雪月物語〜第01話

 

 

 

 

 「ふぅ〜、やはり無茶だったかな・・・・。」

相沢祐一は降りしきる雪の中、駅前のあのベンチで背中を丸めて座っていた。

すでにこのベンチに座ってからかなりの時間が経っていた。

祐一の頭や肩に積もった雪がそれを証明している。

だが待ち人は未だにやって来ない。

かなりの待ちぼうけを食らっているが・・・それでも祐一はここを離れる訳にはいかなかった。

 

 やがて降り積もる雪に反比例するように人影は見えなくなっていく。

まあ考えてみればもう終電になっているのだ。

またそろそろ終バスになるころでもあろう。

そんな駅前に人影がなくなるのは当たり前だ。

そもそもこんなところで人を待ち続けている祐一の方が酔狂というものだ。

それでも祐一は待ち人を・・・奇跡を待ち続けた。

 

 やがて・・・待ち人はやって来た。

 

 

 

 「・・・雪、積もっているよ。」

抑揚のないのんびりとした、それでいて聞き覚えのある声に祐一は頭を上げた。

するとそこには必死になって走ってきたのであろう、服のあちこち雪を被り、そして息を切らした少女が立っていた。

 

 「祐一・・・雪積もっている。」

「・・・お互い様だろ。おまえにもたっぷり積もっているぞ。」

祐一の言葉に今の自分の姿に気付いたのであろう、少女・・・水瀬名雪はちょっと驚いたような表情を浮かべた。

「・・・わっ、びっくり。本当だよ。」

名雪はそういうとはかなげに微笑んだ。

秋子さんが事故に遭ってから・・・・久しぶりに見た名雪の笑顔だ。

だがすぐに名雪の笑顔・・・その瞳から一滴の涙がこぼれた。

「ねえ祐一・・・・」

名雪の問いかけに祐一は寒さでこわばる顔を引きつらせながら笑った。

すると名雪は自分の気持ち・・・想いを確かめるかのように続けた。

 

 「わたし・・・やっぱり強くはなれないよ。」

「・・・・・」

「だから・・・・」

名雪はそこまで言うと祐一の肩に両手を置き、胸の内を全てさらすかのように言葉を絞り出した。

 

 「祐一に甘えてもいいのかな?・・・祐一のこと、支えにしてもいいのかな?」

「構わない。」

祐一は一切無駄のない言葉で名雪の思いに応えた。

もっとも寒さのせいであまり口が動かなかったのでこれだけで精一杯ということもあったが。

だが名雪にそんなことはわからない。

祐一の言葉に名雪ははかなげな笑顔を・・・少しだけ輝かせた。

 

 「・・・あの言葉、信じてもいいんだよね?」

「ああ。」

名雪の言葉に祐一はうなずいた。

すると祐一の肩に置かれた名雪の手に少しだけ力が加えられた。

「・・・わたし、消さないよ。だからずっと証拠残っているよ。・・・それでも本当にいいの?

わたしに約束してくれるの?」

「ああ、約束する。」

祐一はそう言うと笑い、そして続けた。

「もし約束を破ったら百花屋でイチゴサンデーおごる。」

 

 いつもならば問答無用でうなずく祐一の言葉に名雪は首を横に振った。

「ダメだよ。イチゴサンデーでも許してあげない。」

「それは絶対に破れないな・・・。」

「そうだよ。」

そう言うと名雪は目を閉じて・・・祐一に顔を近づけた。

「祐一・・・遅れたお詫びだよ。それと・・・」

名雪に応えて祐一も目を閉じた。

「わたしの気持ち・・・・。」

 

 そして二人の唇が触れ合った。

 

 

 「わたし、ずっと祐一のこと・・・」

七年間の想いが今、言葉として語られる。

「ずっと祐一のこと、好きだったよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人は肩を寄せ合い、雪の降りしきる中帰りはじめた。

彼らにはまだ待つべき人がいるのだ。

その人を待つのは駅前のベンチではない。

あの秋子さんの暖かさに包まれた水瀬家・・・そこだけだ。

だが二人はいまさら急ごうとはしなかった。

先ほどまでは寒くて仕方がなかったこの雪も・・・今は愛し合うもの二人にとっては

お互いのぬくもりを感じさせてくれるものだ。

だから二人はこの寒さにも関わらず・・・普段と同じようにゆっくりと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 だが・・・奇跡なんてやはりそう簡単に起きるものではなかった。

 

 

 水瀬家に戻った二人を待っていたのはけたたましく鳴り響く電話機であった。

そのことに気付いた祐一と名雪は顔を見合わせ・・・そして電話機の元へと駆け寄った。

祐一は名雪の気持ちを考えて受話器に手を伸ばした。

しかしその手を名雪はそっと止めた。

そして祐一の顔を見ると無言で首を横に振り、そして受話器を取った。

 

 「はい、水瀬ですが・・・。」

すると名雪は受話器の向こう側にいる人と会話し始めた。

残念なことに祐一にはその内容を全く聞き取ることができない。

ただ名雪を見守っているだけだ。

と名雪は突然口を手で覆うと立ちつくした。

そして名雪は、パタッっと倒れそうになる。

そんな名雪をあわてて祐一は抱きしめた。

だが名雪は完全に気を失っていた。

そして祐一の耳元に聞こえたのは受話器の向こう側の人間、秋子さんが入院している病院の人間からの知らせ

・・・すなわち「秋子さんの容態が急変した」というものであった・・・・。

 

 

 

 

あとがき

2万HIT記念SSというわけで新作発表です。

ちなみにこのネタ自体は三ヶ月ぐらい前に考えていました。

今回、やっと発表というわけ。

 

ちなみにSSの内容そのものについては次回以降にさせていただきます。

ネタバレしてしまうものですから。

 

(参考資料:「Kanon〜雪の少女」 著者:清水マリコ パラダイム出版 1999)

 

2001.07.27

 

 

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