機動警察Kanon第132話

 

 

 

 今日も今日とて特車二課。

 

 二月の寒空の中、第一小隊が特車二課へと戻ってきた。

そのせいで常日頃にぎやかなハンガー内はいつもよりも慌ただしさを増す。

 

 

 「機体チェック急げ!!」

「「「「「「はい!!」」」」」」

整備班NO.2の北川潤の指示に整備員たちが次々にキャリアに飛び乗り、機体のチェックを開始する。

「211号機破損箇所なし!」

「212号機同じ!!」

「213号機同じ!!」

三機の損害状況を聞いた北川は香里の手を煩わすまいと次の指示を出す。

「インジェクション戻せ!! コネクター開けろ!!!」

「「「「「「了解!!」」」」」

整備員たちが威勢の良い声をあげて返事する。

そこへ整備班長美坂香里が姿を現した。

「北川君、整備の進み具合は?」

「今取りかかり始めたところ……」

北川の言葉に香里はちょっと眉をひそめると大声で叫んだ。

「降ろしたらすぐに整備に取りかかりなさい!! もたもたしていると東京湾にたたき込むわよ!!!」

「「「「「「は、はい!!」」」」」」

香里の言葉に動きが早くなる整備員たち。

その様子をぽけっと眺めていた北川に香里の雷が落ちた。

「北川君、何をぼけっとしているの!? 体動かしなさい!!」」

「は、はい!!」

あわてて喧噪へと飛び込んでいく北川の背中を見送った香里は傍らで出動チェックの書類を書き込んでいた

第一小隊隊長小坂由起子警部補に声をかけた。

「今日は午後から出動ありますか?」

すると由起子さんは書類から目を離さずに答えた。

「予定には入っていないけど緊急出動はいつあるかわからないから」

「大変ですね。第二小隊の面々はこぞって八王子に行ってしまったし」

「いてもいなくてもあまり変わらないわよ」

「それでも猫の手を借りたい時ってあると思いますけど」

妹の栞は第二小隊の隊員であるからして一応、そうは言ってみる香里。

しかし由起子さんはにべなく否定した。

「その時は猫の手を借りるわ。猫に足を引っ張られることはないと思うからね」

由起子さんの実感のこもったその言葉に香里は思わず苦笑した。

「第二小隊は猫の手以下ですか、なるほどお勉強会が必要なわけね」

すると香里に怒鳴らればかりの北川がONEの肩から声をかけた。

「だいたい俺たちのこと馬鹿にしていますよ。Kanonの一ヶ月点検も兼ねるって…。

それくらい俺たちに出来ないと思っているのかね?」

「怒らない、怒らない。

メーカーさんにしても自分のところの機械がどんな使われ方しているのか知りたいんでしょ」

「まあそうでしょうがね。しかし…」

 

 

 由起子さんが香里と北川の二人が話している様子を見ていると彼女の部下では一番信頼できる

深山雪見巡査部長が声をかけてきた。

「小坂隊長お疲れでしょう。よろしかったら宿直室で仮眠でもとられては?」

「でもまとめておかなきゃいけない書類もあるし……フワァ〜」

思わず欠伸をしてしまう由起子さん。

何だかんだ言っても第二小隊がいない今はかなりのハードワーク。

疲れていないはずがないのだ。

「やはりお疲れのようですけど」

深山巡査部長の言葉にちょっとばつを悪くしたような表情を浮かべた由起子さんであったがすぐにうなずいた。

「そうね、ちょっと休ませてもらおうかしら。え〜っと今日の宿直は…」

「私とみさきと上月巡査の三名です」

「それじゃあ二号機・三号機のペアも休ませちゃって。次いつ休めるかわからないから」

「はい、わかりました」

 

 

 

 で仮眠をとることにした由起子さんは隊長室の隣にある隊長用の宿直室へとやってきた。

疲れきっている由起子さんは早速押入から布団を取り出すとその中に潜り込んだ。

「ふぁ〜お休み……」

誰も部屋の中にはいないのだが習慣でそう言った由起子さんは目をつぶった。

疲れ果てているのでたちまち睡魔が由起子さんを襲う。

しかし由起子さんには体を休める暇などどこにもなかった。

 

 

ヴィーッ  ヴィーッ ヴィーッ

 

『渋谷区神南で101発生!第一小隊出撃せよ!!』

 

 サイレンとアナウンスで由起子さんはすぐにたたき起こされてしまったからだ。

仕方がなく由起子さんは仮眠をあきらめ、出撃準備を整えるのであった。

 

 

 

 

 そしてそのころ都下八王子市のはずれ……。

そこにある警視庁警察学校多摩分校特機研修所では……第二小隊のKanonが二機、起動中であった。

それもスタンスティックを引き抜いて戦闘出力状態……実戦さながらの訓練の真っ最中だったのである。

 

 

 「あはは。同型機同士の試合は久しぶりよ。

10年もやっていなかったような懐かしさを覚えるんだから!!」

真琴はモニターの向こう側にいるけろぴーの姿を見て思わず舌なめずりした。

黒いレイバー事件の時は全く良いところなし。

ライアットガンをぶっ放すチャンスを含めてすべて名雪がおいしいところを持っていってしまったので

フラストレーションがかなりたまっている。

今回の模擬戦はその鬱憤を晴らす絶好のチャンスだ。

というわけで真琴はいつものごとく猪突猛進、けろぴーに向かって突撃した。

「いつかのように簡単に投げ飛ばされたりしないんだからね!!」

 

 

 真琴の乗る二号機の突進を見た指揮者である祐一は名雪に指示した。

「名雪! 真琴機はどうせ直線的にしか動けないんだ。軽くいなしてやれ」

『わかってるよ!』

祐一の指示にうなずくと名雪は迫りくる真琴機をさっと闘牛士のようにかわす。

これで真琴機の突進はかわせるはずであった。

しかし燃えていた真琴機にはそんな常識的な行動は通じなかった。

 

 「何の!! 秘技、直角体当たり!!!」

そう叫ぶや否や真琴は二号機けろぴーに体当たりさせる。

その光景におもわず指揮者代理のあゆは叫んだ。

「うぐぅ!!な、何をやっているんだよ!?

そんなにいきなり負担をかけたらアクチェーターがいかれちゃう…」

「あゆあゆは黙っていなさいよ!! 現場に臨んでは臨機応変なんだから!!!」

「うぐぅ、だから今は現場じゃなくて訓練……」

「本番さながらの訓練じゃなきゃ意味無いでしょ!!」

「うぐぅ、何模擬戦ぐらいで熱くなっているんだよ……」

早く入院中の美汐に現場復帰して欲しいあゆなのであった。

 

 

 

 

 「あらあら由起子さん、そっちの方はどうです?」

名雪と真琴の訓練風景にまったく視線を向けず、秋子さんは東京からかかってきた電話に夢中であった。

やはりいくら秋子さんといえどもやはり女性らしい。長電話がお好きなようだ。

『なんだかいきなり事件が増えたみたいでこっちは大変なんですよ。いつまでそっちにいるんです?』

由起子さんの質問に秋子さんは笑顔で笑った。

「えっ、いつまでこっちにるかですって? 申請は一週間出しているんですよ。

許可だって下りているんですし、後三日間、めいいっぱいやってきますよ。それまではなんとかがんばってくださいね」

『あと三日ですか…』

秋子さんの言葉に由起子さんはがっくりしている。

どうやら今は足を引っ張るような第二小隊であっても人手が欲しいらしい。

「まあうちの小隊は問題児ばかりですからね。中途半端で帰って第一小隊の足を引っ張るわけにもいきませんし」

『……ど、どうしてそのことを……』

香里との会話がすっかりばれている。焦る由起子さんに秋子さんはほほえみながら言った。

「それは秘密です♪ まあそういうわけなんであと三日間、猫の手でも借りてがんばってくださいね」

 

 チーン

受話器を置く秋子さん。

すると模擬戦の様子を見ていた秋子さんの同期にしてここ特機研修所の教官の佐久間があきれた口調で言った。

「おい、水瀬、こりゃあお前……」

「あらあら、何です?」

「はっきり言ってひどいぞ。普段からこんな無茶苦茶な模擬戦やっているのか?」

「実戦的でしょ♪」

「確かに実戦的といえば実戦的だけどな……」

はっきり言って型など完全無視。

お互いをどつきあいの二機のKanonに佐久間はただあきれ果てるしかないのであった。

 

 

 

 「あきれましたね、わたしゃ」

「何がだ?」

佐久間同様模擬戦を眺めていたKey重工八王子工場の工場長実山の言葉に祐一は聞き返した。

すると実山は大きくため息をついた。

「祐一さんたちゃ、いつもあんな風に無茶苦茶にKanon使っていたんですか?

もっとスマートに動ける機体を用意したつもりだったんですけどねえ」

「そういう文句なら真琴に言ってくれ」

自身の指揮と名雪の腕前を弁解する祐一。しかし実山の耳には届いていないようであった。

「…これじゃあサンプルだってとれやしない」

「サンプルって何だ?」

「設定範囲内での最も効果的な動作などのサンプルですよ」

「Kanonはあれだけ動きゃあ十分だと思うけどな」

現場でのKanonの働きぶりを思い返して祐一がそういうと実山は珍しくかみついてきた。

「世界初のレイバーのプログラムを書いた技術者の言葉とは思えませんね。

うちの連中が今の言葉聞いたら泣きますよ」

「泣かせておけ。俺が書いたプログラムなんか今のに比べたらおもちゃみたいだろうが」

「それはそうかもしれませんが…。まあとにかく事はKanonだけの問題じゃないんですよ。

次世代の機械にKanonの技術を生かせなかったら何の役にも立たないじゃないですか!!

幕張・有明ととんでもないものを見せつけられたんですからね。うちの連中は大あわてですよ」

「開発者は大変だな」

気楽にそういう祐一はコクピットから出てきた名雪を眺めた。

「うぅ〜、けろぴーが傷だらけになっちゃったよ〜」

「そんなの格闘戦用レイバーの宿命なんだから諦めなさいよ!!」

「ふぅ〜、こっちの悩みは次元が低い」

 

 

 

それから数時間後。

名雪は一人研修所の大浴場に浸かっていた。

 

 「うぅ〜、次元が低いって言うのはわかっているんだよ……。

Kanonの傷だって大した問題じゃないのはわかっているんだよ……」

そうつぶやいてお湯に浸かってみる自らの体を眺める。

その雪のように白いその肌……だが肩にはくっきりとアザがある。

「乙女の柔肌にこんなアザまで作ってそれなりに苦労しているはずなんだけど……。

わたしたちはちゃんとお役に立てているのかな?ほんとはそのその手応えが欲しいんだよ」

 

 だが今のところはその手応えを感じられない水瀬名雪巡査なのであった。

 

 

 

 

あとがき

今回は特にないです

 

 

2002.06.25

 

 

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