機動警察Kanon第155話

 

 

 

 

 

 

 「どう思いますか?」

秋子さんの突然の言葉に由起子さんはとまどった。

「一体何のことですか?」

「今日の決定のことですよ。

これでいよいよ本格的に怪物と対峙することになったわけですが…

その前に第一小隊の隊長の心構えを聞いておきたいと思いまして」

「実感がわかないです」

即答した由起子さんの言葉に、秋子さんはうなずいた。

「それは当然ですよね。こんな事件、そうそう起こるわけないですし」

「第二小隊は経験済み、そうだったのでは?」

「公式には認められていませんからね」

苦笑する秋子さん。

「だからですか、先輩の部下たちが張り切っているのは? 

まあどっちにしても相手が海の中ではいくらKanonでも手の出しようがないですけど」

由起子さんがそう言うと秋子さんはきっと表情を引き締めた。

「メンテナンスベースの一件を忘れてはいけませんよ、由起子さん。

奴は水のない所へ揚がってきたんです。その時、私たちはどうしたらいいのか?」

「例の電話のことを気にしているんですか?」

 

 

 

 

 「そんなのイタズラ電話に決まってるわよ!!」

宿直室で寝転がり、肉まんを頬ばっていた真琴は昼間の電話の一件をあゆから聞き、思わず叫んだ。

「そ、そうかな……」

あゆの言葉に真琴は力強くうなずく。

「当たり前よ!! それにしてもよりによって警察にイタズラ電話とはね…、良い度胸よ。そうは思わない!?」

「うぐぅ…そ、それはまあ……」

まさか自分が出たとは言えないあゆはもうすっかり腰が引けている。

「誰が電話をとったのか知らないけど、そんな奴、相手にすることなんかないのよ!!

大声で怒鳴りつけてやればそれでいいの!! ねえ、あゆあゆ!?」

「うぐぅ……」

完全に縮こまってしまったあゆ。

そのあゆを尻目に祐一はつぶやいた。

「それにしても『すぐには攻撃するな』っていうのが気になるな」

「すぐでなければ良いんじゃないの?」

「おお、成る程。そういう風に受け取れるな」

名雪の言葉に祐一はぽんと手をたたく。

すると祐一に真琴がかみついてきた。

「あう〜っ、もしそんなことになったら真琴、許さないんだから!! 

だいいち、相手が凶暴極まりない化け物なのにすぐ攻撃しないでいつ攻撃するのよ!!」

「でも真琴、相手は頭半分吹き飛ばしても生きているような化け物だよ。常識が通用しないんだよ〜」

名雪がそういうと真琴は鼻で笑った。

「非常識!? はぁん、上等よ!!

明日の朝、警察発表があれば沿岸から労働者や住民もいなくなるし、何の後顧の憂いもなく、

その非常識を蜂の巣にしてあげるんだから!!」

「うぐぅ、真琴ちゃん、憂いたことあったの?」

 

つぶやくあゆを無視して真琴は一人、歓喜の笑い声をあげるのであった。

 

 

 

 

 翌朝

新聞の一面にはデカデカと『東京湾に未知の怪 犠牲者すでに数名に』という記事が。

テレビニュースでは番組スタート開始直後から延々と記者会見の模様が放映される。

 

 そして東京湾沿岸では……。

警察によって発表された未知の海中生物を一目見ようと多くの人々が続々と詰めかけてきたのであった。

 

 「あう〜っ、なんて非常識な連中なのよ〜!!」

 

 

 

 

 

  「本庁からの要請で沿岸警備に出動することになりました」

出動前のブリーフィング。その席での美汐の発言に名雪はびっくりした。

「えっ、出動するの?」

「はい、そうです」

名雪の言葉に美汐はうなずいた。

「名目上としては万が一怪物が上陸したときに備える…なんですが」

「天野さんがそう言うってことは違うんですか?」

栞の言葉に苦笑いした。

「実際の所、要請されているのは路上駐車中の車の撤去、ならびに報道屋さん向けのPRといったところですから」

「本当にそれだけか?」

「とりあえずはそうですよ、相沢さん。まあ後々、面倒なことを押しつけられる可能性は無きにしろあらずですけどね」

「面倒だな」

「まあ面倒なのはいつものことですし」

「だからイヤなんだがな」

「まあうちの小隊は何でもあり、って上の方々に思われているようですから」

「あう〜っ、それじゃあ怪物退治はどうなるのよ〜!?」

美汐の言葉に叫ぶ真琴。するとブリーフィングをおとなしく聞いていた秋子さんが口を挟んだ。

「私もこんな事態は想定していなかったんですけどね。

それでもまあ、お仕事があるのは、人生の喜びと思って行きましょう」

「で、でも秋子さん〜」

泣き言を漏らす真琴。だが秋子さんはぴしゃりと言い切った。

「出発は二十分後です。みんな、張り切っていきましょうね」

 

 

 

 

 そして第二小隊が出動した先……東京湾沿岸はすさまじい状態であった。

好奇心旺盛といえば聞こえは良いであろう。

しかし実際は想像力に欠けた日本中、いや世界中の馬鹿たちが集まっていたのである。

それゆえに現場は罵声と怒声が飛び交う、惨たる状況であった。

 

 

 「みんな、俺の話を聞いてくれ!!」

「おっ、何だ、何だ?」

「何か始まるのか?」

壇上の男の言葉に、怪物見物に訪れていた馬鹿たちの視線が一斉に集まる。

すると男はマイクを片手に演説を開始する。

「自然の摂理摂理に逆らった、無秩序かつ無軌道な開発によって、東京湾は今未曾有な危機にさらされています!!

マスコミに発表された怪物も、遺伝子工学が云々されていますが……」

そういう彼もまた、自分が非難している側の人間の一人であるのだが、そんなことを棚に上げて延々と避難し続ける。

 

 そうかと思えば

「一体いつになったら作業を再開できるんだよ!?」

「そんなのは怪物に聞け!! はっきり言って今、東京湾沿岸は非常に危険なんだぞ!!」

「あんたらは危険 、危険って言うがなあ! それじゃあいつになったら再開のメドがたつんだよ!?」

「あんたらは命が惜しくないのか!?」

工事の中止を決めたわけではない警察官に向かって、詰め寄る工事の作業員たちもいる。

 

 だがそれらはまとめて

「警察官としてはこれ以上被害を増やすわけにはいかないのだ。引き抜け!!」

の意見が代表されるように強制的に現場から退去願うのだ。

 

 その光景を眺めていた名雪は思わず感嘆の声を上げた。

「わぁ〜、機動隊のみんな、がんばっているね」

「うむ、ちゃんと税金分は働いているようだな」

うなずく祐一。そしてすかさず名雪に指示を出した。

「というわけだし、俺たちも給料分ぐらいはがんばろうや」

「うん、そうだね。やろうか」

 

 そしてけろぴーに名雪は乗り込む。

 

 「栞、けろぴーを起動させてくれ」

『わかりました』

そしてグォングォンと音をあげながらキャリアはけろぴーをデッキアップさせる。

「それじゃあ始めるぞ」

「わかったよ」

 

そして第二小隊の違法駐車車両撤去大作戦が開始された。

 

 

 『は〜い、ごめんね。ごめんね』

周囲にそう声をかけながらけろぴーが突き進む。

駐車違反の車を抱えて……。

そんな名雪に祐一は注意した。

「名雪、そっとやれよ、そっと。傷つけると文句つける馬鹿がいるからな」

『わかったよ〜』

名雪の返事に満足げにうなずいた祐一は手にした書類をちらっと見ると、マイクのスイッチを入れる。

「あーあー。練馬ナンバー・た・57−21の乗用車でおいでの方、ご覧の通り車を移動しますのでご了承ください」

「おわっ!?」

すぐ近くで叫び声が聞こえる。だが祐一は気にしない。

ただ任務を忠実に遂行するだけだ。というわけで事務的に駐車違反の車を撤去し続けるのであった。

 

 

 

 

 

 そしてその日の夜。

無事、本日の出動を終えた第二小隊は埋め立て地に引きこもり、本日の出動の反省会、

ならびに来るべき怪物との対決の備えてブリーフィングの真っ最中であった。

 

 

 「今日の仕事はなかなか上出来でした。抗議もたった17件でしたし」

ホワイトボードに書き込まれたフォーメーションを消しながら、珍しく美汐は今日の第二小隊について褒めた。

“抗議もたった17件”という言葉をどう捉えるかにもよるかもしれないが。

だが、秋子さんは美汐の言葉に同調した。

「本当、今日は良かったですよ。警備部ではなく、交通部としてもやっていけますね」

「うぐぅ、そうなのかな?」

「ちょっと疑問ですね」

あゆと真琴は首をかしげるが、ブリーフィングの司会者たる美汐は二人を無視して、締めに入った。

「まあレイバー使用時のフォーメーションはなお研究の余地がありますが、こと今回のような特殊な事例に

対処する場合にはむしろ、以上のA・B・Cの応用だけで十分だと思われます。

…名雪さんに真琴、聞いていますか?」

うつらうつらしていた名雪と、退屈そうにそっぽを向いていた真琴はあわてて叫んだ。

「もちろん聞いているよ!!」

「当たり前よ、美汐!!」

「…二人とも……まあ良いです。ところで第一小隊の小坂隊長の意見はどうですか?」

そんな二人の様子に美汐はため息をつき、そしてふと思い出したように第一小隊隊長の由起子さんに話を振る。

すると由起子さんは

「そうね。以上のフォーメーションはKanon使用時に限る…ということにしてほしいわ」

と言う。そして美汐はそんな由起子さんの発言に首をかしげた。

「といいますと?」

「第一小隊のONEでは水中で180度転回2秒は無理だからよ」

 

 

 

 

 「おーらい、おーらい」

ハンガー内で三機のONEがキャリアへと積み込まれる。

第二小隊の帰還と入れ違いに第一小隊が出動する。その準備のためだ。

そしてせわしなく動く整備員たちや第一小隊の面々。

その中でひときわ目立つのが第一小隊の面々を指揮する由起子さん。

その姿を見ながら祐一は口を開いた。

「由起子さんは優秀だけど現場の人だからな」

「うん、そうだね」

名雪はうなずいた。

「由起子さんはすごいよ。まだ特車二課が海のものとも山のものとも知れないうちから一人でやってきたんだから」

「そうだな。そして俺たちよりも年下だけど天野も優秀だ」

「わたしたちより年下なのに巡査部長さんだもんね。すごいよ」

「全くだ。ただ天野の奴はちょっと理屈が先走る嫌いがある」

「何も考えていないよりは良いと思うけど」

祐一の顔を見ながらの名雪の発言に、祐一はむっとした。

「…それは俺がなんにも考えていないということかな、名雪?」

「ち、違うよ!」

「本当か?」

ジト目で名雪の顔を凝視する祐一。そして名雪は祐一の視線にプイと顔を背ける。

「おい…」

「わたし、もう眠いんだぉ……」

「誤魔化すな」

「誤魔化してなんかいないんだぉ……」

たぶん本当に眠いのであろう。いつもならもうとっくに夢の世界に言っている時間だ。

するとその時、秋子さんが現れた。

「あらあら、二人ともこんなところで何をしているんです?」

「あっ、お母さんだぉ〜」

「秋子さん」

「私は何も修学旅行の引率をしているわけではないんですが仮眠組はしっかり寝てくださいね。

しばらく大変なんですから」

秋子さんの言葉に名雪と祐一はうなずいた。

「了承だぉ〜」

「わかりました」

 

そして二人はハンガーを出ていったのであった。

 

 

 

 

 そしてそのころSEJ企画七課では新たな行動がなされようとしているところであった。

 

 「お帰りなさい、課長代理」

色々とやることをやって帰ってきた舞に課員が出迎える。

それに対して舞はこくんとうなずくとそのままデスクへ向かおうとする。

すると課員はあわてて舞を呼び止めた。

「課長代理、倉田課長から国際電話がありまいた」

「佐祐理は何て?」

「『あはは〜っ、CNNみましたよ〜♪ 佐祐理も日本にいれば良かったですね♪』だそうです」

男が佐祐理さんの口調をまねるとかなり不気味だが舞は気にしなかった。

無表情のまま…でも嬉しそうにうなずく。

「佐祐理は元気でやっているみたい」

「それと先日の問い合わせの件について課長から話がありました」

「…何と言ってた?」

「『自信があれば使っても良いですよ♪』と」

「わかった」

舞はうなずくと電話機をとり、番号をプッシュした。

 

プルルル プルルル プルルル

 

 『はい、土浦研究所J9担当ですが』

数回のコール音の後、グリフォンのスタッフが出る。

そこで舞は本題を告げた。

「佐祐理から、この間の一件についてお許しが出た」

『本当ですか!?』

「嘘をついているとでも…?」

『いや、そういうわけではないです。それではその線で調整する、ということでよろしいですね?』

「任せた。でもあの狭いコクピット内に私、入れるの?」

舞は不安げに尋ねた。

なんせグリフォンのコクピットは小さいみちるが入るのが、やっとというサイズだったからだ。

だがスタッフは舞の不安を否定した。

『ASURAを入れなければ問題ありませんよ。私だって入れます』

「ん、わかった。後は任せる」

『はい、任されました』

 

 こうしてASURA回収作業は次の段階へと移行したのであった。

 

 

 

 

あとがき

だんだん1話1話が長くなっているような気がしますね。

 

 

 

2002.10.14

 

 

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