ったがすぐに怪獣は堤防上にはい上がってきた。

 その巨体が警官&男&女のすぐそばに迫る!!

 






  
ビィー ビィー ビィー

 特車二課にサイレンが響き渡った。

 そしてアナウンスで荒川に怪獣が出現したことをけたたましく告げる。

 たちどころに特車二課内は出動準備で騒がしくなった。



  「名雪、寝ている場合じゃないぞ!! さっさと起きろ!!」

 のんびり起こす時間がもったいない祐一は問答無用で宿直室に飛び込んだ。

 そしてカエル柄のパジャマですやすや熟睡している名雪の胸ぐらをつかんだ。

 「おい、早く起きろ!!」

 だが名雪は…

 「うにゅ〜、わたしニンジン食べられるよ。らっきょだって大丈夫…」

 「…寝ぼけている場合じゃないんだぞ! …こうなったら最終手段のジャムで……」

 「わっ、起きたよ!!」

 祐一が最終手段を口に出しかかったとたん名雪は飛び起きた。

 よっぽどジャムがイヤらしい。

 「よし、さっさと着替えろ!!」

 名雪が起きたのを確認するや、祐一は枕元においてあった制服を名雪に手渡す。

 「………」

 「何をしている!? 早くしろ!!」

 いつまでたっても着替えない名雪に祐一が不審がると、名雪は口をとがらせた。

 「一体いつまでそこにいるんだよ! 着替えられないじゃない!!」

 「俺はいっこうに気にしないぞ」

 祐一が胸を張って威張ると、名雪はぬいぐるみのけろぴーを投げつけて叫んだ。

 「わたしは気にするんだよ!!」




  「若洲の外側ですか?」

 秋子さんは第一小隊からの報告に首をかしげた。

 「おかしいですね。行動がとんでいるのですけれど…」

 そこへあゆがやってきた。

 「秋子さん、第二小隊全員そろったよ」

 「わかりました。いきます」

 出動前のブリーフィングのため、オフィスへ急ぐ秋子さんとあゆ。

 すると特車二課で事務を担当している職員がファックス用紙の束を持ってきた。

 「水瀬警部補、本庁からのファクッスです」

 「こんな時間にですか?」

 ファックスを受け取った秋子さんは歩きながら、手早く中をチェックしたのであった。



  ギュギュギュ

 美汐は手際よく、十個あまりのおにぎりを握る。

 「はい、終わりです。仮眠組の方のために包んであげてください。

 食事をとるような暇はありませんから」

 美汐の言葉に栞はうなずいた。

 「わかりました。それにしてもさすが天野さんですね。こういうのはすごく上手です」

 「…栞さん。それは遠回しに私のことをおばさん臭いと言っているのですか?」

 「そんなこと言いません! 天野さん、最近被害者意識強くありませんか!?」

 「…そうかもしれません」

 「そんな失礼なことを言うのは祐一さんだけですから気にしない方がいいですよ」

 「…そうします」



  「秋子さんはまだ!?」

 怪獣出現の知らせにいきり立った真琴は吠える。
 
 するとタイミングよく、あゆと秋子さんがオフィス内に入ってきた。

 「真琴、今からそんなにいきり立っていると疲れますよ」

 「秋子さん!! 何グズグズしているの!? 早く出動しようよ!!」

 真琴の言葉に珍しく祐一も賛意を表した。

 「フォーメーションは確立しているんです、奴を水際で叩きましょう!!」

 しかし秋子さんは首を横に振った。

 「残念ですけどそれは無駄に終わりそうです。奴はもう上陸したそうですから」

 「「「「……えっ〜!?」」」」






 「撃ち方、用意!!」

 この場にいた四人の警察官…その中で一番階級の高い巡査長の指示に警官たちはM60に

 手をやった。

 彼らとてまさか怪獣相手に拳銃を発砲する羽目に陥ろうとは思っていなかったであろう。

 しかし降りかかる火の粉は払わねばならない。

 四人の警官は一斉に銃を構える。

 とそこへ運悪く、一号指揮車が堤防上に上がってきてしまった。



  「あっ!!」

 まさか怪獣がここまでもう来ていようとは……。

 予想外の展開に雪見は一瞬、思考が停止してしまう。

 そして怪獣はその一瞬の隙を見逃さなかった。

 指揮車に対してその巨大な手で殴りかかってくる!!


 
 ドガァーン!!

 「きゃぁ!!」

 圧倒的な力で、指揮車は堤防上から突き飛ばされる。

 「くそっ、撃て!!」

 
バン バン バン

 仲間の危機に、警官たちは銃をいっせいに発砲する。

 しかし

 キン キン キン

 38口径の銃弾はあっさり弾かれた。

 「な、なんて奴…レイバーを着込んでいるのか……」

 そう、怪獣はレイバーを着込んでいたのだ。

 そのため、始めはレイバーと勘違いをし、そして今銃弾をあっさり弾かれたのだ。

 これでは警官による発砲など威嚇にもなりはしない。

 そして怪獣は堤防下につき落とした指揮車に牙をむこうと足を一歩踏み出した。

 そこへ

 「雪ちゃん、助けに来たよ!!」

 川名みさき巡査部長の駆る211号機が姿を現した。

 211号機は怪獣に向かって突進する。

 「雪ちゃんはやらせないよ!!」

 「ギャオース!!」



  そこへ現場へ急行中だった由起子さん&212号機の隊員たちがやっと現場に到着した。



  「ねえ、浩平。目の前で起こっていること信じられる?」

 甥で部下である、折原浩平に尋ねる由起子さん。

 すると浩平は首を横に振った。

 「まさか。俺は今回の事件は警察の冗談だとばかり思っていたぞ」

 「そんなわけないでしょ…」

 あきれたようにつぶやく由起子さん。

 そして無線のマイクを手に取ると第一小隊各機に指示を出した。

 「各機、化け物を海に逃がさないように! 陸上で仕留めるわよ」





  「ちょっとダメよ! こっから先は立ち入り禁止区域なんだから!!」

 荒川へと続く道に進もうとする車を警官は呼び止めた。

 すると運転席から男が顔をのぞかせた。

 「資材の引き取りに来たんだけど…ダメ?」

 「ダメ」

 警官の言葉に助手席にいた女が運転手に声をかけた。

 「仕方がない。今夜は帰る」

 「そうですね」

 車はUターンして荒川をどんどん離れていく。

 そしてやがて時計が午後九時を指し示したところで助手席の女…川澄舞は後部座席の

 部下に尋ねた。

 「…警察無線の解読は?」

 すると舞の部下はうなずいた。

 「間違いありません。若洲の騒ぎは例の怪物です」

 「わかった」

 すると舞は携帯電話を取り出し、素早く電話した。

 すぐにコール音がやみ、相手が電話にでる。

 「明石、ASURAの発信はあった?」

 『ありました、たった今です!

 海上封鎖されていますので正確な測定が出来ないのが残念ですが…発信地点は

 そちらより南寄りの海中です』

 「海中?」

 『はい。発信時間は五秒。浦安沖の受信ブイが捉えています。ちなみにですね…』

 「いや、もういい。ご苦労さん」

 詳しく説明しようとする明石の言葉を遮ると舞はかすかに笑った。

 「あれがASURAを飲み込んでいないことがわかっただけで大収穫。ASURAは取り返す」

 舞は決意を新たにするのであった。





あとがき

HP開設二周年〜♪



2002.10.21


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