機動警察Kanon第105話

 

 




 

 「あいたたたた、みんな無事か?」

祐一の言葉に名雪が暗闇の中で頷いた。

「うん、大丈夫だよ。それより栞ちゃんは? ってクチュン」

すると栞が情けない声を上げながらも返事した。

「えぅ〜、私は祐一さんと名雪さんの下敷きです〜」

「わ、悪いな」

「ごめんね、栞ちゃん…クチュン」

慌てて立ち上がる祐一と名雪の二人。

ようやくと解放された栞は立ち上がると「はぁ〜」と息を付いた。

「栞、大丈夫か?」

祐一の言葉に栞は頷いた。

「はい、私は無事です。でも天野さんが気絶したままで…」

栞の言葉に祐一は大きなため息をついた。

「天野の奴が一番に気絶か……、この事態を想像しておくべきだったぜ」

「そうだね、祐一。考えてみたら美汐ちゃんってこういうの苦手そうだし…クチュン」

「もしかするとこのまま気絶したままの方が幸せそうなのかもしれませんね」

思わず腕を組んで考え込む三人。

「クチュン クチュン クチュン」

「…名雪さん風邪ですか? さっきからくしゃみしていますけど。よろしかったらお薬差し上げましょうか?」

すると名雪は首を横に振った。

「風邪じゃないと思うんだけど。でもさっきから鼻もムズムズするし目がかゆいんだよ〜」

「…まさかな」

しかし確認しないわけにはいかない。

「名雪、明かりは?」

と祐一は尋ねた。

しかし名雪は首を横に振った。

「落っこちたときの衝撃で懐中電灯、どっかに行っちゃったよ〜」

「…仕方がない、栞。非常発光灯を出してくれ」

「わかりました」

栞は背嚢を床に下ろすとゴソゴソとその中をあさる。

「ありました」

背嚢から撮りだした非常発光灯を栞はひねる。

 

 バシュ〜

 

 静かな音共に非常発光灯がまばゆい光を放つ。

そして祐一と栞は驚愕、名雪一人は狂喜した。

「な、なんじゃこれは(松田優作風に)!?」

「えぅ〜!?」

「ネコ〜、ネコだよ〜♪」

そう、名雪の言葉通りそこには多量のネコ(100匹以上は確実)がいたのだ。

普段は可愛いネコもこれだけいれば十分驚異だ。

思わずショットガンを構える祐一。

すると名雪が祐一の背中にしがみついた。

「ゆ、祐一何するんだよ〜。ネコ〜、ネコさんなんだよ〜」

「え〜い離せ、離すんだ名雪!!」

「絶対に離さないんだよ〜!!」

完全に名雪は暴走状態だ。

その名雪の気配に怯えてだろう、一斉にネコたちがビクッとする。

そして先手必勝とばかり一斉に襲いかかってきた。

「わっ、ネコさんが来てくれるよ♪」

いつもネコに逃げられてばかりの名雪は満面の笑みだ。

しかしまっとうな感性の持ち主である祐一と栞は怖じ気付いた。

「栞!! 天野を連れて部屋から出ろ!!」

「は、はい!! わかりかりました!!」

非力な身ながら何とか美汐を引きずって部屋から脱出しようとする栞。

「栞!! 援護するぞ!!」

そう叫ぶや祐一はレミントンモデル870Pをぶっ放す。

「だ、だぉ〜!! 何するんだぉ〜!!」

子泣き爺のごとく祐一の背中に張り付いている名雪は思わず叫ぶが祐一は気にしない。

立て続けにポンプをスライドするとネコたちに向けてぶっ放す。

無論狙いは外してある。

いくら何でもネコを血まみれの肉塊に変えてしまうのは気が引けるからだ。

その甲斐あってであろう、一瞬ネコの攻撃に間が出来た。

すかさず栞は気を失っている美汐と共に部屋を飛び出る。

その姿を確認した祐一は背中の名雪をそのままに部屋の外へと飛び出した。

そして慌てて扉を閉める。

「ネコ〜、ネコさんが〜!!」

泣き叫ぶ名雪。

そして名雪はネコを閉じこめた扉を開け、中へと入っていこうとする。

「な、何するんだ名雪!!」

しかしネコにとち狂った名雪には言葉は通用しない。

仕方がなく祐一は泣き叫ぶ名雪を強引に引きずるとその場を逃げ出したのであった。

床の上で交信を求める無線機を置いて……。

 

 

 

 「祐一さん応答してください!! 名雪!! 栞ちゃん!! 天野さん!! どうしましたか!?」

珍しく焦ったように秋子さんはマイクに向かって叫ぶが誰も出てこない。

その時北川が珍しく冷静に現状を報告した。

「マーカーの発信が切れました。現在地不明です!」

「そうですか……」

北川の報告にマイクを置く秋子さん。

すると香里が秋子さんに声をかけた。

「うちのバカ共を第三波として地下に送り込みますか?」

しかし秋子さんは答えない。

そこで由起子さんが香里に言った。

「地下で何が起こっているのかわからないのにこれ以上の投入はリスクが大きすぎるわ。

ここは様子見の方が良いと思うけど」

「それじゃあ由起子さんは栞や名雪たちを見捨てろっていうんですか!!」

「そんな訳じゃないけど……」

(やっぱり開けずに閉めておくべきだしたね……)

二人が言い争っている中、秋子さんは一人後悔するのであった。




 

 

 

 「うぅ〜、祐一嫌い……」

先ほど祐一がネコを撃ったこと、そしてネコにさわれる機会を逸した名雪はそう文句を言った。

しかし祐一は無言のまま歩き続ける。

「祐一、何か言ってよ〜」

「…名雪,装備を確認する。今何を持っている?」

「祐一〜、誤魔化さないでよ〜」

「良いから言え!!」

「わ、わかったよ……」

祐一の剣幕に驚きつつも名雪は自分の装備を確認した。

「スタンダードUZI一丁、拳銃と予備弾倉は落としちゃってないよ。あとはイチゴジャム一瓶」

「…栞は?」

「…背嚢はあそこに置いてきてしまったのでワルサーPKK一丁と予備弾倉2本。

それに懐中電灯と簡単な薬だけです」

「…おれはレミントンモデル870P一丁に予備弾丸が5発だけ、拳銃一丁に予備弾倉はない」

「うぅ〜、何か心細いよ〜」

「そうですね……」

名雪と栞の言葉に祐一はうつむきつつも何とか口を開いた。

「…さらに心細くなる知らせがある。無線機がない、おかげで上と連絡が取れない」

「ふ〜ん、そうなんだ…ってえっー!!!」

絶叫する名雪。栞も目をまん丸にして驚いている。

しかし祐一はさらに続けた。

「それだけじゃない、発信器も無くしちまった……」

「ど、ど、どうするんですか祐一さん!!」

栞の言葉に祐一は引きつった笑顔を見せながら尋ねた。

「一体どうしよう?」

「わ、分かる訳ないじゃないですか!」

「ならどうして俺が分かるんだ?」

「…それじゃあ祐一、今どこに向かって歩いているの?」

名雪の言葉に祐一は呟いた。

「…わからん」

「えっ!? 小さくて聞こえないんだよ〜」

「分からんと言ったの!! 完全に迷子なんだよ、俺たちは!!!」

「えうぅ〜」

「だぉ〜」

「くそっ〜」

 

 あまりに絶望的な状況にうめくしかない三人(気絶中の美汐は除く)なのであった。






 

 「ねえ、祐一……」

「何だ?」

名雪の言葉に反応する祐一。

すると名雪は祐一と栞の二人を驚愕させる事を言い放った。

「さっきのネズミなんだけど何か変だと思わない?」

「何がだ?」

「私たちのことなんか無視っていうか、何かに追われているみたいで……」

「あんな化け物みたいなネズミが何に追われるんだよ」

名雪の言葉に反論する祐一。

そこではたとあることに気が付いた。

「それってもしかして……」

「しっ!! 静かにしろ!!」

名雪の言葉を遮る祐一。

かすかに聞こえてくる声に気が付いたのだ。

 

 

 「あぁぁぁぁぁ〜」

「うぅぅぅぅぅぅ〜」

「うぐぅぅぅぅぅぅぅ〜」

「えうぅぅぅぅぅぅぅ〜」

何の声だかはわからない。

しかし声だけではなくゆらゆらと揺れる光が近づいてくるではないか。

間違いなく何かが近づいてくるのだ。

三人の間に緊張感が走る。

慌てて祐一と名雪は銃を構える。

それでも謎の声を発する光は着実に接近しつつある。

その時、栞に背負われていた美汐がはたと目を覚ました。

しかし近づきつつある光に美汐は恐怖を感じたのであろう。

「はうぅ〜」

とまた気絶してしまったのである。

しかしその光の正体は意外なものであった。

 

 

 「あれ? あゆちゃん!?」

その正体を見極めた名雪は思わず素っ頓狂な声を上げた。

なぜならば光の正体は捜索目的であったあゆの持った懐中電灯であったのだ。

ちなみに真琴もあゆと一緒だ。ただし気絶しておりあゆが担いでいたのだが。

「うぐぅ、祐一くんに名雪さん、それに栞ちゃんも……」

三人+気絶中の美汐を見たあゆは思わず涙ぐむ。

「うぐぅ〜!! 祐一くん、怖かったよ〜!!!」

感極まって飛びついてくるあゆ。

しかし祐一は思わずあゆを避けてしまった。

そのまま顔面から下水の中にダイブするあゆ。

「「「………」」」

その場に沈黙が流れる。

がその沈黙は下水の中から起きあがったあゆの一声で消えた。

「うぐぅ、祐一くん避けた……」

「すまん、あゆ。お前がいきなり襲いかかってくるからつい……」

「酷いよ!! 襲いかかったんじゃないよ!! 感動の再会だよっ!!」

「どこが?」

「うぐぅ、祐一くんが避けなければそうなるはずだったのに……」

 

 地下で迷子になっているとは思えない緊張感の無さ。

このままほっておくといつまで経っても漫才を続けるに決まっている。

そこでこの場では唯一つっこみを入れられる栞が二人の会話に割って入った。

「もう大丈夫ですからあゆさん、一体何があったんですか?」

その言葉にあゆはビクッとふるえた。

そして両手を大きく広げると叫んだ。

「実はこ〜んなに大きな白いワニが……」

しかしあゆの言葉は最後まで紡がれる事は無かった。

なぜならば噂のワニがいきなりその場に姿を現したからである。

 

 「「「「………!?」」」」

思わず恐怖で固まる四人。

携帯している銃を発砲する間さえない。

慌てて気絶中の美汐・真琴を回収して下水道の中を駆ける四人。

そしてその後を追う巨大な白ワニ。

はっきり言って追いつかれたら最後、その巨大な口でパクリだ。

だから四人(二人は気絶中)は必死の形相で逃げる。

しかし所詮は水の中、ワニのスピードに敵うはずがない。

どんどん間合いが狭まっていく。

その時四人の視界に一つの扉が目に付いた。しかも扉の隙間からは光も漏れている。

もしかすると地上に通じているかもしれない。

だから四人は迷うことなく扉の向こうに飛び込んだ。

そして即座に扉を閉める。

 

グワッシャン   ガッシャン    ドッシン

 

 せっかくの獲物だ。

ワニとてそうそう諦められない。

扉をぶち破ろうと全力で扉をうち破ろうとする。

しかし祐一たちも必死だ。誰だってワニに食べられて死にたくはない。

というわけで必死になって扉を四人で押さえ続けて十数分後、とうとう扉の向こう側からワニの気配が消えた。

 

 

 

 「とりあえず助かったか……」

ワニの気配が消えたことでほっとした祐一は扉に寄りかかり、ヘナヘナと崩れた。

そして大きく深呼吸し、顔を上げた。

そしてその視線の先にある物を見て驚いた。

そこにはテーブルの上でホカホカと湯気を立てている焼きたてのたい焼きとお茶があったからだ。

「おぉぉ〜!!」

すでに地下に潜ってからかなりの時間が経つ。

思わず祐一はフラフラとテーブルに近寄る。そしてたい焼きにかぶりつく。

その時あゆがあることに気が付いた。

「うぐぅ、これボクの型で焼いたたい焼きだよ!!」

思わず駆け寄り、山盛りのたい焼きを抱きしめるあゆ。

その声に真琴ははたと目を覚ました。

「あう〜っ、ここはどこ?」

 

 というわけで逃げ込んだ部屋を捜索開始する五人。

そこで様々な事件の痕跡を発見した。

「これお母さんのジャムだよね?」

「…秋子さん以外にこのジャムの作り手はいないと願いたいですからそうだと思います」

名雪と栞のやりとりはきわめて切実だ(笑)。

「うぐぅ、ボクの型以外にも見覚えのある物があるよ」

「あう〜っ、真琴の肉まん〜!!」

次々に出てくる証拠。

この事態に祐一はこう結論付けるを得なかった。

「どうやらここが犯人のアジトらしいな」

「そうだね〜」

「そうみたいです」

「うぐぅ、間違いないよ!!」

「あう〜っ、許さないんだから〜!!」

同意する五人。




 

 その時、「パタン」と扉の開いた音がした。

思わず振り返る五人。

するとそこには小汚い恰好をした中年男性が一人、突っ立っていた。

唐突な遭遇に思わず互いに硬直してしまう六人。しかし小汚い中年男の回復は早かった。

すぐにその場で身を翻し、一目さ散に逃げ始める。

「逃がすな!!」

祐一の一声に一斉に追いかけ始める五人。





 

 「待て〜!! 待ちやがれ!!」

「うぐぅ、ボクの型を盗んだことを後悔させてあげるんだよ(食い逃げの前科持ちのくせに)」

「あう〜っ、許さないんだから〜」

「えぅ〜、何で私が天野さんを背負わなければいけないんですか〜!!」

「栞ちゃん、ふぁいとだよ」

にぎやかに追いかける五人。

しかし悪夢はいつだって唐突に訪れるのであった。

 

 

 トントン

走っている最中、いきなり肩を叩かれたあゆ。

何気なしに振り返るとそこにはものすごい形相で美汐を背負いながら走っている栞の姿があった。

とても昔、死にかかったとは思えない健康さだ。

でもつらそうである。だからあゆは言った。

「栞ちゃん、追いかけるのはボクたちがやるから休んだら?」

しかし栞は無言で首を横に振ると自分の後ろを指さした。

「うぐぅ!!」

そこで気が付いた事実にあゆは驚愕した。

思わず前を走っていた真琴の肩を叩くあゆ。

「何よ、あゆあゆ?」

しかし真琴もすぐに事の事態に気が付いた。

「あう〜っ!!」

思わず目の前を走っている名雪の肩を叩く真琴。

「うにゅ、何?」

全速力で走っているにもかかわらずゆとりのある名雪。

さすがに元陸上部部長はダテではないようだ。

しかし後ろを振り返った名雪はそのゆとりというか余裕を無くした。

「うにゅ〜!!」

名雪にしては珍しく慌てている。

今まで以上に加速、一気に一番先頭を走っていた祐一を抜き去る。

「ど、どうした名雪!?」

名雪の必死の形相に怪訝そうな表情を浮かべる祐一。

そして祐一も振り返った。

「な、何!?」

あまりの事態に思わず足を速める祐一。





 

 五人が五人、みんな恐怖に駆られて足を速めた結果。

本来の目的である窃盗犯たる小汚い中年親父を追い抜いてしまった。

そのため中年親父はあっけにとられる。

なんせ自分を捕まえるはずの人間が自分を無視して必死に走っているのだから。

怪訝に思った中年親父も後を振り返る。

そこでなぜ第2小隊の面々が自分を無視して必死になって走っているのか理解した。

そこには巨大な口を開けて彼ら六人(美汐も含めれば七人)を追っている白い巨大なワニの姿があったのだ。

「どっしぇ〜!!」





 

 もはやこうなってしまっては警察も泥棒もない。

とにかくひたすら逃げまくる六人+一人。

しかし所詮は水の中、ワニのスピードには敵わない。

どんどん距離が近づいてくる。

「だ、だぉ〜!! 怖いよ〜!!」

「うぐぅ〜!! 助けてよ〜!!」

「あう〜っ!! 何とかしなさいよ〜!!」

「えぅ〜!! ワニなんて嫌いです!!」

その時、多少遠いものの地下通路の先に光が見えた。

外だ。外から光がさしこんでいるのだ。

「外だ!! 外だぞ!!」

 












 

 

 それから数日後


 「忠山史弘 42歳。90年秋から埋め立て地で働いていた季節労働者だそうよ」

秋子さんは今回の事件の犯人を見ながら由起子さんに言った。

すると由起子さんは首を傾げた。

「何でそんな人が埋め立て地の地下にいたんですが?」

「何でも工事終了後に全国放浪に出たらしいんですが仕事が見つからず勝手知ったる埋め立て地の地下に

戻ってきたらしいですよ。

電気・水道・ガス等は当然無断使用、生活用品は夢の島から持ち込んだそうですよ」

「埋め立て地のゴミには無いゴミなんてありませんからね」

「食料品以外はそうですね。

それにしても私たちに気が付かれない程度に細々とやっていればそれなりに優雅な隠遁生活を送れたでしょうにね」

「誰に知られることもない地下奥深く、孤独な迷宮の帝王ですか。

果たして彼は幸せだったんですかね?」

「さあ? ところで由起子さん、今幸せですか?」

 

 












 「閉めときなさい!!」

香里の言葉にマンホールの上に多量のコンクリートが流し込まれる。

あっという間に見えなくなってしまうマンホール。

後は固まってしまえばもうここからは何人たりとも出入りできない。

かくして今回の一件はこれにてひとまず終了したのであった。

 

 

 

あとがき

「地下迷宮物件」編完結です。

それにしても104話・105話は長くなったな。

106話に分割しても良かったかもしれないな。

いまさら手遅れだけど。

ところで今回のエピソードでは妙に銃器の名前が出ましたが気にしないでください。

単に私の趣味ですので。

 

 

2002.03.01

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