「おい名雪、明日お前暇か?」
その日の勤務、そして一週間の宿直が終わって寮へ帰ろうとしたところで祐一は名雪に声をかけた。
すると名雪はちょこんと首を傾げると尋ねてきた。
「何で?」
「暇だから明日映画を見に行こうと思ったんだが一人じゃわびしいんで」
「…他の子に声でもかけたら?」
特に自分と映画が行きたいと言うわけでないことを知った名雪はちょっと不機嫌そうにそう言った。
しかし鈍感な祐一はそんな名雪の言葉の奥底に潜んだ意味をはかることは出来なかった。
「それがだな、明日栞は検査のために病院に行くそうなんだ。
あゆは…現職警察官という立場もわきまえずに食い逃げにチャレンジするそうだし」
(「うぐぅ!! ボクそんなこと言ってないよ!!」)
「…美汐ちゃんと真琴は?」
「二人は非番返上で居残り特訓するらしい。真琴の奴、相変わらず乱暴にKanon扱っているからな」
「…だから私と?」
名雪の言葉に祐一は頷いた。
「おう、そうだとも。どうせ一日中寝て過ごすんだろ?」
「うぅ〜、祐一酷いよ〜。いくら私だって一日中寝てたりなっかしないよ〜」
「そうか。まあとにかくイチゴサンデーくらいなら奢ってやるぞ」
「本当!?」
「おう」
「喜んで行くよ♪」
かくして名雪はイチゴサンデーにつられ、祐一と映画を見に行く事になったのであった。
そして翌日。
名雪は一人駅前でたたずんでいた。
とはいえ今日はいつもの制服姿ではない。
ロングスカートにカーディガンとなかなか秋らしい恰好である。
それに名雪の容姿が一体化すれば……言うまでもあるまい(笑)。
そんなわけで通りがかった男たちは名雪に熱い視線を送る。
しかしマイペースの名雪はそんな視線に気が付くはずもない。
やがて視線を送るだけでは飽き足らなくなった男が一人、名雪に声をかけてきた。
「ねえ、そこのお嬢さん、私とお茶しませんか?」
だが名雪は反応しなかった、というか自分に声をかけたのだという事に気が付かなかった。
どうも名雪は自分の容姿が際だっているということに気が付いていないようであった。
その気になれば男など選り取り見取だというのにである。
まあだからこそ名雪らしいのであろう。
しかしそんなことは全くの見知らぬ兄ちゃんには分からないことである。
だから
「ねえ、そこのお嬢さん!」
と名雪の顔をのぞき込みながら呼びかけた。
ここでようやくと名雪は目の前の男が自分に対して声をかけていることに気が付いた。
「わっ、一体何?」
すると見知らぬ兄ちゃんはさわやかに笑い、人差し指を頬に当てながら言った。
「そこの天使のように美しいお嬢さん、よろしかったら僕と一緒にお茶でも飲みながら愛について語り合いませんか?」
「わっ、私!?」
いきなりの事態に名雪は目を白黒しながら驚いた。
すると兄ちゃんは頷いた。
「そうですよ、お嬢さん。あなた以外の誰に声をかけようというのです?」
「で、でも私待ち合わせしているから……」
「結構待たされているようですけれど?」
「そ、それはそうだけど……」
「あなたのような美しいお嬢さんを待たせるような極悪人はほっといて僕と一緒に……」
男はそう言うや名雪の手をつかもうとする。
慌ててその手を払いのけると名雪は肩からさげていた鞄から警察手帳を取りだし、男に突きつけた。
「私はこういうものなんだよ〜」
だが男は名雪の言葉を信じなかった。
まあ名雪の容姿・言動から警察官であると思う方が難しかったかもしれないが。
というわけでしつこく声をかけてくる。
そこで名雪は男にきっぱり言い切った。
「それ以上つきまとうと特車二課第二小隊の水瀬名雪巡査があなたを逮捕するんだよ〜!!」
「と、特車二課!? しかも第二小隊!?」
男はようやく反応した。
しかし名雪が期待したのとは違うところで反応しているようだ。
「お願いだから命だけはお助けを〜!!
あ、あなた様がかの特車二課第二小隊の方とは知らなかったんです!!!」
「…もしかして酷いこと言ってる?」
憮然としている名雪の前から男は逃げるようにと消えていった。
まあ憮然とはしたもののナンパ男を撃退した名雪はほっとした。
しかしそこへ第二の刺客がやって来た(笑)。
「アナタは〜神を信じマスカ〜?」
そう言って現れたのは聖書を手にした金髪へ祈願の牧師だか神父であった。
その言葉は片言の日本語である。
もちろん十分に意味は伝わってくるのだが名雪は思わずパニクった。
これは名雪の学生時代の英語の成績がすごく悪かったのが影響しているのかもしれない(笑)。
「ワ、ワタシ英語分カリマセ〜ン!!」
思いっきり名雪は日本語で反応する。
「I can`t speak English」ぐらい中学高校英語の授業で習っているはず。
というか話しかけた牧師だか神父の言葉は片言とはいえ、日本語である。
にも関わらずパニック状態の名雪。
だから牧師だか神父はえらく困った表情を浮かべた。
それでも根気よく名雪に話しかけるのだが訳の分からない反応にとうとう諦め、その場を去っていった。
「はぁ〜、助かったよ〜」
名雪は再び安堵のため息を漏らした。
そこへポンと名雪の右肩が叩かれた。
一瞬ビックとした名雪はおそるおそるその場を振り返った。
するとそこには待ち合わせの相手…相沢祐一がいた。
「よっ、待ったか?」
「…ひ〜ん、祐一〜(涙)」
約束の時間から遅れること10分あまり、ようやくと現れた祐一に名雪は今あった出来事を涙ながらに話したのであった。
「なるほどな」
祐一は名雪から聞いた話にふむふむと頷いたが反論した。
「確かに10分遅れたのは事実だから謝ろう。
だがな、約束の時間よりも10分早く来て結果20分待ったのは俺のせいじゃないぞ」
「うぅ〜、祐一酷いんだよ〜。その20分の間にナンパは来るは宗教は来るは大変だったんだからね〜。
百花屋でイチゴサンデー7杯だよ〜」
だが祐一は名雪の言葉に頷かなかった。
「…それくらいたいしたことないだろ。俺なんか雪が降りしきる氷点下の中2時間待たされたんだが。
ちなみにお詫びは七年ぶりの再会を兼ねて缶コーヒー一本……」
「…さ、行こうよ。映画始まっちゃうよ」
「ごまかすな」
とはいうものの今日のお目当ての映画が始まってしまうのは本当だったので二人は映画館へと急いだ。
それから三時間後。
祐一と名雪は百花屋で互いに向かい、映画のパンフレットに見入っていた。
「…ねえ祐一」
「ん、何だ?」
パンフレットから視線を話さずにそう答えた祐一に名雪は言った。
「…私たち、一体何しているの?」
「お茶」
「何が悲しくって休日の昼間っから映画のパンフレットに夢中にならなきゃいけないんだよ〜!!」
だが祐一は冷静だった。
「お前はイチゴサンデーに夢中になっていたんだろ」
「そ、それは……(汗)」
確かに名雪の目の前には空になったイチゴサンデーの器が3つ、置かれていた。
ちなみに祐一の目の前には冷たくなったコーヒーが置かれているだけである。
「だいたいお前、イチゴサンデー食べているときは『幸せだよ〜』『もう死んでも良いんだよ〜』って俺の話を
聞かなかったくせに。それで俺は仕方なくパンフレットを見ていたんだぞ」
「だ、だぉ〜!!」
「そのお前が俺に意見を言うのか?」
「すいません……」
かくしてこの勝負、祐一の勝ちとなった。
「とはいえこのままというのは確かに不毛だよな」
祐一の言葉に名雪は我が意得たりとばかりに頷いた。
「そうだよね。不毛だよ〜」
「しかし夕食までには時間あるしな」
「…もしかして夕飯まで何も予定ない?」
祐一の言葉に名雪は半ばあきれた声を上げた。
本当に映画を見るだけとは思っていなかったからである。
だが祐一は頷いた。
「そうだったんだが確かにこのままでいかんか」
「そうだよね〜♪」
祐一の前向きな言葉に名雪は頷いた。
すると祐一はパンと膝を叩いて立ち上がった。
「よし、それじゃあもう少し有意義な時間を過ごすことにしよう」
「わかったよ〜」
かくして二人は百花屋をでると歩き始めたのであった。
あとがき
グリフォン編への前振り話編です。
つまりあのキャラ初登場編というわけですね。
あと数回、気長におつき合いの程をよろしくお願いします。
2001.12.09