佳乃が特車二課にやってきた翌日から訓練は始まった。
なんせパレードは一週間後に迫っている。
それまでにレイバーの基本操作を完全に把握するだけではない。
免許を取らせなければならないのである。
一応警察のパレードとはいえ公道を動かすのだから仕方がない。
と言うわけでゆとりはないのである。
「いちに、いちに、いちに」
佳乃は必死になってKanonコクピット内のフットレバーを踏み続ける。
この操作によってKanonは歩き続ける。
端から見るとこの操作、単純で簡単そうである。
しかしこれは結構大変なのだ。
慣れない人間がこの操作をすると足首の筋肉がつることはざらなのである。
というわけで佳乃も足をつった。
「あ、足つっちゃったよ〜!!」
そしてKanon一号機ケロピーは見事に転び、泥まみれになった。
「うぅ〜、私のケロピーが泥だらけになっちゃったよ〜」
名雪は目の前の惨状に涙した。
すると一緒に見物していた整備班長の香里はふ〜んという顔をして言った。。
「あの子結構やるわね」
「香里までそう言うこという〜!! そもそもあの子が結構やるってどういう事なんだよ〜」
すると香里はきっぱりと言い切った。
「言葉通りよ」
「香里〜!!」
すると香里はくすっと笑った。
「仕方がないでしょ、本当にそうなんだから。あなただって分かっているはずだけど」
「うぅ〜」
「まああなたが愛しいケロピーを使われておもしろくないのは分かるけど。
でもね、名雪。レイバーで転んで受け身を取れるなんてそうは出来ないわよ」
「香里嫌い」
どうしてもむくれてしまう名雪なのであった。
訓練開始から数日後。
訓練はかなりのレベルにステップアップしていた。
「…なんでリボルバーカノンの発砲訓練までやるの?」
隣で様子を見守っている祐一に名雪は声をかけた。
目の前には37mmリボルバーカノンを手にしたケロピーと、妙に張り切っている真琴の乗る二号機が立っている。
すると祐一は首を傾げた。
「さて、何でなんだろうな? 初めの訓練計画では影も形も無かったんだが。
真琴あたりが銃をぶっ放したいからって付け加えたのかな?」
「そんな無茶な〜。なら早く訓練辞めさせてよ〜。ケロピーが硝煙で汚れちゃうよ〜」
だが祐一は首を横に振った。
「残念だがそれは無理だ」
「何でだよ〜」
「秋子さんが『了承』したんだぞ。俺が関与出来る余地はない」
「うぅ〜、祐一嫌い」
だが祐一は動じなかった。
「勝手に言ってろ」
「じゃあ、祐一だけ今日のご飯は紅ショウガ」
「………」
「お茶碗山盛りの紅ショウガを、紅ショウガをおかずにして食べるの。お汁はショウガの絞り汁。それでもいいの?」
「…謎ジャムのフルコースよりはましだ。」
「うぅ〜。」
祐一の言葉に名雪はそれ以上言えなかった。
かくして訓練の妨害は完全になくなったのであった。
「銃は右手で持ってよく狙い定めるんだからね」
真琴は妙に張り切って佳乃にそう言った。
佳乃は黙って頷く。
すると真琴は気をよくしたのかさらに張り切った。
「良い? 射撃のコツは先手必勝・一撃必中! 先生が見本を見せるがお手本にするのよ!!」
「はい、わかったよ!!」
佳乃の返事を聞いた真琴は二号機を特車二課の射撃訓練場である岸壁へと近づける。
そして海面に浮かぶ標的をきっとにらみつける。
「あうぅ〜!!」
雄叫びとともに二号機は37mmリボルバーカノンを引き抜いた。
そしてそのまま引き金を絞る。
ズキューンー
銃声とともに標的は木っ端みじんに吹っ飛んだ。
「すごい、すごいよ〜!!」
佳乃の歓声に真琴は胸を張った。
「それほどでもあるけどね」
まあ真琴が褒められるのは滅多にないのだから仕方があるまい。
だがこれは真琴の見せ場ではない、というわけで祐一は佳乃に叫んだ。
「いつまでも感心していないでやってみろ!!」
祐一の言葉に佳乃は頷いた。
「はい。佳乃、名雪先輩に愛を込めてやっちゃうよ〜♪」
その言葉を聞いた祐一と名雪は思わずずっこけた。
「…お前らどういう関係なんだ? まさか百合?」
「…あははは。きっとアレだよ、うん。女子高生なんかであるあこがれの先輩とか。
高校生の時は陸上部の後輩にそういう子もいたし。うん、きっとそうだよ」
そしてその側では美汐は無表情のまま。
あゆは顔を真っ赤にして照れており、栞は
「禁断の愛…ドラマみたいで素敵です。」
とトリップしていた。
「佳乃、いきま〜す」
佳乃はそう叫ぶと37mmリボルバーカノンを目の前に構えた。
そしてその背後を真琴の二号機が支える。
そして海面に浮かぶ標的に照準を合わせる。
そして引き金を引き絞った。
ズキューンー
銃声とともに的は木っ端みじんに・・・はならなかった。
37mmリボルバーカノンの反動に銃口は跳ね上がり、機体も後ろに吹っ飛んだ。
慌てて二号機が佳乃の乗るケロピーを支える。
そして銃口から放たれた弾は・・・標的の手前の海面に着弾、そのまま反跳してやがて消えた。
「アレを意識してやったんならすごいよね」
名雪はちょっとびくりしたようにそう呟いた。
すると美汐はぼっそり応えた。
「漫画ではないのですから」
「良いのですか?」
隊長室でうずたかく積み上げられた第二小隊への苦情書類を処理していた秋子さんに第一小隊隊長の
小坂由起子は声をかけた。
すると秋子さんは手を止めて顔を上げると頷いた。
「良いと思いますよ。たまには弾を使っておかないと来年度の予算がつかないですし」
お役所的な発言の秋子さんに由起子さんはため息をついた。
「そう言うことではありませんよ。
芸能人の相手なんかしていている間に事件が起こったら出動出来ないじゃないですか?」
すると秋子さんはほほえみ、お茶を一口すすった。
「大丈夫ですよ。今回のパレードはお偉いさん方の肝いりですからね。
彼女の訓練はマスコミ受けを狙っているお偉いさん方には何よりも優先のはずですからね。
だからね、由起子さん。多少のことでは出動しろなんて言ってきませんよ」
「……大事件が起こってもですか?」
すると秋子さんは書類に視線を落としながら言った。
「それこそそう言う事態にうちの小隊を出動させようとはしないと思いますけど」
「………」
秋子さんの言葉に由起子さんは黙って首を振るのみであった。
しかしそんな佳乃の訓練を遠く離れた所から監視する男がいた。
双眼鏡を使って37mmリボルバーカノンを撃っている姿を見張り続ける、と突然双眼鏡を下ろし、懐に手を突っ込んだ。
そして携帯電話を取り出すと話し始めた。
「はい、揚ですが」
すると携帯電話の向こうからは揚と同じく中国訛りの日本語が流れてきた。
『ターゲットは見えるか?』
「見えます、ボス。それにしてもボスの考えは分からないね。
ミサイルの密輸の後はかわい子ちゃんの誘拐だなんて」
『今度のターゲットはとってもビックね。彼女さらう、これその第一歩、しっかりやるね』
そう言うや電話の向こうのボスはさっさと電話を切り、そしてその後には困り顔の揚という男が残されたのであった。
「ふぁいとっ ふぁいとっ ふぁいとっ ふぁいとっ」
「せんぱ〜いっ、佳乃もう駄目だよ……」
夜道をジョギングしていた名雪を追いかけてきていた佳乃は地面に崩れ落ちた。
歌手とか芸能人というのは見かけよりも体力があると言うがさすがに元陸上部部長についていくのは無理なようだ。
しかし体育系の名雪にはその泣き言は通用しなかった。
地面にへたり込む佳乃にきっぱり言い切った。
「駄目だよ〜。レイバー乗りに必要なのは一に体力二に体力、三四がなくて五に体力なんだから」
「・・・うーっ、知恵と勇気でカバーするっていうのは駄目?」
「駄目。一生懸命やらないとケロピー貸してあげないよ。はい、立ち上がって」
名雪はそう言うと佳乃に手を差し出した。
「うん……」
佳乃が立ち上がると名雪は走り出し、佳乃はよたよたした足取りでその後を続いたのであった。
そしてその背後を・・・一台の不審な車がつけていたのであった。
「ふぁいとっ♪」
「・ファイト・・・」
「ふぁいとっ♪」
「・・ファイト・・・」
「ふぁいとっ♪」
「・・・ファイト・・・」
「ふぁいとっ♪」
「・・・・ファイト・・・」
「ふぁいとっってほらほら、元気ないよ〜」
元気よく走る名雪に佳乃はつけていけないらしい。
だんだんその距離は離れていった。
「ふぁいとっってあれ?佳乃ちゃんどうしたのかな?」
やがて名雪は背後に人の気配がないことに気がついた。
あわてて背後を見渡す。
しかしそこには誰の姿も見えない。
ただ暗闇が広がるだけである。
「佳乃ちゃん!?」
その時、突然光が暗闇の中から現れた。
そのあまりのまぶしさに思わず名雪は目をつぶり、腕で目を守る。
しかしその光の向こうからは危険な車が近づきつつあるのであった。
あとがき
あ〜、佳乃の口調は難しいです。
「AIR」の小説、「ONE」「Kanon」に続いてでないかな?
参考資料にぴったりなのに・・・。
2001.11.11 ポッキーの日(笑)に