それはあるよく晴れた秋の日の出来事であった。
「おい、そろそろ昼飯だぞ、名雪」
ワックスでケロピーを磨いていた名雪に祐一はそう声をかけた。
すると名雪は腕時計に視線をやった。
「あ、本当だ。もうこんな時間だよ」
「俺、ワンタン麺と餃子な」
祐一の言葉に名雪は口をとがらせた。
「う〜っ、何で私が祐一の出前を頼まれなくっちゃいけないんだよ〜」
だが祐一は即座に反論した。
「今日はお前が当番の日だろうが」
「あれ? そうだったけ」
「昨日はあゆがとっていたろうが」
「そう言えばそうだっけ」
名雪はようやく納得するとケロピーから飛び降りた。
「ワンタン麺と餃子だよね♪」
祐一の注文を確認すると名雪は特車二課全員の注文を確認するために二課構内を駆けめぐる事になった。
真琴:「あう〜っ、肉まん定食ご飯大盛り!!」
北川:「五目チャーハンに湯麺」
整備員A:「僕、味噌ラーメンとライス」
整備員B:「チャーシュー麺大盛り!!」
整備員C:「チャーシューワンタン麺大盛り!!」
整備員D:「ニラレバ炒めに豚汁、ライス大盛りで」
整備員E:「カレーライス大盛り、福神漬けぬきで」
整備員F:「肉入りピーマン炒め、ライス大盛りで」
あゆ:「うぐぅ、今日はボクたい焼き買ってきたから」
栞:「私も自分でお弁当作ってきたものですから」
整備員G:「もやしそばとチャーハン。お願いします!!」
整備員H:「大盛り味噌バターラーメンと半ライス…」
整備員I:「中華丼大盛りで」
整備員J:「ニンニク入り肉ネギ四川炒めとニラタマライス・…」
整備員K:「ニンニクとニラぬきで同じ奴…」
整備員L:「カツ丼大盛り!!」
整備員M:「エビチャーハンと半ラーメン」
整備員N:「ナス味噌定食大盛り!!」
整備員O:「麻婆ラーメンと餃子ライス」
「お母さんは?」
名雪の言葉に秋子さんは書類に判子を押しながら言い切った。
「チャーシュー麺と半ライスね」
「チャーシュー麺と半ライス…っと。由起子さんは?」
「私はエビチャーハン」
全員の注文を聞いた名雪は受話器を取った。
そして手早くダイヤルする。
『はい、上海亭ですが』
相手が出たことを確認すると名雪は早速注文を言う。
「こちら特車二課ですけど出前をお願いします。
ワンタン麺と餃子、肉まん定食ご飯大盛り、五目チャーハンに湯麺僕、味噌ラーメンと
ライスチャーシュー麺大盛り、チャーシューワンタン麺大盛り……ってあれ?」
あまりに多種多様なメニューに思わず忘れてしまった名雪。
そんな名雪の耳に
『もしもし!? 注文は?』
という上海亭の主人の声が聞こえてくるのだった。
「祐一、注文なんだっけ?」
スクッ!
名雪の言葉に祐一は秋子さんの1秒了承をも上回るスピードで立ち上がりキッと睨み付ける。
「あははは…って祐一はワンタン麺と餃子だよね……」
「…わかっているならさっさと注文しろ!!」
「だ、だぉ〜!!」
真琴:「肉まん定食ご飯大盛りって言ったでしょ!!」
北川:「五目チャーハンに湯麺って言ったでしょうが!!」
整備員A:「味噌ラーメンとライス!!」
整備員B:「チャーシュー麺大盛り!!」
整備員C:「チャーシューワンタン麺大盛り!!」
整備員D:「ニラレバ炒めに豚汁、ライス大盛りで!!」
整備員E:「カレーライス大盛り、福神漬けぬき!!」
整備員F:「肉入りピーマン炒め、ライス大盛り!!」
整備員G:「もやしそばとチャーハン!! 変りません!!」
整備員H:「大盛り味噌バターラーメンと半ライス…だったけどキクラゲ入り卵スープ追加で……」
整備員I:「中華丼大盛りはやめてカツ丼大盛りで」
整備員J:「ニンニク入り肉ネギ四川炒めとニラタマライス…」
整備員K:「ニンニクとニラだけぬいてください…」
整備員L:「カツ丼大盛り変らず!!」
整備員M:「エビチャーハンと半ラーメン変らず!!」
整備員N:「ナス味噌定食大盛り変らず!!」
整備員O:「麻婆ラーメンと餃子ライス」
秋子さん:「私一度決めたメニューは変えない主義だから」
由起子さん:「私も同じ」
同じ失敗を繰り返すわけには行かない。
珍しくキッとした表情の名雪は大きな深呼吸をすると再び受話器を取り、そしてダイヤルする。
『はい、こちら上海亭』
なじみでさっきも聞いた声に名雪は注文を伝える。
「あっ、こちら特車二課。出前お願いします。
ワンタン麺、餃子二つ、肉まん定食ライス大盛り、五目チャーハンに湯麺、味噌ラーメンとライス、
チャーシュー麺大盛り…中略)…」
「チャーシューワンタン麺大盛り、ニラレバ炒めに豚汁、ライス大盛りにカレーライス大盛り、福神漬けぬきで、
肉入りニンニク炒め、ライス大盛り、もやしそばとチャーハン大盛り、味噌バターラーメンと半ライス、
中華丼大盛り、ニンニク入り肉ネギ四川炒めとニラタマライスにニンニクとニラぬきで同じ奴に
カツ丼大盛り二つ、…(中略)…エビチャーハン二つに半ラーメン、ナス味噌定食大盛り、麻婆ラーメンと
餃子ライスにチャーシュー麺と半ライスっと。以上。まいど!!」
名雪の注文を完璧に暗記していく上海亭の主人。
さすがプロである(笑)。
そして受話器を置くと主人はカウンターに座って飯を食べている息子を怒鳴りつけた。
「ツトム!! 昼飯は出前の後だって言っているだろ!!」
そして多量の注文にとりかかる上海亭の主人。
だから怒鳴られた息子の目に浮かんだ怪しい危険な考えを察知することが出来なかった。
昼休みに突入して二十分あまり。
いまだ上海亭からの出前は届かない。
「遅いな〜。上海亭は一体何をしているんだ?」
腹を空かせて気が立っている北川は思わずそうつぶやき、他の整備員も頷く。
そんな部下達を気にせずに整備班長美坂香里は黙々と妹栞の作った弁当を食べ続けるのであった。
「う〜ん♪やっぱりたい焼きは粒あんだよね〜♪」
電子レンジで温めたたい焼きを笑顔でかぶりつくあゆ。
そしてポケットから取りだした自作のお弁当に舌鼓をうつ栞。
そんな二人を祐一・名雪はうらやましそうに眺めるだけ。
その様子に気が付いたあゆと栞は
「たい焼きいる?」
「お弁当、少し分けましょうか?」
と言おうとした。
しかしその前に腹が減って気が立った真琴が乱暴に立ち上がった。
そして険しい表情で受話器を取ると手荒くダイヤルする。
「上海亭!? 一体いつまで待たせるのよ!! 真琴達を殺す気!?」
そんな真琴の言葉に対してツトムは抗弁した。
「今、必死に作っているところですよ。だから言っているでしょうが、注文を統一してくれって」
『一年中同じ店の出前を食っているのよ!! せめて他の奴と違うのを食べてなきゃあまりに惨めでしょうが!!』
「ツトム!!」
真琴の怒鳴り声が終わると同時に上海の主の怒声が響いた。
思わずびくっとするツトム。
だが上海亭の主は気にせずに続ける。
「バカの相手をする暇があったら皿並べておけ!!」
その言葉に一瞬思考を停止するツトム。
そこへ再び真琴の怒鳴り声が受話器の向こうから響いた。
「こらっ!! 真琴の話聞いているの!?」
しかし出前は届かなかった。
無情にも鳴り響く就業開始のサイレンと共に特車二課の面々は肩を落とす。
なんせ昼食が食べられなかったのだから。
だが肩を落とすだけでは済まない面々もいた。
「ちょっと!! 真琴達の忍耐にも限界があるんだからね!!!」
上海亭に電話をかけた真琴。
だがそんな真琴に思いがけない言葉が飛び込んできた。
『おう、今出たぜ』
「「「「えっ!?」」」」
真琴・名雪・祐一・北川は上海亭の主人の言葉に思わず戸惑う。
だが主人は気にせずに続けた。
『出たと言ったら出たんだよ。良い若い者がメシが少々遅れただけでガタガタぬかすな。バ〜カ』
そして上海亭の主人はさっさと電話を切った。
「…真琴をバカよばりして……」
悔しさいっぱいの真琴を置いて北川は部屋を飛び出した。
そしてハンガー内で昼食を食べられずに不平不満の整備員達に叫んだ。
「一同そのまま聞け!!」
北川のその言葉に静まりかえる整備員達。
そして北川は続けた。
「最新の情報に寄れば出前は立った今上海亭を出たそうだ!!」
「遅いぞ!!」
「上海亭は何をやっているんだ!!」
「独占しているからって弛んでる!!!」
その言葉に不平不満を叫ぶ整備員達。
そんな不平不満を北川は大げさな身振りでうち消すと続けた。
「今一度だけ、今一度だけあの親父の言うことを聞こう!!
無論無制限ということはありえない。後30分、これが我々ギリギリの妥協線だ!!
その30分を過ぎ万が一上海亭が来なかった時……上海亭に対してどのような報復手段にうってでるか。
各自検討しつつ待機して貰いたい!!!」
「「「「「「「「「おーっ!!!」」」」」」」」」
しかし30分たっても60分たっても上海の出前は特車二課に届かなかった……。
あとがき
2002年(平成14年)最初のSS。
「特車二課壊滅す」編スタートです。
といってもそんなに長くなることはないと思うけど。
個人的にはベスト5に入るエピソードなので結構楽しんでます。
でもあまりKanonぽくないのが玉に瑕。
まあがんばります。
2002.01.05