機動警察Kanon第069話

 

 

 

 警視庁特車二課第二小隊隊長水瀬秋子警部補。

その本質は全くの謎である。

明らかになっているのは水瀬名雪という娘がいること。

かって公安に所属、カミソリ水瀬として警視庁のみならず日本全国にその名をとどろかせた女傑。

この二点のみだ。

娘である水瀬名雪にすらも秋子さんのその真実の姿は分からない。

 

 今回はその水瀬秋子警部補のさらに謎を深めるエピソードについて紹介したいと思う。

 

 

 

 

 

 いつものように朝、特車二課にやってきた秋子さんは職場に届いた手紙を仕分けしていた。

大半はDMでありどうでもいいものばかりだ。

しかし一通だけ違う装いの手紙が混じっていた。

かわいらしい封筒に包まれた手紙である。

それを見た第一小隊隊長の小坂由起子警部補は「あらっ」と声を出した。

「ずいぶんかわいらしい手紙ですね。一体誰からですか?」

「さて誰からかしらね?」

秋子さんはそう笑顔で応えると封筒を裏返しにした。

しかしそこには差出人の名前も何も書かれてはいない。

そこで秋子さんは磁石を取り出して封筒に近づける。

すると磁石は封筒にぴったりとくっついた。

すると秋子さんはデスクの引き出しからはさみを取り出し封筒の回りをきれいに切り取りそっと開けた。

するとそこにはおびただしい数のかみそりの刃が並べられていた。

そして中に入っていた便せんには一言「死ね!」と書かれていた。

しかし秋子さんはまったく顔色一つ変えないで由起子さんに気付かれないようにその手紙を引き出しの中に

しまい込んだのであった。





 

 

 「おそいな〜もう!! こっちは体が資本の仕事なんだ!! 困るよもう!!」

整備班の北川は腹を空かせたためであろう、上海亭の岡持に文句を言っていた。

いつもよりも昼食が届くのが遅かったからである。

すると岡持は申し訳なさそうに、それでいて自分の責任を回避するために言い訳した。

「すいません、こっちにお届けする直前に食い逃げ騒動があったものですから」

「…まさか月宮巡査じゃないよな?」

北川の言葉に岡持は笑った。

「まさか。だいたい今第二小隊ってみんなここにいるんでしょ」

「それもそうだな」

そして岡持はラーメン×3・チャーハン×3・天津丼×1・ニラレバ定食×2をおいて帰っていった。

そしてそれを見送った整備班の面々は一斉に自分の頼んだものをむさぼり始める。

そこへ第二小隊で一人、仕事の関係で遅い昼食を取ることになった秋子さんがやって来た。

「私の頼んだ天津丼、来ているかしら?」

「そこにありますよ」

北川の言葉に秋子さんは微笑むと天津丼の置かれたテーブルについた。

そしてれんげを取ると一口天津丼を口にした。

そして「あらっ」と呟いた。

「…ここの店、味落ちたのかしら?」

「そうですか? 変わらないと思いますけど」

北川は自信なさげに言った。

秋子さんの手料理は天下一品、当然その味覚は謎ジャム関係を除き特車二課一と思われたからである。

しかし秋子さんはそんなことで傲慢になったりなどしない。

「風邪でもひいたのかしら?」

首を傾げつつも秋子さんは二口目を食べ、そして一瞬顔を引きつらせた。

むろんそれはきわめて短い時間でありその場で昼食を食べていた誰もが気がつかなかったが。

そして秋子さんはいつものほほえみを浮かべながらレンゲを使って天津丼の具をのけてみた。

するとそこには「バカ」と唐辛子を使って字が書かれていたのであった。




 

 

 

 (怨恨…嫌がらせ…覚えきれないほど身に覚えがあるし。一体どうしようかしら?)

秋子さんは顔には出さないものの屋上で一人悩んでいた。

人生数十数年、警察官としても二十年あまり。

その人生、全てにおいて人にまったく恨まれずにすむわけがない。

ましてや警察官のなかでも特に嫌われ役である公安にいたこともあるのだ。





 

 そんなことを考えている秋子さんに背後から人影が近づいてきた。

別に特に気配を隠しているわけではないのだろう、しかし足音は全くしない。

秋子さんはその穏やかなほほえみを一瞬にかき消すと指をそろえた手を素早く繰り出し、

そして目標の目の前でぴたりと止めた。

「…隊長、何か?」

それはたまたま秋子さんを呼びに来た天野美汐巡査部長であったのだ。

そのことに気がついた秋子さんはにっこり微笑むと言った。

「ごめんなさいね。ちょっとこのごろ運動不足気味だから体操していたのよ。それより何かしら?」

「…これからミーティングが始まりますので」

「あらごめんなさい、すっかり忘れていたわ。それじゃあ行きましょうかね」

そう言って屋上を出ていく秋子さんを美汐は黙って見続けたのであった。

 

 

 

 

 「それは美汐の気のせいじゃないの?」

美汐から屋上での出来事を聞いた真琴は美汐の言葉を一蹴した。

すると珍しく美汐はまことに反論した。

「こう見えても武道のたしなみは人並み以上にあるつもりです。

ですから私にはあの身のこなしのすごさが分かるのですよ」

「そうかな? 過大評価か勘違いだと思うぜ」

祐一が反論すると美汐は祐一をきっと見た。

「それでは相沢さんに伺いますがあなたは秋子さんのことをどれだけ知っているというのですか?

それに最近の秋子さん、なんだか様子がおかしいですし」

美汐の言葉に第二小隊の隊員たちは一斉に考え込んだ。

「そういえばこのごろお母さん、ジャムを作っていないよ」

名雪の言葉にあゆも続いた。

「うぐぅ、そういえば秋子さんこの間天津丼をほとんど食べずに残していたよ」

「秋子さんの身に何かおこったことは間違いありません」

美汐の言葉に名雪は笑いながら言った。

「お母さんの身に何が起こった? 食欲不振と謎ジャムの正体はいかに!? その秘められた過去は?」

「なんだかドラマみたいで格好良いですね」

栞の言葉に六人は一斉に笑った。

そして顔を合わせて口をそろえていった。

「「「「「「やりましょう!!」」」」」」




 

 そして一同は解散、さっそく行動に移そうとした。

その時、第二小隊のオフィスの扉が開き秋子さんが子を出した。





 「あら? 一体何をやるのかしら」

その言葉に六人は一斉に首を横に振った。

「いいえ、何でもありません」

「えうぅ〜、な、何でもありません」

「うぐぅ〜、何でもないよ〜」

「あうっ〜、あゆあゆとしおしおの言うとおりなの」

「お、お母さん、何のよう?」

「あ、秋子さん、気配をたてずに近づいてこないでください」

 

 六人の言葉を聞いた秋子さんはにっこり微笑んだ。

「あらあら、何かたくらんでいるのかしら?」

「「「「「「いいえ!!!」」」」」」

六人は秋子さんの言葉に即座に反論した。

なぜならばその手にはオレンジ色のアレが握られていたからである。

 

 

 かくして秋子さんの過去を探ろうとした彼彼女たちのもくろみは潰えたのであった。

 

 

 

あとがき

ファントム編に突入前にのちょっと軽い話と言うことでこのネタを書いてみました。

個人的には謎だらけの秋子さんと後藤隊長って被りますので。

実に書きやすくて良いな。

 

 

2001.09.01  防災の日に

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