機動警察Kanon第129話

 

 

 

 それは一月のとある日のことだった。

 

 

 「どうも、公安部外事一課の高畠です」

警察手帳を提示しながらそう名乗った男に秋子さんは首をかしげながら尋ねた。

「公安ですか? 特車二課にいったい何です?」

すると高畠と名乗った男は単刀直入に言い始めた。

「実は昨夜のことです、重要人物としてかねてより我々がマークしていた男が尾行中の捜査員を襲い、

拳銃を奪いタクシーでその場を逃走するという事件が発生しまして。
これがその男です」

高畠は懐から数枚の写真を取り出して秋子さんに示した。

脇から同席中の小坂由起子警部補ものぞき込む。

するとそこには陸上自衛隊の制服を着た男が写っていた。

 

「犬走一直、東京都大田区蒲田出身、28歳。

平成五年陸上自衛隊入隊、同八年新設されたばかりの空挺レイバー部隊に転属。

このころより『海の家』シンパとして活動、除隊後は同派の非公然部隊の一員としてテロ活動に従事。

逮捕歴八回、いずれも証拠不十分で釈放。

宇都宮付近でガス欠になったタクシーを乗り捨てた奴はその場に通りかかった単車を強奪。

追いすがるパトカーをぶっちぎり白河・福島・郡山・米沢・寒河江とあらゆる信号を無視して暴走。

二時間後には鶴岡市内で無銭飲食をやらかし、今早朝酒田市に潜入したところで行方をくらました」

「あらあら、どうも派手ですね」

秋子さんのその言葉に高畠はうなずいた。

「性格はずさんだが過去に無数の修羅場を通り抜けてきた男でしてね。レイバー乗りとしての腕前も超一流だ」

「しかしそれだけでは……」

「レイバー隊は動けない。しかしこれならどうです?」

そういって高畠はまた写真を取り出した。

そこには一台の四脚式レイバーが写っていた。

「何です、このレイバー?」

見覚えのないレイバーに秋子さんが尋ねると高畠はにやっと笑った。

「ロシア陸軍次期主力攻撃型重レイバーXR-99、NATOのコードネーム『ドシュカ』。

機密のベールに包まれたロシアの新型レイバーですよ」

「そうなんですか」

「それが酒田に入るんですよ、本夕刻」

「何ですって!?」

思わず驚きの声をあげる由起子さんだが秋子さんは冷静だった。

「それは本当ですか?」

「それはもう。昨年の夏、東南アジアの某国とロシアの間に新たな武器援助協定が締結されましてね。

その一環としてこれが供与されることになったんですが……何せ最高機密だ。

大方の裏をかき、ナホトカからロシア船籍の貨物船に載せて日本海経由で運び込もうと」

「それが酒田にですか」

「偶然にしては出来過ぎている」

「それで私たちにどうしろと?」

本題をずばり聞く秋子さん、すると高畠はうなずいた。

「小隊を派遣していただきたい」

「無理ですね」

「えっ!?」

思わず唖然としてしまう高畠某、しかしすぐに我に返ると理由を尋ねた。

「いったいなぜです?」

「県警からの要請なりなんなりがあるならいざ知らず任地を離れての行動となるとそれなりの手続きが必要ですから」

「事の性格上、正規の手続きが踏めないからお願いしている。

犯罪を未然に防ぐための独断専行、超法規的行動は特車二課の十八番ではなかったですかな」

しかし高畠にとって秋子さんは手強い交渉相手だった。

「大変な誤解ですね。それに最新鋭の軍用レイバーが相手ですよね。

うちの豆鉄砲が通用すると思います? こういうのは適材適所、自衛隊にでもお願いしてください」

「連中の手を借りるぐらいならば何もせずにおとなしくしているわい!!

何で奴らに手柄を譲らねばならないのだ!! 貴様それでも警察の人間か!!」

高畠の怒号が隊長室に響き渡る。

まあ昔から戦前からこっち、警察と軍隊の仲が悪いのは伝統だしね。

しかし秋子さんには馬耳東風、何も気にしなかった。

「うちのモットーは『みんなで幸せになろう』なんで。お役に立てずすいません」

「くそっ!!」

高畠はかけていたサングラスをとると秋子さんをにらみつける。

がやっぱり秋子さんは気にしない。涼しい顔でさらっと受け流す。

そこへ傍らに立っていた高畠の部下がそっと耳打ちする。

「ふむふむ」

我に返った高畠は穏やかな表情に戻るとサングラスをかけ直しながらもう一度提案した。

「それならこうしましょう。

小隊規模での派遣が難しいっていうんなら非番の隊員数名をまわしてもらうってことで折り合いましょう。

これならまあ妥当なところでしょう」

うんうんとうなずく高畠とその部下一同。

しかしやっぱり秋子さんは手強い交渉相手だった。

「どこが妥当なんです? だいたいレイバー無しで何をどうしろっていうんです」

反論する秋子さん。

その秋子さんの耳元に由起子さんがささやいた。

「ふんふん、なるほど………了承です」

満足げにうなずくと秋子さんは高畠に言った。

「それじゃあうちの小隊から二名、まわすってことで」

「おお、わかっていただけました?」

感動のあまり秋子さんの手を取る高畠。

その高畠に秋子さんは微笑んで言った。

「ええ、突然わかっちゃいました」

「よかった。いや、本当によかった」

「ただし必要経費はそちら持ちでお願いしますね♪」

 

 

 

 「匂うわね」

隊長室から高畠たちが出て行くのを見送った由起子さんはつぶやいた。

すると秋子さんはうなずいた。

「それはまあ、あの人たちのやることですかららね、匂うのは当然です」

「……先輩って本当に公安嫌いなんですね、もと公安なのに。

まあそれはさておいて海の家のテロリストが、それもレイバー絡みで行動を起こしているのは確かみたいだし。

いったい誰を送り込むんです?」

由起子さんの言葉に秋子さんは考え込んだ。

「酒田ですよね……」

「ええ、そうですね」

「みちのく酒田といえばやはり……」

「やはり?」

「やっぱりハタハタですよね♪」

「へっ!?」

なぜハタハタになるのか? 

いくら先輩とはいえ切れ者の秋子さんのことなど由起子さんには理解できないのであった。

 

 

 

 「なんで俺がハタハタを買わなくちゃいけないんだよ」

新幹線の車中で祐一は不満げにつぶやいた。

せっかくの非番を台無しにされたのが気に入らないのであろう。

しかしその隣に座っていた名雪は違っていた。

「だからさあ、そのくらいの気持ちで行ってこいってことなんじゃないかな?

どうせ非番だからって何か用事があったわけじゃないんでしょ?」

「それはそうだが…そう言われるとなんか腹立つな」

「まあ気にしない気にしない。わたしなんか整備のみんなから餞別までもらっちゃった♪

おみやげ何にしようかな?」

名雪はうれしそうだ、が祐一の気はやはり晴れなかった。

「しかしお前よく浮かれられるな」

「何で?」

「何でって……お前この状態でよく旅行気分に浸れるな?」

そう言う祐一だがそれは無理もなかった。

なぜならばコートにださい背広姿のむさい男たち……高畠の部下である公安の人間が周囲を固めていたからだ。

 

 

 

 それでも数時間後、祐一と名雪は高畠に連れられて酒田市内へと入っていた。

 

 「ねえねえ祐一、寒鱈祭だって。おいしそう……食べたいな」

「寒鱈か……酒が一杯飲みたくなるな」

 

 「日和山公園だって。景色が良いね」

「日和か……『みずいろ』を思い出すな」

 

 「うわ〜、大きな屋敷だね」

「これがかの有名な本間さまのお屋敷か。さすがにでかいな」

 

 

 まああんなこんなで酒田市内を観光して回ったのである。

そして夕食時。

祐一と名雪は高畠に連れられて観光客相手のメシ屋で食事することになったのであった。

 

 

 「あのう……」

「何だね?」

おそるおそる高畠に聞いた祐一、すると高畠は祐一に聞き返してきた。

そこで祐一は疑問をぶつけてみた

「ほかの皆さんはどこへ行ったので?」

確かに新幹線では一緒だったはずの高畠の部下は今は一人もいない。

すると高畠は口を止めずに答えた。

「部下たちならば新潟で途中下車、別途に酒田入りし、配置についている。

我々の仕事は隠密をもって良しとするからな」

高畠のその言葉に祐一は首をかしげた。

「隠密だよな……良いのか? 俺たち目立ちまくっているんだが」

たしかに特車二課の派手な制服は目立っていた。

それはもう誰の目にもとまるぐらいド派手だった。

なんせすっかり浮かれ気分の名雪がお土産を買いあさっていたのだから。

おかげで名雪と祐一の二人は酒田市民の注目の的だったのだ。

だがそれは高畠にとって思うつぼであった。

「良いのだよ、目立たせているのだから。意図的にな」

「あれ?」

「君たちにわざわざ来てもらったのはほかでもない。

その姿で、その制服で、その行動でレイバー隊がここ酒田に来ていることを満天下に知らしめるためなのだ。

ドシュカを奪取せんとする彼らの陰謀に対して我々が行動を起こしたを宣言するためだ」

「彼ら……ですか」

祐一のつぶやきに高畠はうなずいた。

「そう、ドシュカを狙っているのは何も『海の家』だけではない。

海の家がそのことを知っていたのが情報が広範囲にわたって漏洩していたことの証だ。

各国の諜報部がこれを黙ってみているはずがない。君たちはすでに完全にマークされているよ」

そういって高畠は店内を見渡す。そしてそれにつられて祐一も周囲を見渡した。

そこには様々な人間……日本人のみならず多くの外国国籍の人間がそろっていた。

「店内にいるロシア船員たち、彼らはKGBの後継である対外情報局(SVR)の人間だ。

あの男もこの男もその男も……」

「ゴクン」

思わずつばを飲む祐一、しかし高畠は続ける。

「それだけではない。向こうのテーブルで味噌ラーメンをすすっている英国人、彼はMI6ことSISの人間だ」

「まさか……」

「今正面に入ってきた米国人の観光客の集団、彼らは皆CIAの工作員だ。

あのアベックはNATOの現地連絡員、道路を横切ったのはモサドのスパイ。

今水瀬巡査にハタハタの干物を手渡したばあさんは中国人民武装警察便務隊の暗殺者だ」

「じょ、冗談だよな」

しかし高畠は答えずにやっと笑った。

「うぅ〜」

名雪ではないがうなる祐一、すると高畠が祐一に言った。

「今日はもう疲れただろう。宿は取ってあるからもう休むと良い」

 

 

というわけで名雪と祐一の二人は宿屋へと泊まることになったのであった。

 

 

 

あとがき

第130話書こうと思ったら第129話がないでやんの。

一体どうなっているんだ?ちゃんと確認したつもりなんだが……。

というわけで書き直し。

はっきり言って書き直しは楽しくないです。

 

 

 

2002.06.13

 

 

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