機動警察Kanon第153話

 

 

 

 

 

 

 東京湾を海上保安庁の巡視艇が突き進む!!

 

 東京湾上空をヘリが、飛行機が飛び交う!!

 

 

 

 そんな光景を埋め立て地の堤防で見た名雪は思わず呟いた。

「上申書、効いたのかな?」

「たった一日で効果が出るとは思えんが」

祐一が首をかしげると名雪も頷いた。

「そうだよね? 何かあったのかな?」

 

 

 

 その頃秋子さんは…課長と直談判中であった。

 

 「こんなもの軽々と受け付けるわけにはいかんよ!」

そう言う課長の目の前には『上申書』が置かれていた。

第二小隊の面々の総意による上申書…しかし課長の顔は苦虫をかみつぶしたようである。

「君だって20年以上警察官をやってきたんだろう、それくらいなぜわからない!?」

だが秋子さんはしれっとした表情のまま何も答えない。

その様子に課長は大きなため息をつくと顔を上げた。

「…君とて先日の会議の結果は知っているだろう。

海上および湾岸一帯の警備計画は始まっている。警察は無能な組織ではないぞ」

「でも腰が重いですね」

「相手の正体が不明な以上仕方がない」

「鑑定結果はどうなりました?」

すでに簡易鑑定はあがっているはず。

秋子さんは尋ねてみたが課長はその事には一言もふれようとしない。

「…水瀬くん、これはかってどのような警察組織も扱ったことのない事件だよ」

「ジオフロントでうちが扱っていますが」

公式には認められていない事件のことを秋子さんは言ったが課長は無視した。

「…とにかく前例の無い事件だ。慎重に取り組まなければならないのだよ!!」

「 昔、千葉県警がトラ狩りをやったことがありますよね」

「トラと化け物を一緒にするな!!」

 

 怪物よりも先に戦う相手がうじゃうじゃいる秋子さんなのであった。

 

 

 

 

 

 秋子さんが見えない相手と必死に戦っている頃。

特車二課第二小隊の面々は各々の範囲で出来る事、つまり怪物を相手にする準備を整えていた。

 

 

 

 ジャバ ジャバ ジャバ

 

 真琴の駆るKanon二号機は海の中を歩いてる。

その姿を埋め立て地堤防から眺めていた美汐は無線機を手に取った。

「真琴、どうですか? 膝まででしたら問題ないはずですけれど」

『うん、特に浸水警報はないみたい。格闘戦が無ければ何とかなると思うよ』

「そうですね」

真琴の言葉に頷いた美汐。

すると美汐と一緒に二号機を眺めていたあゆが声をかけてきた。

「怪物相手に格闘戦は無いよね?」

「はい。珍しく飛び道具だけで対処できる相手です」

「でも…当たるのかな?」

「………」

あゆの言葉に一瞬沈黙した美汐。だがすぐに気を取り直した。

「相手がレイバーではないのですから手加減する必要はありません。大丈夫ですよ」

「そうだと良いね」

「………」

 

 やっぱり不安な美汐なのであった。

 

 

 

 

 「Kanonを完全防水に出来ないか、ですって!?」

香里の言葉に祐一は頷いた。

「そうだ。胸まで…それが無理ならせめて腰まで……」

だが香里はあっさり却下した。

「馬鹿なことは言わないで、相沢くん。

確かにKanonは全天候型の汎用機だけど水陸両用を前提に設計されている訳じゃないのよ。

それに第一そんなことをしたら違法改造よ」

「黙っていればばれないだろ」

すると香里はむっとした。

「パトレイバーが違法改造だなって洒落にならないわ。絶対にだめ」

「どうしても?」

「言葉通りよ!!」

 

 全身で怒りを表してその場を去る香里を祐一はただ見送るしか出来ないのであった。

 

 

 

 

 

 「いいんですか」

由起子さんの言葉にぼーっとハンガー内を眺めながら考え事をしていた秋子さんは顔を上げた。

「何がです?」

「…課長に注意されたんですよね、差し出がましいことするなって」

「ええ、そうですよ」

「第二小隊の戦意は尋常ではないです。今のままですと暴走するしかありませんよ」

「胃の中の物を全部吐かせてしまった代わりに高めた士気です。水はさせませんよ」

「先輩がそう言っても……」

「こんな興奮状態は長くは続きませんからね。

それよりも早く怪物をつり上げる方法を考えないとまたしぼんでしまうのが悩みのタネです」

 

 そして秋子さんはまた考え込むのであった。

 

 

 

 

 

 そして所変わってSEJ東京支社の一階ロビーにて。

国崎往人部長刑事と神尾観鈴巡査の二人が一連のレイバー犯罪捜査の一件で捜査に来ているところであった。

 

 「遅いね、往人さん」

なかなかやってこないSEJの人事の人間を待ちくたびれたのかそう言う観鈴の言葉に往人は頷いた。

「確かに遅いな。まあクソ暑い外にいるよりエアコンの効いたこの中の方が良いだろう」

「そうだね。ASURAの情報をつかんでくれた秋子さんに感謝かな?」

「…お前、捜査官としての誇りを持てよ」

往人の言葉に観鈴は首をかしげた。

「そうかな。だって秋子さんが古柳先生の話を聞かなかったら手がかり全くなかったんだよ」

「まあ…そうだな」

「それはまあ往人さんの言うこともわかるよ。

でも私、手がかりを見つけるのは誰だって良いと思うよ。それで事件が少しでも早く解決するならね」

「…確かにそうかもな」

「でしょう。だからね、往人さん。がんばろ」

「ああ、そうだな」

往人が頷くと観鈴はニカーっと笑った。

「というわけだから往人さん、Keyの本社もすぐそばだし頑張ろうね♪」

「そうだな。時間があれば当たっちまおう」

するとその時、タイミングよくというかSEJの人事課長が二人の目の前に現れた。

「お待たせしました。人事課長の楊です」

「ああ、これはどうも」

 

 

 

 

 

 「…磯田と守山について刑事が訊きに来た?」

舞の言葉に久瀬は頷いた。

「はい。なんでも昭和63年の城南工大の研究員を訪ねてきているそうで……」

「…元研究員なら山ほどいるはず。あの二人に絞った理由は……?」

考え込む舞。だがすぐに気がついた。

「まさか古柳教室の研究員を当たっている!? ASURAの存在に気がついたのか、それとも……。

…まだ確証はないはず。久瀬、土浦に連絡を入れて二人に伝えておいて」

「尻尾を出すな、と?」

「はちみつくまさん」

舞は力強く頷き、そして続けざま指示を出した。

「それとサンパウロの佐祐理に連絡。今後の指示を仰いで」

 

 

 

 

 

 「ふうっ、とんでもない生命力だな。まだ生きている細胞があるよ」

東都生物工学研究所の所長の来栖は電子顕微鏡から目を離しながら嘆息した。

電子顕微鏡越しに見ると、すでにとっくに死んだはずの廃棄物12号の実験体の細胞はまだ蠢いていたのだ。

「…自分の弱った細胞を食って生き延びています」

貴島の言葉に来栖は頷いた。

「分かり切っていたこととは言え…予想以上だな」

「そうですね…」

二人は鎮痛な面持ちで黙りこくってしまう。

だがやがて来栖はキッと決断した。

「12号の骨髄が冷凍保存されていたな」

「はっ……?」

「…いつでも使えるように準備しておいてくれ」

来栖のその一言に貴島はハッとした。

「“時限爆弾”を作るんですね?」

「そうだ。ここに至ってはやも得ない。殺す方向でもって行くしかないだろう」

「望月が残念がりますね」

廃棄物13号の実質的開発責任者の同僚の顔を思い浮かべて貴島がそう言うと来栖も悔しそうに叫んだ。

「バカな!! 残念なのは私だって同じ事だよ!! 13号の進化をこの手で止めなければいけないのだからな!!」

 

 

 

 

  東京湾沿岸のとある防波堤の上。

そしてその一角に駐車されてた一台の車の中で男と女が二人きりで密談を交わしていた。

 

 

 「そう……所長はそう言ったの?」

貴島和宏から先ほどの話を聞いた望月綾芽はそう呟いた。

それに対して貴島は頷く。

「明日から“時限爆弾”用T細胞の培養を開始するそうだ。

万が一の時、そいつを13号の体内に射ちこみ、13号を内部から崩壊させる」

「所長は科学者ではないわね。なぜ生かしておいて研究を続けようとしないのかしら」

綾芽はそう言うと車のドアを開け、車外へと出る。

「望月、何をするつもりだ?」

だが綾芽は答えずに車のトランクを開け、何かをゴソゴソと引っ張り出そうとする。

「おい、望月!」

すると綾芽が口を開いた。

「貴島くん、手伝ってくれない」

「手伝うって何を……」

戸惑いながらも車を降り、綾芽の元に歩み寄る貴島。

そして綾芽が車から降ろそうとしている物を見て、思わず驚いた。

「メタアルブミン! そんなものを何にするつもりだ!?」

「海に流すに決まっているわ。13号の餌にはこれが一番だもの」

「まさか、今までにもこんなことを!?」

詰問する貴島を綾芽はキッとにらみつけた。

「貴島くん…『廃棄物』シリーズの基礎研究はすべて姉の功績よ!! 所長の好きになんかさせないわ!!」

 

 

 

 

 

 「南極五号ですか!?」

秋子さんの言葉に由起子さんは思わず素っ頓狂な声を上げた。

すっかり動揺している。だがすぐに気を取り直すと秋子さんに文句を言った。

「何ですか、突然。先輩、いやらしいですよ」

「何か勘違いしていますよ、由起子さん。ダッチワイフの話ではないですよ」

「じゃあ何なんです?」

すると秋子さんは机の上に置いてあった封筒から書類を取り出した。

「南極五号標本。またの名をモチヅキ・セル。

一回目の報告の写しですよ。帝都大の池永教授の鑑定です」

「モチヅキ・セル!?」

「防疫センターの森久保博士も同じ報告ですね」

『部外秘』『マル秘』扱いの書類の写しを手に持っている秋子さんに由起子さんは呆れた。

「あきれましたね。そんな書類、こんなところに回って来る物ではありませんよ!!」

「そんなことよりも興味ありません? 件の怪物の手がかりですよ」

「それは興味ありますけど……」

由起子さんの言葉に秋子さんは笑った。

「それじゃあモチヅキ・セルについて説明してあげますね。

みんなもそんなところで立ち聞きしていないで中に入ったらどうです?」

「えっ!?」

驚く由起子さん。すると隊長室のドアが開き第二小隊の六人がぞろぞろと入ってきた。

「バレバレだったようですね」

「やはり秋子さんは誤魔化せられないな」

「うぐぅ〜」

「あうぅ〜」

「えう〜っ」

「だぉ〜」

そんな六人に秋子さんはにこり微笑んだ。

「それじゃあ続きを説明しますね。

何でも数年前に南極の古い地層から発見された隕石が、日本の学術調査団によって持ち帰られ、

それに含有された有機物の研究が日米合同で行われたそうなんです。

世間の注目を浴びない地味な研究だったそうですが地球生命のルーツを探るといった意味合いがあったらしいですね」

「スケールの大き過ぎてピンとこない話ですね」

由起子さんの言葉にうんうんと頷く第二小隊の面々。だが秋子さんは気にしなかった。

「まあ話はこれからです。で、この研究から一つの成果が生まれました。

当時、東都生物工学研究所第一研究室室長であった望月幾美博士による新種細胞の培養。

猛烈な勢いで進化する細胞だそうです」

「それがモチヅキ・セル?」

「そうです。

で、森久保博士の報告によると今回採取された肉片の組織分析の結果、その細胞の構成はモチヅキ・セルと

顕著な類似点が認められるものの、相違点もあり、最終的な結論に達するにはなお時間が必要、とありますね。

急いでくれないと困るんですが…そういえば東都生物工学研究所からまだ報告が来ていませんね」

秋子さんのその言葉に祐一が手を挙げた。

「どうぞ、祐一さん」

「それなら話は早いんじゃないですか。

もしそのモチヅキ・セルが怪物の素という可能性があるなら、望月博士に観てもらえばはっきりするんじゃないですか?」

すると名雪・栞・あゆも同意した。

「そうだぉ、そうだぉ〜」

「その通りですね」

「うぐぅ、ボクもそうだと思うよ」

だが秋子さんは首を横に振った。

「駄目なんですよ。望月幾美博士は数年前にガンでお亡くなりになっちゃっているんです」「「「「………」」」」

黙り込んでしまう四人。

すると今まで黙り込んでいた真琴が手を挙げた。

「秋子さん、いくらその博士が死んじゃっているからってそのナンタラ研究所は餅つき競るのお膝元なんだから資料ぐらいは残っているんじゃないの?」

微妙に何か勘違いしている真琴ではあったがその微妙な間違いは誰にも気が付かれなかった。

「真琴、その通りですね」

「偉いですよ、真琴」

「こんなのここまで話を聞いていれば当然出てくる発想よ!!」

秋子さんと美汐に褒められ、有天頂になった真琴を無視して名雪は呟いた。

「…でも鑑定書まだなんだよね?」

「…鑑定の『か』の字も出てこないのは変だな」

「本当に分析に手間取っているのか、それとも鑑定報告を出したくない理由があるのか……」

 

 祐一の言葉に秋子さんはただ考えこむのであった。

 

 

 

あとがき

綾芽の姉ちゃんの名前を調べるのに苦労しました。

やっぱ早いとこ「ONE2」、コンプリートしなきゃいけないよな〜。

 

 

 

2002.10.01

 

 

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