機動警察Kanon第146話

 

 

 

 「…また出ている」

車から降りて東京湾を見たSEJ企画七課の課長代理川澄舞はうんざりしたように呟いた。

常人離れした舞の視線の先にはアメリカ海軍の特務艦が湾内をうろちょろしている姿が手に取るかのように見えるのだ。

「あの特務艦は一体いつになったら東京湾周遊をやめる気なんでしょう?」

双眼鏡を手にした部下もうんざり気味のようで舞に尋ねてくる。

だが舞にそんなこと舞に分かるはずがなかった。

「…私にわかるわけがない」

「それはそうですけど…くそっ! こっちはASURAの電池が今日切れるか明日切れるか…ってヒヤヒヤしているのに!!」

「…落ち着く。焦っても良い結果はでない」

「それは重々承知していますが…」

この時車内に残っていたもう一人の部下が叫んだ。

「課長代理!」

「…何?」

すると部下は首をかしげながら舞に報告した。

「ASURAの発信位置がまた違うそうです」

「…ASURAが勝手に動き回るはずがない」

「そうですよね? 何でだろう?」

 

 考えるが結論が出るはずもない。

「…ここで考えていても仕方がない。いったん会社へ戻る」

「了解しました」

舞と部下は車に乗り込もうとする、とその時近くで工事していた作業員が叫んだ。

「お〜い、そこの車!!特殊車両の通り道だから駐車しないでくれ!!!」

「今どけます!!」

あわててその場をどく車。そして通り抜けていく特殊車両を見て一同は驚いた。

「…特車二課…」

「しかも第二小隊です…」

「事件ですかね?」

その様子を見ていた作業員のおっちゃんは笑った。

「何だ、姉ちゃんたちあれが珍しいのか?」

おっちゃんの言葉に舞はフルフルと首を横に振った。

「違う…ただ何事か起こったのかと思っただけ」

「知らなかったのか? 最近始まったバビロン工区の巡回だよ。

レイバー犯罪を防ぐにはレイバーの密集地を見回るのが一番ってことなんだろうな」

「…知らなかった、ありがとう」

舞はそう言うと今度こそ車に乗り込んだ。

「…世の中どんどんやりにくくなる…」

「課長代理、出します」

「はちみつくまさん」

 

 そして企画七課の面々は会社へと戻っていったのであった。

 

 

 

 

 「よっこいせっと」

指揮車を降りた祐一はう〜んと声を上げながら背筋を伸ばした。

指揮車はちっちゃいので長時間乗っているとなかなかしんどいのだ。

そこへキャリアを降りた名雪が駆け寄ってきた。

「祐一、大丈夫?」

「おう、平気だ。それよりもさっさとすませて埋め立て地に戻ろうぜ」

祐一がそう言うと名雪は首を横に振った。

「ちゃんと時間いっぱいお仕事しないとダメだよ〜」

「今の世の中はダラダラ仕事するんじゃなくてメリハリをつけてやるもんだぞ」

「それは普通の会社だよ〜。わたしたちの場合は時間が余ったらその分パトロールしなくちゃ」

もっともな台詞に祐一は思わずうなだれた。

「…それじゃあ今日も一日ブイッと行きますか」

「ふぁいとだよ♪」

 

 かくして祐一たちはバビロンプロジェクト工区内をパトロールするのであった。

 

 

 

 そして数時間後。

祐一たちは未だにパトロール中であった。

 

 

 

 「はぁ〜、一体いつまで車回していれば良いんだ?」

指揮車の運転席で祐一はぼやいた。

すでに太陽は沈み辺りは真っ暗、光源と言えば指揮車とキャリアのヘッドライト。

それに夜間作業を行っている現場の作業灯ぐらいのものだ。

すると栞も無線機を通じて泣き言を言ってきた。

『えう〜っ、祐一さん。いつまで私たち、こんなことしてなくちゃいけないんですか〜?』

「それは俺が聞きたい」

『名雪さんなんか助手席で熟睡しているんですよ〜。私たちも早く帰りたいです〜』

栞の言葉に祐一はため息をついた。

「また寝ているのか、名雪は。栞も今は仕事中なんだから名雪を起せよ」

『祐一さん、奇跡って起きないから奇跡って言うんですよ』

「起きる可能性があるから奇跡って言うんだ。栞も名雪の起こし方マスターしろよ」

『それは祐一さんにお任せします。私、病弱ですから』

「病弱な奴は警察官になれないんだぞ」

祐一がそう言うと栞の反応がしばらく返ってこなかった。

『ガァ〜ピ〜……えっと電波状況が悪くて聞き取れません、どうぞ』

「…ごまかすな」

『もう一度お願いします、どうぞ』

どうやら絶対に名雪を起こすは嫌らしい。まあ一年近くも同僚として名雪に接していれば無理ないのかもしれないが。

「…わかった。名雪を起せなんてそんな酷なことはもう言わない」

仕方無く祐一がそう言うと今度は速攻で返事が返ってきた。

『了解しました♪』

「…現金なやつ」

『何か言いましたか?』

「いや、何も言っていない」

その時彼ら三人の次の目的地である15工区が見えてきた。

ここで祐一ははたと困った。

警察官は二人一組で行動するのが鉄則、だからさっきまで祐一は名雪と組んで行動していたのだ。

しかし今名雪は爆睡中、そこで

「栞、無駄だと思うが一応名雪をたたき起こせ」

と言うと栞は口をとがらせた。

『え〜、無駄だと思いますけど』

「…無駄だと思うが一応やれ」

『そんなこと言う人、嫌いです』

 

 

 

 15工区についた祐一は指揮車から降りると名雪ではなく栞と合流した。

「名雪は?」

祐一がそう尋ねると栞は肩をすくめた。

「やっぱり起きませんでした」

「…それじゃあ栞ついてこい」

「はい」

 

 

 

 コンコンコン

 

 祐一はプレハブ小屋のドアをノックした。

するとすぐにドアが開き、中から40才ぐらいであろうか、良く日に焼けた中年親父が顔を出した。

「一体何かね?」

「特車二課の者だけど現場の責任者いるか?」

すると中年親父は頷いた。

「俺がこの現場の責任者だけど」

「そいつは都合いいな。え〜っと聞きたいがあるんだが…今日もうこの工区、夜間作業は無いんだよな?」

警察に提出されている予定表を確認すると中年男は頷いた。

「ああ、今日はもうおしまいだよ。明日の朝は早いけどな」

「了解」

祐一は頷くと書類を閉じた。

「それじゃあ我々は帰りますんで」

「あっ、レイバーのキー、ちゃんと抜いておいてくださいね」

そう言って二人はプレハブ小屋を後にする。

「15工区は提出されている通り…○っと」

祐一は種類にチェック、そして指揮車に戻ろうとする。

その時栞があっと声をあげた。

「どうした栞?」

祐一が聞くと栞は首をかしげた。

「祐一さん、こんな時間なのに16工区明るいですね」

「16工区?」

祐一は手にした書類に目を通す。そしてすぐに笑った。

「あそこは0時まで作業するって提出されているから問題ないぞ」

「0時までですか? ずいぶん遅くまでやるんですね」

「なんでも水中用レイバーをメンテナンスベースに入れるらしいな」

「メンテナンスベースですか?」

聞き慣れない言葉に聞き返す栞、すると祐一海上を指さした。

「あそこにあるだろ、あれだよ」

「…なんか海の上にプラントみたいなのが組んでありますね」

「そうだ、あれがメンテナンスベースだ。

沖合の海上プラットホームに比べると規模は小さいけど橋で渡れるから連絡が良いのさ」

「じゃあ問題ないですね」

「そういうこと。それよりもあとちょっとだ、さっさと済ませて埋め立て地に帰ろうぜ」

「名雪さんも熟睡していることですしね♪」

 

 二人は笑うとそれぞれ指揮車・キャリアに乗り込み16工区へと向かったのであった。

 

 

 

 

 そのころメンテナンスベースではある異変が発生していたのであった。

 

 カチャカチャカチャ

 

 「あれ、変だな?」

電話を手にした作業員Aは首をかしげた。

電話が完全に不通状態なのだ。

「外に繋がらないのか?」

作業員Bの言葉にAは頷いた。

「そうなんだ。まさかこっちの海底ケーブルもいかれたのか?」

「故障だろ」

「そうだよな」

だがその時いきなりサイレンが鳴り響いた。思わず顔を見合わせる作業員たち。

だがすぐに彼らは我に返った。

「何が起こったんだ!?」

「セキュリティチェックしろ!!」

「わかった!!」

あわてて作業員の一人がコンピューターの前に座り込んだ。そしてキーボードを勢いよくたたく。

そして現在の状況を確認して思わず叫んだ。

「ガードロボットが作動しているぞ!!」

「侵入者か!?」

「そうらしい! 第一層の電源がダウン、しかも第二層のガードロボットまで動いているぞ!!」

「それって大がかりなテロか!?」

「わからん! が状況を確認してくる!!」

 

たちまちメンテナンスベースはあわただしくなった。

 

 

 

 

 ヒュウン ヒュウン ヒュウン ヒュウン

 

 メンテナンスベースのサイレンに16工区はたちまちあわただしくなった。

 

「一体何の音だ!?」

「警報じゃないのか!?」

「さっきまでついていたライトが消えているぞ!!」

「何か事故でもあったのか!?」

「ベースに電話も通じないぞ!!」

「何だって!?」

「それじゃあベースに行ってくる!!」

「電話が通じていないとなると警備会社の方にも緊急連絡が行っていないかもしれないぞ!

こっちから連絡を入れておけ!!」

 

その時である。祐一たちが16工区に着いたのは…。

 

 

 「何か騒がしいな」

指揮車から降り立った祐一は周囲の喧噪に眉をしかめた。

どう考えても異常事態が発生しているとしか思えなかったからだ。

「祐一さん!」

そこへ栞が駆け寄ってくる。そこで祐一は栞に指示した。

「俺は秋子さんに状況を報告するから栞は名雪を叩き起こして準備させておけ!」

「名雪さんを起こすなんて無理です〜」

「…じゃあ俺が名雪を起こすから栞が連絡してくれ!」

「わかりました!」

 

 二人は一斉に駆け出した。

 

 

 ピ ポ パ

 

 手早く特車二課の隊長室へ直結している電話番号をダイヤルする栞。

すると数回のコールの後、聞き慣れた穏やかな声が栞の耳元に届いた。

『はい、こちら特車二課ですが』

「わ、私栞ですけど異常事態なんです! 何したら良いんですか!?」

『落ち着いてください、栞さん。それだけの情報では何も指示できませんよ。

まずは落ち着いて現状を報告してください』

「えう〜っ、こんな状況で落ち着いてなんかいられませんよ〜」

『落ち着いて深呼吸してください。はい、一、二、三』

大きく深呼吸する栞、すると意外にも本当に落ち着いた。

「…えっと今16工区にいるんですけどメンテナンスベースで何か起こったみたいなんです。

どう対処したら良いんでしょうか?」

『どう対処したらって言われても栞ちゃん…何が起こっているのかも分からないのに判断を求められても困ります。

まずは事実の確認が先ですよ』

「そ、それがどうも電話連絡も取れないみたいなんです」

『電話連絡が取れない、ですか。それならなおさらです。

何が起こったのかどうかを可能な限り調べて連絡してください。

ところで祐一さんはどうしたんです?』

「祐一さんはえ〜っとその…名雪さんを起こしているはずです」

栞の説明に秋子さんは思わずため息をついた。

『祐一さんによろしくお願いします、と伝えておいてください。

それと必要なら応援にでますので無理しないようにと』

「はい」

 

 秋子さんへの報告が終わると栞は指揮車を出るとキャリアへと走った。

 

 で栞がキャリアに戻ると名雪は一応目覚めていた。

ただし涙目で頭を抱えている状況ではあったが……。

 

 

 「うぅ〜、なんだか知らないけど頭が痛いよ〜」

うなる名雪に祐一はあっさり言い放った。

「キャリアで寝ているうちに頭ぶつけたんだろ。それより緊急事態が発生だ。ただちにけろぴーに乗り込め!」

「祐一なんかごまかしていない?」

「していない」

「うぅ〜わかったよ……」

けろぴーへと乗り込む名雪。

その姿を見ていた栞は祐一にそっと尋ねてきた。

「祐一さん、どうやって名雪さんを起こしたんです?」

「キャリアから突き落とした」

祐一のその一言に栞は沈黙し、そしてもう一度尋ねた。

「…マジですか?」

「マジだ」

「…女の子相手に酷いですよ、祐一さん」

「緊急事態にいちいち名雪の相手はしていられんからな。それより栞、起動任せた」

「はい!!」

 

 

 こうしてメンテナンスベースでの死闘が今まさに繰り広げようとされるのであった。

 

 

 

あとがき

はぁ〜、今回はずいぶん間があいてしまってすいません。

二カ所ほど話がつまり、しかも長文化してしまったんで。

次はもっと早く更新しようと心がけたいです

 

 

2002.08.24

 

 

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