機動警察Kanon第065話

 

 

 

 祐一から今回の作戦内容を聞いたあゆは怖じ気ついた。

まさに自分の果たす役割が今回の作戦上、きわめて重要だったからである。

ましてや前回失敗して自信をなくし、みんなは知らないものの転職をも考えていたからだ。

だが祐一の言葉はそんなあゆの不安を吹き飛ばした。

 

 「おい、あゆあゆ!!」

「うぐぅ、ボクあゆあゆじゃないよ〜」

そんなあゆの抗議の声を無視して祐一は続けた。

「お前はまだ小学校に入ったばかりの女の子を人質に取るようなやつを許せないよな!?」

「うぐぅ、もちろんだよ」

「そうだろう、そうだろう」

祐一は、満足げに頷くとバンとあゆの肩を叩いた。

「そんな卑怯きわまりない極悪人をお前は許せないよな!?」

「もちろんだよ!!」

「よし、ならばお前は女の子のために頑張れるよな!?」

「もちろんだよ!!」

「よし、商談成立だな」

「…うぐぅ、どうして?」

自分が勢いに押されて今回の作戦で重要な役割を果たすことになってしまったことに気がつかない

あゆなのであった。

 

 

 

 

 

 「うぐぅ、こわいよ〜!!」

あゆは恐怖におびえていた。

ちなみに今のあゆの格好は特車二課のあの目立つ制服ではない。

現場のすぐ近くにある喫茶店のウェイトレスの格好だ。

この姿で犯人が食料を要求したところであゆが接近するのだ。

この格好ならば、ましてや着ているのがあゆならばそうそう警察官とは思うまい。

また見破られることも想定済みだ。

というか犯人とて警察官が化けて近づくというのは十分に考慮済みだろう。

例え見破られてもあゆならば犯人もそうそう警戒しないだろう。

まさに二段階構えの万全の態勢、なのになぜあゆがおびえているのかと言えばそれは手にしている物が

手にしている物だったからだ。

それが何かといえば…ハムサンドやら卵サンドやらの間に混じってオレンジ色のあれサンドイッチが

入っていたからである。

 

 

 

 「それにしてもあのジャムを食べる犯人に同情しちゃうよ〜」

さっきまでの憤りはどこへ行ったのやら名雪は心底同情するように名雪は言った。

すると祐一・栞・真琴・美汐もうんうんと頷いた。

ちなみに第二小隊の面々はみなオレンジ色の邪夢の洗礼をすでに受け済みなのだ。

「でも人質を取る方が悪いんだ。血を見ずに解決するための手段だ、犯人もきっと分かってくれるさ」

祐一の言葉に栞は首を傾げた。

「祐一さんの考えに犯人、納得してくれるんでしょうか?」

「アレ食べたらきっと命があるだけ感謝するわよ、きっと」

「そうですね、真琴。あれを食べると生きているってすばらしいってきっと心底思いますよ」

秋子さんに聞こえないよう、馬鹿な話をすることで恐怖を紛らわせる第二小隊の面々であった。

 

 

 

 

 

 「うぐぅ、食料持ってきたよ」

ウェイトレス姿のあゆは秋子さんお手製のサンドイッチとコーヒーをお盆にのせ、犯人の前に立った。

するとテロリストはにやりと笑った。

「ようやく飯が届いたか。どじ踏んじまってもう24時間以上何も食べていなかったからな」

そう言うやテロリストはマニピュレーターであゆの体をつかんだ。

「うぐぅ〜、こわいよ〜」

やはりどう見ても警察官に見えない。

だがテロリストは今までの人生経験から人は見かけによらないということを知っていたので油断しなかった。

そして男はコクピットを開けるとあゆに言った。

「おい、早く飯をよこせ」

「うぐぅ〜、分かった。すぐに渡すからボクを離してよ〜」

すっかり涙ぐんでいる。

そんなあゆにテロリストは泣き虫だなとあきれつつもサンドイッチを受け取った。

そして何を思ったのか人質の女の子をつかんだマニピュレーターをコクピット目の前に寄せた。

「うぐぅ!いったい何をするんだよ〜」

だがこのテロリスト、あくどいことをしているわりには優しかった。

「ごめんな、お腹空いただろう。半分やるよ」

 




 

 この言葉を聞いたあゆ、そして第二小隊の面々に衝撃が走った!!

もし万が一、テロリストではなく人質の女の子があれを食べてしまったら……。

そう思うと居ても立っても居られなくなってしまったのだ。

あわてて祐一と美汐は名雪・真琴に指示を出した。

「二人とも!! 狙撃ポジションについて!!」

「命令が在るまで絶対に発砲するなよ!!」

こうして二機のKanonはいつでも犯人を狙撃できる体制に入った。

 



 

 

 そのころ渦中の女の子は……泣きじゃくって食べるどころではなかった。

ずっと泣かないよう気丈にもこらえていたらしいが食事という日常的要素が加わったせいであろう。

突然泣き出してしまったのだ。

これにはテロリストはほとほと困り果てた。

彼は女子供の涙には弱い男だったのだ。

何とも情けない顔つきであゆに懇願してきた。

「おい、そうはとても見えないがあんた警察官なんだろう。この子をなだめてやってくれよ」

その言葉を聞いたあゆはこれ幸いとばかりにテロリストに提案した。

「それじゃあこの子を解放してあげようよ。ボクが人質に残るから」

だがテロリストはその提案に頷かなかった。

「冗談言うな。人質は多ければ多いほど良いんだよ、なんせ見せしめが一回増えるからな」

 

 いくら優しいとはいえテロリストはテロリストだった。

あゆは仕方が無く女の子を慰めるべく声をかけた。

「うぐぅ、大丈夫?」

だが女の子は泣き続ける。まあ当たり前といえば当たり前かもしれないが。

しかしあゆは根気よく声をかけ続けた。

 

 「ねえ、君は何て言う名前なの?ボクは月宮あゆっていうんだよ」

すると女の子は顔を上げ、あゆの方を見ると言った。

「ひっく、わ、わたし…美雪……」

「そうか、美雪ちゃんっていうんだ。良い名前だね。美雪ちゃんは何が好き?ボクはたい焼きが一番好きなんだけど」

「わたし…シュークリームが好き……」

「そっか、シュークリームが好きなんだ。ボクもたい焼きには負けるけど好きだよ」

そんな他愛もない話をしているうちに女の子はやがて泣きやみ、あゆと笑顔で会話するようになった。






 

 

 その様子を見ていたテロリストは感心したようにあゆに言った。

「…さっきは見えないって言ったけどあんた、ちゃんと警察官しているな」

「うぐぅ、本当!?」

あゆは思わず聞き返した。

自分が警察官をしているといわれるとは思っても居なかったのだ。

だがテロリストは頷いた。

「ああ、見えるぜ。俺みたいなのが言っても信用しないだろうけどよ」

だがあゆはそのテロリストの言葉が非常にうれしかったので思わずお礼を言ってしまった。

「ありがとう、ボクそう言われてとてもうれしいよ」

するとテロリストは顔を赤らめて照れた。

「よせやい、俺みたいなやつにお礼なんか言ったって良いこと無いぜ」

そしてテロリストは照れ隠しにサンドイッチをかじった、と思うや悶絶した。

秋子さんの邪夢入りサンドイッチにビンゴしてしまったのだ。

 

 

 かくして無事事件は無血のうちに解決した。

 

 

 

 「おねえちゃん、ありがとう。」

無事救出された女の子はとりあえず検査の為救急車で病院に運ばれることになったのだが

その際、あゆにそう声をかけてきた。

そこであゆもにこやかに応じた。

「美雪ちゃん、がんばったね。もう安心してね。」

「うん♪お姉ちゃん格好良かったよ。わたしもお巡りさんになりたいな」

「それじゃあがんばってね。勉強と体力、どっちも大切だからね」

あゆのことばに美雪ちゃんは笑った。

「うん、美雪がんばるよ。それじゃあお姉ちゃん、ばいばい」

「ばいばい♪」

 

 そして美雪ちゃんは救急車に乗って、警察病院へと向かったのであった。

 

 

 美雪ちゃんを笑顔で見送ったあゆは自らの心の中がすっきり片づいていることに気がついた。

(やっぱりボクも警察官なんだね。…おじさんいは悪いけどあの話、やっぱり断ろう)

あゆがそう決意したとき、秋子さんが声をかけてきた。

「あゆちゃん、さっき話があるって言っていたけど何かしら?」

たしかにさっきまであゆは秋子さんに相談があった。

しかし今はもはや一点の曇りもない状態だった。

だからあゆは首を横に振った。

「もう平気、相談事はないよ♪」

 

 そしてあゆは特車二課の帰還後石橋氏に電話、今回の件を断ったのであった。

すると石橋氏は怒ったような風もなく穏やかな口調で言った。

「やはり断ってきましたね。私はそうなるんじゃないかって思っていたんですよ」

これにはあゆもビックリした。

「うぐぅ、何でそう思ったの?ボクだって迷ったのに……」

すると石橋氏は笑い、そして言った。

「あなたが思っている以上に警察官という仕事があなたに向いている、ということですよ」

石橋氏の言葉にあゆは照れた。

「うぐぅ、なんだか照れるな……」

「まあそう気にはせずに。それよりもこれで連絡はおしまいです、今後こちらから電話することはありませんので」

「うん、わかったよ。それとおじさんにお仕事がんばって、って伝えてくれるかな?」

「わかりました、そう伝えておき来ますよ。」

 

 かくして特車二課第二小隊隊員月宮あゆの誰も知らない転職騒動は幕を閉じたのであった。

 

 

 

おまけ・・・後日談

真琴:「あゆあゆ!!何こんなことも出来ないのよ!!」

あゆ:「ごめん、真琴ちゃん」

真琴:「ごめんですんだら警察官はいらない!!」

あゆ「うぐぅ〜、(やっぱり転職しておけば良かったよ〜)」

 

 

 

あとがき

 あゆあゆの悩み編完結です。

しかし原作とかなり異なる最終話になりましたね。

でもあゆらしさを追求するとこうなるんだよな。

 さて今回の話ははっきり言って人ごとではありませんでした。

私も今年会社に入ったばかりの新社会人。

しかも仕事上の悩みも結構ありますし。

いつこうなってもおかしくない状況で書いたからどんどんのびちゃったんですよね。

やはり自分の心情を書き込む長くなっちゃうな。

 

 

2001.08.05

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