機動警察Kanon第130話

 

 

 

 「だぉ〜!?」

「あ、相部屋って俺たちは……」

旅館ときわ館の女将の言葉に名雪と祐一は驚いた。

名雪に至っては山のように買い込んだおみやげをどさっと落としてしまったほどだ。

しかし貞操の危機が迫った名雪はすぐに立ち直った。

「な、何でなんだぉ〜!!」

「何でって言われても東京の高畠さまのご予約ですよね……。

一泊二日朝食付き、相沢祐一さまと水瀬名雪さま……間違いないですね」

「い、今からもう一つ部屋取れない!?」」

女将に詰め寄る名雪。

しかし人生経験が三倍はありそうな女将はあっさりとその抗議を受け流した。

「さっきまで一部屋空いていたんだけどね、飛び込みのお客さんがやって来ちゃって。

まあ良いじゃないの、一晩ぐらい泊まっちゃいなさいよ」

その言葉にばつが悪そうに顔を見合わせる祐一と名雪。

しかしやはり男である祐一には貞操の危機などどうでもよかった、というかその方が都合が良いというものである。

というわけですぐにあっさりうなずいた。

「まあそれなら仕方がないな」

そして部屋へと向かう祐一。その背中に向かって名雪は叫ぶのであった。

「し、仕方がないって祐一!!」

 

 「うんうんん、若いって良いわね」

女将は一人にやにやといやらしい笑いをするのであった。

 

 

 

 「やっぱりまずいんだぉ〜」

温泉につかりながら名雪はつぶやいた。

もしかしたら今夜……そう思うと名雪は無茶苦茶緊張せざるをえないのだ。

しかし……

(あゆちゃんや真琴や栞ちゃんには悪いけどこれってもしかしてチャンス!?)

そうとも思ってしまう名雪。

はっきり言って相対する考えが頭の中でこんがらがりまとまらないのだ。

結局名雪はのぼせてしまう直前まで温泉で考え込み、結局結論を出すことができずに温泉から出るのであった。

 

 

 

 「うぅ〜、どうすればいいんだぉ〜!?」

温泉からあがった名雪は浴衣姿でとりあえず部屋へと向かった。

秋子さん譲りのつややかな髪をアップにしているので浴衣の襟からのぞかせるうなじが非常に色っぽい。

さらに湯上がりしっとり肌にシャンプーと石鹸の良い香りのダブルコンボ。

はっきり言って健全な男子ならば18禁行為に突入してしまうのは明白だ。

しかし名雪は自分の無防備さを全く自覚していなかった。

これで貞操の危機を心配しようとは全く何を考えているのやら……。

 

 まあそんなことはさておき名雪は祐一が待つであろう部屋へと戻ってきた。

しかしすぐには部屋に入れない。

やはりまだ覚悟(何の覚悟やら)が出来ていないのだ。

「祐一……」

「………」

返事はない。だが名雪はそんなことは気にせずにというか気がつかないと言うか。

ふすま越しに部屋の中にいる祐一に声をかけた。

「祐一あのね……わたしずっと考えたよ」

ちなみに考えたよじゃなくて今も必死で考えている真っ最中だ

「あんまり頭は良くないけど、すっと考えていたの。

わたし、このまま……祐一と結ばれて良いのかなって」

「………」

「あゆちゃんや真琴や栞ちゃんたちの気持ちを知りながらわたしだけ抜け駆けしちゃって良いのかなって」

「………」

「祐一?」

あまりにも祐一の反応が乏しいことに名雪はようやく気がついた。

不審がってふすまをそっと静かに開ける。

すると……祐一は気持ちよさそうに眠りこけていた。

あの眠り姫名雪が起きているというのにである。

「だ、だぉ〜!!」

自らの一大決心が何だったのやら?

思わず絶叫する名雪。しかしすぐにほっとした。

「……やっぱり抜け駆けは良くないよね」

どっと緊張感を無くした名雪、そこへどっと睡魔が襲いかかってきた。

「ふぁ〜、眠いんだぉ〜」

 

 というわけで名雪は部屋の電気を消すと布団へと潜り込んだのであった。

「お休み、祐一」

 

 

 

 そしてそれから数時間後。

名雪はふと妙な気配を感じて目を覚ました。

はっきり言ってまだまだ夜、本来ならば名雪が目を覚ますような時間ではない。

しかしやはり祐一と二人っきりで寝るという状況にやはり緊張していたのであろう。

それでも目を覚ましたことには変わりない。

あまりに珍しい出来事に名雪自身もびっくりの事態だった。

寝ぼけ眼で部屋を見渡す、と祐一ががばっと布団から体を起こしたところであったのだ。

(だ、だお!!)

思わず心の中で絶叫する名雪、しかしすぐに気を取り直した。

(きっとトイレだぉ〜。いくら何でも疑ったら悪いんだぉ〜)

しかし祐一は立ち上がって部屋を出て行こうとはしなかった。

布団から音も立てずに抜け出すとそろりそろりと名雪の寝る布団へと近づいてくる。

(ま、まさか夜這い? だ、だめなんだぉ〜!! わたし、結婚までは清い身体って決めいるんだぉ〜!!!)

さっきの決意はどこへ行ったのやら?

これからおとずれるであろう事態に名雪は思わず身構える。

やがて祐一の手が名雪の布団をむんずとつかんだ。

(!!!!)

 

ドガァ〜ン

 

 「見損なったんだぉ、祐一!!」

手元にあった何かで祐一を殴りつけるなり電気をつけて叫ぶ名雪。

だがそこには……お土産にかったハタハタの干物をつかんだ祐一が白目をむいていたのだ。

「あれ?」

 

 そこへ階段の下から女将さんの声が響いてきた。

「相沢さん〜、お電話ですよ〜!!」

 

 

 

 「夜中にハタハタ食べようとして何で殴られなくっちゃいけないいんだよ」

祐一は名雪にぶつくさ文句を言いながらも電話に出るため階段を下りる。

「電話ってどこから?」

祐一が尋ねると女将はにやっと笑い、そして言った。

「東京の水瀬さんだそうですよ」

「秋子さんが? 一体なんなんだ」

首をかしげながら祐一は受話器を取った。

「はい、相沢です」

すると秋子さんの声が届いてきた。

『祐一さん、そちらはどうですか?』

「もう散々でしたよ。制服姿であちこち引き回されるわ、名雪にはぶん殴られるわ」

『名雪にですか? もしかして祐一さん、名雪襲いました?』

秋子さんのその言葉に祐一は思わずずっこけた。

「そんなことしませんよ!!」

『祐一さんだったら私、了承ですよ』

「何が了承ですか!」

『もちろん名雪の「結構です!!」』

秋子さんの言葉を遮って叫ぶ祐一、そして脱線している会話を軌道修正した。

「一体こんな夜中に何のようです?」

『そうでしたね。えっとそれじゃあ本題に入りますけどあの高畠って人、相当の食わせ者ですね。

公安部外事一課といったら対ロシア関係の部署なんですけどそこが何で海の家相手に出張ってくるんです?』

「いや、そんなこと俺に聞かれても……」

『やっぱりわかりませんよね。妙だと思って調べてみたんですけど。

観光気分でトロトロしているととんでもないことに巻き込まれちゃいますよ』

「なんです、それ?」

『実はですね、今から三時間後……』

 

 

 「亡命ですか!?」

秋子さんの言葉に思わず驚きの声をあげた。

すると秋子さんは受話器の向こうでうなずく。

『まさか丸腰というわけにはいかないのでそちらに増援送り込みましたんで』

「はあ、そうですか……」

 

 こうして祐一は秋子さんとこの後の手はずを整えたのであった。

その背後を目当ての人物が出て行ったのも知らずに……。

 

 

 

 

 ポォポポポポポポー

 

 深夜の港にもう30年以上使われていない汽笛の音が鳴り響く。

やはり港にこの効果音は付き物だからね。

まあそれはさておきロシア船籍貨物船タラップの手前で一人のロシア人が周囲を警戒していた。

一体何に警戒しているのであろうか?

すると夜のとばりの向こから軽快な足音が響いてきた。

はっとしてそっちに視線をやるロシア人。

するとそこにはジョギング中の日本人がいただけであった。

ほっとして警戒を解くロシア人。

しかしそれは明らかに誤りであった。

なぜならばその男はほっとしたロシア人を全力でけっ飛ばしたのだ。

「ぐふぅ!」

うめき声を上げて気を失うロシア人。

そして男は気を失ったロシア人を確認するとタラップを駆け上がり、船内へと潜入したのであった。

 

 

 「潜入確認しました」

 

 

 「うぐぅ!!」

「えう〜っ!!」

「あぅ〜っ!!」

「だぉ〜!!」

船内へと潜入した男……犬走一直は貨物船内にいた船員たちを蹴散らしながら突き進む。

もちろん船員たちも抵抗はする。

しかしすばらしい暴れっぷりに船員たちはまともに抵抗できない。

あっという間に沈黙する。

やがて犬走一直は目的の物……XR-99『ドシュカ』が収容された格納庫へとたどり着く。

「これがドシュカか……」

にやっと笑うと犬走はドシュカのコクピットへと向かう。

ちなみにドシュカのコクピットハッチは機体後方についているのだ。

「これでドシュカは我々海の家の物だぜ」

そうつぶやきながらコクピットハッチを開ける犬走一直、しかしそうは問屋が卸さなかった。

コクピット内から突き出されたAK-74の銃床が犬走一直のあごをとらえたのだ。

「グハッ!」

その一撃で犬走一直は気絶してしまった。

そんな彼を気絶させた男……ロシア陸軍の制服を着た軍人はにやっと笑うとコクピットへと潜り込んだのであった。

 

 

 

 

 「上手くいきましたね係長」

貨物船からドシュカが出てきたのを見て高畠の部下Aがそう言う。

そんな部下の言葉に係長の高畠は満足げにうなずき、解説し始めた。

「過激派によるレイバー強奪と見せかけてその実態は新型レイバーを手みやげにしたロシア陸軍高級技術者の亡命劇。

将校がああしてぶ厚い装甲の中にこもって待っていれば警察やマスコミ押っ取り刀で駆けつけてくる。

そうなれば最強を誇る各国諜報機関といえども派手なまねは出来ない。

その後我々は将校の身柄とレイバーを引き取り持ち帰る。

諜報機関の目を引きつけるためのだしに使われたとも知らず……まあせいぜい特車二課と海の家には感謝するさ」

「さすが係長、頭良い」

「完璧な計画」

「ブラボー」

部下ABCの賞賛に満足げにうなずくと高畠は高笑いをする。

そんな高畠にあわせて部下ABCも一緒に高笑い。

しかしその笑いも長くは続かなかった。

 

 

 

なぜならば……いきなり強力な光が発したからだ。

「な、何だ!?」

あわてて振り返る高畠と部下一同。

するとそこにはどこから調達したのやら? 

警視庁特車二課第二小隊の装備するKanonが姿を現したのだ。

呆然とする高畠&部下ABCの耳に祐一の声が飛び込んできた。

「そこのレイバー強奪ならびに不正起動中の犯人に告ぐ! 直ちに機体を放棄して投降せよ!!

こちら警視庁警備部特車二課!!」

「何!!」

驚愕の声を漏らす高畠、そんな彼に祐一は皮肉を言った。

「人をだしに使おうなんて良くないことだぜ、おっさん」

「き、貴様……な、なぜこのことを……」

「秋子さんを甘く見るからこうなるんだぜ」

「ぐっ!」

利用するつもりだった特車二課の人間の評価を思い出して高畠は思わずうめいたのであった。

 

 

 

あとがき

書き直した「機動警察Kanon」です。

どうぞお納めください(笑)

 

 

2002.06.17

 

 

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