チュウウウウン チュウウウン
棒立ちになっていたけろぴーが妙な異音をたてた。
すでに全身のFRP装甲ははボロボロであるが内部にもそれなりのダメージを受けているらしい。
普段ならば絶対にたてない騒々しい音だ。
とグリフォンが脱出する際に残していったその腕がけろぴーの手からぽろっと落ちた。
ガシャーン
「あら、これはいけないわね」
慌ててけろぴーに駆け寄る整備班長美坂香里。
機動隊やら警察官の間をかき分けて進む。
しかし香里がたどり着く前にけろぴーはがくっと膝かっくんをされたかのように崩れ落ちた。
幸いまだ健在な左腕が前のめりに倒れないように支えてくれたがけろぴーのコクピットハッチは見事に吹き飛ぶ。
「何だ!?」
その光景に思わず声を上げる祐一。
するとようやくと人混みを抜けてきた香里が祐一に言った。
「電池が限界でテンションが落ちてきているのよ」
「……それってまずいんじゃないのか!?」
祐一がそう訪ねると香里はちょっと首を傾げて考え込み、うなずいた。
「まあそういうこともあるかもね」
「名雪!!」
香里の答えを聞くや否や祐一は相棒の元へと駆け寄った。
「おい、名雪!! 大丈夫か?」
けろぴーによじ登り、コクピットの中をのぞき込みながら祐一はそう声をかけた。
すると名雪の返事はない。
その代わり名雪は膝を抱えてうずくまっていたのである。
「何だ、名雪。寝ているのか?」
軽口をたたく祐一、すると名雪はかすかに声を絞り出した。
「……った」
「ん? 何言っているのか聞こえんぞ」
「……逃がしちゃったよ……ここまでやっておきながら……」
名雪のその言葉に祐一は黙り込んでしまった。
あのけろぴーを溺愛してやまない名雪がここまでボロボロになるまでやった。
にもかかわらず犯人逮捕には至らなかったのである。
「Kanonは頑丈だな。幕張で使った廉価版なんてひとたまりもなかったぜ」
名雪を柄になく慰める祐一。
しかし名雪は目に涙を浮かべながらつぶやいた。
「わたしはけろぴーと一緒に逃げ出したいのを我慢して必死に戦ったんだよ……」
「……こいつとお前のその根性があれば何度やったっていい勝負できるさ」
その言葉に名雪は頭を横に振った。
「いい勝負なんかじゃダメなんだよ……」
「……そうだな、いい勝負なんかじゃダメだな……」
警察官のお仕事は何はともあれ犯人逮捕してナンボ、祐一は名雪の言葉にうなずくことしかできなかった。
「やれやれ、終わりましたね」
秋子さんはミニパトに積んでいた魔法瓶を取り出すとコポコポとコップに注ぎ、オレンジ色のジャムをたっぷり落とすとすすった。
「はぁ〜、ほっとしますね」
何だかちょっと年寄り臭い秋子さん、まあそれだけ疲れていると言うことなのであろう。
するとその時、キキーィーというけたたましいブレーキ音とともに二号指揮車が止まった。
グリフォンを狙撃した真琴とあゆのご帰還だ。
そんな二人を秋子さんは笑顔で出迎える。
「ご苦労様、二人の陰で名雪がつぶされずにすみました♪」
だが指揮車から飛び出してきた真琴はものすごい剣幕で叫んだ。
「秋子さん!!」
「はい、何でしょう?」
「真琴はうんと歯がゆいんだから!!」
「何でです?」
「名雪のやり方よ!! あれほどの武器を持っていながらあの体たらくは何なのよ!?」
ものすごい熱の入りようだ。
せっかくのライアットガン+射殺許可証を生かせなかったのが残念でたまらないらしい。
というかこんなやつ警察官にするなよ(笑)。
だから秋子さんは真琴をたしなめた。
「あらあら、そんなことは言ってはダメですよ、真琴。名雪は名雪なりにやったんですから」
「あう〜っ、だって秋子さん〜」
「はいはい、この件はもうおしまいですよ」
真琴にそういうと秋子さんはもう一台の指揮車へと向かった。
そこでは今、祐一に代わって栞が乗り込み、被害をチェック中だったのだ。
「どうです?」
秋子さんの問いかけに栞は振り返りながら言った。
「これだけのダメージを受けながら名雪さんはよくやりましたよ。
モニターは元より、他の対物センサー系も全て死んでいます」
「どうりで掴み合っての殴り合いしかなかったわけですね」
「はい、これでは無理ないですよね」
うなずく二人。
そこへ
「秋子さ〜ん!!」
と叫ぶ声が届いた。
「秋子さん、お姉ちゃんが呼んでます」
さすがに姉妹である、すぐに声の主が誰かわかり、秋子さんにそう言う。
「それじゃあ栞ちゃん、後はよろしくね」
「はい、お任せください」
無い胸を誇らしげに叩いてうなずく栞に全てを任せると秋子さんは呼んでいる香里の元へと向かったのであった。
「何です、香里ちゃん?」
秋子さんが訪ねると香里は肩をすくめて言った。
「一号機も二号機同様メーカーに回さないと修理はきかないですね」
「保証期限内でしたっけ?」
「……格闘用のレイバーにそんなのつきませんよ。
というわけで名雪を降ろして機械の方はキャリアに載せてください」
「了承です」
秋子さんはうなずくと撤収作業中の第一小隊隊長小坂由起子警部補に声をかけた。
「由起子さん、おたくの手、貸してくれません?」
「手数料高いですよ」
笑いながらそう答える由起子さんに秋子さんは真顔で言った。
「手数料ですか? それじゃあ奮発してわたしの特製ジャ「タダでいいです!!」」
秋子さんの言葉を遮って叫ぶ由起子さん。
そして秋子さんの返事を待たずに由起子さんは第一小隊の面々に指示した。
「一号機から三号機まで全機起動!! ただちに第二小隊一号機の積み込み作業かかれ!!!」
そんな由起子さんの言葉に秋子さんはちょっぴり寂しかった。
祐一と名雪の目の前で電池の切れたけろぴーが第一小隊のONEによってキャリアへと載せられる。
その姿は全身ズタボロ、至る所が破損している。
もはや無傷なところを探す方がよっぽど一苦労な状況である。
「なあ名雪」
祐一の問いかけにキャリアに積み込まれるけろぴーをじっと見つめていた名雪は振り返り、答えた。
「ん? 何かな、祐一」
「お前さあ、一度眠ってから後性格変わっていなかったか?」
「そうかな?」
「ああそうさ。正直言ってあそこまでお前がやるとは思っていなかった。正直言って見直したぞ」
「だ、だぉ〜。なんか照れるよ〜」
「照れるな、照れるな。ところで何がお前をそこまで駆り立てたんだ?」
祐一の言葉に名雪は考え込み、そして何かを思いだしたのであろう。
ポンと手を打つと名雪は笑った。
「祐一が起きないとお母さんの特製ジャムを食わせるぞ!! なんて脅かすからだよ〜!
おかげでわたし怖くて怖くて……、だからイチゴサンデー7杯で許してあげる♪」
名雪のその言葉に祐一はあることを思い出し、顔面蒼白になった。そして思わずつぶやく。
「天は我を見放した……」
「何だぉ〜!! 酷いんだぉ〜!!!」
自分におごるのがいやだと思った名雪は祐一に抗議する。
が祐一は首を横に振った。
「違うんだ、名雪……。俺はお前を起こすのに使った言葉のせいで地獄を見る羽目になってしまったんだよ……」
その真剣なまなざしと言葉に名雪は祐一の顔をのぞき込んで聞いてきた。
「祐一、いったい何があったの?」
「……秋子さんの特製のジャムを今度食う羽目になった……」
「特製ジャムってあのオレンジ色の?」
「そう……オレンジ色の悪夢だ……」
「だ、だぉ〜!!」
名雪は叫び、そして我に返ると祐一を慰めた。
「祐一……例え何があってもわたし祐一のこと決して忘れないからね……」
「名雪……慰めはいらないから手伝ってくれ」
「絶対にいや!!」
あっさり却下する名雪であるがこれは無理もあるまい。
誰だって秋子さんの特製ジャムは食べたくないはずだからだ。
「うぐぅ、薄情だよ……」
「あゆちゃんの真似はやめてよ、祐一」
「仕方がないだろう」
「それはそうだけど……じゃあイチゴサンデー1杯におまけしてあげるよ。
あまりにも祐一、かわいそうだもん」
「7杯から1杯になってもちっともうれしくないぞ」
「仕方がないよ、祐一が悪いんだし」
「俺か!? 俺が悪いのか!? 格闘戦の真っ最中に寝た寝ぼすけを起こした俺が悪いのか!?」
「う〜ぅ、それ言われると……」
「あら、二人とも何を話しているんですか?」
そこへいきなり秋子さんが話しかけてきた。
慌てて振り返り叫ぶ二人。
「な、何でもないよ!! お母さんのジャムの話なんかしてないよ!!!」
「そ、そうだとも!! オレンジ色のジャムの話なんかしていないぞ!!!」
思いっきり墓穴を掘っている二人なのだが秋子さんはその言葉をさらりと流した。
「そうですか? それじゃあもう撤収しましょう。名雪も眠いでしょう?」
「そうだぉ〜」
考えてみたら名雪が徹夜(ちょっと寝ているけど)というのはすごいことだ。
秋子さんの言葉に眠気を覚えたのであろう、名雪はいきなり熟睡直前だ。
「それじゃあ帰りましょうね」
「だぉ〜!」
「了解」
そして第二小隊の他の面々が待っているキャリアへと歩き始める祐一と名雪。
そんな祐一に秋子さんは笑いながら言うのであった。
「祐一さん、帰ったら特製ジャム、ご馳走しますね♪」
あとがき
一週間ぐらい更新をさぼってしまいましたね。申し訳ないです。
まあそのおかげでPCの改造も終了、かなり快調になりました。
このままあと3年は使い続けたいものです。
2002.05.15