機動警察Kanon第135話

 

 

 

 第二小隊の面々が捜索活動を開始したまさにそのころ。

名雪は懐中電灯を片手に山の中を彷徨っていたのであった。

 

 

 「一体どこから流れているんだろう?」

木立の中、川の水面などありとあらゆるところを捜索して回る名雪。

しかしそうは簡単に見つかるはずがなかった。

仕方が無くぐんぐん上流へと遡っていく名雪。

 

 やがて林道の中に一台の自動車…それもエンジンもライトもつけっぱなし、しかし無人の車を発見した。

「こんなところには似合わない車だよ」

実際その車、四輪駆動でもなんでもない、ごく平凡な乗用車だったのだ。

しかし平凡な乗用車とはいえこんな山奥の林道に、しかもエンジンかけっぱなしというのはどう考えても怪しすぎる。

思わず周囲を見渡す名雪。しかし怪しい人影などは全く見えない。

しかし名雪はそこからおそらく川へとつながっているであろう道らしきものを発見した。

 

 「ここかな?」

名雪は恐る恐る足を踏み入れた。

そこはかなり急な傾斜の崖であり、ちょっと足を踏み外そう物なら真っ逆さまに河原まで落下してしまうであろう。

そのため名雪は慎重に一歩一歩踏みしめて河原へと降りていく。

やがてサラサラっと川のせせらぎが聞こえてきた。

どうやら川まであと一息といった感じのようだ。

「もうすぐだよ」

しかしそこで何かが名雪の足をとらえた。

「わっ!?」

足を取られた名雪はそのまま奈落の底(大げさ)へと落ちていったのであった。

 

 

 

 「あいたたた」

とりあえず落下が止まった名雪は痛むあちこちを気にしながら立ち上がろうとする。

しかし……

「わっ!!」

その左足を何かがしっかりつかんでいたのだ。

(な、何なんだよ……?)

恐る恐る懐中電灯の光を向ける名雪、するとそこには何かが居た。

「だぉ〜!!」

思わず叫ぶや否やその場を逃げようとする名雪。

すると名雪の足をつかんでいる何かがあわてて叫んだ。

「怖がらないでくれ、怖がらないでくれ!」

人間の声だ。

「…人間?」

「そうとも、そうとも!! 決して怪しい者なんかじゃない。ほら怪しい顔していないだろう」

しかしそこにいたのは50歳ぐらいであろうか、貧相で怪しい中年親父が一人いたのだった。

 

 「…こんなところで何しているの?」

警察官だから職務質問なのかもしれないが、そうは思えない口調で尋ねる名雪。

すると中年親父はあわてた。

「い、いや実は…そう夜釣りに来ていたんだ!!」

「釣り竿もないのに?」

たしかにその付近には釣り竿など無い、あるのは中年親父が抱えている金の詰まった鞄だけだ。

「つ、釣り竿は川に流してしまったんだ」

「そうなの?」

首をかしげる名雪。

「そうだとも!! それよりすまないが肩を貸してくれないかね? 足をねんざしてしまったんだ」

「そ、それは大変だよ!!」

あわてた名雪は中年親父をよいしょと担ぎ上げた。

これには中年親父、目を丸くして驚いた。

「す、すごいね……」

「ん、何が?」

「何がって……」

名雪みたいな華奢な女の子が体重ゆうに70Kgはあろうかという男をあっさり持ち上げたのだ。

びっくりしないはずがない。しかし名雪はそんなことはお構いなし、あっさり言った。

「それよりも病院に行くよ。この崖を上るのは無理っぽいし川を下ろうよ」

「あ、ああ……」

「その鞄持ってあげるよ。足痛いでしょ」

「い、いや肩を貸してもらうだけで十分だよ!!」

「で、でも……」

「いや、本当に平気だって!!」

「うぅ〜。…わかったよ、それじゃあ足が痛むようだったら言ってよね」

「も、もちろんだとも!!」

 

 かくして二人は川を下り始めた。

 

 

 

 「あ、痛ったたたっ」

中年親父は痛みに耐えかね、思わずうめく。

その言葉に名雪はもう一度提案した。

「やっぱり荷物持つ?」

しかし中年親父はあっさり首を横に振った。

「いや、いかん。これはいかん」

「どーしてなんだよ〜?」

「…内緒だ」

はっきり言って露骨に怪しい。人をあまり疑ったりしない名雪ではあるがこれはさすがに怪しむ。

そんな名雪の気持ちを察したのであろうか、中年親父は名雪に頼み込んできた。

「なあ君、この金のことは警察には黙っていてくれないかね」

「そういうわけにはいかないよ〜」

「堅いこと言わないでくれよ。お礼はするからさあ」

「お礼?」

「うむ。すまないがちょっと休ませてくれ」

そして中年親父はその場に座り込む、そして鞄をゴソゴソいじくり始めた。

 

 

 「ほれ」

「わっ!」

中年親父が差し出した万札に名雪は思わずびっくりした。

100万円もの大金、はっきり言って名雪は初めて見るものだったからだ。

「濡れていて申し訳ないがこれだけ君にやろう」

「う、受け取れないよ〜」

しかし中年親父は強引に名雪に札束を受け取らせようとした。

「良いから取っておきなさい。黙っていてくれるならもう一束あげたって良いぞ」

「だぉ!」

思わず名雪の心はときめいた。

200万円もの大金……はっきり言ってこれだけあればイチゴサンデーを2272杯も食べられる。

一日に換算すれば一年間毎日6杯は食べられる。

しかし名雪は何とかその誘惑に打ち勝った。

「あ…ははは、そんなこと言われると困っちゃうよ。それよりもさっさと行こうよ」

「二束じゃ不満なのかな?」

「何束でも同じだよ!」

中年親父にきっぱり言い切ると名雪は川から拾い上げた一万円札二枚を親父につきだした。

「これは?」

「川から流れてきたからたぶんその鞄からこぼれたと思うよ。ねこばばするわけにはいかないし返すよ」

「何だ、今時堅苦しい娘だな」

仕方がなく中年親父は札束+二万円を鞄の中にしまい込んだのであった。

 

 

 

 「何で名雪はこんな勝手なことするのよ!」

真琴は川を遡りながら一人でぷんすか怒っていた。口々に名雪への文句を言う。

「だいたい金を拾ったら手近なところへ連絡すれば良いのよ! まして目と鼻の先に真琴たちが居たのに!!」

「名雪もお前にだけは『勝手なことするな』って言われたくないだろうな」

日頃自分勝手なことをする真琴を皮肉る祐一、すると案の定真琴は怒った。

「うるさいわよ、祐一!! だいたい何の取り柄もないくせに先走るからこういう事になるのよ……」

「そんなのどうでも良いからさっさと歩けって」

祐一のその言葉に真琴はいきなり振り返った。

「な、何だよ…」

「もしも名雪に何かあったらアタシ、犯人をぶん殴るからね!! 止めないでよ!!!」

「でかい声でそんなこというな。最近警察官の不祥事が何かといわれているんだぞ」

「アタシのは正義の鉄槌よ!!」

そう言うなりまた前を向いてぐんぐん突き進み始める真琴。

その姿に祐一はこっそりあゆへと耳打ちするのであった。

「自分勝手さは人のこといえないよな」

「うぐぅ、早く天野さん、復帰してほしいよ」

 

 

 

 「なあ考え直してくれないか。金のこと黙っていてくれれば良いんだから」

必死に懇願してくる中年親父、しかし名雪は首を横に振った。

「そ〜はいかないんだよって言っているでしょ。

だいたいもう何枚も流れちゃっているんだからほっといても誰かが警察に通報しちゃっているよ」

「だから私が落とし主だと言うことを知らん顔してくれ居ればいいんだって」

「だってもう知っちゃったんだよ」

顔に似合わず意外に頑固な名雪、当然意見を翻すわけがない。

そう言うと中年親父はため息をついた。

「今時の娘にしては融通が利かないな。警察官だってもう少し頭が柔らかいぞ」

「わたしこれでも警察官だよ」

「……今何て言ったかな?」

自分の耳を疑う中年親父、そこで名雪はもう一度言った。

「だからわたし警察官」

「…うそ……」

「本当」

「ドシェエエエエ!!!」

飛び上がって驚きふためく中年親父、そんな親父に名雪はつっこんだ。

「足、怪我しているんじゃなかったの?」

しかし中年親父は名雪の言葉には反応せずがっくり大地に崩れ落ちた。

「ど、どうしよう…えらいことになってしまった……」

「何か隠したがるところを見るとあまりきれいなお金ではないみたいだけどお金を粗末にするのは良くないよ」

説教し始める名雪、と次の瞬間二人を光が包み込んだ。

 

 「わっ、何々!?」

思わずあわてる名雪、とそこへ真琴の大声が響いてきた。

「名雪、そいつから離れなさいよ!! 」

「えっ、何で?」

「そいつは強盗犯だぞ!!」

続く祐一の言葉に名雪と…中年親父は目を丸くした。

「ごーとー!?」

「へ? …強盗ってどういうことだ!! 私はそんな者とは違うぞ!!!」

しかし真琴はあっさり断言した。

「その脇に抱えた大金が何よりの証拠よ!! それでも違うって言うならその金は何なのよ!?」

「こ、これはだな……」

「ほら言えないじゃない!! やっぱりあんたは強盗犯よ!!!」

 

 真琴が犯人?をやりこめている間にあゆは持ってきたごっつい無線機を手に取った。

「うぐぅ、秋子さん。名雪さんの身柄を確保したよ」

「はいはい、見えていますよ」

無線機からではない秋子さんの声にあゆはびっくりして振り向いた。

するとそこには車で捜索をしていたはずの秋子さんと栞の二人が立っていた。

「あ、秋子さんいつの間に……」

「今ですよあゆちゃん」

秋子さんはにっこりほほえむと真琴をたしなめた。

「真琴、あんまり手荒な真似しちゃだめですよ。その人怪我しているようですから」

「だ、だってこいつこんなふてぶてしい事言ってるのよ!」

そう言って中年親父をつまみ上げる真琴、すると親父は弱々しい口調で言葉を漏らした。

「私は強盗犯なんかじゃないよ……」

「その通りですね」

「ほら、見なさいよ。盗人猛々しいとはこのこと……ってえ〜っ!?」

 

 

 

八王子の山中に真琴の声がむなしく叫びわたるのであった。

 

 

 

あとがき

予想よりも話が延びちゃいました。4話で終わると思っていたんだが。

 

 

2002.07.06

 

 

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