「真琴!! あゆ!! 応答しろ!!」
祐一は無線で二人に呼びかける。
しかし二人の元気な声は返ってこない。
やがて祐一は無線を置くとその場に集まっている特車二課の面々に相談した。
「もうとっくに上海亭についているはずなのに連絡とれない。どうしたんだろう?」
するとすでに半分寝かかっている名雪がトロンとした目つきで答えた。
「うにゅ〜、ほっておくわけにはいかないんだぉ〜」
それはそうだ。
そこで祐一は頷いた。
「名雪に栞、指揮車に乗れ。二人を捜索しに行くぞ」
「はい」
「うにゅ〜、了承だよ〜」
そう返事をして二人は狭い指揮車に潜り込む。
その様子を見た祐一は北川に後事を任せた。
「北川、留守は任せるぞ。本庁から連絡があったら上手くごまかしておいてくれ」
「任せておけ。上手くやっておくから」
「頼む」
そして祐一達三人は第2波として特車二課を出撃していった。
そしてその直後。
特車二課でけたたましい電話の呼び出し音が響いた。
「はい、こちら特車二課ですが」
その場にいる責任者として電話に出る北川。
そこへ弱々しい声が北川の耳に届いた。
『…うぐぅ・…その声は…北川君・…だね……』
この声は第一波として出て、そして連絡がつかなかった月宮あゆ巡査の声に間違いない。
「あゆちゃん!? 一体どうしたっていうんだ。相沢達がたった今」
『…こっちに来ちゃ…だめだよ……』
「なっ!? ちょ、ちょっとあゆちゃん!?」
『…ここには…オ』
ここまであゆが言ったところで電話は切れた。
呆然としている北川の耳には「ツーツー」という空虚な音が鳴り響くだけ。
「…一体何なんだ!?」
しかし北川はいつまでも呆然とはしていなかった。
すぐに事態の重要さに気が付いた。
そして大きな声で叫んだ。
「野郎共!! 支度をしろ!! 上海亭に乗り込むぞ!!」
「「「「「「「「「「「「「「「おーっ!!」」」」」」」」」」」」」」
一斉に整備員達は動き出した。
たちまち日頃彼らが通勤に使っている車やバイクのエンジンが起動する。
さらに自転車に飛び乗る輩もいる。
「討ち入りの準備は出来たか!?」
「「「「「「「「「「「「「「「おーっ!!」」」」」」」」」」」」」」
その言葉に北川は満足げに頷くと命令を下した。
「総員突撃だぁ〜!!!!」
「「「「「「「「「「「「「「「おーっ!!!」」」」」」」」」」」」」」
かくして特車二課整備員を主体とする第三波が二課を出撃した。
そして彼らも…戻ってこなかった。
“特車二課壊滅す!!”
こんな見出しが翌日の新聞各紙の第1面を堂々と飾った。
他にも“特車二課で集団食中毒!?それとも異物混入か!?”とか“前代未聞の大珍事”、
“またまお騒がせ特車二課!!”という見出し。
とにかく特車二課がその日の朝刊の一面を飾っていた。
ことの真相はこうである。
連日の複雑かつ多量な出前に不満を抱いていた上海亭の息子にして唯一の従業員ツトム。
彼はその日、特車二課の出前を巡るトラブルから上海亭の主人にて父親に叱責された彼は
日頃の不満をはらすべくある行動に打って出た。
それは特車二課の注文したでまえを埋め立て地に出没する野犬に食べさせるという暴挙であった。
そして彼はそのまま逃走、行方をくらませた。
そして特車二課からの通報でことの事態を知った親父は必死の捜索の末、ツトムの行った暴挙を知る。
慌てて食器を回収した親父は直ちに上海亭に戻ってくる。
そこへことの悲劇の発端となる電話…真琴からの電話がかかってきたのだ。
売り言葉に買い言葉、沢渡真琴巡査の言葉に焦った親父。
何とかことの事態を隠蔽すべく必死に食器を洗う親父。
そこへ一人用事があると言うことで特車二課を出た秋子さんが通りかかった。
「あら? 一体どうしたんですか?」
「あっ!? そ、それはその……」
秋子さんの言葉に思わず口ごもる親父。うかつなことは言えないからだ。
だが秋子さんはにっこり微笑むと言った。
「私も手伝いますよ。100人近い出前を用意するのは大変でしょう」
「な、何で……?」
いきなり真相を見抜かれ度肝を抜かれる親父。
だが秋子さんは気にもとめなかった。
「みんなお腹すかせて待っていますからね。私が料理しますから食器よろしくお願います」
「は、はい…って調理師免許は?」
至極当たり前のことを聞く親父に秋子さんは一枚の紙を取りだした。
そこには「調理師免許」と書かれている。
「文句はありませんよね」
「は、はい……」
警察官である秋子さんが調理師免許を持っていることにビックリしつつも親父は頷いた。
そのままの恰好で厨房に入る秋子さん。
そして秋子さんの神業が披露された。
「す、すごい……」
目の前の光景に思わず食器を洗う手を止めて見入ってしまう親父。
その手際の良さと来たら親父の3倍のスピードだ。
「親父さん、手が止まっていますよ」
「はい!!」
慌てて食器を洗う親父。
そしてそのペース以上に料理を作る秋子さん。
その様子を見ていた親父はあることに気が付いた。
「…そのオレンジ色のペーストは何です?」
すると秋子さんはにっこり微笑んだ。
「秘密です♪ と言いたいですがちょこっとだけ教えてあげます。魔法の味覚なんですよ♪」
思わず興味を持つ親父。
だが皿洗いがまだ残っている。このことが親父を救った。
「これで最後ですね」
秋子さんの腕前は圧倒的であった。
1時間以上かかるであろうと思われた膨大な量の出前をわずか20分あまりで仕上げたのだ。
「ありがとうございます!!」
思わず喜ぶ親父。
その親父の笑顔を見た秋子さんは微笑んだ。
「それじゃあ私は用事がありますので失礼しますね。それとこれを差し上げます」
そう言って秋子さんが差し出したのは先ほどのオレンジ色のペースト……すなわち謎ジャムであった。
しかし親父はその脅威を知らない。
「ありがとうございます!!」
といって喜んで受け取る。
「それじゃあ出前、お願いますね」
そして秋子さんはミニパトに乗り込むと上海亭を後にした。
「さてどんなすごいんだ?」
秋子さんが去って一人になった親父は貰った謎ジャムに興味を持つ。
何せ護衛に来てくれるはずの真琴とあゆがまだ来ないのだ。
その前に自らの好奇心を満たそうとする。
その好奇心が自らの破滅を意味すると知らずに……。
キキィー!!!
そこへけたたましいブレーキ音とともに上海亭に目の前に2号キャリアが停車する。
そして中から真琴とあゆが姿を現した。
そして二人は上海亭の中へと駆け込む。
「親父!! 来たわよ〜!!」
「うぐぅ、到着したんだよ」
「お、おう。やっと来たな」
慌てて親父はオレンジ色の謎ジャムを隠す。
かくして親父は謎ジャムの驚異から免れることとなった。
その代わり…真琴とあゆにその牙は向けられた。
「あう〜っ、真琴の肉まん定食ご飯特盛り!!」
「うぐぅ、ボクの焼き魚定食納豆付き〜!」
おもいっきりお腹が空いていた二人はテーブルに並んでいる料理に飛びつく。
そして満面の笑顔で一口食べ、崩れ落ちた。
「あう〜っ……」
「うぐぅ……」
仲良くあうぐぅ言って悶絶する二人。
しかしあゆはその不屈の精神? で特車二課に警告の電話を入れる。
だが途中で力つきるあゆ。
その姿を見て親父はたまげた。
何が起こったかは分からないがまともでないことは分かっていた。
「ま、まさか食中毒!?」
親父は動転しながらもあゆの手から受話器を取ると電話を慌てて切る。
まさか秋子さんの謎ジャムが原因とは分からない親父は慌てて逃げ出したのであった。
この後は多くは語らない。
ただ親父が逃げ出した上海亭に着いた祐一・名雪・栞は悶絶した真琴とあゆを救出、病院へと送り込んだ。
その際祐一達は特車二課に連絡を入れた。
しかしすでにあゆからの警告電話によって特車二課の面々は出撃した後。
その後に到着した北川に率いられた腹を空かせた整備員たち。
そこに並んだ湯気を立ているおいしそうな料理の数々。
この二つが合わさったとき導かれる結果は簡単に想像が付くであろう。
秋子さん特性の謎ジャム入り料理を食べた整備員たちは真琴・あゆと同じ結末を迎える。
かくして特車二課は壊滅、新聞の一面を飾る事態を引き起こしたのだった。
これが特車二課壊滅の全貌である。
この結果、特車二課はしばらくの間休業状態になってしまった。
当直中の第2小隊はその人員が2/3になってしまい、戦力は半減した。
そして肝心の機体を整備すべき整備員達はその日休んでいた人間を除いて全滅してしまったのだから。
そこでやもなく第一小隊と残った第2小隊、そして香里に直接率いられた整備員たちによって謎ジャムの
犠牲者達が復帰するまで何とか凌いだのであった。
今回の一件で明らかになった教訓。
それは常に一カ所に食事を頼る危険性。
そして秋子さんの謎ジャムの驚異であろう(笑)。
とくに後者の驚異を今回の一件は特車二課の全員に知らしめた。
これ以後、特車二課内においてオレンジ色の何かは禁句となったという。
あとがき
結構難しかったです、今回の話。
特に独白形式って難しいな〜って思いました。
しかし美汐、全く出番なかったな。
2002年1月13日