機動警察Kanon第142話

 

 

 

 「はじめなさい」

「了解」

うなずく北川。そして北川は整備員全員の目の前で懐から取り出した書類を読み始めた。

 

 「現今の班内における風紀の乱れにはまさに目をおおわしめるものがある。

よってここ整備班局内法度Vol.2を定め、もって綱紀の粛正を図り、整備作業の能率向上に努めるものとする」

 

 そして次々と箇条書きで整備班局内法度Vol.2 を明かしていく北川。

だがその内容はすさまじいものであり、聞いた整備員たちは皆一様に落ち込んでいく。

 

 例を挙げるならば

1.雑誌・ビデオ・ゲームなど職場内への私物持ち込みの禁止

1.定時以外の食事・睡眠・排泄・私語等の禁止

1.ジーケン・乗り馬・プロレス等危険な肉体的遊技の禁止

1.東京湾への高速艇を使った出漁、ならびに整備作業以外の生産活動への禁止

1.二課構内のコンピューターを使った私的ネット接続、ならびにゲームインストールの禁止etc

そしてそれらに付随する厳罰の数々…。

腕立て伏せ500回の刑、腹筋500回の刑、スクワット500回の刑、永久便所掃除の刑、回転式逆さ貼り付けの刑etc。

 

 であるからして、それを聞き終えた整備員たちは一斉に反発した。

 

 

 「じょ、冗談じゃないぞ!!」

「俺たちの人権はどうなるんだ!?」

「干物作りまで否定されてどう自分を表現したら良いんだ!!」

「班長は女だから男の生理が分からないんだ!!」

整備員たちのその言葉に香里がキレた。

「だれがあんたたちの意見聞いたのよ!! 

いい!! あたしたち整備に携わる人間にとってこのハンガーは自分の技量を鍛え上げる修練の場なのよ!!!

そんな神聖な場所にあんなくだらないモノをしこたまため込んで…だからあんたたちはいつまで経っても半人前なのよ!!!」

「し、しかし班長こいつらはこいつらなりに必死にですね…」

男として整備員たちの意見のも分かる北川は香里をなだめようとする。

しかしその努力が報われることは決してなかった。

「北川くんが甘い顔するからいつまでたってもこいつらは半人前なのよ!!

だいたいエロゲーやらアダルトビデオに夢中になるヒマがあるぐらいならいくらでも修練する時間は……」

説教を始める香里。よけいな反論をしなければそれですんだのに…。

結局このいつ果てるともしれない香里の説教は深夜まで続いたのであった。

 

 

 

 

 そして翌日…。

一見するとハンガー内は平穏無事、整備員たちは真面目に作業していた。

しかしそれは表だけのこと。

その陰では整備班局中法度は早々に破られていた。

なぜならば私生活やプライバシー等がほとんど存在しない特車二課にあってエロ本の回し読み、

補助作物の生産活動等、ささやかな快楽を含む一切の私的活動を否定し、排除せんとする

美坂香里整備班長のクロムエル的政策は明らかに時代に逆行するものであったからである。

整備員としての高邁な思想に燃えつつも娯楽と食欲の追求を介して、混迷する現代をトレンドに

生き抜こうとする整備員たちの複雑怪奇な欲望がそのはけ口を求めて潜在化、ゲリラ化しつつ発現するのは

避けることのできない歴史的必然であった。

 

 

 二課構内に張り巡らされたLAN網に外部からモバイルで不正アクセスし、男子の欲望を満たす作業環境の改善。

カップ麺・駄菓子・缶コーヒーの闇取引。

なかでも長年の食生活の慣習から抜け出すことの出来ない干物中毒患者たちを購買層とする干物の密売は

一部の者への富の集積という深刻な経済問題をも引き起こしたのであった。

 

 

 

 「なんか最近変な雰囲気だよ」

書類をまとめる手を休めて呟いた名雪。それに対して祐一はうなずいた。

「そうだな。確かにここのところ整備班の様子がおかしい」

「それってお姉ちゃんの焚書坑儒からですよね?」

難しい言葉で香里の行為を言い表す栞。それゆえあゆと真琴は内容が理解できなかった。

「うぐぅ、フンショコウジュって何?」

「あう〜っ、真琴にそんなこと聞かないでよ〜!」

「焚書坑儒というのは書物を燃やし、儒者を穴埋めにすることです。

転じて、言論を統制して、学問や思想を弾圧するという意味に使われますね。

由来は中国秦の始皇帝が紀元前213〜212年に行った、主に儒家に対する言論統制政策によって

医学・卜筮・農事などの実用書以外を焼き、儒生460余人を咸陽で坑殺したといわれることから来ているのですよ」

あっさり答える美汐。すると祐一は美汐をちゃかした。

「さすが天野、おばさんくさいのはだてではないな」

「失礼ですね、相沢さん。博識と言ってください」

「あう〜っ、つまりそれってどういうこと?」

どうやら真琴には美汐の解説すら理解できなかったらしい、本気で悩んでいる。

そこで美汐は優しくかみ砕いて答えた。

「つまりですね、権力者が良いことが書かれた本を焼き払って言うことを聞かせようということなんです」

「…エロ本とかビデオ・ゲームが良い物なの?」

真琴の素朴な疑問に美汐・名雪・あゆ・栞は即座に首を横に振った。

「…違いますね」

「違うよ」

「うぐぅ、違うと思うよ」

「絶対に違います」

だが祐一一人はその意見に与しなかった。

「エロ本か…あれは良い物だ」

「あんなののどこが良いのよ!!」

反論する真琴に祐一はにんまり笑っていった。

「真琴…お前だって前にエロ本読んでいたじゃないか」

「うぐぅ!!」

「だぉ〜!!」

「えう〜っ!!」

「真琴、本当ですか!?」

びっくりするあゆ・名雪・栞・美汐の四人。

すると真琴は赤を赤らめて叫んだ。

「あれは祐一が真琴をだましたんじゃないの!! 大人が読む本だって!!!」

その言葉に真琴を除く四人は冷たい視線で祐一を睨みつけた。

「祐一…」

「祐一くん…」

「相沢さん…」

「祐一さん…」

 

 それに対して祐一は開き直って言った。

「実際あれは18才未満はお断りの大人向けの本だ」

だが…

「…相沢さん、それはれっきとしたセクハラ行為ですよ」

「そうだお、そうだお〜」

「うぐぅ、祐一くん酷いよ」

「そんなこと言う人、嫌いです」

「あう〜っ、許さないんだからね〜!!」

やっぱり女性陣にはこの理屈は受け入れてもらえなかった。

 

 「祐一、イチゴサンデー7杯」

「ハー○ンダ○ツのアイスを10個お願いします」

「たい焼き30匹だよ」

「真琴にも肉まん30個!!」

「私はそんな酷なことは言いませんが…」

女性陣のこの言葉に祐一は叫んだ。

「うるせい!! エロは健全な男の浪漫なんだ!! お前らなんかに分かってたまるか!!!」

祐一のその言葉にいきなりある人物が第二小隊のオフィスに飛び込んできた。

「おお、相沢よお前もか!!」

「そうとも同志!!」

がばっと抱き合う祐一と第一小隊の折原浩平巡査。

そして二人とも目の幅涙をダラダラ流しながら熱く語り出す。

「やっぱりエロは男の性だよな!?」

「おうとも! 据え膳食わぬは男の恥ってな具合よ!!」

「特車二課、整備班以外は女ばかりだろ。それも無防備なのばっかり…、正直言って若い俺には酷な職場なんだよ」

「わかる、わかるぞ〜!! うっかり手を出そう物なら射撃の的になりそうだし、その後の人生は墓場逝きだろうし…」

「やるだけならかまわないがその展開は勘弁だよな〜」

妙に意気投合する二人。

 

 その二人をぼけーっと眺めていた五人は呆然と呟いた。

「あう〜っ、何なのよ〜?」

「うぐぅ、二人とも何か怖いよ…」

「えう〜っ、あんなこと言ってる祐一さん嫌いです」

「わたし、祐一だったらいつだってOKだったのに…」

「…相沢さんも折原さんも何かと大変だったんですね」

無防備代表の四人の言葉に美汐はため息をつくと呟いたのであった。

 

 

 「まあそれはさておいてこの先どうなっちゃうんだろう? 今回のエロ本騒動」

未だにエロ談義に夢中の祐一と浩平を無視して名雪の発言。

するとあゆは首をかしげた。

「何百冊も焼き払っちゃったもんね。ボクとしてはタダではすまないと思うよ」

「あう〜っ、あの数は何百冊なんてレベルを遙かに凌駕していたわよ!! 真琴の計算じゃ3000冊は堅いわね」

「ビデオやらゲームも入れるととんでもないことになるよ」

「エッチな話をする人、私いけないと思います!!」

栞のその発言に対して美汐は軽くたしなめた。

「まあ栞さん、警察官だって人ですからね。

Hな本やビデオでたまりにたまった欲望を吐き出したいというのはごく自然な考えですよ」

「で、でも…」

「それよりも貯めに貯めて暴走される方が良い迷惑ですよ。最近警察官の不祥事が新聞・ニュースを騒がせますし」

「あっ、だから真琴ちゃん発砲してばかりなんだ」

「あう〜っ!!」

あゆの無邪気なその一言に真琴は思わず呻いた。だがすぐにあゆに反発する。

「ちょっとあゆあゆ!! 今の一言はちょっと聞き捨てならないわよ!!!」

「うぐぅ、ボクあゆあゆじゃないよ…」

「まあまあ真琴にあゆさん。それくらいに…」

「そうだよ。そんなことよりこれから先どうなっちゃうかの方が心配だよ」

たしなめる美汐にこの先を心配する名雪。

すると栞がぽんと手をたたいた。

「それでしたら北川さんが整備班代表としてお姉ちゃんに規制緩和を頼み込むって言っていましたよ」

「「「「北川(くん・さん)が!?」」」」

一斉に声を上げる名雪・あゆ・真琴・美汐の四人。そして一斉に呟いた。

「「「「何か不安(ですね・だよ・よ)」」」」

 

 

ちなみにすっかり忘れられている祐一と浩平は…

「やっぱりエロゲーは『ナイ○ライフ』『団地○の誘惑』『○リータ』『マ○ちゃん危機一髪』『女子○生プライベート』あたりをやらずには語れないよな」

「その通り!!『○使たちの午後』『ドラゴ○ナイト』『きゃ○きゃんバニー』『C○L』『同○生』『あ○みちゃん物語』あたりからしか語れない奴は逝ってよし!!!」

彼らが生まれたばかりの頃のエロゲーで熱く語っていたのであった。

 

 

 

 そしてそのころ上海亭では…香里と北川の二人による対談が今まさに執り行われようとしているところであった。

 

 「まっ、一杯どう?」

「あっ、すまない」

香里が北川のよく冷えたグラスにビールをなみなみと注ぐ。そして自分のグラスにも注ぐと香里は北川に言った。

「こうして北川くんを呼び出したの他でもない、うちの半人前どものことなのよ」

「…班長、そのことについては俺の方からも話が…」

規制緩和を求めようと香里に言いかけた北川、だが香里はその言葉を遮った。

「まあ北川くん、黙って聞きなさい」

「はぁ」

「あたしだって木石じゃないから、今あたしがやろうとしていることが酷なことって言うのは分かっているわ」

「じゃあ」

「良いから黙って聞きなさい。ただね、あたしとしては奴らを一人前にしたいだけなのよ。

北川くんはあの半人前どものこと、どう思う?」

「それはまあまだまだ精進しないといけないなと…」

「でしょ。だからあたしはあたしなりに奴らを半人前以上の存在にしてあげたいのよ」

「わかるよ」

「だから色々と口うるさいことも言っているわ。かなり煙たがられていることもわかっている。

でもね、それでもあたしはやるわ。班長として整備を滞りなくすませること以上に大事なことだと思っているから」

「そうだな」

「整備の心は求道の心、人の命を預かるあたし達の仕事は技術に血を通わさなければいけないわ」

「…俺はそのことを教えてくれた班長を尊敬するよ」

「ありがと」

香里はその言葉ににっこりほほえんだ。思わず見とれる北川。

「だからあたしはあいつらにもそれを教えてあげたいのよ。

だけど言っても覚えない連中は体に覚え込ませるしかない。北川くん、あなたならそれが出来るわ」

「俺が?」

「ええ、そうよ。あたしだっていつまでも特車二課にいられる訳じゃない。

転勤なりプライベートで仕事が続けられなくなる時が必ず来るわ」

(プライベート…もしかして結婚!? 俺との結婚!?)

もちろん香里が北川と結婚など99%ありえない、だが妄想に走った北川には理屈が通用しない。

(香里との甘い生活…裸エプロン…お互いの洗いっこに食べさせっこ…むふふ、萌え萌だ!!!)

「ちょ、ちょっと北川くん、聞いているの?」

「はい、もちろんであります!!」

もうすっかり規制緩和を香里に伝えようなどと言う考えは北川の頭の中からはすっかり抜け落ちていた。

「そ、そう…?」

北川の勢いにちょっと引く香里だったがすぐに続けた。

「まあそんなわけだからあたしの後を継ぐ北川くんなら出来る、あたしは信じているわ」

「班長…」

 

 

 

後に全整備員が怨嗟を込めて“上海亭の裏切り”と呼んだ北川潤の変節がこの後の事態の推移を全て決定づけたのであった。

 

 

 

あとがき

かなりオリジナル部分が出て大変でした。

それと祐一と浩平のエロゲー談義ですが私だって1982年に出たようなエロゲーなんかプレイしたこと無いです。

あくまでもギャグです、気にせんでください。

 

 

2002.08.01

 

 

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