機動警察Kanon第113話

 

 

 

 千葉県中央部山中にて。

雨がかなり降りしきる中、そこでは二台のレイバー、そして十数名の男たちが作業していた。

 

 「急げ!! 解体の終わったブロックから積み込め!!!」

そう言ってその場で指揮を取る男の視線の先にはほんの数時間前、幕張でKanonを襲った黒いレイバー……グリフォンの姿があった。

その両脇を菱井のタイラント2000が二機、固めている。

そして両腕・両足と機体をバラバラにしているところであったのだ。

「翼は捨てていって良いんだな?」

作業していた一人にそう尋ねられた男は頷いた。

「ああ、翼は使い捨てだからな。その辺にでも突き刺しておけ!」

「了解した」

 

 

 「にゅ〜、たいくつだよ〜」

雨が降りしきる中所在なさ気にたたずむみちる。

冬の真っ盛りに雨にうたれているので寒そうだ。

すると現場で指示していた男がコートを片手にみちるの側にやってきた。

「これにでも着てろ、みちる。それとトラックに乗れ。風邪引くぞ」

「にょわわっ、ありがとう」

みちるはコートを受け取ると着込みながらトラックへと向かう。

「あれ……張り子だね」

グリフォンの胴体と頭部がトラックに搭載された中身ががらんどうのタイラント2000に積み込まれているのを見てみちるは言った。

すると男は心外と言わんばかりの表情をした。

「張り子とは失礼な。化けの皮と言ってくれ。

作業用レイバーの皮を被って無事に下まで降りようっていうんだから」

「ふ〜ん」

とりあえずトラックに乗り込む二人。

そのころ車の外では航空燃料をぶちまけて現場の偽装作業真っ最中だ。

「目くらましか何か知らないけど墜落なんか装わなくて静かに降りたら良いのに」

「倉田課長の趣味だ。あの人はこういう悪戯が好きだからな」

その時トラックの元に一人の男が駆けつけてきた。

「撤収準備完了」

「分かった」

男は頷くと無線機のマイクを手にした。

「各車安全運転を心がけろよ。法廷速度は絶対に守れ。絶対に事故るなよ」

きわめてくどい注意事項だ。

しかし彼らが置かれている立場からすればそれは無理ないのかもしれなかった。

「ジャリトラ、警察無線から耳をはなすなよ」

ブロブロブロ〜と音を立ててトラックの一団が現場を離れ始めた。

そして順調に山を下る一団。

しかしそこに彼らの恐れていたものが現れた。

サイレンを鳴らしながら走るパトカーだ。一団に緊張が走る。

がパトカーはそのまま彼らとすれ違う。

「ふぅ〜」

安堵のため息をつく。しかしそうは簡単にいかなかった。

パトカーがUターンすると彼らの一団に向かって停車命令を出したのだ。

「全車、止まれ」

余計なことをして警察に疑われる訳にはいかない。

全車に停車命令を出す男。

そして車を止めると男はみちるに言った。

「いいな、絶対に車を降りるんじゃないぞ。大人しくしていろ」

そしてトラックを降り、警察官に声をかけた。

「責任者のもんだけんど何か?」

「南房総横断道路の工事現場から降りてきたのか?」

「うんだ」

「そのすぐ近くに何か墜落したものがあるらしいんだが何か見なかったか?」

警察官の言葉に男は大げさな手振り手振りを混ぜながら男は話し始めた。

「えんれぇでっけえ音でよ。したら、ピカッて光ったべ。もう死んだかと思ったで、はぁ」

「どの辺りだ?」

求めていた情報に意気込んで聞き返す警察官。

「ここから4.5Kmぐらい上だと思うべ。でもあまり詳しいことは分からないんだな」

「いや、充分だ。すまないな、呼び止めて」

「もう良いだべか?じゃあおらたちもう帰るでな」

 

 かくして男たち……SEJ企画七課の面々はグリフォンの回収を成功した。

 

 

 

 それから数時間、SEJ本社にて。

「……佐祐理の喜びようったらない」

「川澄さん、どうしたんです?」

舞にお仕置きされボロボロになった久瀬が尋ねると舞は答えた。

「……千葉に行っている連中から連絡があった。グリフォンの回収に成功したって」

 

 「あははは〜っ!!これでもう一ラウンドやれます♪」

一人喜びに沸く佐祐理さんでした。

 

 

 

 ザァー

 

 夜半に入ってもまだ雨は降り続いていた。

強い雨が屋根に打ち付ける。

 

 パタパタパタ

 

 「あらっ?」

トイレから出てきた秋子さんはかすかに聞こえた足音に思わず足を止める。

すると廊下の角から娘である名雪が姿を見せた。

「あっ、お母さん」

「あら名雪、こんな時間に起きているなんてずいぶんと珍しいわね」

これは別に嫌みでも何でもない。

名雪のことを知っている人間ならば誰でもそう思うはずだ。

しかし名雪は思わずむくれた。

「お母さん、酷いよ〜」

「まあまあ、そんなことより名雪。待機命令が出ているからって徹夜しなさいというわけではないんです。

特に名雪、あなたはしっかり寝て体を休めておいてくださいね」

「それはわかっているけど何だか眠れなくて……。

それよりお母さん、千葉の山の中に墜ちたやつって幕張で暴れた黒いレイバーなの?」

「私にはわからないですけど国崎さんと観鈴ちゃんが頑張ってお仕事中ですよ」

「はっきりしないと何だか落ち着かないんだよ」

「それはそうかもしれませんね」

「……祐一も美汐ちゃんもいないしこれからどうなちゃうんだろう?」

すっかり弱気の名雪。

そんあ名雪に秋子さんは微笑みながら言った。

「やはり愛しの祐一さんがいなくて寂しい?」

「お、お母さん!!」

顔を真っ赤にして怒鳴る名雪。しかし秋子さんはまったく動じない。

「祐一さんでしたら了承ですよ♪」

「何が了承なの!?」

「それはもちろん○○○……」

「わ〜っ!! わぁ〜!! わぁ〜っ!!」

必死で大声で秋子さんの言葉をうち消す名雪。そして

「わたしもう寝る!」

と来たときと同じようにパタパタと足音を立てながら宿直室へと駆けていった。

その姿を見送る秋子さん。そして名雪の後姿が見えなくなると大きなため息をついた。

「ようやくと日が変わります。今日はとんだ厄日でしたね」

 

 

 

 同時刻Key重工本社では

レイバーの技術者たちが深夜という時間にもかかわらず会議に明け暮れていた。

 

 「これ以上の議論はどうどう巡りだ」

AVSー99開発責任者の実山高志のその言葉に会議に参加していた技術者たちは頷いた。

「なにしろ情報量が少なすぎるからね」

「しかしこのままうちが敗北を認めるのはなあ」

技術者としての自分に誇りを持っているこの言葉。

するとこの言葉に反論した技術者がいた。

「別に敗北と決まったわけじゃない。まだボクの見たところではKanonは100%実力を出し切った訳じゃないからね」

「自信満々だな」

「所詮は不意打ちによる奇襲効果でしかないよ。まあAVS−99の敗北に関しては認めざるを得ないがね」

「そうだな。たしかに廉価版は次期AVにはなりえないということははっきりしたな」

「AVS−99の失敗は最初のコンセプトからまちがっていたのさ。民間の警備用ならあれで充分だと思うが」

「そうだな。やはり最初の前提から想定しなおす必要があるだろうな」

「ああ。その上でKanonの設計を煮詰めなおすしかないだろう」

「新型のOSの開発とあわせて次期AVの見直しをはかるか……。無難な結論だな」

「仕方がないさ」

実山氏はそう言うと窓の外にあるビルを指さした。

「見ろよ、あっちのビルもこんな時間だっているのに明かりがつきっぱなしの部屋がある」

「今頃俺たちと同じようなことでもやっているんじゃないのか?」

「シャフトさんの技術者たちも頭抱えているんだろうよ。あの黒いレイバーの動きは衝撃的だったもんな」

現場で黒いレイバーを見た人間はその言葉にうんうんと頷くのであった。

 

 

 

 「佐祐理、車の準備ができた」

雨が降る光景をビルの中から眺めていた佐祐理さんに舞はそう声をかけた。

すると佐祐理さんは振り返り頷いた。

「わかりました。それでは土浦に向けて出発です〜♪」

そしてシャフト本社の地下にある駐車場へと降りる二人。

「久瀬のバカが撃った美汐、死ななかったみたい」

佐祐理さんと同じく美汐のことを知っている舞の言葉に佐祐理さんは笑った。

「あははは〜っ、美汐さん死ななくて良かったです」

「……良くはない。顔を見られている」

「美汐ちゃんは佐祐理の大切な人ですからね〜♪舞だってそうでしょ?」

「……佐祐理の方がずっと大事」

「あははは〜っ、ありがとうございます♪でも大丈夫、ちゃんと会社には迷惑かけないようちゃんと手は打ちます♪

それでこの仕事終わったら南米でもアフリカでも好きなところに行きますよ♪」

 

 

 

 チュンチュン チュンチュン

 

 昨日は一晩中ずっと降り注いだ雨も朝にはすっかりあがり、雀たちもさえずっている。

非常にさわやかな朝である。

ホワイトクリスマスという言葉には縁遠いがこういった爽やかなクリスマスも良いのかもしれない。

しかしそんな爽やかさとは無縁の世界も存在した。

すなわち我らが正義の味方特車二課である(笑)。

 

 

 バタバタバタバタバタバタ

けたたたましく廊下を走る音が聞こえる。

「うにゅ〜、うるさいんだぉ〜」

布団の中でうるさそうにする名雪。

でも何故か目覚まし時計で目を覚ますことはない。

まさに不思議だ……というのはおいておくとしてその足音は名雪のいる宿直室の前で止まった。

そして勢いよくドアが叩かれた。

ドンドン ドンドン

そしてドアをノックするだけではない、大きな声が響いてきた。

「名雪さん! 名雪さん!! 吉報だよ、吉報!!!」

これはあゆの声だ。どうやら名雪を起こしに来たらしい。

しかしというか当然のこというか名雪は起きてこない。

「うぐぅ、名雪さん起きないよ……」

 

 いつもなら祐一が名雪起こし係なのだがまだ入院中である。

本来ならば気の弱いあゆよりも暴力的な真琴やマイペースの栞の方が名雪を起こすのに最適だろう。

であるからあゆも始めは名雪を起こすよう二人に頼んだのだ。

しかし真琴は

「何で名雪を起こさなくちゃいけないのよ〜。あゆあゆがやればいいでしょ」

と言うし、栞は

「そんなこと言う人、嫌いです」

と言い、誰もやってくれなかったのだ。

「うぐぅ〜、名雪さん早く起きてよ〜!! テレビで面白いのやっているんだよ〜!!」

 

 結局名雪が起きたのはそれから一時間後の事だった(笑)。

 

 

 『……破片が四方に散乱。激突時の衝撃のすごさを物語っています。

あたりには……航空燃料でしょうか? 油の燃えたような臭いが夜来の雨にも消されずに漂っています』

テレビ画面にはある工事現場が映し出されていた。

南房総横断道路工事現場……幕張で暴れた黒いレイバーが墜落したとされる場所だ。

そこでは多くの警察官たちが現場で手がかりを捜している様子が映し出されている。

そしてその中には特徴的な黒い翼の映像もあった。

「あっ!! 間違いなくこいつだよ、こいつ!!」

画面を見るなりそう叫ぶ名雪。

そして真琴・栞も同意した。

「何だかあっけない最後ですね。ちっともドラマ的でなくてつまらないです」

「本当よ! 今度会ったら真琴が蜂の巣にしてやろうと思ったのに〜!!」

あっけない黒いレイバーの最後に思わず肩すかしを食らったようだ。

いまいち釈然としないものの事件が解決したことに彼女たちは一応ほっとした。

しかし秋子さんは一人納得しなかった。

「何だか気にいりませんね」

 

 

 

あとがき

今回は特に書くこと無いです。

 

 

2002.04.09

 

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