機動警察Kanon第144話

 

 

 

 ウゥゥゥ〜

 

 終業のサイレンが特車二課構内に響き渡る。

これで仕事は終了、そういうわけで勤務が終わる人たちはみな帰宅の準備を整える。

整備班班長美坂香里もその中の一人だった。

 

 

 「北川くん、あたし帰るからあとのこと任せたわよ」

香里がそう声をかけると北川はうなずいた。

「わかりました、班長!! おつかれさまです!!!」

「「「「「「「「お疲れ様です!!!」」」」」」

「はい、お疲れ様」

整備員達の挨拶を背に香里は更衣室へと歩き始める。と香里の目の前に人影が現れた。

 

 

「お姉ちゃん」

「あら栞、どうしたの?」

同じ職場で働いていても部署が違うので全然会うこと無い妹に香里が尋ねると栞は笑った。

「お姉ちゃん、久しぶりにどっか行かない?」

「どこかってどこよ? あたし明日非番だし家に帰って休みたいんだけど」

「そんなのはいつでも出来るんだから、ねっ!」

そう言って香里の背中をぐいぐいと押す栞に香里は叫んだ。

「ちょ、ちょっと栞何するの! あたしまだ着替えていない…」

「じゃあ早く着替えてください!」

 

ガッチャン

 

 更衣室に無理矢理押し込められた香里は仕方がなく着替え始めた。

「まったく栞は強引なんだから」

ブツブツ文句を言ってはいるようだが顔はにんまりしている。

妹とどっかに行くのがうれしくてたまらないのであろう。

「栞、準備できたわよ」

すぐに着替え終わると更衣室のドアを開けながら香里は言う。

するとそこには…

「遅いよ、香里〜」

「あらあら香里ちゃん、素敵な服ですね」

「どうも…」

栞の他に名雪&秋子さん&美汐の四人が立っていたのだ。

 

 「名雪に秋子さんに天野さん…どうして…?」

香里が尋ねると名雪はにっこり笑った。

「栞ちゃんから話聞いたよ〜、遊びに行くんだって? わたしも一緒に連れて行ってよ」

「な、名雪あんたね…。久しぶりの姉妹のふれあいを邪魔するんじゃないわよ」

「え〜、香里酷いよ〜」

「どこが酷いのよ!」

そう叫ぶと栞が香里をたしなめた。

「え〜、せっかくの機会なんですから名雪さんや秋子さんや天野さんも一緒に良いじゃないですか〜」

「…栞がそう言うなら仕方がないけど…」

妹には甘い香里が渋々うなずくと名雪は嬉しそうに笑った。

「わぁ〜、香里と一緒にどこか遊びに行くなんてすっごく久しぶりだね〜」

「私もそうですね」

「私は初めてですが」

 

 かくして五人は一緒に遊びに行くことになったのであった。

 

 

 

 

 

 「で何でここなわけ?」

周囲を見渡しながらジト目で栞を見る香里。

なぜならばそこは一軒の飲み屋であったからである。

いくら終業とはいえいつ呼び出されるか分からない特車二課に勤務する身の上で酒を飲んで良いのか…。

そう思った香里がそう言うと栞は悲しそうな表情をした。

「私、お姉ちゃんと一緒に一度で良いからこういうお店に来たかったのに…お姉ちゃんはイヤ?」

「うっ!」

その表情に香里は罪悪感一杯、すると外野の三人が口を挟んできた。

「香里…極悪人だよ」

「あらあら。香里ちゃん、妹さんの願い聞いてあげないんですね」

「そんな酷なことはないでしょう」

「お姉ちゃん…」

(栞、あんた確信犯でしょ!)

そうは思いつつも香里には栞の願いをむげには断れなかった。

仕方が無くうなずく香里。すると栞は満面の笑みを浮かべた。

「お姉ちゃんはだから大好きです♪ それじゃあ注文しましょうね」

そして栞は忙しそうに店内を回っている店員を呼び止めた。

「それじゃあま駆けつけ三杯と言うしまずはビールからいきましょう♪」

「ビールですか? 五人前でよろしいですね」

店員がそう言うと美汐が手を挙げた。

「私は帰りの車の運転をしなければなりませんので烏龍茶でお願いします」

「え〜、天野さん居酒屋に来てお酒飲まないんですか?」

「極悪だぉ〜!」

「そんなことは気にしなくても良いんですよ」

栞・名雪・秋子さんの言葉に美汐は反論した。

「けい…うちの会社で飲酒運転がばれたら大事ですよ。ましてうちの所属だったら…」

確かに新聞の三面記事・週刊誌をいっつも賑わせている特車二課の人間が飲酒運転でつかまったら大変なことになるであろう。

そう言う意味で美汐の言葉はきわめて良心に沿った正しい物であった。

だが…

「平気ですよ、天野さん。ちゃんと警察の見回りルートは調査済みですから」

「…そう言う問題ではありません」

「じゃあどういう問題なんだぉ〜!」

まだ飲んでいないのにもう酔っているのか、名雪?

「了承ですよ」

秋子さんの一撃必殺の了承、だが美汐は断固拒否した。

「なんと言われようと飲酒運転は絶対にダメです。というわけで店員さん、ビールは四つ、それに烏龍茶をお願いします」

「は、はい!」

ようやく注文が決まったのが嬉しいのか店員はそそくさとその場を立ち去ったのであった。

 

 

 

 

 「「「「「乾杯!!」」」」」

グラスをぶつけ合う音が辺りに響く。

 

 「ゴキュゴキュゴッキュン」

「プハァ〜」

 

 ジョッキに注がれたビールを一息に飲む四人。どうやらみんなそれなりにいける口のようだ。

美汐は一人、烏龍茶をマイペースで飲んでいる。

「あら栞、結構強いのね。あたしあんたの舌ってもっとお子様だと思っていたわ」

「そ、そんなこという人嫌いです!」

「おかわりだぉ〜!!」

「私はビールでは物足りませんので焼酎をボトルでお願いします」

「烏龍茶のお代わりを。それとおつまみを…」

「バニラアイスお願いします!」

「イチゴサンデーもだよ!」

「バニラアイスはありますがイチゴサンデーはちょっと…」

「だぉ〜、極悪だぉ〜!! 店長をよぶんだぉ〜!!!」

「あらあら、名雪。悪酔いしすぎのようでね」

「フ、フルーツの盛り合わせでいいんんだぉ……」

「冷酒。それとほっけと冷や奴とイカの塩辛と…」

「結構渋い趣味ですね」

「…あたしも、もしかしておばさんくさいのかしら?」

「あたしも…それはどういう意味ですか」

「言葉通りよ」

「そんな酷なことはないでしょう」

 

 まあそんなこんなはあったものの彼女たちは楽しくお酒(一人除く)を楽しむのであった。

 

 そして二時間後…

「く〜く〜く〜」

名雪は完全に轟沈、栞は撃沈しかけ、美汐は一滴もアルコールを飲んでいないので健在。

そして香里と秋子さんは差し向かってウィスキーをロックで飲み交わしているところであった。

 

 「秋子さん結構お酒強かったんですね」

「あらあら、香里ちゃんこそ強いですよ」

「そんなことないですよ」

「じゃあもう一杯行きます?」

「はい」

「「乾杯!!」」

軽々とウィスキーダブルを飲み干してしまう二人。

「おいしいですね」

「まったくです」

飲み干したグラスをテーブルに置く秋子さん、といきなり真剣な表情を浮かべた。

「香里ちゃん、お話があります」

「はい、何でしょう」

姿勢を整えながら聞き返す香里、すると秋子さんは言った。

「整備班のことです」

「! …その一件ですか」

「はい、その一件です」

うなずく秋子さん、するとそこへ半分酔った栞が割り込んできた。

「お姉ちゃんは潔癖過ぎなんですよ〜男なんてみんなHなんですから〜エロ本焚書はやりすぎですぅ〜」

「それとこれとは関係ないわ」

「いいえ関係あります〜だからお姉ちゃんは未だに男っ気がないんですぅ〜」

「…よけいなお世話よ。だいたいあんただってそうでしょ」

「うぅ〜、私だってシナリオ次第では祐一さんと…」

「あたしにエロゲーのヒロインをやる妹なんていないわ」

「そ、そんなこと言う人、きらいですぅ!!」

「香里〜言い過ぎだぉ〜!!」

そこへ眠っていたはずの名雪も割り込んできた…いやその糸目からみるにいまもまだ眠っているのであろう。

「あたしにエロゲーのヒロインをやるような親友もいないわ」

「だぉ〜(涙)!」

泣き崩れる二人、その二人にそっと美汐が寄り添った。

「名雪さんに栞さん、二人のお話を邪魔してはダメです」

「うぅ〜、美汐ちゃんはシナリオがないからそんなこといえるんだぉ〜」

「そうです、そうですぅ〜」

絡む二人に美汐はため息をついた。

「シナリオがあるのは良いことだと思いますよ。私なんか出番ほとんど無いんですから」

「でも最近サブキャラの香里とか美汐ちゃんとかお母さんの人気が上がっているような気がするんだぉ〜」

「そうですぅ〜、お姉ちゃんは裏切り者なんですぅ〜」

「はいはい、わかりましたから外で酔いさまししましょう」

美汐はぺこりと会釈すると二人を連れて店外へと出て行く。

それを見送った香里はため息をついた。

「まったく栞は何を考えているのかしら?」

「まあお姉さん思いの妹さんで良いではないですか。それより香里ちゃん…」

「…わかってはいます。でもあたしあいつらをただ一人前にしてあげようと思って…」

「それは整備員のみなさんだって分かっていますよ。ただその手法がね」

「…間違っていますか?」

「少々強引かと思いますよ」

「あたしはまだ手ぬるいかなと思っていたのですが」

本気でそう思っているらしい香里。それを察した秋子さんは冷や汗を垂らした。

「そ、それはちょっと…」

すごいぞ香里、秋子さんをたじろかせたぞ!

「そうですか?」

「はい、そうです」

秋子さんのその言葉に香里はしかたがなくうなずいた。

「……考えてみます」

「了承です♪ それじゃあもう一杯いきましょう」

「はい」

 

 結局二人は店が閉まるまで延々と飲み続けたのであった。

 

 

 

 

 そして翌日。

香里は非番にもかかわらず特車二課へとやって来ていた。

秋子さんの言うことももっともだと納得したのだ。

だが整備班局中法度の大幅な規制緩和を考えてハンガーに入った香里が見た光景。

それは床一面に整備班民主化を求めるチラシが散らばり、天井からは逆さ貼り付けの刑に処せられた整備員がぶら下がっている。

他には仕事そっちのけでギターをかき鳴らし歌っている奴や、ハリセンで内ゲバを行っている奴。

「い、いつのまにこんな有様になっていたのよ…」

その光景に香里の頭の中から整備班局中法度の大幅な規制緩和という考えは吹っ飛んだ。

 

 

 「ふふふふふふん〜♪ 」

一人の整備員が鼻歌交じりにハンガーの壁に巨大なポスターを貼っていた。

するとその頭に何かが衝突した。

「だ、誰だ!!」

怒った彼が見上げた先には北川潤を筆頭とする特車二課整備班風紀粛正統制委員会の面々が彼を取り囲んでいたのだ。

「そこまでだ!」

「ひっ!!」

「覚悟は出来ているな淵山!!」

「いやだ!! 逆さはりつけの刑はイヤだ!!」

必死に抵抗する淵山、だが北川たちはそんなことは一切お構いなしだった。

「ふっふふふ」

じわりじわりと淵山を取り押さえようとする北川たち。

と背後からこの場にいるはずの無い声が聞こえてきた。

「北川くん、何をしているのかしら?」

「そ、その声は班長!?」

あわてて振り返る北川&特車二課整備班風紀粛正統制委員会の面々。

するとそこには声の主…美坂香里整備班長が立っていた。

「楽しそうね、北川くん」

「は、班長は今日は非番では…」

だが香里は北川の問いかけには答えずに壁に貼ってあるポスターに目をやった。

「あら、このポスターは高峯倫子ね。それも最新アルバムの特典ポスター」

「ま、『真っ赤な眼鏡』です」

淵山の言葉に香里は笑った。

「あたしは『怒濤のあなた』の方が好きね」

「班長〜」

情けない声を上げる北川。だが反面嬉しそうに淵山は叫んだ。

「そ、それじゃあこのポスター整備班民主化の象徴として張っておいても良いですね?」

だが香里の表情は一変した。

「良い訳ないでしょ、このバカ!!」

香里の一喝に思わず直立不動になる一同。だが香里は気にせず続ける。

「何が民主化よ!!寝言言ってるヒマがあったらさっさと掃除でもしなさい!!!」

「わかったか、このバカ!!」

北川も便乗して叫ぶ。だが香里は北川も怒鳴りつけた。

「バカは北川くんも同じよ!!」

「へっ!?」

「何よ、そのなりは!! いつからナチスの手先になったのよ!!!」

「あっ、そ、それは…」

「ここをどこだと思っているのよ!! 総出で掃除よ、眠っている連中も叩き起こしなさい!!!

それとあそこにつるされているバカを降ろしなさい!! グズグスしていると海にたたき込むわよ!!!」

「「「は、はい!!」」」

数名があわててつり下げているロープをほどくべく走っていく。

その光景を見送った香里は並んでいる整備員達を見渡した後、北川に尋ねた。

「渡辺と杉田はどうしたの!」

「はっ、昨日特車二課整備班人民民主戦線事務局派かっこ左派かっこ閉じの旧式派分派の

何を言っているのでしょうかもといジャムイヤ団に買収された数名に襲撃を受け、奮戦むなしく袋叩きにあい、負傷して宿直室で休息中…」

「負傷!? 誰が怪我して良いって言ったのよ!!」

「いや、しかし…」

「あんた達には私生活はないの。当然怪我も病気も無い。北川くん、行って起こしてきなさい!!」

「そんな無茶な…」

だが香里は

「何が無茶なのよ!!良い、整備員魂っていうのはね!!」

 

 この香里の説教はこの後延々と24時間以上続いたと言う。

 

 かくして突然不条理に始まったこの騒動は突然不条理に終わったのであった。

 

 この得ることの少ない騒動にあって整備員達が学んだこと、それは美坂香里整備班長の言うことに反論するな。

反論すると痛い目に遭うぞ…という単純かつ絶対な命題ではなかっただろうか?

 

 

 

 

あとがき

「火の七日間」編おしまい。次回から十三号編に復帰します

 

 

2002.08.11

 

 

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