上海亭の裏切りの翌日。
北川潤は本庁出身組と呼ばれる班長直系の部下を束ね、特車二課整備班風紀粛正統制委員会を結成。
自ら突撃隊長となって血の粛清に乗り出したのであった。
その彼が一番最初に手をつけたのが特車二課内に出回る干物問題である。
元々特車二課のあるここ埋め立て地は東京の僻地というかなり食料の調達しにくい地域であった。
そんな中にあって整備班員によって自給自足できる数少ない動物性タンパク質として干物は大層重宝がられていた。
そのため長年の食生活の慣習から抜け出すことの出来ない干物中毒患者たちが未だに東京湾への出漁ならびに整備作業以外の生産活動を行い、整備班局内法度Vol.2 に違反する者が後を絶たなかったのだ。
故に北川はまず最初の第一歩としてこの問題から取りかかったのである。
ドンドン ドンドン
「だ、誰だ!?」
「貴様らに語る名前はない!!」
「特車二課整備班風紀粛正統制委員会だ! 逃げろ!!」
「そうはいかん!!!」
バンバンバン
「にへへ…やっぱり佳乃ちゃんは可愛いな…」
「まったくだぜ。またうちに体験入隊しないかな?」
非合法に二課構内に張り巡らされたLAN網に外部からモバイルで不正アクセスし、人気アイドル霧島佳乃の水着姿をにやにや眺めていた整備員。
すると突然画像が途絶えた。
「お、おい。これはいったい何なんだよ?」
「知るか! くそ…環境改善班は何をやっていやがるんだ、金払っているんだぞ」
するとぱっと映像が映った。そこには佳乃ではない、誰か別の裸姿が移っていたのだ。
「あれ? 佳乃ちゃんじゃないぞ」
「そうだな。でもこの子も可愛いから良いんじゃないか」
「それもそうか」
にやにやしながらその映像を眺める整備員、すると映像の焦点は上半身から下半身に移り始めた。
「おっ、今日は妙にサービス精神一杯だな」
「全くだ」
だがそのニヤニヤ笑いも長くは続かなかった。突然アレの映像がばんと表示されたからだ。
「おえっ!!」
「な、何だよこれは!?」
「これでいいのかしら?」
整備班ヒラ連中では紅一点広瀬真希の言葉に北川はうなずいた。
「ああ、これで十分だぜ」
「それにしてもあんたもえげつない手使うわね」
そう言ってPCのディスプレイを眺める広瀬、そこにはついさっきまでアレの映像がばんと映っていたのだ。
さすがにそんな物を直視したくないので今はそのウィンドウは閉じてあったが。
「今更そんなこと言ったってお前だって共犯だぞ」
「私はセクハラ男どもが許せなかっただけよ。それはあんたも同じだったけどね」
「…それは過去のことだ、さっぱり忘れてくれ」
「…まあ良いけど。それよりも例の一件、本当に良いんでしょうね?」
「七瀬留美巡査のことか。自由にしてくれ。なんたって整備班とは関係ないからな」
「それを聞いて安心したわ」
にんまり笑う広瀬。そんな広瀬に北川は一応注意した。
「だけど班長と小坂隊長にはには注意しろよ。秋子さんなら平気だと思うがな」
「昔みたいなヘマはしないわよ」
「エヘヘヘ〜、奈美ちゃん可愛いな〜」
「本当…疲れ切った心が癒されるよな」
ドンドンドン
「やばい、風紀粛正統制委員会のがさ入れだ!!」
「逃げろ!! 没収されるぞ!!!」
「そうはいかんぞ!!」
「俺のエロ本が…俺の本が…」
たれ込みやスパイの横行、時に破滅した二重スパイの悲劇をエピソードに加えつつ、
後に黒い三月と呼ばれたそれは北川潤、一世一代の狂気の弾圧であった。
だがしかし権力のテロは新たな反権力のテロの向上を促す。
抵抗組織の結成からサボタージュ、破壊活動、そして要人テロへ…。
整備班の絶対的権威であり、整備員達の無意識領域にまでタブーとして刷り込まれた(要は怖い)
美坂香里整備班班長本人への実力行使が忌避されたこともあり統制委員会議長と懲罰部隊隊長を兼ねる
北川潤にその憎悪は集中した。
「良い湯だな、あははんっと。香里…俺はやるぜ」
ガシャン!!
ドタドタドタ!!
「ま、待て!! 話せば分かる!!!」
「問答無用!! やれ!!!」
「天誅!!」
「立ち絵一枚のアンテナ付きがなぜ大手を振ってSSに出るんだ!! この裏切り者!!!」
バンバンバンバンバンバンバンバンバン
バンバンバンバンバンバンバンバンバン
むろん抵抗組織の破壊活動、わけても要人へのテロがその数倍の規模において権力の報復を呼ぶこともまた歴史の教えることである。
北川へのテロの報復として実行犯への報復。
そしてその報復に対する報復。
たちまち特車二課内では分裂した整備員達によるテロ活動が横行した。
「物騒なことになっちゃいましたね」
秋子さんの言葉に第一小隊隊長の由起子さんはうなずいた。
「先輩、このままほっておいても良いんですか?」
「あれで仕事だけはちゃんとやっていますし、任務に支障があるわけではないですからね」
「でも仮にも警察内部で二派に分かれてテロの応酬なんて…」
「本庁にたれ込むようなお馬鹿さんはいませんよ。課長だって自分の首がかかっているんですしね」
「どうしてこんなことになっちゃったんでしょう?」
「偉い人が暴走するとそれを止める人いませんからね」
「美坂さん、うちではTOPクラスの常識ある人だと思っていたんだけど」
ちなみにTOP3は第一小隊の深山雪見巡査部長・第二小隊の天野美汐巡査部長・そして整備班班長の美坂香里のことだ。
「香里ちゃんも大人びているようでまだまだ青いですからね」
ほほえむ秋子さんに由起子さんは背筋に冷たい物が走る感じをおぼえたのであった。
統制が対応を招きテロが報復テロを呼ぶ状況に、さらに混迷の度合いを加えたのが抵抗組織内の派閥抗争であった。
元々娯楽と食欲の追求以外に確たる思想もイデオロギーも持たず、強力な指導部の不在のまま運動してきた抵抗組織は、事態が武装闘争の局面を色濃くしてきた段階でその戦術と事態の核心をなす美坂香里班長の評価を巡って分裂。
三派十一流の分派が競合する異常事態を生み出した。
美坂班長の存在を批判的に捉えつつ、北川一派を放逐して整備班の民主化を達成せんとする整備班人民民主戦線事務派。
広くその主張を特車二課内部に展開しつつ、本庁警備部整備課の介入を要請せんとする改革の通達派。
これに反対し、本庁の介入を拒否して特車二課独自の解決を模索する埋め立て地通信派。
早々と非暴力を宣言して歌い続ける自由泡立ち連合。
特車二課の実質上最高権力者水瀬秋子警部補に民主化の了承を要請せんとする民主化了承連盟。
そのさいに絶対に謎ジャムを交換条件にされる、それは民主化の代償としてあまりに、あまりに大きすぎるとして民主化了承連盟に反対する邪夢イヤ団。
ひたすら統制委員会への報復を追求する血のメリケンサック同盟。
統制委員会の頭目である北川潤への個人的怨念…脇役のくせに立絵も台詞もありやがって、主人公でもないのにカップリングしてもらって…と情けない理由だが…に燃える北川排斥派同盟(すいません^^;)等々。
正確には誰もその実態を把握できぬこれら無数の集団は、その最大の動員時においても二桁に達することはなく、そのいずれもが絶対的なヘンモニーを確立するにいたらず、全整備員を巻き込んだ不毛な闘争は鉄拳と羊羹の乱れ飛ぶ不毛な暗争へとなだれ込んでいったのであった。
「天誅!!」
「裏切り者!!」
「くたばりやがれー!!」
「死にさらせ〜!!!」
「ジャムはイヤだぞ!!」
「きさまは仲間を本庁に売る気か!!」
「男ってバカばっかだわ」
連日連夜、血と汗と涙を滴らしながら闘争に明け暮れる整備員たち。
だが驚くべきことに抗争に明け暮れる日々にあって、それでも特車二課整備班はその本来の機能を果たし続けていた。
だがあのエロ本焚書事件から七日目。
夜に昼を継ぐ抗争事件による脱落者の増加に耐えかねたのか、部隊創設以来ただの一度も消えたことの無かった整備班控え室の明かりがついに消えた。
あとがき
北川排斥派同盟の方々、もうしわけありません。
ネーミングセンスがあまりに絶妙でしたので勝手に使わせていただきました。
怒らないでね。
2002.08.05