それは世間ではお盆休みに突入したばかりのとある日のことであった。
朽ち果てかけた廃ビルに5台の車両が到着した。
そして彼らは次々と車から降りる。
「しかしぼろいビルだな。こんなんで実験になるのか?」
車から降りて開口一言、相沢祐一は思わずそう叫んだ。
祐一たちの目の前には年代物のおんぼろビルがたたずんでいたからである。
すると第二小隊隊長の秋子さんは穏やかに微笑みながら言った。
「要所要所ちゃんと補強が入っていますから簡単には壊れませんよ」
「そうなんですか?」
「そうなんです。それに壊れたら壊れたで全然問題ありませんからね」
「…そんなの俺たちの仕事ではないと思いますが」
警察のお仕事とは思えなかったので祐一がそう言うと秋子さんは首を横に振った。
「瓦礫撤去は災害時における救助の訓練になります。
それに特殊な環境下での市街戦も想定した訓練も予定しているんですからね」
そう言うと秋子さんはビルの中へと足を踏み入れたのであわてて第二小隊の面々もその後を追った。
ビルの中も外見に比例しておんぼろだった。
内装の大半が朽ち果ててコンクリートがむき出しになっている床や壁。
あちこちに残されたボロボロの絵画。
すでに湿気でぶよぶよになったソファー等。
しかも床一面に散らばったエロ雑誌や漫画雑誌、段ボールなどなど。
それを見た祐一はつぶやいた。
「しかし中も汚いな。一体どんな管理をしていたんだ?」
すると天野美汐がつぶやいた。
「…浮浪者や馬鹿な若者が出入りしていたみたいですね。
ですからこのビルの持ち主も実験に貸してくださったのでしょう」
その言葉に秋子さんは頷いた。
「その通りよ、美汐ちゃん。だからみんなも気にしないで思う存分やってね」
「「「「「「はい!!」」」」」」
秋子さんの言葉に六人の隊員たちは元気よく頷いた。
「それじゃあまずは邪魔な物の撤去から始めましょうね。可能な限りレイバーでやるのよ」
「「了解」」
秋子さんの指示に頷いた祐一と美汐の二人はすぐさまパイロットである名雪と真琴に起動するよう指示を出した。
その指示に従い、一号機と二号機が起動する。
そして名雪は一号機のコクピットからビルの中を怖々とのぞき込んだ。
「ねえ祐一、この中に入ったらこの子の頭、つかえちゃったりしないかな?」
その言葉に祐一は大声で叫んだ。
「大丈夫だ!!
ここ一階は吹き抜け構造だからレイバーでも充分立ち上がれるだけのスペースがあるぞ!!」
「本当に大丈夫?」
「くどいぞ名雪!! 指揮者の命令には絶対服従!! さっさと入ってこい!!」
祐一の言葉に名雪は頷くとケロピーを屈まさせ、ケロピーをビルの中へと進めた。
その様子を見ていた美汐も真琴に同様の命令を下した。
「真琴、水瀬さんのあとに続きなさい。頭やアンテナを天井にぶつけないようにね」
「わかったけど真琴、そんなへましないわよ」
真琴も続いてビルに入り、訓練の準備は整った。
「それじゃあまずは壁に付いている絵画から撤去してちょうだい」
秋子さんの言葉に名雪と真琴はKanonを操り、マニピュレーターを絵画にのばした。
そして引っぱがそうとしたところで名雪は不安げに祐一に尋ねてきた。
「ねえ祐一、私こういうのには詳しくないんだけど手荒く扱って良いのかな?」
「…俺にそんなこと聞くな。お前以上に俺は詳しくないんだからな。」
全くの芸術音痴の二人の言葉に美汐は言った。
「…値打ち物の絵画ならこんなところには置いていかないはずです」
「あはは〜、美汐の言うとおりよね。祐一はわかんないんだ〜♪」
「うぐぅ…、なんか悔しいぞ」
真琴に笑われた祐一は心に大きな傷を受けたのであった。
それでも何とか順調に作業は進む。
祐一と美汐はイロットに安全に作業できるように指示与え続けているのだ。
ちなみにすることがないあゆと栞の二人は床に散らばった雑誌や段ボール片付けである。
それゆえに二人はふて腐れていた。
「えぅ〜、何で私がこんな雑誌を片づけなくてはいけないんですか〜!!」
ちなみにこれはハードなSM雑誌を手にしながらわめいた栞の言葉である。
「うぐぅ、ボク汚れちゃったよ……」
エロ雑誌を山ほど抱えてのあゆの言葉には心底悲哀が入り交じっていたのであった……。
するとその言葉を聞きつけた祐一がちらっと二人を一瞥して叫んだ。
「そこの二人!! キビキビと働かんかい!!!」
「うぐぅ、祐一くん鬼だよ……」
「そんなこと言う人、嫌いです!!」
さらに祐一の言葉を耳に挟んだ美汐も言った。
「女の子にそんな台詞を言うなんてそんなに酷なことはないでしょう」
だが祐一はひるむことなく続けた。
「たかがエロ雑誌や段ボールぐらいに何怯んでいるんだ!! お前らだって警察官だろ!!」
「うぐぅ、祐一くんもしかしてこういう本読んでいるの?」
あゆの言葉に栞は何か汚いものでも見るかのような目つきで祐一を見た。
「祐一さん…もしかしてあゆさんの言うとおりなんですか!!」
その言葉に祐一は溜息をついた。
「あのな。俺は血気盛りの中坊や高校生のがきんちょじゃないんだぜ。
エロ本なんぞとっくに卒業しているわ」
そんな後かたづけもやがて終了する。
真琴がキャリアに戻した二号機にシートをかぶせていると足下から祐一・名雪・栞が声を掛けてきた。
「お疲れさま!! また明日も頑張ろうね♪」
「お疲れさまでした。お先に失礼しますね。」
「真琴、夜勤頑張れよな!!」
その言葉に真琴は意外そうな顔をした。
「あれ? みんなもう上がりなの!?」
「おう、そうだ!! それじゃあな。」
そして祐一たち一号機担当メンバーは帰っていった。
こうして廃ビルでの一夜が始まる……。
あとがき
久しぶりの「機動警察Kanon」をお届けいたしました。
今回は漫画・アニメでもお馴染みのエピソードをKanonキャラが暴れます。というほどでもないか。
個人的には好きなエピソードなのでかなり早く打ち込めて楽でした。
予定では全3話(もしかすると4話)を予定していますのでお付き合いのほどをなにとぞよろしくお願いしますね。
2001.06.16