翌日は土砂降りであった。
まるでスコールのようである。
そのためその日は昼間だというのに真っ暗で夜のよう。
そんな中、第二小隊の面々は此処以外ではまず体験できないであろう屋内の銃撃戦の訓練中だった。
むろん一般市街地であるから使用する銃弾は実弾ではない。
たんなるペイント弾に過ぎないのであるが二人のパイロットはそうは受け取っていないようであった。
「うふふふ……。ペイント弾っていうのは若干引っかかるけどまあ良いわね。
とにかく上層部公認で思う存分、ぶっ放せる機会なんか滅多にないからね」
真琴はコクピットの中で不気味に笑いながらそうつぶやくとトリガーを引き絞った。
すると二号機の手にした銃からペイント弾が発射される。
と、たちまちその弾が着弾した後には赤い弾着痕がビルのあちこちに残されたのであった。
一方名雪はケロピーをビルの柱の影に身を潜め、真琴の放つ弾に当たらないようにしていた。
おかげで名雪はまだ一発も撃っていない。
弾倉にはまだ未発射の弾丸が完全な状態のままで綺麗に残っている。
その状況に溜息をついた祐一は大きく溜息をつくと無線のマイクを手にし、名雪に呼びかけた。
「おい名雪、訓練する気があるのか!! 隠れていたらいつまで経っても訓練にならないだろ!!」
すると無線のマイクを通じて名雪の声が聞こえてきた。
『だって祐一、もしもペイント弾がケロピーに当たったらケロピーの綺麗なボディーが汚れちゃうんだよ〜』
「お前は仕事をなめているのか!! そんなこと気にせずに真琴のように撃ちまくれ!!」
『で、でも〜』
「いいからやれ!! それにそんなに汚れが気になるなら香里にでも頼んでおけ!!
北川のやつが鏡のように磨いてくれるぞ!」
『わかったよ。ちゃんと撃てばいいんでしょ〜』
そう言うなり名雪はケロピーをビルの柱から飛び出させた。
すると偶然ぶっ放した真琴の一撃がケロピーの左肩に直撃した。
「一号機、左腕使用不能!!」
状況を確認した祐一は即座にマイクに向かってそう叫んだ。
これでケロピーは射撃訓練中は左腕使用禁止になったのである。
「さすがに射撃に関しては真琴の方が上か……」
ペイント弾で右肩が真っ赤に染まったケロピーを見て祐一はそうつぶやいた。
だが訓練はまだ終わったわけではない。
名雪はケロピーを屈ませると威嚇射撃しながら遮蔽物の影へと隠れた。
とたちまちその近辺にペイント弾が収束して着弾する、がやがて真琴の射撃は終了した。
どうやらむやみやたらとぶっ放していたために弾切れになってしまったらしい。
「今だ、名雪!!」
祐一の合図に名雪は頷くとケロピーを遮蔽物の影から一気に飛び出した。
そしてペイント弾の装填された銃口を二号機へと向ける。
「私の勝ちだよ〜♪」
だが勝敗の決着がつくことはなかった。
なぜならば照準合わせ最中の名雪の目の前で突然メインカメラに砂嵐が走ったのだ。
「わっ!? これは一体何なんだよ〜!!」
そしてあわててコクピット内のスイッチを弄くり回すが何も変化は起こらない。
そこでやもえず名雪はコクピットハッチを開けると体を外へと乗り出した。
「せっかく良いところだと思ったのに……」
名雪はそうつぶやくと頭を垂れた、と目の前の光景に驚きの声を上げた。
なんと目の前にはどこから入り込んだのかは分からないが十歳ぐらいの男の子が立っていたのだ。
レイバーが暴れまくり、ペイント弾とはいえ銃をぶっ放しているようなビルの中に入り込んでは危険きわまりない。
名雪は男の子に向かって注意した。
「ちょっとそこの君!! こんな所にいたら危ないんだよ」
すると男の子はちらっと名雪に視線を送るとコンクリートの床に視線を向けた。
そして人差し指で床を指さす。
「? ? ? 」
男の子の行動を理解できない名雪は思わず首をひねった。
一体あそこに何があるというのだ?
その時、指揮車から降りてきた祐一が名雪に声を掛けてきた。
「おい名雪、どうしたんだ? 故障か?」
タイミングの良い祐一の登場に名雪は男の子を外へと連れだして貰おうと思った。
そこで名雪は祐一に男の子を指さしながら叫んだ。
「祐一!! そこにいる男の子を連れだしてよ!! ここにいたんじゃ危険だからね」
「…? 一体何処にいるんだ?」
祐一の言葉に名雪は驚いた。
すぐ側にいる男の子、しかも指さしているはずなのにわからない?
祐一って目が悪かったけ? そう思ったのだ。
だが名雪もすぐに驚くこととなった。
なぜならばさっきまでいたはずの男の子の姿が影も形もなかったからである……。
「いい加減にしてもらえませんか」
訓練を一時中断、そしてついさっきあったばかりの出来事を話す名雪に美汐はそう言った。
心なしかいらついている感じである。
だが現実に目の前であった出来事であるから名雪も引かなかった。
そして周りでその話を聞いていた祐一と真琴と栞は名雪の味方した。
そっちの方がおもしろかったからである。
ちなみにあゆは一人耳を塞いでしゃがみ込み、うぐぅうぐぅしている。
「やっぱりこのビルには幽霊が出るんですね」
「うんうん、私もそう思っていたのよね。何か怪しい気配が漂っているし」
「せっかくだから訓練終えたら肝試しやらないか? 怪談の現場でなんぞ、そうそう出来ないぞ」
またまた脱線し始めた三人に美汐が文句をつけようとしたとき、秋子さんが口を開いた。
「その男の子が指さしていた場所、掘ってみようかしらね?」
「秋子さん!!」
思わず美汐は叫んでしまった。
だが秋子さんはまったく動じずに続けた。
「だって私も他のだけど見ちゃったのよね。だから結果が気になるのよ」
「そ、そんな……」
美汐は顔を青ざめさせ、思わず後ろによろめいた。
いつもの物腰が上品な様子はすっかり消え失せてしまい、今や単なる臆病な少女のようである。
そこへ秋子さんが微笑みながら言った。
「美汐ちゃん、顔色悪いけど大丈夫?」
「へ、平気です……」
美汐は気丈に振る舞ってそう答えたが決して上手くいっているとは言えなかった。
その動揺は誰の目にも明らかであったからである。
「あら? 美汐ちゃんの背後に何か白い影が……」
秋子さんはにこやかな顔つきのまま美汐にそう言った。
するとてきめん効果が現れた。
美汐は可愛らしい悲鳴声をあげると両腕で頭を抱え込んでその場にへたり込んでしまったからである。
その怖がりっぷりときたらあゆ顔負けだ。
というわけで普段とのあまりのギャップに祐一たちは呆然として美汐を見つめた。
怖がっていたあゆも怖さを忘れたかのように美汐の姿に見入っている。
そして真琴はそんな美汐の姿にこう感想を漏らした。
「美汐、何かとっても可愛い」
「私こういう話、本当に駄目なんです!!」
美汐はいまだ顔を涙でボロボロにしながらそう力説した。
もっともそこまで力説しなくても美汐の様子を見れば誰にでも分かったが。
そして祐一たち五人はは顔を合わせてひそひそ話をしていた。
「うぐぅ、美汐ちゃんがボク以上にこういうのが駄目なんて思ってもいなかったよ」
「俺もだ。天野の奴、こういうのは全く平気って感じなんだけどな。」
「あう〜っ、美汐が変だよ〜」
「けっこう無理していたんですね、天野さん」
「美汐ちゃんの意外な一面が見られたのは良い事じゃないかな?」
そんなやりとりはすぐに終わり、とりあえず第二小隊の面々は名雪の見た男の子の指していた場所。
すなわち中庭のコンクリートを引っぱがし始めた。
無論祐一たちが人力でやっているわけではない。
元々は作業用であったレイバーを使っての作業であるからその速度は早かった。
どんどんコンクリートの床は引っぱがされていく。
「ねえ真琴、レイバーの調子どう?」
手を休めずに作業していた名雪は無線で二号機に乗っている真琴に声を掛けた。
すると真琴は不思議そうな声を出した。
「おかしいのよね〜。この頃調子が悪かったはずなのに今日、…というか今は全く支障無いんだけど」
「やっぱり? 私も不思議に思っていたんだけど一体何だったんだろう?」
「さあ?」
その時、真琴の乗る二号機の足下が大きく崩れた。
たちまち二号機はコンクリートの床をぶち抜き、落下する!!
とすぐに落下も収まった。
「あたたたた〜。」
真琴は思いっきりぶつけた頭をさすりながらモニターをのぞき込んだ。
現在の状況確認するためである。
そして真琴は目の前の光景に思わず叫んだ。
「何じゃ!! こりゃあ!?(松田優作風に)」
突然の出来事と真琴の叫び声に慌てて近寄ってきた第二小隊の面々の視界に飛び込んできたのは
全く予想だにしていなかった光景であった。
そこにはぽっかりとした空間が広がっており、そこには十数体の白骨死体が転がっていたからであった。
その光景を目にした祐一と栞は何か珍しいものでも見るかのように興味津々といった感じで見入っている。
それ対してあゆは白骨死体を見るなり「うぐぅ」と気絶してしまっている。
そして美汐は…腰を抜かして秋子さんに抱きついていた。
普段ならば死体など腐乱しきっていようがグチャグチャだろうが平気な美汐も今回は勝手が違うらしい。
目に涙をうるうると蓄えて今にも泣きそうだ。
とそこへ秋子さんが微笑みながら言った。
「どうやらみなさん、お集まりのようですね♪」
「へっ!?」
いきなりの意味不明な言葉に美汐は周囲を見渡した。
するとそこには百数十人の様々な人物? が集まっていた。
彼ら(彼女もいる)はみな様々な職業、そして年代を表す格好をしていた。
そしてその足は…無かった。
「はうぅ〜!!」
幽霊に取り囲まれていることに気が付いた美汐は即座気絶。
こうして第二小隊を震撼させた幽霊ビル騒動は収まったのであった。
後日談
秋子:「どうやら樋上藩のお殿様、乱心騒動の時本当に家臣を斬り殺していたらしいわね」
由起子:「公儀に届け出ると面倒なことになるから内密に?」
秋子:「そのようね。それで地下牢だったところに死体を残して地下室を埋めちゃったみたい」
由起子:「その怨念で幽霊たちがあばれていたの?」
秋子:「そうじゃないみたいね。
どうもその怨念に巻き込まれた被害者一同さんが怨念を鎮めて貰いたくてPRしていたみたいね。
中には表現力のかなりへたくそな幽霊さんも、混じっていたみたいだけど」
由起子:「つまりは幽霊による幽霊のためのボランティア活動というわけ?」
秋子:「まあそうだったみたいね♪」
あとがき
幽霊編完結です。
予行通り次回からまた本編を展開させますね。
ところで美汐はいかがだったでしょうか?
どうも美汐って妖狐がらみとかそのミステリアスな雰囲気からこっちの方面にはめっぽう強い、という描き方が多いんですけどね。
意外性があって良いかな〜?と個人的には思っているのですが。
それとこの「機動警察Kanon」が“Kanon−SS−Links”の『捜索掲示板』に、しかも二枚もの掲示板に載っていましたね。
少しはメジャーになれたかな?と個人的には結構嬉しいです。
これを励みにどんどん更新しようっと♪
2001.06.23