機動警察Kanon第149話

 

 

 

 名雪・祐一・栞・真琴・美汐・あゆの六人が由起子さんに撃退されたちょうどそのころ。

秋子さんは今回の事件の管轄である警視庁港警察署へとやって来ていた。

 

 

 

 「どうぞ、粗茶ですが」

「あら、ありがとう」

婦人警官の差し出されたお茶を受け取ると秋子さんは軽く口を付ける。

「なかなかおいしいですね」

秋子さんがお茶の感想を言うと港署に一緒に来ていた特車二課課長が苛立ったような声を上げた。

「水瀬くん! お茶などどうでも良いではないか!!」

「おいしいからおいしいって言ったんですけど…そうですね、先にお仕事の方を片づけることにします」

そして秋子さんはテーブルの上に置かれていた写真の束を手に取った。

そして一枚一枚丹念に丹念に眺めていく。

そして最後の一枚を見終わったところで秋子さんは傍らに立っていた警官に尋ねた。

「これの実物は監察局の方で?」

「はい、司法解剖にまわされました」

(解剖する部分なんて残っていませんのにね)

もはや体の一部……手やら足しか写っていない写真を見てそう思う秋子さん。

すると課長が感想を尋ねてきた。

「どうだね、水瀬くんの感触としては?」

「胃液が逆流しそうですね」

「しおらしいことを言うじゃないか」

「まかり間違えば可愛い部下をこんな目に遭わせることになっていたところなんです。

それを思うと吐き気がするということですね」

秋子さんの言葉に課長は感心したように頷いた。

「ふむ。正式な会議は明日本庁で行われるが、下手するとこの事件、特車二課におハチが回ってきそうだが…やれるか?」

いつもならば速効で「了承」が聞けるところ。だが今回は違っていた。

「了承……と言いたいのは山々ですが正直言うとやりたくないですね。

もっとも、相手が海の中というんでは我々の出番は無いと思いますけど」

「うんうん。そうありたいものだね、水瀬くん」

 

 

 

 港署の署長と打ち合わせがある課長を置いて秋子さんはミニパトに乗り込み一人、港署を後にする。

 

 

 「あら、あれは……」

その帰り道、秋子さんは事件のあったメンテナンスベースを見かけ、車を堤防上に止めた。

そして車を降りるとメンテナンスベースに視線をやる。

すでにメンテナンスベース内での鑑識作業も済み、今は工事車両がフル稼働での復旧作業中だ。

 

 

 「バビロンプロジェクトは魔窟ですね」

そう呟いた秋子さんはすぐそばに座って海を眺めている老人に気がついた。

これと言って特色のない白衣に身に包んだ老人……しかし秋子さんはその顔に覚えがあった。

ぴっちりとした襟元をさらにぴっと整えると秋子さんは老人に声をかけた。

「あのう、失礼ですが」

「はい、何でしょう?」

呼びかけに顔を上げる老人。

「城南工大の古柳先生ではありませんか?」

 








 

 「そうですか、大学はお辞めになられていたんですか」

簡単に挨拶をしたところで古柳先生の近状を聞いた秋子さんはちょっとだけ驚いた。

まさか大学を辞めていたとは知らなかったからだ。

だが古柳先生はそんな秋子さんの様子に気にもとめずに頷いた。

「もう5年になりますよ。身体にも多少ガタが来ましてな」

「現在はどちらに?」

秋子さんの問いかけに古柳先生はかすかに苦笑した。

「菱井の技術顧問のようなことをしていますが…いわゆる非常勤なんとかというやつでしてね、毎日ぶらぶらしているようなもんなんですよ」

「もったいないですね。レイバーシステムの生みの親とも言われる先生が何でまたそんな閑職に?」

「…そのレイバーシステムの生みの親というのはやめてくださいませんか。

わたしが研究していたのは『多足歩行の制御』にすぎません」

「しかし、それこそが現在のレイバーを生み出す決定打になりました。

レイバー開発史を紐解くと必ず先生の名前が出てきますよ」

特車二課に配属される際に猛勉強した知識を思い出しながらそう言う秋子さん。

すると古柳先生は感心した。

「お詳しいですな」

「職業柄そう言う本も読まなければいけませんので」

秋子さんがそう答えると古柳先生は遠い目をした。

「ではおわかりでしょう。現在のレイバーが私の考えていたものとは違うことを」

「使用用途を間違える人間はいつでもいますよ」

「用途などどうでもいいのです。わたしが求めていたのは生き物のように動く機械です。

現在動き回っているレイバーなど出来損ないですよ」

「そうですか」

「はい」

 

 二人の間に沈黙が走る。

がその沈黙を破るかのように古柳先生は口を開いた。

「それにしてもあの黒いやつ…あれは美しかったな……」

「それはこの冬に事件を起こしたやつのことですか?」

秋子さんが尋ねると古柳先生は頷いた。

「その通りです。わたしもテレビで見ただけだが…あれはかなり美しかった……」

「そうですか」

古柳先生の恍惚とした表情にさすがの秋子さんも口出しできない。

秋子さんが黙っていると古柳先生はいきなり振り向いた。

「そうそう…水瀬さんはASURAというのをご存じですかな?」

 

 

 

 

 

 

 「アシュラ?」

素っ頓狂な声を上げた由起子さんの言葉に秋子さんは頷いた。

「A・S・U・R・A……アシュラ。

城南工大の研究室で開発されたが、使途、その他難問が多く研究費の削減もあってついに日の目を

見なかった幻のフォーマットだそうですよ」

「OSですか?」

すると秋子さんは首をかしげた。

「OSの開発程度で学内がそんな大騒ぎになるとは思えませんね」

「コンピューターシステムそのものを開発していたと考えた方が自然ですね。

ところでそのASURAが何か?」

「そのASURAを使うとあの黒い奴くらいの動きは可能じゃないか、って言ったんですよ」

秋子さんのその言葉に由起子さんは心底感心した。

「…よくそんな話仕入れてきましたね」

「犬も歩けば棒に当たるって言いますし。まあ、古柳先生に出会ったのは偶然でしたけどね。

あの先生もずいぶん屈折していました」

「研究のコシを折られたからでじゃないですか?」

「きっとそうでしょうね。色々と難しい話を聞かされてしまいましたから。

でもこれは足がかりになりますよ。開発当時の生徒や研究員を洗い出してみる価値がありそうです。

国崎さんに連絡しておきましょう」

 

 そして秋子さんは最近出番のない広域犯罪捜査官国崎往人に連絡したのであった。

 

 

 

 

 

 唐突に場所が変わってここはSEJ本社の企画七課。

 

 「課長代理はいますか!?」

あわただしく駆け込んできた課員の言葉に課長代理の川澄舞は顔を上げた。

「…一体何? ASURAに関係ある?」

すると課員は頷いた。

「はい。発信の中断時間が長くなっています! 電池がもう保ちません!!」

「…最後の発信はいつ?」

「今朝の9時過ぎに三分間の発信がありました。その前には昨夜の21時に同じく三分です。

間隔が長くなっていますから後一週間保つかどうか……」

「現在どこにあるの?」

「ここです」

舞の質問に課員は海図を取り出し、測定したばかりのポイントを海図で示す。

その場所を見た舞はあることに気が付いた。

「そこはメンテナンスベースのそば。昨夜事件があった場所」

「そういえばそうですね。何か関係あるんでしょうか?」

「…わからない」

そう答えつつも舞は考え込む。

やがて考えがまとまったのであろう、受話機を手にすると電話をかけ始めたのであった。

 

 

 

 

 キュルルルー キュルルルー

 

 ハンガー内ではレイバーの整備作業が急ピッチで進められていた。

SEE TYPE SL-08、通称「サイレン」……高度な水中作業をも平気でこなせる最新モデルだ。

 

 「シールドの加工に多少時間がかかっていますが、調整自体は終わっています」

整備員の説明に舞は満足げに頷いた。

「これは良いレイバーだ。佐祐理にも見せてあげたい」

「まだSSSすら持っていない最新型ですからね。まあうちの方が顧客の業種が豊富っていうのもあるんですが」

「…海の中までカバーするとなるとどうしても必要なわけ?」

舞の質問に整備員は頷いた。

「はい、日本にはまだこの二台しかありません」

「虎の子…というわけ」

「ええ。ですから専務からの話でもなければ貸したくないんですよ。

聞いた話によるとカルデアも20台以上お釈迦にされたらしいですからね」

「メンテナンスベースの保安システムはかなり充実していると聞いた」

「そのはずです。まあもし今回の事件がテロだとしたらかなりの大規模なもんですよ」

「…そのせいでレイバーでも持っていなければ怖くて海にも潜れない」

舞の言葉に整備員は笑った。

「“あの”企画七課の人がそう言うんですから相当な物ですね。大事に使ってください。

うちとしても来週当たりから導入予定でしたから試験と思って使ってみてください」

「はちみつくまさん」

 

 

 

 

 

 そしてまた所変わって特車二課。

 

 ピ ピ ピ ポーン

 

 「八時だよ」

「もういいわよね」

あゆの言葉に真琴は頷いた。時計の針は午後八時を示している。

名雪・祐一・栞の仮眠はもうおしまい、というわけでそのままあゆを引き連れて宿直室へと向かう。

三人を起こすためだ…といっても真に手強いのは名雪一人だけだった。

 

 「三時間経ったんだから起きなさいよ!!」

そう叫びながらドアをドンドン叩くと祐一と栞の二人はすぐに出てきた。

しかしというべきか案の定というべきか名雪は一人起きてこない。

 

 

 「名雪さ〜ん、名雪さ〜ん!」

あゆが必死に声をかけ、身体を揺すぶるがまったく変化なし。

 

 「名雪、起きなさいよ〜!!」

「名雪さん、名雪さん。起きてください!」

真琴と栞も加わるが糠に釘状態、まったくをもって起きあがる気配がない。

 

 「…やっぱり名雪さんはボクたちには起せないよ」

「まったくね。どうして名雪はあんなに寝ていられるのかしら?」

「祐一さん、名雪さんを起こしてきてください」

結局祐一にお鉢が回ってくるわけで、そのことにうんざりしている祐一は

「面倒だな。オレンジ色の悪夢で起こしてみるか?」

と言ったところ、

「うぐぅ、祐一くんそれは酷いよ」

「そんなこと言う人、嫌いです」

「そんなことしたら許さないんだから!!」

というわけ。

仕方が無く祐一は三十分以上かけて名雪を叩き起こす羽目になってしまったのでありました。

 

 

 

 「眠れたか?」

「うん、よく眠れたよ♪ …祐一は眠られなかった? なんか疲れ果てているようだけど」

「誰のせいだ、誰の」

祐一が文句を言うと名雪は「あははっ」と乾いた笑い声を上げた。

「ひょっとしてわたしのせいかな?」

名雪の言葉に頷く祐一。

「他にどんな原因がある?」

「…どうか今夜は平和でありますように」

「ごまかすな!」

 

 

かくしてこの日は恙なく過ぎていくのでありました。

 

 

 

あとがき

コンペ用SS書いていたら遅くなってしまいました。

でもまだ未完なんだよね……期日までに間に合うのか!?

 

 

 

2002.09.10

 

 

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