ダァーン ダァーン
八王子の山中にKanonが運用する37mmリボルバーカノンの銃声…と言うよりは砲声がふさわしいだろうか。
とにかく騒音が鳴り響く。
今は射撃訓練の真っ最中だったのだ。
『終わり!』
六発撃った名雪はトリガーから指をはずしてそう叫んだ。
それを合図に足下で訓練様子を見守っていた祐一は双眼鏡で100mは軽く向こうの標的を見る。
そして意外な結果に驚いた。
「何だ、当たるじゃないか」
名雪がターゲットした標的の板……そこには六発の弾痕がくっきりと残っていたのだ。
『祐一〜、どう?』
「自分で見てみろよ」
『うん、わかった』
名雪はけろぴーのモニターのズームを上げる。これで遠くの物もくっきりきれいに見える。
『うん、ちゃんと全部的に当たっているよ』
「板にはな」
つっこむ祐一。
名雪の撃った弾丸はその全部が標的の板には命中していた。
しかし半分に当たる三発は丸い標的そのものからは外れていたのだ。
しかし名雪はこの結果にかなり満足した。
『ろくに訓練していないのにたいしたもんだよ』
「それじゃあ何で普段使わないんだよ」
日頃銃を使いたがらない名雪に祐一が尋ねると名雪はあっさり答えた。
『こんな物騒な物、町中で使って欲しいの?』
「そりゃあまあ使わないにこしたことはないけどな」
『なら良いんだよ』
だが祐一は首をかしげた。
「しっかし変な奴だよな」
「うぐぅ、何が?」
祐一と同じく真琴の二号機の様子を見ていたあゆが尋ねる。
そこで祐一は自分の疑問をあゆにぶつけてみた。
「名雪はさあ、けろぴーに傷つくのいやがっているよな」
「うん、そうだね」
「そのくせあいつは飛び道具を使わずに格闘戦始めちゃうんだぜ」
「むやみに撃ちまくるよりは良いと思うけど」
そういって二号機を見上げるあゆ。
その機体の中には特車二課の火薬庫の真琴が乗っているのだ。
「真琴ちゃんなんか弾丸を浪費したあげくに結局格闘戦始めちゃうんだよ。
それに機体まで壊すんだから二重の浪費……市民の非難の声が聞こえてきそうだよ」
だがそんなあゆの声はコクピット内の真琴に届くはずがなかった。
『ちょっとあゆあゆ〜!! 射撃訓練で使える弾丸数がたった六発ってどういう事なのよ〜!!!
もっといっぱい調達してきなさいよ!!!』
「うぐぅ、リボルバーカノンの弾丸は高いんだよ!!
訓練にそんなに使わせてもらえるわけ無いじゃないか!!!」
そこへ秋子さんがやってきた。
「訓練終わりました?」
「あっ、はい。一号機二号機ともに完了です」
「成績はどうです?」
そこで祐一は秋子さんに双眼鏡を手渡した。
「あら祐一さん。ありがとうございます」
そう言って双眼鏡をのぞき込む秋子さん。
だがすぐに祐一に双眼鏡を返すと言った。
「命中率が低すぎますね。名雪が銃を使わないのは正解ですね」
「…それについては同感ですが真琴はどうなんです、真琴は!?
あいつあの腕前でガンガンぶっ放しては的をはずしていますよ!!」
「うぐぅ、それなんだけどね祐一くん……」
あゆが申し訳なさそうに祐一に話しかけてきた。
「ん、何だ?」
「うぐぅ、おかしいんだよ」
「はぁ?」
そこで双眼鏡で真琴の撃った標的を見る祐一、そして思わず絶句した。
「げっ!?」
「相手のコクピットに当たっちゃった事もないですよね。あの腕前で」
なんと真琴は六発すべてを標的の中心部に命中させていたのだ。
「どうして普段は命中しないんだよ!?」
「それはまあ動いている相手の間接部や末端部に命中させるのは難しいですよ」
「あ〜あ、射撃の腕前は似たような物だと思っていたんだけどな」
名雪は格納庫で一人真琴がさっきたたき出した射撃訓練のスコアに落ち込んでいた。
まさか真琴があんなに射撃が得意だったとは思ってもいなかったのだ。
するとそこへ白いつなぎ姿の栞が通りかかった。
「名雪さん、こんなところで何をやっているんですか?」
「あっ、栞ちゃん」
「なんだか元気なさそうですけどどうかしました?」
「えっ、そんなこと無いけどな」
とりあえず栞の言葉を否定する名雪。
しかし栞の方もそれほど確証があったわけではないのであろう、すぐにその意見をひっこめた。
「名雪さん、訓練はどうですか? やっぱり大変ですか?」
「そんなことないよ。それよりも栞ちゃん一人だけ別カリキュラムでさびしいんじゃない?」
名雪の言葉に栞は笑った。
「私、体が弱いからKanonには乗れないですから。
でもその代わりアクチュエーターや電動チューブの応急修理の仕方、OSの修復とかみっちり習っていますから。
名雪さんや真琴さんが現場で大暴れして多少機体を壊してもその場で何とかなるようにしますよ」
「頼もしいね、栞ちゃん。やっぱり香里とは姉妹だよね」
「お姉ちゃんにも筋が良いって褒められちゃいました♪」
満面の笑みを浮かべる栞、その顔を見て名雪は思わずうなった。
「だぉ〜!!!」
「どうしたんです、名雪さん?」
カチャカチャカチャ
汚く狭い特機研修所一室で栞と祐一の二人がノートパソコンでなにやらやっている最中であった。
名雪とあゆはそれをぼけっと眺めているだけだ。
「不確定な数値全部取り外してならしちゃえば何とかなるんじゃないか? ほらここんところとか…」
「そんなの全部拾っていたら何日かかるかわかりませんよ、祐一さん」
話が専門過ぎて二人にはさっぱり理解できない。
そんな二人に気がついた祐一は声をかけた。
「おい、お前ら。もう一回教えてやるから来いよ」
しかし二人は速攻で首を横に振った。
「うぐぅ、ボクには難しすぎて分かんないよ!」
「そうだぉ〜、そうだぉ〜! 小学生の頃からコンピューターやっていてプログラムまで出来る祐一とは違うんだぉ〜!!」
「何いらいらしているんだよ」
そう言った祐一の隣にいた栞がいきなりキーボードをたたき始めた。
カチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャ
そのすさまじいまでのブラインドタッチは祐一をも驚かす。
「す、凄いな栞……」
いったん手を止めたところで祐一がそう言うと栞は小首をかしげた。
「そうですか?」
「ああ、名雪とあゆにくらべりゃ雲泥の差だ」
「うぐぅ」
「だぉ〜」
うめく二人を無視して続ける祐一。
「いったいいつ覚えたんだ?」
「昔…って今もですけど体弱かったからですから長期入院するは退院しても外に出してもらえないわで暇でしたから。
父が不憫だって私にPC買ってくれたんでそれからです」
「なるほどな」
「はい。ところでもう少しやりたいんですけど夜食欲しいですね」
栞は胃が小さいのでいっぺんにたくさん食べられないから間食するのが習慣なのだ。
だからそれなりのものをこの研修に際して持ち込んできていた。
しかしもう研修は四日目、五人であらかた食い尽くしてしまっていたのだ。
「そう言えばくる途中にコンビニあったな。よし、くじ引きで決めよう」
そしてあみだくじを書き始める祐一。
だがそこへ名雪がすくっと立ち上がり、そして言った。
「いいよ。ジョキングがてらわたしが行ってくるよ」
そういうわけで一人コンビニへ行った名雪。
そこでカップ麺やら菓子パンやらスナック菓子などをどっさりと買い込むと特機研修所に向かって走り出す。
フッフッ ハァハァ フッフッ ハァハァ
さすがに高校生時、陸上部部長を勤め上げたことはある。
軽快な足取りで山頂のほうにある特機研修所を目指す名雪。
「二月で山の中なのに雪がないなんて不思議だよ」
生まれ故郷との違いを実感しながら走る名雪。
だが橋にさしかかったところで名雪ははたと足を止めた。
「わ〜、星空がきれいだよ」
川の水面に映った星空を見て歓声を上げる名雪。
考えてみれば故郷をでて警視庁に勤務してからこのかた、まともに星空を見たことがない。
これは辺境と揶揄される埋め立て地でも同様だったからだ。
そのまましばらく星空を見上げる名雪、しかしすぐに首が痛くなって川を見下ろした。
二月なのでかなり寒いが雪国出身、これくらいはどってことない。
そのまま川のせせらぎに耳を傾ける。
だが名雪ははっと気がついた。上流から何かが流れてきたのだ。
「何だろう、あれ?」
あとがき
長くなりそうなのでここでおしまい。
予定ではもう少し書くつもりだったんだが。
2002.06.27