その日、七人の少女達がとある住宅街を歩いていた。
彼女たちは皆一様に嶮しい表情を浮かべている。
彼女たちはみなあることで紳士協定を結んでいた。
それはある人物を巡って抜け駆けは無し、というものであった。
そして今日、彼女たちは紳士協定に則って、とある人物と接触することにしていたのだ。
やがて一軒の家の門の前に彼女たちは立ち止まった。
そして彼女たちは皆それぞれの顔を見合わせる。
やがてその中で一番の笑顔を浮かべていた少女が口を開いた。
「あははは〜、ついに着きましたね。みなさん、覚悟はよろしいですか?」
すると残りの少女達はコクコクと頷いた。
「はちみつくまさん。」
「うぐぅ、分かったよ。」
「あうぅ〜。」
「はい。」
「分かっているわ。」
「・・・準備完了です。」
同士達の覚悟を見て取った少女はその家の呼び鈴を押した。
ピンポ〜ン
その家の中から呼び鈴の鳴った音が響いてくる。
やがて玄関の扉が開くと一人の女性が顔を出した。
柔和な顔立ちに三つ編みにした美しい髪。
そう、この家は了承の秋子こと水瀬秋子の自宅なのであった。
ちなみに現在この家には彼女の娘と甥が一緒に住んでいる。
「「「「「「「どうもこんにちわ!!」」」」」」」
七人の少女達の言葉に秋子さんはニッコリ微笑んだ。
「あらみなさん、いらっしゃい(微笑)。」
相変わらずの年齢不詳の笑顔に七人の少女達は思わず目を奪われた。
(相変わらず若いわね・・・)
(うぐぅ、秋子さんって一体幾つなんだろう?)
(あはははは〜、若くてうらやましいです。)
(・・・美しい)
(本当に何歳なんでしょう?不思議です。)
(あうぅ〜、なんかみんなの様子が変〜。)
(一体どうやってこの美しい肌や体型を維持しているのでしょう?)
すると秋子さんは頬に人差し指を当てて微笑んだ。
「あらあら、みんなこんなおばさんにそんなことを言っても何も出ませんよ♪」
とは言いつつも秋子さんは何だかうれしそうだ。
そして秋子さんの言葉を聞いた七人の少女達は驚愕に目を見開いた。
(((((((何で心に思ったことが秋子さんに伝わるの!?)))))))
水瀬家に上がった七人の少女達はリビングに案内された。
するとそこにはケロピーを隣に何かを見ている名雪の姿があった。
「名雪、遊びに来たわよ。」
とりあえず親友の香里がそう声を掛けると名雪は顔を上げた。
そしてぱっと表情を輝かせた。
「みんな、来てくれたんだ。いらっしゃい〜。」
そこへリビングを見渡していた栞が名雪に尋ねた。
「あのう〜すいません。祐一さんはどちらに?」
すると台所から顔を出した秋子さんが答えた。
「祐一さんなら今、買い物に行って貰っているんです。お昼過ぎぐらいには戻りますよ。」
その言葉を聞いたあゆ・真琴・舞は目に見えるように落胆した。
「うぐぅ、祐一くんいないんだ〜。」
「あうぅ、復讐してやろうと思っていたのに〜。」
「・・・祐一、いない・・・」
まあ肝心要の祐一がいないのでは紳士協定も何の意味もなさない。
そこで少女達はリビングで祐一が帰ってくるのを待つことになったのであった。
「名雪さん、かわいいですね。」
佐祐理さんは手にしているアルバムを見ながらそう言った。
すると舞はコクコク頷いた。
「はちみつくさん。」
「はちみつくまさんって何ですか?」
舞の聞き慣れない言葉に栞が聞き返すと佐祐理さんはあはははと笑った。
「それはですね、はいっていう意味なんですよ。」
「あうぅ〜、なんでそれがはいになるのよ〜。」
「本当だよ。とくにこの三つ編みなんかかわいいね。」
横からアルバムをのぞき込んだあゆがそう言うと名雪はうれしそうな顔をした。
「ありがとう、あゆちゃん。私も気に入っていたんだ。」
「それじゃあ何でやめたのかしら?」
香里がそう聞くと名雪は寂しそうな表情を浮かべた。
「・・・ちょっとね。」
その時、突然驚きの声が上がった。
何事かと思い、名雪と香里とあゆが振り返るとそれはアルバムをのぞき込んでいた五人の少女たちの声であった。
「あははは〜、秋子さんてこの頃から変わっていませんね〜。」
「あうぅ〜、なんで十数年間も容姿が変わっていないのよ〜。」
「秋子さん、いつまでも若くてうらやましいです。」
「・・・若い」
「昔と容姿が変わらないなんて(世の女性にとって)こんなに酷な事はないでしょう。」
五人の少女たちが目にしていたのは秋子さんが生まれたばかりの名雪を抱きかかえているところを撮った写真であった。
たぶん名雪が生まれてすぐに撮影した物であろう。
それ自体は決して珍しい物ではなかったのだがその写真に写っている秋子さん。
その姿が今と全く変わらない、いやむしろ写真よりも今の方が若く見えたからなのだった。
そのことに気が付いた名雪はいつものようにたおやかに微笑みながら言った。
「ああ、お母さんのこと?不思議だよね。そのころから全く変わっていないんだもの。」
それに対して香里は呆れたように言った。
「名雪ってそれだけなのね。その若さの秘密とか知らないの?たとえば遺伝とか・・・」
すると名雪は首を振った。
「別に遺伝っていうわけじゃないみたいだよ。おばあちゃんも伯母様(祐一の母)も年相応の外見だし。
第一、遺伝だったら私、ここまで育てないよ〜。」
「それもそうね。」
「はい、確かに。」
「あははは〜、納得ですね〜。」
その場に居合わせた三人の才女たち(佐祐理さん・香里・美汐のこと)はそう頷いた。
それに対して全く理解していないあうぐぅは情けない声をあげた。
「うぐぅ、ボク分からないよ〜。」
「あうぅ、美汐教えてよ〜。」
だが誰もこの二人に教えようとはしなかった。
それよりも重要な事を彼女たちは知りたかったからである。
「・・・名雪、秋子さんが他の親族の人と全く違うことをやっている、というような事分からない?」
たぶんそれこそが秋子さんの若さの秘訣と考えた香里は名雪に尋ねてみた。
そう言われて考え込んだ名雪はピキッと硬直し、そして青ざめた。
そして慌てて立ち上がると叫んだ。
「ごめん、みんな!!わ、私用事を思い出したからちょっと出かけてくるね!!!」
そう言い放つや名雪はいつものとろい様子は何処に行ったのやら脱兎の勢いでそのまま玄関を飛び出し、何処かへと消えた。
(ごめん、みんな。でもお母さんのあれには逆らえないんだよ〜。)
「・・・水瀬さん、どうなされたのでしょうか?」
美汐の言葉に他のみんなは首を傾げた。
いや、一人だけ名雪の態度に顔を青ざめ、硬直した人物がいた。
「お姉ちゃん、どうしたんですか?具合でも悪いの?」
栞の言葉に香里はふと我に返った。
「な、何でもないのよ!!!!」
だがその様子は誰がどう見ても何でもないようには見えなかった。
そこで栞がもう一度尋ねようとすると香里はさっきの名雪のように立ち上がると叫んだ。
「私も用事を思い出したの!!!悪いけど先に帰るわね!!!」
そして当然のごとく香里は水瀬家から消えた。
(栞・・・貴方を見捨てたお姉ちゃんを許してね・・・・)
「あははは〜、お二人ともどうしたんでしょうね?」
「・・・わからない。」
「お姉ちゃん、どうしたんだろう?」
「うぐぅ〜、嫌な予感がするよ・・・」
「あうぅ〜、美汐一体なにが起こっているの?」
「私に分かるわけがありませんよ、真琴。」
取り残された少女たちはそう騒いでいたものの「まあ良いか」という結論に達した。
なんせライバルが二人、永遠の若さ?の方法を手に入れないというのならそれで全然OKだったからである。
そこへ秋子さんがお茶とお菓子を持って現れた。
「あら?名雪と香里ちゃんはどうしたの?」
人数が欠けていることを不審に思った秋子さんはその場にいた少女たちに尋ねてみた。
しかし彼女たちは名雪と香里が去る際に残した言葉しか秋子さんに伝えることは出来なかった。
なので秋子さんは首を傾げた。
「二人ともどんな用事があったのかしら?まあいいわね、それよりどうぞ♪」
秋子さんが紅茶と自家製クッキーをテーブルの上に置いたのでその話はその場で立ち消えになった。
一通りお茶も終わったところでとうとう少女たちは秋子さんに尋ねてみた。
「あの〜、すいません。秋子さんにお聞きしたいことがあるんですが・・・」
栞がそう切り出すと秋子さんは首を傾げた。
「あらあら、一体何なのかしら?」
「実は・・・・」
そして少女たちは秋子さんの若さの秘密というか秘訣を尋ねてみたのであった。
少女たちの話を聞き終えた秋子さんは真剣な表情を浮かべていた。
そしてきっと結んでいた口を開くと秋子さんは少女たちに覚悟のほどを尋ねてきた。
「あなた達・・・、どうしても知りたい?」
「「「「「「はい(はちみつくまさん)。」」」」」」
六人の少女たちの決意を確認した秋子さんは大きく頷くとリビングを出、台所へと歩いていった。
それから数分後、秋子さんは食パンを一斤と一つの瓶を運んできた。
どうやら食パンは秋子さん謹製らしい。
焼きたてでポカポカと湯気を放っており、非常においしそうである。
そして瓶の中には名雪と香里が逃げ出した原因となるあれが詰まっていた。
当然のことながらその驚異を知らない六人の少女たちは期待で目を輝かせている。
「これがそうなんですか?」
美汐の言葉に秋子さんは頷いた。
「ええ、そうですよ。これが私の若さの秘訣です♪」
その言葉を聞いた六人の少女たちは心の中でそれぞれ色々な事を思った。
(あははは〜、これで祐一さんは佐祐理のものです♪)
(・・・佐祐理には負けない。)
(お姉ちゃん、申し訳ないですけど祐一さんは頂きます。)
(これで祐一くんのはぁとはボクのものだよ。)
(これで祐一さんにおばさんくさいなんて言わせませんよ。)
(これで祐一にぎゃふんって言わせてやるんだから!!)
それぞれの思惑はどうあれ、着実に彼女たちの身に危機は迫りつつあった。
秋子さんにそれぞれ好みの厚さに食パンを切って貰うと少女たちはみなたっぷりと、それはもうなみなみとオレンジ色のジャムを塗りたくった。
名雪や香里がこの場に居合わせたら見ただけで失神してしまうほどに・・・。
そしてみな
「「「「「「頂きま〜す!!!」」」」」」
と元気よく叫ぶとパクリとかみついた。
その時、時間が止まった。
(うぐぅ〜!!こ、これ何なの!?)
(あうぅ〜!!ま、真琴ここれ嫌い〜!!!)
(こんな物を食べろだなんてそんな酷な事はないでしょう。)
(・・・す、すごい・・・・)
(あははは〜!!こ、これは一体何なんでしょう!?)
(お姉ちゃん・・・・これのこと知ってて逃げたんですね・・・・、酷いです・・・)
頭の中でそれぞれ謎ジャムについて思ったことは別にして舌にぴりぴり来る(毒物か?)、呼吸が止まる物を全て飲み込むと彼女たちは必死になって言葉を絞り出した。
「あ、秋子さん・・・こ、これ食べれば本当に・・・・若いままでいられるの?」
「あ、あははは・・・。さ、佐祐理も聞きたいです・・・・」
「はちみつくまさん・・・・」
「あうぅ〜!!」
「・・・・ぜ、是非お聞かせ願いたい物です・・・・」
「あ、秋子さん・・・こ、これは一体何のジャムなので・・・?」
すると秋子さんは女神のような慈愛にが溢れた笑顔で言った。
「栞ちゃんの質問については企業秘密ということで。その他のみなさんの質問に関して言えば間違い有りませんよ。」
その言葉を聞いた少女たちは永遠の若さほしさに必死に謎ジャムがたっぷり付いたパンを食べたのであった。
「うぐぅ〜、ようやく食べ終わった・・・・・・・」
このあゆの一言がこの場に残っていた少女たちの心情全てを言い表していた。
それでも何とか謎ジャムを食べ尽くした少女たちは放心しつつもその表情は明るかった。
これで永遠の若さを手に入れた、そう思えば一瞬の苦痛など物でもないのだ。
もう二度とオレンジ色の何かを食べたいとは思っていなかったが。
「こ、これで永遠の若さが手に入ったんですよね・・・?」
栞がそう尋ねると秋子さんは頷いた。
そして彼女たちを地獄へとたたき落とす、会心の一言を言ってくれた。
「ええ、そうですよ。後は毎日同量食べ続けている間はお肌もプロポーションの今のままですよ、というわけでお土産にジャム、差し上げますね。」
秋子さんのその言葉を聞いた少女たちは一斉に勢いよく首を横に振った。
「い、いいです!!やはり永遠の若さなどという不自然な物を追い求めてはいけません!!!!」
「そ、そうだよ。第一ボク、胸をもっと大きくしたいんだよ!!!」
「あ、あゆさんの言うとおりです。もっと大きい胸にしませんと!!!」
「ま、真琴も!!!」
「あははは!!!佐祐理も同感ですよ〜!!!」
「はちみつくまさん!!!」
そう言い放つや少女たちはみな、水瀬家を飛び出したのであった。
そして後には名残惜しそうに謎ジャムを見つめる秋子さんが一人、残されたのであった。
P・S
みんなを見捨てた名雪と香里の二人はこの後、たい焼きと肉まんとバニラアイスと牛丼をたっぷり奢らされる羽目になったのであった。
あとがき
とりあえず謎ジャムをテーマに書いてみました。
Kanon−SS書きの身としては避けては通れない道ですから。
でも上手く書けたかな?
自分としてはかなり心残りの出来映えになってしまいました。
もう一度、トライしてみたいです。
2001.05.20