子守歌
 




 
 
 その日、水瀬家の居候こと相沢祐一が帰宅すると一人の人間が増えていた。

その人間は居間のソファーにいた。

祐一の顔を見ても挨拶一つしてこない、しかも完全に無視している様子なのだ。

むっとした祐一はそいつのそばに近寄るとじっとにらみ、そして声を掛けた。
 
 
 「おい、貴様は一体なにものだ?」

しかしそいつは何一つ答えようとはしない。

いや、性格には何か言っているというかうめいているのだが言語としては意味不明で何を言っているのか分からないのだ。

「・・・なかなか良い根性だな。」

自らの凄み等が通じない祐一は思いっきり挫折感を味わっているとそこへ彼のいとこにして恋人の水瀬名雪が現れた。
 
 

 「あれ〜?祐一帰っていたんだ〜。」

「ああ、今帰ったところだ。」

名雪の言葉に祐一はそう応え、そして名雪に尋ねてみた。

「名雪、ここにいるこいつは一体何者なんだ?」

すると名雪は何でもないことを応えるかのように平然と言った。

「私と祐一の間に生まれた子供だよ〜。」

「嘘つけ。」

祐一はすかさず言った。

お腹が大きくなってもいないのにいきなり子供など産むことは出来ない(心当たりはあるらしい)。

名雪も冗談は続けるつもりはないようですぐに笑いながら本当のことを言った。

「お隣の公ちゃんだよ〜。」

「お隣のって西崎さんか?」

すると名雪は頷いた。

「うん、そうだよ。なんでも西崎さんの奥さん、昼間用事があるとかで困っていたんだって。」

「・・・それでこいつをうちで預かることにしたのか?」

祐一は再び視線を西崎さんちの公ちゃんに向けた。

すると公ちゃんは祐一の視線に気が付くことなくスヤスヤと眠りこけていた。
 
 

 「なあ名雪・・・。」

「何?」

「公ちゃんとお前って良い勝負だよな。」

祐一の言葉に名雪は首を傾げている。

何が言いたいのか皆目見当も付かないのであろう。

そこで祐一は優しくかみ砕いて説明した。

「お前と公ちゃん、どっちがよく寝るんだ?」

祐一のその言葉を聞いて名雪はようやく理解し、そして頬をふくらませた。

「祐一イジワルだよ〜。第一公ちゃんは赤ん坊なんだからよく寝るのは当たり前だよ〜。」名雪の一言を聞き、祐一は笑った。

「つまりお前の方が勝っているというわけだな。」

「祐一、嫌い。」
 
 
 怒らせてしまった名雪をなだめるのに祐一は名雪に三杯のイチゴサンデーをおごる羽目になってしまった。
 


  「うぅぅ〜、今月の財務情勢、無茶苦茶厳しいぜ・・・・。」

財布の中身をのぞき込みながらそうつぶやく祐一に名雪は笑った。

「祐一があんな事を言うからいけないんだよ。」

「分かっているわい。」

祐一は不機嫌そうにつぶやくとソファーに腰を下ろし、テーブルに置かれていたテレビのリモコンに手を伸ばした。

そして何気なくスイッチを入れる。

といきなりテレビから大爆発音が鳴り響いた。

テレビの画面の中ではなにやら戦争映画を放映していたらしい。
 

 「うっくうっくうっく。」

突然の大音量に公ちゃんはしゃくり上げ始めた。

それに気が付いた名雪が慌てて祐一に小声で、それでいてよく通る声で叫んだ。

「祐一!!すぐにチャンネル変えて!!!」

名雪の言葉にあわてて祐一はチャンネルを変えた。

すると今度そこから流れてきたのはけたたましい音であった。

祐一も名前ぐらいは知っているような有名バンドのライブの中継である。

今頃はきっと多くのファン達が目を輝かせながらその音色や歌声に感動していることであろう。

しかし興味のない人間には所詮騒音でしかない。

赤ん坊である公ちゃんはきわめて原始的というか動物的音感の持ち主なので当然の事ながらこの音楽は騒音としか感じなかったようだ。

それもとっびっきりイヤな音であったらしい。

けたたたましい声で泣き始めた。
 
 
 「あ〜あ、泣いちゃったよ。」

名雪はため息をつくと祐一をぎろっとにらみつけた(あくまでも名雪の観念で。端から見るとかわいい)。

「わ、悪かったよ・・・・。」

祐一もさすがに自らの非を認め、名雪に謝った。

すると祐一の言葉を聞いた名雪は仕方がないな〜といった表情を浮かべると公ちゃんを抱きかかえた。

そして泣いている公ちゃんをあやし始める。

「ほらほら、公ちゃん。良い子ですね〜。」

だがそんな名雪の言葉など公ちゃんは耳を貸そうともせずに泣き続ける。
 


 「泣きやんでくれないよ〜。」

いくらあやしても泣きやんでくれない公ちゃんに名雪は思わず悲鳴をあげる。

そこで祐一は名雪にアドバイスした。

「お腹が空いているんじゃないのか?」

だが名雪はそんな祐一の言葉に首を横に振った。

「うんん、違うよ。だって30分前にミルクあげたんだから。」

「じゃあおしめはどうだ?」

「あ、そっか。わかった、確認してみるね。」

そう言うと名雪は公ちゃんのおしめを確認した。

しかしそこには大きいのも小さいのも何の形跡も残っていなかった。
 
 
 「うぅぅ〜、一体何なんだろう?」

当然の事ながら一人っ子の名雪には弟や妹の面倒を見た事など無く何をどうしたらいいのか見当も付かない。

それは祐一も全く同じ立場ではあったが。
 
 

 「秋子さんに頼んでみたらどうだ?」

祐一はとりあえず名雪にそう提案した。

女手一つで名雪をここまで育て、そして料理・洗濯・掃除等家事万能な秋子さんなら子育ての一つや二つ、何でもないであろうと思ったのだ。

だが名雪は首を横に振った。

「お母さん、今買い物に出かけちゃっているよ。」

「何だと〜!!それじゃあ俺たちでこいつを何とかしなくっちゃいけないのか?」

「こいつじゃなくって公ちゃんだけどそうだと思うよ。」

祐一は心底困り果て、思わず頭を抱えた。

「くそー、こいつが泣くからいけないんだ!!」

その祐一の言葉を聞いた名雪は祐一に冷たい視線を向けた。

「・・・祐一が大きな音でテレビを見るから公ちゃん泣いちゃったんだけど。」

「俺が悪いのか?俺が?」

「うん。」

名雪は祐一の問いかけにあっさいと頷き、祐一はがっくりうなだれた。
 
 
 
 「ところで本当にどうすればいいんだ?」

「どうしたら良いんだろうね、祐一?」

泣き始めてから十分近くたっても泣きやまない公ちゃんに祐一と名雪はホトホト困り果てていた。

近所迷惑だろうし何より信頼して預けていった西崎さんに対して申し訳なかったのだ。

二人はけたたましい公ちゃんの泣き声をBGMに考え込む。

やがて祐一はある考えを思いつき、ポンと手を打った。

「どうしたの、祐一?」

名雪の言葉に祐一は会心の笑みを浮かべ、そして言った。

「子守歌をこいつに聴かせるんだ!!そうすればきっとスヤスヤと眠ってくれるはずだ。」

祐一の言葉に名雪も頷いた。

「それは良い考えだよ、きっと。」
 
 
 
そういうわけで名雪が公ちゃんに子守歌を歌ってあげることになった。
 
 

 「・・・・・・・。」

「どうしたんだ?」

いつまで経っても歌い出そうとしない名雪に不審を覚えた祐一は名雪に尋ねてみた。

すると名雪は祐一が予想だにしていなかった事を言った。

「・・・祐一、私子守歌知らない・・・・。」

「へっ!?」

名雪の言葉に祐一は思わず間抜けな声で聞き返してしまった。

子守歌を知らないという言葉を全く予想していなかったからだ。
 
 
 「・・・何で子守歌を知らないんだ?」

祐一が尋ねると名雪は首を傾げた。

何で知らないのか?という理由に思い当たる節がなかったのだろう。

考え込む名雪をじっと見ている祐一の背後から突然声を掛けられた。

「それはですね、祐一さん。」

「おわっつ!!!」

突然聞こえてきた声に驚いた祐一が振り返るとそこには買い物袋を下げていた秋子さんがいつものにこやかな笑顔で立っていたのだ。

そして秋子さんは続けた。

「名雪が子守歌を知らないのは無理もないわね。だって私、名雪に一度も歌ったことないもの。」

秋子さんの言葉を聞いた名雪はガァ〜ンとショックを受けたような顔をした。

「お、お母さん!!私に一度も子守歌を歌った事がないってどういう事?」

名雪の問いかけに秋子さんは名雪を知る者ならば誰でも納得する事情を話してくれた。

「だって名雪って小さい頃から寝付きが良くってね、何をしないでも寝てくれたから。」

秋子さんの言葉に祐一はなるほどと頷いた。

「確かにそうですね。名雪にはわざわざ子守歌を歌わなくてもよく寝てくれたでしょういしね。」

そんなことを話している二人に名雪の抗議の声が届いた。

「二人とも酷いこと言っているよ〜。」
 
 

 「それじゃあ公ちゃんを寝かしつけてあげましょうね。」

その場が一段落したところで秋子さんはそう言った。

ちなみに泣き出して十五分以上経つというのに公ちゃんは未だに泣き続けている。

「祐一さん、私が買ってきた食材、冷蔵庫にしまって置いてくれませんか?」

「わかりました、そうしますよ。」

祐一は秋子さんの頼みを快く承諾した。

この場に残っても自分が役に立つとは思えなかったからだ。

だから祐一は買い物袋を手に取ると居間を出て台所へ向かった。

その祐一の背後からは秋子さんの美しい、そして落ち着きのある子守歌が聞こえてきたのであった。
 
 
 
 「片づけ終わりましたよ。」

冷蔵庫に全部食材を片づけた祐一が居間に戻ってくると秋子さんはもう子守歌を止めていた。

泣き続けていた公ちゃんは名雪の腕の中でスヤスヤと眠っており、そして名雪は公ちゃんを優しく抱きながらやはり眠っていた。

その姿があまりにもはまっているというか名雪が本当に母親になったようだったので祐一は思わず見とれてしまった。

何となく二人の将来を思い浮かべてしまったのだ。

というわけでニヤニヤしている祐一に秋子さんが笑顔で話しかけてきた。

「どうです祐一さん、早く子供作ってみませんか?私早く孫の顔が見たいんですけど。」

秋子さんの言葉に祐一は思わず噎せ返った。

「な、何をいうんですか、秋子さん!!!」

「静かにしてください、祐一さん。二人が起きてしまいますよ。」

そこで祐一は声を潜めて言った。

「・・・ちょっと気が早いのではないでしょうか?俺たちまだ高校生なんですが。」

「そうですか・・・、残念です。」

祐一の答えに秋子さんは肩を落としてとぼとぼと居間を出ていった。

・・・どうやら本気だったらしい。
 
 
 秋子さんも出ていったことだし祐一も居間を出ることにした。

眠っている公ちゃんを起こさないように静かにそっと部屋を出る。

と居間のドアを開けたところで祐一は振り返った。

そして小さな声でささやいた。

「名雪・・・いつか俺たちの子供にも子守歌、歌ってやろうな。」

そしてそのままドアを閉じて自分の部屋へと戻っていた。
 
 
 だから祐一は名雪が

「うにゅ〜、了承だよ〜。」

と寝言で返したのを知らない。もちろん眠っている名雪本人も。
 
 
 
あとがき
 またまたなゆちゃんSSです。

いい加減別のキャラ書いてみたいな〜。

でも私はまだkanonをプレイしていないから他のキャラ、つかんでいないだよね。

DC版「kanon」、買ったから早くプレイしたいものです。
 
 ちなみに始めこの話、実子でやるつもりだったんです。

でも何となく変だったからお隣の子供を預かるという展開に。

ところでゲーム内ではお隣さんの設定、ありませんよね?
 
2001.04.29
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