機動警察Kanon第085話

 

 

 

 チリリリリーン チリリリリ−ン

 

 特車二課生活棟に置かれている公衆電話がけたたましい音を立てた。

外線で電話がかかってきたのである。

ここ特車二課が置かれている埋め立て地は陸の孤島。

橋が無くなってしまえば文字通り孤島になってしまう。

そんな僻地であるから電波状態が悪く携帯電話の電波は全く届かないためにこの公衆電話は

娑婆の世界とをつなぐ数少ない文明の利器なのである。

それが例えISDNでも国際電話も使えないようなものだとしても……。





 

 「はい、警視庁警備部特車二課ですが」

たまたまそこを通りかかった祐一は受話器を取ってそう言った。

するとそこからは信じられないような言葉が流れてきた。

「何!? 佳乃ちゃんを誘拐しただと!!」

『そうね。返して欲しかったらKanonと交換ね』

「貴様は一体何者だ?」

『そう言われて答える犯罪者はいないね。それよりも返事を聞かせるよろし。Yes or No?』

「ただいま〜♪」

「へっ?」

突然背後から聞こえてきた聞き覚えのある声に祐一は思わず振り返った。

するとそこにはランニングから戻ったばかりばかりなのであろう、汗だくではあったが笑顔の佳乃の姿があった。

『早く答えるね』

だから祐一は受話器の向こう側から聞こえてきた声に向かって叫んだ。

「たちの悪い冗談は止めろ!! 佳乃ちゃんはここにいるぞ!!」

『あなた冗談上手いね。でも私だまされないあるよ』

「・・・勝手にしろ!!-切るぞ」

『ちょ、ちょっと待つよ。本当にそこに霧島佳乃いるあるか?』

「くどい!!」

『…ちょ、ちょっと待つね。私、もう一度調べるあるから』

その言葉とともに電話の向こう側は静かになった。

「たく警察をなめているのか!!」

祐一がそう悪態をつくと佳乃が不思議そうに尋ねてきた。

「あの〜、私がなにか?」

「何でもないって」

祐一は佳乃に笑いながらそう言って、そしてふと気がついたように佳乃に尋ねた。

「あれ一人? 名雪は一緒じゃなかったのか?」

すると佳乃はうなだれた。

「走っている途中ではぐれちゃったんだよ。先輩、まだ帰っていない?」

 

 佳乃の言葉に祐一は思いっきり嫌な予感がした。

そしてその予感は合っていた。

 

 

 「暗くて誘拐する人間を間違えた?」

ボスは電話の向こう側から聞こえてきた部下の言葉に思わず聞き返した。

だが答えは変らなかった。

『すいません、ボス。髪の長さも背格好も全然違うのになぜか……』

部下の言葉にボスは思わずため息をついた。

「本物の婦警を誘拐してどうするあるよ。アイドルタレントさらう、警察のメンツ丸つぶれ、Kanon手に入る。

これが当初の計画だったのにこれじゃあ取引にならないある」

『すいません……』

「…仕方がないある。警察の誠意に期待するしかないあるね」

 

 






 「…仕方がない。言うとおりにしよう。名雪の命には代えられない」

秋子さんを除く第二小隊の面々+佳乃が集まった宿直室の中で祐一は未だつながったままの電話の

受話器の口側を手で覆いながら言った。

すると真琴が叫んだ。

「Kanonを犯罪者に渡すの!? そんなの反対よ!!

第一名雪だって警察官なんだから犯罪者に屈するぐらいなら死を選ぶはずよ!!」

「お前な!!」

祐一がそう叫び返した時、それまで黙り込んでいた佳乃が口を開いた。

「みんなわたしが悪いんだよ。わたしが先輩とはぐれちゃったから……」

「べ、別に佳乃ちゃんを攻めている訳じゃあ……」

「とりあえずその話はお仕舞いだ。静かにしてくれ!!」

祐一はその場の騒ぎを静めさせると受話器の向こうの人間と話し始めた。




 

 「あ〜もしもし、特車二課の相沢祐一巡査だ」

祐一の呼びかけに受話器の向こう側から声が返ってきた。

『あ〜、親愛なる相沢巡査、折り入って話があるよ』

「…Kanonは渡す。だから名雪…水瀬巡査に指一本触れるな」

『本当あるか!?』

うれしそうな受話器の向こう側の男の言葉に祐一はきっぱり言い切った。

「嘘はつかない」

 





 かくして取引は決まった。

場所は特車二課のある埋め立て地にある寂れたハンバーガーショップ、時間は深夜12時。

取引のためにKanonを運ぶ役目は祐一が務めることになったのであった。

 

 「うぐぅ、本庁に応援は頼まないの?」

あゆの言葉に祐一は首を横に振った。

「ドジばっかやらかす婦警と最新鋭のKanon,本庁がどっちを選ぶかは明白だろ」

「…考える必要もないわよ。Kanonを取るに決まっている」

「そうですね。そう言うわけですから私たちだけで事件は片づけませんと」

真琴の言葉に美汐は頷きながらそう答えた。

すると栞が尋ねた。

「秋子さんにこのことは?」

「黙っていよう。秋子さんに伝えると大事になりそうだ」

そう言うと祐一は真琴を見て言った。

「いいか、くれぐれも人命第一だぞ。忘れるな」

祐一の言葉に佳乃を除くみんなが頷き、方針は決まり、各員は行動を開始した。

「佳乃ちゃんはここに残っていて」

祐一たちはそう言い残すと宿直室を後にする。

そしてその後には

「先輩……」

思い詰めた顔の佳乃がただ一人残されたのであった。

 

 

 




 深夜の倉庫街に一台の乗用車が止まった。






 

 ガチャン



 金属音とともに扉が開いた。

ボスが慌てて目をやるとそこには名雪を連れた部下が立っていた。

「ニイハオ、ようこそいらっしゃいあるね」

ボスはにこやかな顔で名雪を迎えた…が名雪は何も答えなかった。

恐怖のあまり言葉を発せなかったのではない、ただ単に…寝ているだけであった。

その状況に気がついたボスはあきれたように部下に言った。

「この婦警は大バカあるか? それともとんでもない大物あるか?」

すると部下は首を傾げた。

「わからないある。とにかくただ者でないことは確かあるね」

「それはそうあるけど…。それにしてもなんでこんなのと佳乃ちゃん間違えたあるか?」

「こんなのとは失礼だぉ〜」

名雪の寝言に思わずボス&部下はぎょっとした。

しかし寝ていることを再確認するとボスは首を横に振った。

「まあいいある。取引は上手くいったね」

すると部下は申し訳なさそうに尋ねてきた。

「ボス、申し訳ないあるが今回は何が目的あるか? さっぱりわからないある」

するとボスは胸を張って言った。

「人質とKanonを交換するあるよ。

そしてKanonはばらして外国の軍隊に売るあるね。オートバランサーだけでも良い値で売れるあるね」

「うぅ〜、私のケロピーに何て言うことをいうんだぉ〜」

「…本当に寝ているあるか?」

「…わからないある」

警視庁の眠り姫の言動にビビリまくりの二人なのであった。

 

 


 

 

 予定の深夜12時。

人気の全くない廃れたハンバーガーショップ。

そこに一台のキャリアが停車した。

そしてその運転席から私服姿の祐一が降り立った。

そしてハンバーガーショップ内へと足を踏み入れた。

 


 

 「いらっしゃいませ!! メニューをどうぞ」

店員の元気で大きな声が祐一を出迎える。

しかし祐一は別に食事しに来たのではない。

店員に断りを入れようとしたとき、店員の差し出したメニューの上にメモが乗っていることに気がついた。

『黙って言うことを聞け』

メモにはそう書かれている。

「なっ!! き、貴様が」

「しっー!!」

店員は口に指を当てて黙り込むようにジェスチャーで示したので祐一は仕方なく黙り込んだ。

「ただいまハンバーガーが安くなっております」

そう言いながら店員は次の指示を示した。

『ブツは持ってきたか?』

祐一が頷くと店員は続けた。

「暖かいコーヒーはいかがですか?」

そう言いながら店員は次の指示を差し出した。

『女は日本を出てから返す』

祐一が頷くと店員は、

「揚げたてのポテトはいかがですか?」

そう言いながら次のメモを出した。

『起動ディスクを渡せ』

祐一が頷くと店員はにやりと笑い言った。

「お客様、それでは先に会計をさせていただきます」

店員の言葉に祐一はKanonの起動ディスクを懐から取りだし、店員に差し出した。

「ありがとうございました」

そう言うや店員は祐一を殴りつけ、起動ディスクを手にカウンターを乗り越えて店外へと飛び出した。

そしてキャリアの乗り込むと一気にその場を走り去った。

 

 慌てて祐一はその後を追って店外に飛び出す。

そして殴られて痛むあごを撫でながら祐一は悪態ついた。

「くそーっ、10倍返ししてやる!!」

その時祐一の傍らに一台の自動車が止まった。

そして中から美汐が顔を出して言った。

「相沢さん、早く乗ってください」

「了解!! 気が付かれるなよ!!」

祐一はそう叫ぶやいなや助手席に乗り込んだ。

すると美汐は一気にアクセルを踏み込み、急加速で発進させた。




 

 

 「こちら相沢。目標は浦安方面に移動中!」

無線でそう別働隊に伝えると真琴の声が返ってきた。

『了解!! 私が到着するまで待ってなさいよ!!』

 

 かくして名雪救出作戦は始まった。

 

 

あとがき

後1話追加になりました。

予定では全4話の予定だったんですがさすがに無理でしたね。

まあ次で完結は間違いないでしょう。

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