雪月物語〜第02話

 

 

 

 とりあえず意識を取り戻した名雪と祐一は急いで病院へと向かった。

しかしそこで待っていたのは顔に白い布がかけられた・・・物言わぬ秋子さんの姿であった。

結局祐一と名雪は秋子さんの最期を見取ることが出来なかったのだ。

その現実に祐一は呆然として秋子さんの亡きがらを見続ることしか出来ず、そして名雪は再び気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋子さんの葬儀は水瀬家ではなく斎場で執り行われた。

秋子さんの死にショックを受けた名雪が水瀬家での葬儀を断固として拒否したのだ。

これはなぜか?

 

 秋子さんがもうこの世の人間ではなくなったことは名雪も重々承知していた。

だが秋子さんという存在の痕跡は水瀬家には色強く残っていた。

それを水瀬家で葬儀するというのはその痕跡を自らの手で消してしまうような気がしたのだ。

祐一はそのことが理解できたので名雪の言葉に反対しなかった。

また秋子さんの姉にて祐一の母親も、そして近所の人たちも名雪の心情までは理解していなかったものの名雪の主張には反対しなかった。

これは個人の家で葬儀するよりも斎場での葬式の方がはるかに楽だったからだ。

とくに喪主を務めるべき名雪が未成年、しかも母の死でショックを受けて準備するのに支障をきたしそうなのだから当然といえば当然のことなのかもしれなかった。

 

 

 

 「・・・お母さん、こんなに冷たくなっちゃったんだね・・・」

名雪は死んでしまってもなお微笑み続ける秋子さんの顔をなで回しながらそうつぶやいた。

むろん、その言葉は誰に向けられたものではない。

しいていうならば名雪の思い出のなかにある秋子さんに対してであろう。

だから祐一は名雪に対して一言も言葉を挟むことは出来なかった。

ただ母親を亡くしたばかりの少女のそばに付き添ってあげることしかできなかった。

葬儀の準備そのものは専門家である業者が手際よく進めてくれる。

またその他の雑務は祐一の母親が間違いなく進めてくれる。

所詮未成年の若輩者である祐一にに出来ることなどたいしてなかったからだ。

 

 

 

 そんな二人を置き去りにして葬儀は順調に進んでいった。

近所の人たちや商店街のひとたち、そして友人が秋子さんとの別れを惜しんで集まってきた。

そしてしめやかに葬儀は営まれ、やがて儀式の大半は終了し残りは僅かとなった。

すなわち釘打ちの儀を執り行うのだ。

その前に名雪は秋子さんとの最後の別れを惜しむかのように冷たいその顔をなで続けた。

しかしここで進行を止めるわけには行かない。

祐一は名雪の手を取るとその行動をやめさせた。

それに対して名雪は全く反抗することなくおとなしく従った。

そこで葬儀社の人間が棺にふたをする。

そして喪主である名雪に釘を打つための小石を手渡した。

それを受け取った名雪は無表情のまま言われるがままに二回、小石を使ってくぎを打ち付ける。

続いて祐一の母、そして祐一、あとは祐一の父方の親戚、そして秋子さんの友人がその後に続いて釘を打つ。

後は秋子さんの亡きがらが納められた棺が火葬場へと運ばれて、火葬され、秋子さんの姿は思い出とともに骨だけになってしまうのだ。

 

 

 そしてとうとう秋子さんの眠っている棺を火葬場へと移すときがやってきた。

参列者はみなハンカチを手に、目に涙を浮かべながらその様子を見送っている。

そんな中、名雪は無表情のまま白木の位牌を持って先頭に立ち、次に遺影写真を持った祐一の母が、そして祐一と秋子さんの友人ら6人がで棺を運んで続き、霊柩車などに乗せた。

そしてけたたましいクラクションの終わりとともに霊柩車は葬儀場を後にし、火葬場へと向かった。

当然のことだが参列者たちもその後に続いた。

 

 

 

 火葬の前には納めの式が行なわれる。

納めの式とは火葬前にもう一度行う焼香のことだ。

それが終わるといよいよかまどに点火されることになる。

とはいえその様子は参列者には全く見ることが出来ない。

火葬時間は約1時間位かかる。

そしてその間、喪主や遺族は茶菓や酒で会葬者をもてなすことになっている。

しかし今の名雪ではそれをするゆとりはない。

祐一はそう言ったことは全て母に任せ、名雪と二人っきりで火葬が終わるのを待ち続けた。

しかしその間もずっと会話はない。

というよりも秋子さんが息を引き取ってからは全くと言っていいほど会話はしていないのだ。

それでも二人の心が分かり合ったあの時までの名雪に比べればずっとましだったが。

 

 

 

 一時間後。

火葬は全く支障なく終了した。

後は参列者一同が集骨室などに集まりお骨を拾うだけだ。

参列者はみな竹の箸 を持ち二人一組になって足の方から順に拾い上げいく。

祐一は母とともに最後の一歩手前でお骨を拾い、骨壷に納めた。

そして最後に名雪がのど仏の骨を拾い、骨壷に納めた。

 

 その後はいろいろあるのだが簡略化した形で精進払いということになった。

これは葬儀に参列した人たちのために宴をもうけて葬儀の労をねぎらうという目的を持っているのだ。

この席でも名雪は無言のまま。

ただ黙って箸を動かし続け、名雪の代役を祐一の母がつとめたのであった。

 

 

 

 

 そして全てが終わった後、祐一の母を含めた三人はタクシーに乗り水瀬家へと向かっていた。

車中、名雪は骨壷の納められた白木の箱を愛おしそうに撫でていた。

「お母さん・・・こんなにちっちゃくなっちゃったんだね・・・・。」

もはやそれは秋子さんとは呼べるような代物ではなかった。

純粋に単なる骨、かって、水瀬秋子という人物を構成していたもののなれの果てである。

しかしそれは愛娘にとっては関係ないことであった。

 

 やがて名雪は自分の感情を抑えられなくなったのであろう。

真新しい白木の箱にポタッ ポタッと涙が滴れ落ちた。

葬儀の間中、決して誰にも見せなかった涙。

これが緊張感が説けたと同時に名雪の中によみがえってきたのであろう。

そのことに気がついた祐一は名雪の肩を抱きしめた。

すると名雪は祐一の胸の中で泣きじゃくり始めたのであった。

 

 やがてタクシーは水瀬家へと到着した。

秋子さんにとっては事故にあって以来の帰宅ということになる。

それが例え無言の帰宅であったとしても・・・・。

 

 

 

 数日ぶりに水瀬家に戻った祐一は玄関の扉の鍵を開けた。

すると名雪は数日ぶりに我が家へと足を踏み入れた。

そこで祐一もその後に続こうとする。

だが祐一の母がその歩みを止めさせた。

 

 「祐一、後で重要な話があるから。」

「わかった・・・」

あまり良い話ではないことはわかっていた。

きっと今後の祐一と名雪の身の振り方についてであろう。

だが祐一にそのことについて口を挟む権限はない。

ただ少しでも名雪の為になることならば良いのだが。

祐一はそう思わざるを得なかった。

 

 そのとき水瀬家の中から名雪の悲鳴?がわき上がった。

あわてて祐一とその母は家の中に駆け込む。

まさかかもしれないが葬式を狙った泥棒が入り込んでいるかもしれないからだ。

だがそうではなかった。

リビングに駆け込んだ祐一の目に飛び込んできたのはそこに在るべくして、そして今や決して在るべき姿ではないものが存在していたからであった。

 

 

 

 

 

あとがき

 のっけからぼうに言いますと予定よりも長くなってしまいました。

葬儀のシーン、これは二年ほど前に亡くなった祖父の葬式を元にしているのですがいまいち思い出せないところがありまして。

ネットで調べたら葬式解説のようになってしまいました。

失敗失敗。

 ちなみに名雪の台詞ですがこれは喪主を務めた祖母の言葉です。

身内の葬式をネタにするなんて私もろくでなしですね。

 ちなみに今回まではプロローグ的存在。

次回から本格的に物語り?は展開します。

 

 

2001.07.29  参議院選挙の日に

 

 

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