機動警察Kanon第136話

 

 

 

 「問題の金融強盗は町田街道を南下中、検問に引っかかって逮捕された…というところまで言いましたっけ?」

秋子さんのその言葉に祐一・あゆ・真琴・栞の四人は一斉に首を横に振った。

「「「「言ってない、言ってない」」」」

「あら、言い忘れたのかしら?」

とぼける秋子さん。

しかしすでに一年近く部下として働いている彼らには秋子さんの巧みな演技も通用するはずがなかった。

「言わせてもらいますけどね、こういう人使いのやり方はもうしないでください」

祐一のその一言にあゆ・真琴・栞も同意した。

「うぐぅ、ボク本当に心配したんだよ!!」

「あう〜っ、こんなやり方許さないんだから〜!!」

「こんな謀する人、嫌いになっちゃいます〜!」

 

 「ごめんなさい」

四人の抗議に秋子さんはあっさり謝った。

 

 「俺たちは本気に名雪のこと心配して捜してたんですよ!」

そう言った祐一に真琴が反論した。

「真琴は相手が強盗犯だと思ったから勇んでやって来たのよ! 名雪の心配なんかしてなかったんだから〜!!」

「へぇ〜」

真琴のその一言に祐一はにやりと笑った。

「お前名雪に何かあったら犯人をぶん殴るって言っていたじゃないか」

「あ、あれは……真琴は同僚の心配をするのは当たり前で…ことさら言うまでもない、と言っているのよ!! そ、そうだよね?」

顔を真っ赤に染めて照れている真琴に秋子さんはほほえみながら言った。

「真琴、何を赤面しているんです?」

「あ、あう〜っ」

 

 「こ、これは一体どういう事なの?」

一人蚊帳の外に置かれ事態が飲み込めない名雪、そんな名雪に

「お前が全ての元凶なんだよ!!」

「うぐぅ、名雪さんぼけすぎ〜」

「名雪のせいでこうなったのよ!! 少しは事態を把握しなさいよ!!!」

「えぅ〜、そんなぼけな人嫌いになっちゃいます〜」

と四人のつっこみが入るのであった。

 

 

 

 

 「それじゃあ名雪、報告書の書き方わかっているわね」

特機研修所教官室に一人残された名雪は秋子さんにそう尋ねられ、うなずいた。

「うん、わかっているよ」

「それじゃあ明日までに報告書の提出、お願いね」

「………」

名雪の返事がない。

秋子さんは娘の態度が気になり、もう一度尋ねた。

「名雪?」

「お母さん…」

「あらあら、一体何かしら?」

「お咎めは無いの?」

そう言う名雪の顔はちょっと青ざめていた。

一体何を考えているのであろうか?

しかし秋子さんはちょっとだけ考え込み、そして結論を名雪に言った。

「目の届かないところで勝手な行動をしないこと」

「それだけ?」

「ええ、それだけ」

再度の秋子さんの答えに名雪はほっと安堵した。

「分かった、明日報告書を提出するよ。…それじゃあ失礼します」

「ゆっくりお休みなさい」

そして名雪は教官室を後にしたのであった。

(良かったよ、あのジャムを食べる羽目にならなくて……)

という気持ちを抱いて…。

 

 

 

 「よっ」

「わっ!

教官室を出るなりいきなり投げつけられた白い物に名雪はびっくりした。あわてて白い物を取る。

そしていきなり白い物…タオルを投げつけてきた祐一に名雪は口をとがらせて抗議した。

「祐一、いきなりなにするんだよ〜」

「体冷えているだろ? 風呂にでも入ってこいよ」

「あっ…うん、祐一ありがとう」

そしてタオルを手に風呂場へと向かう名雪。

その姿を見送った祐一は教官室へと入っていった。

 

 

 

 「あら、祐一さんどうしました?

教官室に入ってきた祐一を見てそう言う秋子さん。そんな秋子さんに祐一は尋ねた。

「名雪、何か言っていました?」

「何かって何です?」

「…分かっているのにとぼけないでくださいよ。今夜の行動についてに決まっていますよ。

名雪、黙ってこういう事をするやつじゃないと思いますよ」

その言葉に秋子さんはうなずいた。

「そんなこと言われなくても分かりますよ。名雪は私の大事な娘なんですから」

「ですよね。

正直言って名雪って『みんな見て見て〜♪ 川の上流からお札が流れてくるよ〜♪』って大騒ぎするタイプですよ」

「祐一さんは名雪あんな行動を取ったことに心当たりがあると?」

「秋子さんにだってあると思いますけど」

「…それは心の持ちようですよね」

「まあ…そうですが」

「それでは私の出る幕はありませんよ。

確かにいつまで経っても名雪が私を頼ってくれるのはうれしいことです。

けれど私だってこの先ずっと名雪と一緒にいられるわけではありません。

いつか必ず違う道を進んでいくものなんです。そのときのために名雪は私から自立しませんとね。

そういうわけですから祐一さん、カウンセリングはお任せしますね」

秋子さんから名雪のことを任されてしまった祐一は思わず戸惑った。

「俺が…ですか?」

「祐一さんは名雪のパートナーですよね。指揮車からあれこれ言うだけじゃだめですよ。

これ以上は祐一さんにお任せしますね」

「……一つ良いですか?」

「はい、何でしょう?」

「秋子さんは今の第二小隊の編成が適材適所だと思っていますか?」

祐一のその言葉に秋子さんは立ち上がるときっぱり言い切った。

「その質問に答える義務はありませんが…私ミスキャストがありましたら監督はおりますよ」

 

 

 

 「カバンの中身はおよそ5000万円相当の現金だったそうですよ」

情報通の栞は早速現場で聞き及んでいた情報を暴露する。

「夜中にそんなの抱えて谷に転がり落ちる奴が怪しくないわけ無いわよ!!」

「それはですね、裏金を捨てに来て、足を滑らせたらしいですよ」

するとその言葉に真琴は胸を張りながら堂々と言い切った。

「あの男、怪我していたから平気だったけどそうでなかったら名雪、どんな目に遭っていたかわからないわよ〜」

「うぐぅ、それを考えると怖いよ…」

「ですよね」

うなずくあゆと栞。

そのとき部屋の片隅で 黙ったままであった祐一がすくっと立ち上がった。

そして無言で部屋を出て行こうとする。

だからあゆが祐一に尋ねた。

「あれ、祐一くんどこへ行くの?」

「トイレだ、トイレ。お前も一緒に連れションするか?」

「うぐぅ、ボク女の子だよ!!」

「そうか、いつもボクボク言うから男だとばかり思っていたぜ」

「うぐぅ〜!! 祐一くん、ボクをいじめる〜!!!」

からかいがいのあるあゆを置いて祐一は一人部屋を出て行った。

 

 

 

 「ここにいたのか」

部屋を出た祐一はなかなか帰ってこない名雪が格納庫に座り込んでけろぴーを眺めているのを発見、そう声をかけた。

すると名雪は振り向き笑った。

「あっ、祐一」

「…隣良いか?」

「…うん、良いよ」

名雪の承諾を得た祐一は「よっこいしょ」と名雪の隣に腰を下ろす。

しかし名雪は相変わらずけろぴーを眺めている。そこで祐一は名雪に聞いてみた。

「名雪…」

「何?」

「…一万円札が流れてくるのを発見したときさ…事件だと思ったんだろ?」

「うん、思ったよ」

「じゃあ何で俺たちに知らせようって思わなかったんだ?」

その言葉に名雪は黙り込んだ。しばらく格納庫に沈黙が走る。

がやがて名雪は重い口を開くかのようにゆっくりと話し始めた。

 

 「う〜ん…何というのかな? 

視野狭窄ってあるでしょ…こう…一方向しか見えなくなるやつ……。

あれを見つけた時はひたすら出所を突き止めなくっちゃ…って思っちゃって。

子供の頃から時々あってね、一つのことに夢中になっちゃうと周りが見えなくなっちゃうんだよ。

木を見て森を見ずっていうのかな……今度から注意するよ」

それは確かに名雪の本心であったのであろう。

しかし祐一には名雪の行動のきっかけがそれだけとは思えなかった。

「名雪……お前、良いところ見せようって気がなかったって言い切れるか」

「!!!」

「………」

またしても沈黙があたりを包む。

「…何でそんなこと言うの?」

「…ある学校のラグビー部に万年補欠の選手がいてな」

「?」

いきなり始まった祐一の話に首をかしげまくる名雪、しかし祐一は続けた。

「たまたま試合の途中から出場のチャンスが与えられた。

その選手にパスが渡ったとき前方は見渡す限り無人だったと思いな。

そいつは走ったね、脚力にはちょいと自身があったから…。

行けると思ったんだろうな、パスを通そうなんて考えは吹っ飛んだ。

走って走ってもうちょっとでトライ! ってところでつぶされた。状況判断が出来なくなっていたんだ。

試合には勝ったそうだけどそいつはまた補欠に戻ったそうな、めでたし、めでたし」

「それってひょっとして祐一のこと?」

「俺が高校生時に帰宅部だったのはお前だって知っているだろうが。まあはっきり良いって誰だって良いんだよ」

祐一の言葉に名雪は腕を組んで考え込み、そしてうなずいた。

「…みんなに認めてほしいって気持ち、少しはあったかもしれない……。

だってわたし、みんなと違って何の取り柄も無くて……」

「おっとそこまでだ!」

祐一は名雪の自虐的発言を止めさせた。

「秋子さんが言ってたぜ。第二小隊にミスキャストは無いってよ。

考えてもみろよ。Kanonで黒いレイバーを撃退した勇者なんだぜ、お前は。十分なことやっているじゃないか」

「そ…そうかな?」

「内輪で特技を競ったって無意味なことぐらい分かるだろ。こいつを役立てなくっちゃ仕方がないんだから」

けろぴーを見上げながらそう言う祐一。すると名雪は賛同した。

「そう、それなんだよ。わたしたちって本当にお役に立っていると思う?」

「お役に立てば良いんだろう」

祐一は名雪に近づくと小声でささやいた。

「今夜中に帰還命令と出撃命令が出るかもしれないってよ。どうやら都心で何かあったらしいぜ」

「本当?」

「本当、本当」

 

 

 

 しかし……

『今日午後八時頃、アメリカの航空輸送会社フロンティア・エア・カーゴ所属の輸送機が東京湾に墜落するという事故が……』

 

「だぉ〜、飛行機事故、まして海の上じゃ私たちの出番なんかないぉ〜」

お役に立てる舞台がなかった名雪はがっくりするのでありました。

 

 

 

あとがき

「お役にたちます」編終了。

次回からいよいよ廃棄物十三号編に突入します。

 

 

 

2002.07.11

 

 

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