「な、何なんだよ、これ……」
「どうした、名雪?」
名雪の独り言に祐一は反応し、振り返った。
そして名雪の顔を見た祐一は思わず絶句した。
いつも脳天気な名雪の顔が蒼白、ガタガタと震えていたのだ。
「ど、どうしたんだ?」
すると名雪は震える手で一枚の紙を差し出した。
「こ、これ……」
「どれどれ?」
するとそこにはとんでもないことが書かれていたのだ。
「こ、これは!?」
「ゆ、祐一…これどういうこと?」
「し、知るか……」
「…だよね……」
「…秋子さんに確認してみたらどうだ?」
「うん……」
「ただいま〜」
「…お帰り……」
「お帰りなさい…」
仕事から帰った秋子さんを名雪と祐一は玄関で出迎えた。
しかし先ほどの衝撃のせいであろうか。二人とも声・表情ともに暗い。
そのあまりに暗さに秋子さんは心配そうな顔をした。
「名雪に祐一さん、二人とも何かあったの?」
「…お母さんに聞きたいことがあるんだよ」
「私に?」
「うん」
「祐一さんも?」
「…ええ」
二人の返事に秋子さんは頷いた。
「わかったわ。でもちょっと待ってね。着替えてくるから」
「うん…」
「聞きたいことって何かしら?」
いつものカーディガン姿になった秋子さんは二人の前に座ると、そう尋ねた。
すると名雪は無言で一枚の紙を秋子さんに差し出した。
「これを見ろってことかしら?」
そう言いながら秋子さんは受け取ると、ちらっと紙に視線をやった。
「あら、戸籍謄本ね。これがどうかしたの?」
「…これ…どういうことなの?」
「どういうことって?」
名雪の言いたいことがさっぱりわからない。
そんな感じで聞き返した秋子さんに、名雪は叫んだ。
「お母さんが28歳ってどういうことなんだよ!?」
そう。秋子さんの生年月日が197×年だったのだ。
だが名雪に問いつめられた秋子さんは平静だった。
「どういうことって言われても…文字通りよ?」
「…秋子さんは28歳ということですか?」
「ええ、そうよ」
祐一の質問に頷く秋子さん。
すると名雪は無表情のまま頷いた。
「…そう……わかったよ……お母さんはわたしのお母さんじゃないんだね」
すると秋子さんはきょとんとした。
「何でそうなるのかしら?」
「何でって……お母さん、わたしを何歳だと思っているの?」
「誕生日はまだだから17歳よね」
秋子さんの言葉に名雪はこくんと頷き、そして叫んだ。
「28歳のお母さんに17歳の娘がいるはずないよ!!」
「そう?」
「そう…ってお母さん、とぼけるのはいい加減にしてよ!!」
「別にとぼけてなんかいないわよ」
「それじゃあ何。お母さんはわたしを11歳で産んだ言うつもり!?」
苛立ったように叫んだ名雪。
すると秋子さんは頷いた。
「ええ、そうよ。戸籍の方にも養女って書いてないでしょ」
「「……えっ!?」」
名雪と祐一は思わず戸籍に目をやり、そして呆気にとられた。
「…わたしを11歳で産んだって言うの?」
「ええ、そうよ」
「…冗談じゃなくて?」
「こんなことで冗談言わないわよ」
「…本当?」
「あらあら、今日の名雪は妙に疑り深いわね」
「…疑わない方がどうかしているよ!」
「それじゃあ話してあげるわね」
そう言うと秋子さんは名雪や祐一が生まれる前のことを話し始めた。
「お兄ちゃん……」
「秋子、可愛いよ」
「うれしい……あっん! ごめんね。私むねちっちゃくって」
「そんなことはないよ。とってもきれいだ」
「はぁあん!!」
「最高だよ、秋子」
「はぁはぁ、お兄ちゃんお兄ちゃん……」
「…秋子、もういいかい?」
「…うん。来て、お兄ちゃん」
「痛いと思うけど我慢するんだぞ」
「うん。私我慢するよ」
「ちょっと待つんだよ!!」
秋子さんの昔話が始まってすぐ名雪は叫んだ。
「なんでそんなエロ話になるんだよ!!」
すると秋子さんは困ったような表情を浮かべた。
「そんなこといわれても…名雪の製造年月日だし」
「せ、製造年月日って……。それにお兄ちゃんってどういうこと!?」
「だってあの人、私よりも12歳年上だったんだもの。いつもそう呼んでいたっけ……」
そう言ってどこかと奥の方を眺めるような表情を浮かべる秋子さん。
だが名雪は自らのアイデンティーに関わるだけに必死だった。
秋子さんの肩をつかむと、ひしと迫る。
「それじゃあわたしのお父さんは11歳のお母さんとHしたっていうの!?」
「名雪を産んだのが11歳よ。あの人と結ばれたのは10歳の時」
「だぉ〜!?」
思わず名雪は絶叫した。
何も覚えてはいないが父は父。それなりに淡い思いを抱いていたというのにまさか…。
正直信じたくない事実に名雪は叫んだ。
「それって何かの冗談だよね!?
わたしはどこかの橋の下でお母さんが拾ったんだよね!?」
しかし己の腹を痛めて産んだ娘の言葉に秋子さんは不満げな表情を浮かべた。
「名雪は私が産んだ子よ。間違いないわ」
「し、信じないんだよ!!」
「…私が産んだのがそんなに不満?」
「お母さんが11歳で産んだっていうが問題なんだよ!!」
「昔は10歳・11歳で結婚してすぐに子供を産むことなんか珍しくなかったのよ。
ギネスブックにだって10歳以下の出産記録が載っているし。とくに支障はないでしょ」
「おおありだよ!!」
名雪は叫んだ。
「そ、それじゃあまるでお父さんがロリとかペドだよ!!」
「あら、名雪はそんなことでお父さんを嫌うの?」
「否定しないの!?」
秋子さんの言葉に再び名雪は叫んだ。
「だってあの人『秋子の胸はこぶりで可愛いな〜♪』とか『いつか秋子にも毛が生えるんだよな。はぁ〜』
とか『ランドセル最高!!』って言っていたもの」
「!!!!」
「わ、わたしもう笑えないよ……」
「気を確かに持つんだ、名雪!!」
秋子さんの話を聞き終えて自分の部屋に戻ってきた名雪は完全に自分の殻の中に閉じこもってしまっていた。
その気持ちはわからないでもない。しかしそれが何になるというのだ?
過去にとらわれてしまっては何も出来ないではないか。
必死で名雪を励ます祐一。すると名雪はうつろな視線で顔を上げた。
「出て行って…わたし誰とも会いたくない……」
「まあ落ち着けって。そりゃあ秋子さんの話がショックなのはわかるが」
「出て行ってよ!!」
秋子さんの名前が出たとたん、名雪の声のトーンは跳ね上がった。
「戸籍のこと、詳しく問いつめたりなければよかった。
もしかしてわたし、お母さんの娘じゃない?って悩んでいた方がまだましだった……」
「名雪……」
「出て行ってよ、祐一!!」
「名雪!!」
祐一は耳をふさごうとする名雪の腕をつかみ叫んだ。
「そりゃあ叔父さんがロリでペドだったのがショックなのはよくわかる。
しかし逃げたからってそれがいったい何になるっていうんだ!?」
「…祐一は無関係だからそんなことが言えるんだよ!!」
名雪は心からの叫び声をあげた。
「だってロリでペドなんだよ!? 10歳のお母さんとやるような人だったんだよ!?
わたしはそんな変態の血を引いているんだよ!? もうお終いだよ……」
「名雪……」
かける言葉のない祐一。
すると名雪はすすり泣きながら呟いた。
「ダメなんだよ……わたし、もう笑えないよ……」
「………」
「笑えなくなっちゃったよ……もうがんばれない…もう強くなれない……お父さんがロリでペドだったなんて……
みんなに笑われちゃうよ…うぅぅぅ……」
泣き崩れる名雪に祐一は俯き、黙り込んでしまう。
しかしやがて意を決したかのように顔を上げると名雪に話しかけた。
「名雪」
「…なんだよ?」
「おれには奇跡をおこすことはできないけど……でも、名雪の出自を笑ったりしない。
約束する。名雪が親父さんのことで愚痴りたくなったら俺が愚痴を聞いてやる」
「祐一……」
「だから自分ではどうしようもないことを気に病むな」
「わぁああん!! 祐一〜!!」
祐一の胸に飛び込み、号泣する名雪。
一見、感動的な場面であるが
(なんか間抜けだな)
そうは思わずいられない祐一であった。
あとがき
久しぶりの短編ですが……うまく落ちませんでした。
ちょっと心残りです。
2003.02.03