機動警察Kanon第114話

 

 

 

「相沢さん」

病院の廊下を歩いていた相沢祐一は突然看護婦に呼び止められた。

「何です?」

振り返るとそこにいたのは只の看護婦ではなかった。

この病院の一番の古株で怒らすと怖い婦長だ。

「ここは警察病院ではないのですからそんな恰好でうろつき回らないでください。

他の患者さんが何事かと思うではないですか」

「すいません」

祐一は素直に謝ると特車二課制服の上着を脱いだ。

これでもはや祐一が特車二課隊員とはそうはわかるまい。

「それなら結構です」

そう言うと婦長はカッカッカ ときびきびした足取りでその場を立ち去った。

 

 

 

 「身長は160cmぐらい、ロングヘアー、大きなリボンを着用、顔全体が笑ったような作り……」

ベッドの上で横になっている天野美汐巡査部長の言葉にメモを取る警察庁広域犯罪捜査官国崎往人部長刑事と

神尾観鈴巡査……と思っていたが違った。

観鈴一人だけ文字では無く、何かを一生懸命手帳に書き込んでいる。

「観鈴、お前はなにを描いているんだ?」

往人が覗き込むとそこには美汐の言った証言を元にした似顔絵らしき物が描かれていた。

なぜ似顔絵らしき物だって?

それは言うまでもなかった。

「一体何なんですか?」

気になった美汐が尋ねると往人は観鈴のメモ帳を取り上げて美汐に見せた。

「……何ですかこれは?」

「似顔絵らしいぞ」

「返してよ、往人さ〜ん」

観鈴の抗議を無視して美汐に見せ続ける往人。そして美汐に尋ねた。

「どうだ? 似ているか?」

「…これが似顔絵だというのですか、そんな酷なことはないでしょう」

「が、がお…酷い……」

自分の描いた似顔絵の酷評にショックの観鈴。

しかしそれだけでは終わらなかった。

ポカ

「がお…どうしてこんなことするかな?」

ポカ

「わ、分かったから往人さんポカポカ殴らないで〜」

観鈴の懇願に往人はその振り上げた手を下ろした。

「晴子との約束だからな、文句を言うな」

「うぅ〜、私もう社会人なのに……」

 

 コンコン

 

 その時病室のドアがノックされた。

「俺が出よう」

手帳を観鈴に返すと往人はドアに歩いていく。

するとドアが開き祐一が顔を見せた。

「具合はどうだ、天野?」

「なんだ、元気そうだな」

祐一の姿を見てあっさり言う往人。

怪我して入院と聞いていたのでもっと重傷だろうと思っていたようだ。

しかしぱっと見た目には祐一は頭に包帯を巻いているだけ。

入院するほどの怪我とはとても思えない。

「酷いですね、国崎さん。『なんだ』はないでしょう」

往人に文句を付ける祐一。

しかしすぐに気を取り直すと美汐に言った。

「先に帰るんで挨拶に来たんだ」

「相沢さんは大丈夫なのですか?」

「ああ、大丈夫だ」

美汐の言葉に祐一は頷いた。

「頭をちょっと切ってあばら骨にヒビが入ったぐらい。まあ大したことはないな。

それよりも天野、自分の体の方を心配しろよ。銃で撃たれたんだろ? 俺よりよっぽど重傷なはずだぜ」

「22口径ですのでそんなには…」

「それでも十分大変だと思うが……。そうそう、今日警察病院に移るんだろ」

「ここの方が二課に近いので落ち着くんですが」

「残った者で頑張るからしっかり治してこいよな」

「はい、真琴の制御お願いします」

 

 「あの…天野さん、続きいいかな?」

祐一と美汐の会話が一段落付いたところで観鈴が口を挟んできた。

どうやら事情聴取の続きをしたいらしい。

「はい、構いませんよ」

美汐の言葉にメモ帳を開く観鈴。

と祐一はメモ帳に書かれている何かが気になった。

「あれ? 何なんだこれは?」

「わっ、まだ仕事中!」

観鈴から手帳を取り上げ描かれている何かをまじまじと見る祐一。

そして首を傾げた。

「何だ、この絵とも字とも取れないのは?」

「リリー=田。天野美汐巡査部長を銃撃した車に乗り合わせていた女だ」

「香港に置ける地球防衛軍のスポンサーと目される人物よ」

「ってことはこれは似顔絵?」

祐一の言葉に頷く往人と美汐の二人。

「……これを描いたのは観鈴ちゃん?」

「はい、そうです!」

「……こういう絵を描くのは栞だけだと思ったんだけどな。まだいたか」

「…が、がお酷い……」

ポカッ

二度あることは三度ある。往人に本日三回目のげんこつに半分涙目の観鈴。

しかし何もしゃべらない。また「がお」を言って殴られるのを警戒しているのだろう。

「どんな人なんです?」

観鈴の似顔絵もどきを見てもさっぱっりわからないでの祐一は尋ねた。

すると往人はさっきメモした文字を読み上げた。

「身長は160cmぐらい、ロングヘアー、大きなリボンを着用、顔全体が笑ったような作り」

「それといつも『あははは〜っ』って笑っていますね」

二人の言葉に祐一は感心したように頷いた。

「へぇ〜、世の中には三人は同じような人間がいるって言うけど本当なんだな。佐祐理さんかと思ったぜ」

「誰なの、その人?」

気楽に尋ねる観鈴。しかし往人は真剣なまなざしを浮かべた。

「帰る前に詳しい話を聞きかせてもらうかな」

 

 

 

 「倉田ですか?」

往人と観鈴の問いかけにシャフトエンタープライズジャパンの受付嬢は名簿を調べた。

「倉田という社員は三人ありますが」

「え〜っとですね」

そう言って観鈴は自分の描いた似顔絵もどきを受付嬢に見せた。

「こういう人なんですけど」

思わず考え込む受付嬢。

「……これ人ですか?」

「が、がお……」

ポカッ

本日四回目。それにしても懲りない観鈴である。

 

 その時背後から恰幅の良い50歳ぐらいの男がやって来た。

そして往人に声をかける。

「警察の方が我が社に何の用ですかな?」

「あなたは?」

往人が尋ねると男はわざとらしく笑い、名刺を差し出しながら言った。

「これは失礼いたしました。専務の徳永と申します」

「私は警察庁の国崎往人と言います。こっちは同僚の神尾観鈴巡査。ちょっとした確認で来たんですよ」

受付嬢とお話中の観鈴を紹介する往人。

「え〜っとですね、『身長は160cmぐらい、ロングヘアー、大きなリボンを着用、顔全体が笑ったような作り』っと。

こういう特徴の人なんですけど」

「……企画七課の倉田課長かしら?」

「なんでもゲーム機の開発をしているそうなんだけど」

「それなら間違いありません。お待ちください」

内線電話を企画七課へとつなげる受付嬢。

そして二言三言電話機の向こう側の人間と会話した後、受付嬢は二人に言った。

「倉田は先週末から土浦に出張中ということですが」

「土浦というと茨城の?」

「はい、そうです」

思ってもいなかった答えにちょっと落胆する二人。

すると徳永専務がまた言った。

「どういうご用件かお教えいただければ倉田に伝えておきますが」

「ある事件の現場でこちらの倉田さんによく似た人物を見たという目撃者がおりまして…。

しかし出張中とあっては間違いかもしれません」

「それはいつの話です?」

尋ねる徳永専務。

「昨日のことなんですが」

「……それでは違いますな。倉田は土浦ですので」

「そのようです」

 

 

 

 「祐一くん!?」

「よっ、あゆあゆ。元気にしていたか?」

祐一が軽く手を挙げて挨拶するとあゆは少し涙ぐんだ。

そして食い逃げで鍛え上げた俊足で祐一に迫ってくる。

「お、おい!?」

「祐一く〜ん!!」

真っ正面から飛び込んでくるあゆ。

いつもならば軽く避けられるその攻撃を怪我したばかりの祐一は避けきることは出来なかった。

「あがぐぐぅううううう!!!!」

あまりの衝撃に思わず悶絶する祐一。

忘れているかもしれないが祐一はあばら骨を骨折しているのだ。

「ゆ、祐一くん!? だ、大丈夫!?」

当然大丈夫ではない祐一は何も答えられない。

そのまま祐一はしばらく何もしゃべられず、悶え続けた。

 

 

 「だ、大丈夫祐一くん?」

あゆの言葉に祐一は仏頂面で答えた。

「大丈夫だった、あゆの体当たりを食らうまでは」

「体当たりじゃないよ!! 感動の再会だよ!!!」

反発するあゆ、しかし祐一はあゆの言い分など認めるわけにはいかなかった。

「感動の再会でお前は人を殺す気か!!」

「うぐぅ、わざとじゃないんだよ……」

さすがに罪悪感はあるらしい、というか罪悪感がなかったら今頃あゆをぶん殴っていたであろう祐一だ。

「……仕方がない。今回だけは許してやろう」

「ごめんね、祐一くん。ところでもういいの?」

「幸い天野と違って入院するような怪我じゃないんだと。昨夜は一晩泊めて貰ったけどな」

「それは良かったよ。ところで美汐ちゃんは?」

「全治一ヶ月だって聞いたが」

祐一のその言葉にあゆは目に見えてがっくりした。

「そうなんだ……真琴ちゃん、一ヶ月も野放しなんだ……」

 

 

 「名雪の奴、どうしてた?」

祐一が尋ねるとあゆは言った。

「昨夜はちょっと落ち込んでいてなかなか眠れなかったみたいだけど一晩経ったらいくらか回復したみたいだよ」

「名雪がなかなか眠られなかった!? それは本当か!?」

あまりのことに思わず聞き返す祐一、するとあゆは頷いた。

「ボクもビックリしたけど本当だよ。それにほら今朝のニュース」

「見た見た。ああもまあ呆気ない最期を遂げるものかね?」

「ボクはおかげでほっとしているよ。真琴ちゃんは一人かりかりしているけど」

「真琴はな……。ところでその名雪はどうしているんだ? まだ寝ているのか?」

「名雪さんなら眠気覚ましするって」

 

 

バチィーン バチィーン

 

 ハンガー内に敷き詰められた柔道用の畳の上で名雪は前受け身・後ろ受け身・横受け身・前回り受け身をやっていた。

しかしその体の切れはいつも訓練の時に比べると著しく低下していた。

「あいつ寝ていないのか?」

祐一の疑問にあゆは頷いた。

「祐一くんのことが心配でなかなか眠られなかったみたいだよ」

「……奇跡って起きないから奇跡って言うんじゃなかったのか?」

「そんなこと言う人、嫌いです」

「よう、栞」

突然の栞の乱入にも動じず祐一は「よっ」と手を挙げる。

すると栞は口をとがらせた。

「少しは感動してください、祐一さん」

そして飛びつく栞。

「ま、待て!! 話せば分かる!!!」

「祐一さん、無事で何よりです♪」

祐一を力強く抱きしめる栞。そしてその胸にほおずりしながら嬉しそうに言った。

「愛する人が無事退院、その無事な姿を見て抱きつく恋人。ドラマみたいで素敵です♪

そうは思いませんか、祐一さん?」

しかし祐一は答えない、否答えられない。

だがそんな事情は全く知らない栞は祐一に文句を付けた。

「むぅ〜、何か一言ぐらいあったって良いじゃないですか」

「……栞ちゃん、多分祐一くん何も言えないんだと思うよ?」

「へっ? 一体何がですか?」

そして祐一の顔を見る栞。

すると祐一は泡を吹いて気絶しているところであった。

 

 

 

 ところ変わってSEJ土浦研究所。

そのある一角ではグリフォンが次の出撃に備えて厳重に整備されている真っ最中だ。

とうぜんその様子をいつもの笑顔で見守る佐祐理さん。

すると突然整備員の一人が佐祐理さんを呼びだした。

「倉田課長、倉田課長。お電話が入っています」

「はぇ〜? 佐祐理にですか?」

「はい、本社から課長宛です」

「あははは〜っ、わかりました」

佐祐理さんは受話器を取ると電話に出た。

「はい、佐祐理ですけど」

『倉田君かね、私だ。徳永だよ』

「あ、これは専務でしたか、突然のお電話どうしました?」

『グリフォンをもう動かすな!』

「はい?」

いきなりの言葉に思わず戸惑う佐祐理さん。

しかしすぐに反論する。

「昨日は確かに失敗でしたけどグリフォンをもう一度出すための整備は順調に進んでいるんですよ」

『そんなことは関係ない。ようは二度と出すなと言っているのだよ』

「はぇ? どうしてなんです?」

『倉田君、どういう経緯かは知らないが君は警察にマークされたんだよ。すぐに東京に戻ってきたまえ。

南米でもアフリカでも何処でも良いから好きなところに飛ばしてやる!!』

「ちょ、ちょっとおっさん……」

 

 顔には出ていないがはらわたが煮えくりかえるぐらい怒る佐祐理さんなのだった。

 

 

 

あとがき

今回は楽にかけました。

特に往人と観鈴の捜査班の二人。

今まで苦労していたのが嘘のようです。

でもやっぱ出番多くないんだよな。

 

 

2002.04.12

 

 

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