伊豆大島に到着すると第二小隊は直ちにフェリーを下りる。
その先陣を切ったのはごく普通のミニパトに乗った秋子さんである。
そして美汐の乗る二号指揮車、一号キャリア、二号キャリアがその後に続く。
とはいえキャリアは半端な大きさではないのですんなりとフェリーからは下りられない。
隊員たちが誘導してやっと下りられるような状況だ。
「…特車二課の方?」
その様子を岸壁で見守っていた秋子さんに声をかけた人物がいた。
だが秋子さんは突然背後から声をかけられたにもかかわらず全く驚かなかった。
いつものようにたおやかに微笑みながら秋子さんは振り返り、うなずいた。
「ええ、そうです。第二小隊の水瀬秋子ですけどあなたは?」
秋子さんの言葉に表情も変えずにその人物は答えた。
「…川澄舞。ホリセキュリティーシステムのレイバー部門で相談役みたいなことをしている」
「そうですか、相談役みたいなことをなされている……」
秋子さんはコクコクとうなずくと続けた。
「その川澄舞さんが何の用なのかしらね?」
「…警備の引継」
舞の言葉に秋子さんは苦笑した。
「事務手続きですかしら?」
「…それもある。それに挨拶もしたかった」
「これはどうもご丁寧にありがとうございます。それでは後は私たちが引き継ぎますので」
「…それではこれで失礼させてもらう」
舞はそう言うと秋子さんに背を向けて歩き始めた。
すると秋子さんは立ち去りつつある舞の背中に向かって声をかけた。
「ところで川澄さんは問題のレイバー、ごらんになりました?」
「…ぽんぽこたぬきさん」
「ああ、そうですか」
秋子さんは普通なら意味不明な言葉にうなずいた。
そして続けた。
「個人的にどこのメーカーのか興味があったものですから。でも見ていないのでは仕方がないですね」
「…お役に立てずに申し訳ない」
そう言うと舞は一度も振り返ることなく港から立ち去った。
心の中で(あの隊長、ただ者ではない)と心の中に思い浮かべながら……。
「あゆちゃん、大丈夫?」
結局仮眠することが出来なかった名雪はあゆにそう声をかけた。
そうでもなければフェリーからの下船はあと一時間は後になっていたことであろう。
その名雪の言葉に対しあゆは青ざめた顔で首を横に振った。
「うぐぅ、あまり大丈夫じゃない……」
船酔いの影響である。
どうやら栞から貰った酔い止めはあまり効かなかったらしい。
そんああゆの様子に気がついた真琴があゆに言い放った。
「根性がたりないからそんな体たらくなのよ!! もっとしゃっきりしなさいよー!!」
その背後から栞がうんざりした表情を浮かべていった。
「そんなこと言う人、嫌いです。
そもそも真琴さんのいびきがうるさくて眠れなかったからもあるんですよ!!」
「何よー、どんな状況でも眠れない方が悪いんだから。名雪を見習いなさいよー!!」
「…真琴、もしかして酷いこと言ってる?」
「名雪さん、まあまあ」
傍観している美汐を除いて四人がにぎやかにしていると舞と別れた秋子さんが声をかけた。
「みんな、話があるから聞いてちょうだい」
その言葉に5人は黙り込み、秋子さんを注目した。
すると秋子さんはにっこり微笑み、そして言った。
「みんな、可能な限り目標とはやり合わないようにね。
幸い演習地域は自衛隊の受け持ちと暗黙の内に決まっているんだから。
目標と接触したら逃げて逃げて逃げまくって自衛隊の方にお任せしてしまえば良いんだか」
「そんなのつまらないわよー!! 逃げるよりも先手必勝!! こっちの方が良いんだからー!!」
「みんなでしあわせになりましょうね」
秋子さんは真琴の言葉をそう受け流した。
すると真琴は世にも情けない表情を浮かべた。
「秋子さ〜ん!!」
その時、名雪はいつものぽわ〜っとした表情はどこに行ったのやら、真剣なまなざしで叫んだ。
「お母さん!! ケロピーの…一号機の指揮は誰が執るんだよ?」
「あらあら、名雪はお母さんが指揮を執るのは不満かしら?」
その言葉に美汐を除く四人は目を大きく見開いて驚いた。
そして名雪は乾いた笑い声をあげながら首を振ったのであった。
その頃Key重工八王子工場では…
「…今思ったがこの3号機を持っていってもあまり役に立ちそうにないな」
祐一は3号機でコクピットの中でチェックしながら外にいるであろう現場責任者に向かってそうぼやいた。
すると現場責任者の声ではない、どこか聞き覚えのある声が祐一の耳元に届いてきた。
『基本プログラムしか入っていない、満足に動けないレイバーだっていうんだろ。大丈夫だよ、相沢』
「…その声は北川か!!」
祐一はコクピットハッチを開けて顔を突き出した。
すると目の前にはつなぎを着た北川が立っていた。
そして北川は祐一に一枚のDVDディスクを差し出した。
「…これは?」
「班長からの贈り物だよ」
「香里の!?」
「そうさ。これは水瀬さんの育てたケロピーの方のディスクだからね、性能は折り紙付きだよ。
ってまあそんなことは相沢に言うまでもないか」
そう言って北川は馬鹿笑いした、がすぐに真剣な表情を浮かべて言った。
「…ここにくる前に無線で聞いたんだがもうみんな大島に上陸している」
「…間に合うのか?」
祐一が真剣な表情でそう呟くと北川はわざとらしく明るい声で言った。
「大丈夫、大丈夫。間に合うって」
北川の言葉に祐一は黙り込み、手にしたDVDディスクをじっと見つめるだけであった。
それから十数分後の伊豆大島上空。
月夜の中を一機のC−4輸送機が飛んでいた。
その機内には三機ものヘルダイバーが搭載されている。
そしてその機内では着々と効果準備が整いつつあった。
『目標上空まであと3分です』
輸送機の通信士の言葉にヘルダイバーのコクピットに収まっていた神尾晴子一尉は頷くと部下に命じた。
「ベル1よりベル2・3へ。ファイナルチェック!!」
『『了解』』
そして目標上空到達まで30秒前、C−4輸送機のペイロードハッチは開放された。
そしてただちに風向きを確認するためのマーカーが落とされる。
マーカーは薄暗い光を放ちながら理想的な軌道をなぞるかのように落ちていく。
それを確認した輸送機のパイロットは降下開始のベルを鳴らす。
と一機、二機、三機とあっという間にヘルダイバーは輸送機から飛び出した。
そしてすぐに重い軍用レイバーをも減速させる大きなパラシュートが開ききる。
「ここにやつがいるんやな」
目の前のモニターに映し出された伊豆大島の地図を見ながら神尾一尉は呟いた。
するとすぐにモニターにノイズが走ったかと思うと砂嵐がザァーと映し出された。
「なっ!?」
その時地上から一条の光が夜空を貫いた。
その光は一番最後に輸送機を飛び出したベル3のパラシュートに突き刺さる、とあっという間に爆発した。
これによって減速のためのパラシュートを失ったベル3は地上に真っ逆様に落下していく。
その光景を目にした神尾一尉は悪態付いた。
「くそったれめ!! 地上部隊の支援はどうなっているんや!!」
ズキューン ズキューン ズガガガガ ドドォーン
暗闇の中、爆発や銃声が鳴り響いた。
そしてたちまちいくつもの光球が瞬く。
遠目で見ているぶんには美しい、しかしその光の中では何人もの人間が命を脅かされているのである。
「…はじまりましたね」
美汐は目の前の光景を見てそう呟いた。そしてキャリア担当のあゆに命令した。
「二号機デッキアップ!! 真琴、行きますよ」
「わかった!!」
それに対して一号機…ケロピーのコクピットの名雪は秋子さんに尋ねた。
「お母さん!! 私はどうするの?」
「こちらに来ないように祈っていたらどうかしら?」
「へっ!?」
あまりの答えに思わず聞き返してしまう名雪なのであった。
「うわぁ!!」
ベル3のパイロットは絶叫しつつも訓練でたたき込まれた操作を的確にこなす。
するとベル3は脚部に装着されたエアーブレーキを展開、減速をはかる。
無論これだけで何とか出来るものではない。
増加パーツであるスラスターを使って降下速度を可能な限り減速する。
しかしそれらは所詮補助的な存在にすぎない。
通常よりも速い速度で地上に降下したベル3は機体のあちこちがスパークし、そしてそのままばったり地面に崩れた。
「ベル3,大丈夫かいな?」
無事降下した神尾一尉はすぐさま部下に安否の確認をした。
すると元気な声が帰ってきた。
「自分は大丈夫であります、隊長。ただ機体の方はどうにも……」
「ちっ!! どうしもあかんな」
神尾一尉は舌打ちすると無傷のもう一機の部下に声をかけた。
「ベル2,行くで」
「了解!!」
こうして神尾晴子とその部下は戦場へと向かって突進していった。
あとがき
戦闘シーンを今日書くのは抵抗ありますのでここでおしまいにします。
それにしてもアフガン情勢、どうなるんでしょうね?
2001.10.08