機動警察Kanon第072話

 

 

 

 「今週は平和でしたね」

秋子さんはいつものように穏やかにお茶を飲みながら呟いた。

第二小隊の当直勤務も早七日目。

後は第一小隊に引き継げば当直終了、明日は待ちに待った非番の日になる。





 

(明日は何をしようかしら? 久しぶりにジャムでも作ってみようかしらね?)

秋子さんがそんなことを考えていると隊長室のドアが開いた。

そして第一小隊隊長の小坂由起子警部補が入ってきた。

どうやら出勤してきたばかりのようでまだ私服姿のままである。

と由起子さんは秋子さんに新聞を差し出した。

「先輩、今日の○○新聞、読みましたか?」

「またうちの小隊の悪口でも載っていたのかしら?」

「…違いますけど」

「じゃあ一体何なのかしらね?」

秋子さんは新聞を受け取りながらそう返事した。

そして新聞を開くと記事に目を通す。





 

 「え〜っと何々、『健康の為に手作りジャム特集』?」

「そこではありません!!」

秋子さんが自分の興味を引いた記事を読み始めてしまったので由起子さんは自分で新聞を開いた。

そして即座にお目当ての記事を発見、秋子さんに示した。

「『求むレイバー搭乗員。社会保険・寮完備。昇給1、賞与2。経験者優遇、年齢30歳以下。

(株)ホリセキュリィティサービス』?」

秋子さんは新聞記事(正確には広告)を声を出して読み上げた。

そして首を傾げた。

「この記事がどうかしたのかしら? ただの人材募集だと思うけど。」

「先輩!! そんなのんきな場合ではありませんよ!!

とうとう民間の警備会社もレイバーに手を出し始めたんですよ!!」

「だから?」

「…うちも警備するのが仕事なんですよ!! 民間企業が資本にものを言わせて拡大していったら…。

結局は比較されて仕事がやりにくくなるじゃないですか!!」

「向こうは向こう、こっちはこっちだと思いますけど。」

「…お偉いさんもそう思ってくれますか?」

由起子さんの言葉に秋子さんはちょっと小首を傾げて考え込み、そして微笑みながら言った。

「まあ私たちが張り切っても仕方がありませんし」

「それはそうですけど……」

「それよりもこの警備会社が使うレイバーの方が気になるんじゃありませんか?」

すると由起子さんは憤然とした表情を浮かべた。

「そりゃあうちの98式は古いですよ。でもそれこそこっちはこっち、向こうは向こうじゃないですか!!」

「まさかアレだったりして」

「アレってなんですか?」

「前に第一小隊に配属が決まりかかったアレですよ」

「SRX−70!? まさか」

「まあその通りですよね」

 

そして隊長二人は顔を見合わせると笑ったのであった。






 

 

 

 

 同時刻〜特車二課から南に数百キロ離れた伊豆大島

 

 「川澄さん、呼んでますよ」

「…わかった」

部下?の言葉に海を見下ろしていた川澄舞は振り返った。

そしてすたすたと歩き出す。

そして舞は駐機中の二機のレイバーの前を通り抜けると目的地へと向かった。

そしてそんな舞を部下は真剣なまなざしで見送った。





 

 

 「川澄舞」

目的地に到達した舞は誰何される前に名乗った。

すると出迎えた三尉(名前は不明)は舞に敬礼した。

そして舞を案内すると一つのテントの中へと入った。

するとそこには数名の幹部たちが地図を前に演習の計画を立てているところであった。

そのためか突然の乱入者に幹部たちは避難の視線を向ける。

そこであわてて三尉は舞を紹介しようとした。

「こちら(株)ホリセキュリティーサービスの」

「…略称でかまわない。

HSSのレイバー部門の相談役みたいなのをやっている川澄舞。今回はよろしく」

その言葉を聞いた幹部たちは一様に表情をゆるめた。

自分たちが呼び出したのを思い出したのであろう。

そしてその中で一番階級が上の一佐が舞に声をかけた。

「今までいろいろな会社が体験入隊を申し込んできて、それ自体は珍しい事ではないが

レイバー持参というのは初めてだよ」

すると脇にたっている副官が口を挟んだ。

「体験入隊とはいえ正規のメニューと全く同じです。よろしいですね」

その言葉を聞いた舞は表情を変えずに頷いた。

「それは望むところ。バシバシ鍛えてやって」

舞のその言葉を聞いた自衛官たちはどっと笑ったが舞だけは相変わらず無表情のままであった。





 

 

 

 そして舞台は再び特車二課に戻る・・・。




 

 

 

 「オーライ、オーライ!!」

北川は一台のキャリアを特車二課のハンガー内に誘導していた。

とは言ってもいつもの警察用キャリアではない。Kanonの製造元、Key重工のキャリアだ。

やがて所定の位置にキャリアは到達する。

「は〜い、ストップ!!」

北川の大きな声にキャリアは停車した。

するとそれまで黙り込んでいた美坂香里整備班長が大きな声で叫んだ。

「搭乗準備、急ぎなさい!!」

その声に反応してかキャリアがデッキアップする。

それを確認すると香里は再び声を張り上げた。

「いいわよ!! 三号機乗り込みなさい!!」

「分かったよ〜。行くよ〜」

香里の言葉にコクピットの名雪は頷き、そう叫んだ。

そして地響きとともにKanon三号機(名雪が搭乗しているがケロピーではない)が動き出す。

と実にスムースな動きで三号機はキャリアに乗り込んだ。

そしてあっという間にキャリアのレイバー係留機が三号機をしっかりと固定する。

こうして三号機の収容はあっという間に終了した。

 

 

 「どれくらいかかるのかしら?」

香里はKey重工からやって来ていた技術者に声をかけた。

するとその技術者はうれしそうに笑うとしゃべり始めた。

「今回は部品の総取り替えと整備、それに伴うソフトウェアの書き換え、そしてチェックだけですからね。

まあ二日もあれば完了しますよ」

それを聞いた北川は口を挟んだ。

「今回のマイナーチェンジはセンサー系統だけですか!!」

すると技術者は首を横に振った。

「いいえ。今回は一部基盤ごと取り替えて、CPUも換装、メモリーも倍設しますからね、

駆動系データの処理速度も増加するはずですよ。

理論的には現在の1.37倍の処理速度を得るはずです。

三号機の方の調子が良ければ一号機・二号機もすぐに換装しますよ」

「そいつはすげえ!!」

北川は興奮したように叫んだが、端からその会話を来ていた祐一はぼっそり呟いた。

「これで第一小隊のONEとますます性能と差がでちゃうな。」

それを聞いた香里は頷いた。

「確かにその通りね。今年の新作レイバーの一部はすでにONEの性能を上回る機体も現れているし。

小坂隊長もこれからますます苦労しそうね」

「そうだな」








 

 祐一・香里・北川が腕を組んで考え込んでいると三号機から降りてきた名雪が声をかけてきた。

「あれ? 祐一たち、何考えこんでいるの?」

(「名雪には考えつきようもない難しいこと。」)

祐一は心の中でそう思った。

すると名雪は頬を膨らませてむくれた。

「もしかして祐一、酷いこと言ってる?」

「…もしかしてまた言葉に出していたのか?」

祐一が自分の癖を思い出しつつそう呟くと香里と北川はうんうんと頷いた。

(いい加減この癖を直さないといけないな。)

今度は言葉に出さずにそう思った祐一に名雪は言った。

「イチゴサンデー7杯で許してあげる」

しかし祐一は首を縦には振らなかった、というか振れなかった。

今日は給料日前であり金に全くゆとりがなかったからである。

だから祐一は

「お前にイチゴサンデーを奢る金はない」

ときっぱり言い切った。

すると名雪の目に大粒の涙が浮かんだ。

「わたし、もう笑えないよ…笑えなくなっちゃったよ……」

そして名雪はきびすを返すと三人の前から走り去った。

そしてあっという間にハンガーから居なくなる。

すると香里と北川が祐一をじとめで見つめた。

「な、何だよ。その目は……」

すると北川がきっぱり言い切った。

「お前が悪いぞ、相沢。あれは誰がどう考えてもお前に100%責任がある」

「そうよね。あの言葉はちょっというかかなり酷いわよね。」

香里も同調した。

しかし心当たりのない祐一は香里に尋ねてみた。

「あの言葉って一体なんだ?」

すると香里はあきれたようにため息をついた。

「何を言っているの、相沢くん。『 お前にイチゴサンデーを奢る金はない。』なんて言い過ぎよ。

断るにしたって言いようと言うものがあるでしょうに」

「そうだそうだ。班長の言うとおりだぞ。」

「仕方がないだろ。給料日は明日なんだぞ」

祐一の反論に香里と北川は黙り込んだ。

そしておそるおそる香里が言葉を発した。

「もしかして『お前にイチゴサンデーを奢る金はない。』ってそういう意味?」

「…他にどういう意味があるんだ?」

祐一の言葉に香里はため息をつくと祐一に言った。

「事情は分かったけど名雪、間違いなく貴方の言葉の意味、間違えているわよ。

すぐに謝って仲直りしていおきなさい」

「はぁ?何で俺が謝らなくっちゃいけないんだ。名雪の勘違いがいけないんだろ。」

「いいからさっさと謝ってきなさい!!」

「はい、分かりました!!」

香里がポケットの中から取りだした物を見て祐一は反射的に頷いたのであった。

 

 

 

 

あとがき

とうとうファントム編二回目突入です。

というわけでしばらくはこのネタが続きます。

どれくらいかかるんでしょうね?

 

2001.09.23

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