悪夢〜絶望の光景(笑)
















 
 
 
 21世紀初頭、人類はついにヒトゲノムの解析に成功した。

これによって人類は大半の病気を駆逐した。

むろん風邪やなにやらウィルス・細菌が原因の病気は無理であったが癌やその他の疾患では人類は死ぬことが無くなっていたのであった。

これら駆逐された病気の中には抗体による過剰反応の結果引き起こされるアレルギーも存在していたのであった。

これから語る物語はその医学の発達によって引き起こされた新たな問題について語りたいと思う。
 
 
 
 
 
 「ねーこねーこ♪」

通学途中、塀の上にいた猫を見て寝ぼけ娘こと水瀬名雪は目を輝かせた。

そしてふらふらとまるで何かにとりつかれたかのような足取りで猫に近づいていく。

「おい、止めるんだ名雪!!お前はネコアレルギーだろうが!!」

相沢祐一こと俺の言葉を聞いた名雪ははたと我に返った。

「・・・祐一、私のネコアレルギー覚えていたんだ・・・」

「ああ、今思い出した。」

俺は七年前の出来事を思い出しながら頷いた。

「そっか・・・思い出してくれたんだ〜。」

「・・・ああ。それにしてもすまなかったな。」

俺の突然の謝罪に名雪はキョトンとした表情を浮かべた。

「突然どうしたの、祐一?」

「・・・ネコアレルギーの薬が開発されてお前だってネコが飼えるようになるさって言っただろ。」

「うん。でもまだ私諦めていないから。」

「・・・そうか。」

「うん、きっと二十年ぐらい先には私もきっとネコが飼えるようになっているよ。」

「そうなると良いな。」

俺の言葉に名雪は「うん」と微笑んで頷いたのであった。
 
 
 
 

 そしてそれから二十年あまりの月日が流れた・・・・。
 
 
 
 
 「・・・ただいま・・・・」

すっかり仕事にくたびれて帰ってきた相沢祐一は玄関のドアを開けた。

すでに高校を卒業して二十年あまり。

大学を卒業して就職、結婚、そして子供もいる。

そんな人生経験をも積み、完全に中年おっさんに成長していた祐一でさえ思わず目を疑いたくなるような悪夢のごとき光景が待っていた。
 
 



 にゃぁー にゃー にやぁー
 
 


 そこには長毛・短毛、血統書付き・雑種、ぶちに三毛・ゴマに黒、老猫、成人猫、仔猫などありとありとあらゆる種類のネコが祐一を出迎えたのだ。

しかも彼の妻はその猫を追いかけ回し抱きしめては感動の声を上げている。

「ね〜こね〜こ♪」」

そのあまりの光景に祐一は声を出すことが出来ない。

と祐一の帰宅にきがついた彼の妻が顔を見せた。

「あっ、おかえり祐一♪」

その顔は宝くじの一等が当たったところでこれほどニコニコしていないぐらいだろうな、というほどであった。

「な、名雪・・・・」

とりあえず祐一は愛妻に声をかけた。

そうでなければ正気を保てないほどの衝撃だったのだ。

ところがそんな祐一の様子に全く気がつかないようで名雪は祐一に尋ねてきた。

「祐一?一体どうしたの?」

「一体どうしたの?ってお前・・・」

そこまで言いかけたところで祐一はふと気がついた。

ネコアレルギーのはずの名雪がネコに囲まれても涙・くしゃみを全く出していなかったからだ。

「名雪・・・ネコアレルギーはどうしたんだ?」

祐一が訪ねると名雪はさっきの満面の笑顔をはるかに上回る笑顔を見せた。

「それがね、祐一。とうとう私のネコアレルギー治ったんだよ♪」

それを聞いた祐一もうれしくなって笑った。

三十年近く前に言ったことがとうとうかなったのだ。

ネコ好きのくせにネコに触れることが出来ない、そんな妻の姿を長年見続けてきただけに喜びもひとしおだったのだ。

とそこで祐一ははたと気がつき、恐る恐る名雪に尋ねてみた。

「・・・もしかしてこのネコは・・・・?」

「そうだよ。私が病院の帰りに拾ってきたんだよ♪」

名雪のその一言は祐一を完膚無きまでにノックアウトした。
 
 


 「・・・こいつら全部を拾ってきたのか・・・?」

震える声を抑えつつ名雪に問いつめると名雪は首を横に振った。

「ううん、違うよ。半分以上のこの子達は保健所から引き取ってきたんだよ。残りは『子猫貰ってくれませんか?』っていうところから貰ってきたんだよ♪」

「・・・そうか・・・・。」

「だってほっといたらみんな処分されちゃうんだよ!!!」
 
 



 たしかに動物愛護の精神は大切だ。

ペットを飼い、そして飼いきれなくなってペットを捨てる飼い主の無責任さに比べればなんと素晴らしいことであろう。

しかし祐一は素直に頷くわけにはいかなかった。

「こんなに沢山のネコ、餌代を一体どうするつもりなんだ!!!」
 
 

 しかし名雪はまったく気にもしていない様子で言った。

「えっ〜、それはもちろん祐一の稼ぎに決まっているよ。」

その言葉を聞いた祐一は大きくため息をついた。

「・・・名雪、俺の稼ぎがどれくらいだか分かって言っているのか?」

「え〜っと確か手取りで30万円ぐらいだっけ?」

「そうだ。しかもその中から家のローンに貯金・保険・食費に生活費・子供達の養育費などでゆとりがあるのは月に1万円もあればいい方なんだぞ。」

「・・・1万円?」

「そうだ。この莫大な数の猫の餌代、お前はどこから捻出するつもりだ?」

祐一の言葉に名雪は考え込み、そしてポンと手を打った。

「それじゃあ祐一と子供達のお小遣いをなくそう。」

「「「却下!!!!!!!」」」

名雪の思いつきに自分たちの部屋から飛び出してきた子供達も加わった。
 
 
 「じゃあ私パートをするよ!!」

祐一たちの言葉に名雪はほおをふくらませて言った。

どうやら家族の理解を得られなかったのがよほどお気に召さなかったらしい。

「お前は猫の餌代の為にパートを始めるんかい!?」

だが祐一はそう突っ込んだ。

なんせ名雪は結婚するとき、そして第一子を出産するときに

「私、子供達のためにも働かないでずっと家にいたいんだ。」

そう祐一に言っていたからだ。

そしてその言葉を忠実に守り続け今に至っていたというのに猫の餌代の為なら働くとは・・・。

名雪からその事を聞かされて育てられてきた子供達も名雪の言葉にむっとしたらしい。

まあ自分たちより猫の餌代の方が大事というのだから無理もないが。

というわけでむっとしている子供達の言葉には鋭いとげが生えていた。
 
 「お母さん!!服に猫の毛が付くからこの猫たち追い出してよ!!!」

名雪にそっくりだが性格は全く逆の娘の言葉に名雪は泣きそうな顔をした。

それに追い打ちをかけるかのように祐一とは違って頭のいい息子も加わった。

「母さん!!勉強の邪魔になるから猫たち処分してくれよ!!!」

息子の容赦ない一言に名雪は涙ぐんだ。

そこへ祐一もうなずいた。

「猫を飼うなとは言わないがこの数は無理だな。」

「ひっく。みんな酷いよ・・・。」

そうつぶやくと名雪は本気で泣き始めた。
 
 
 だが祐一と子供達はそんな名雪を冷静な目で見続けた。

何せ面倒を見るのが大変なだけでなくお小遣いまでかかっているのだから当然といえば当然なのだが。

やがて名雪は涙で真っ赤になった目をこすりながら顔を上げた。

そして祐一達の様子を恐る恐るうかがう。

しかしとても認めてはくれそうもない雰囲気に気がついた名雪は叫んだ。

「みんな嫌いだよ〜。こうなったらお母さんに頼むんだよ!!!」
 
 名雪のその言葉に祐一と子供達の間に衝撃が走った。

あの一秒了承の秋子さんに了承されてはどうしようもない。

しかも謎ジャムという世界七不思議をも凌駕する驚異が待ち受けているのだ。

あわてて三人は今にも玄関を飛びださんばかりの名雪に飛びかかった。

そして三人がかりで名雪を押さえ込む。

玄関でのこの行動、他人が見たらきわめて怪しい光景なのだが祐一達にはそんな事を考えるゆとりもなかった。

ところがそんな祐一達の努力をあざ笑うかのように玄関のドアが開いたのだ。

そしてそこから顔を出したのは祐一の叔母にて義母、天下無敵の水瀬秋子が姿を現したのであった。
 
 
 「「「秋子さん!?」」」

祐一と子供達の声がはもった。

ちなみに祐一だけでなく秋子さんの孫である子供達も秋子さんと呼ぶ。

これは過去に秋子さんをおばあちゃんと呼んで地獄を見た(謎ジャムの犠牲になったともいう)経験があるからなのであった。
 
 「「「もう駄目だ・・・。」」」

秋子さんの登場に祐一達は名雪を押さえつけていた手をゆるめた。

ここにいたってはすべてが無駄なあがきだ。

慌てて名雪は祐一達の下からはい出すと秋子さんの背中に隠れた。

「あらあら、一体どうしたのかしら名雪?」

四捨五入すれば40歳になる娘の行動に秋子さんは不思議そうに尋ねた。

すると名雪はうぅ〜とうなりながら秋子さんに言った。

「お母さん、祐一達ひどいんだよ〜。」

そして名雪はここに至るまでの経緯をすべて秋子さんに話した。
 
 


 「ねっ!?酷いでしょお母さん。」

名雪は秋子さんの同意を得るかのように話の最後を締めくくった。

すると秋子さんは首を傾げ、ほおに指を当てながら言った。

「そうね、酷いと言えば酷いわよね。」

「でしょ!!そうだよね〜♪」

名雪は秋子さんんも言葉に大喜び、祐一と子供達はガックリした。

『事ここで終われり』の心境にいたったからだ。

喜んだ名雪は秋子さんに確認を取るかのように言った。

「ねえお母さん、この子達みんな、飼ってあげてもいいよね?」

だが続く秋子さんの言葉が祐一達には光を、名雪には影を落とした。

「却下(一秒)」

滅多にない秋子さんの却下に名雪、そして祐一達も耳を疑った。

「お母さん・・・今何て?」

名雪の言葉に秋子さんはにっこり微笑み、そして同じ言葉を繰り返した。

「却下っていったのよ名雪。いくらなんでもこの数は多すぎよ、せめてもう十数分の一に減らさないと。」

秋子さんの言葉を聞いた祐一達は歓喜した。

それに対して名雪は独りその場に泣き崩れた。

なんせ味方が一人もいなくなってしまったのだから無理もあるまい。
 
 
 こうして相沢家を襲った危機は無事回避されたのであった。
 
 
 
 
 
おまけ
 「お父さん、猫の里親見つかった?」

娘の言葉に祐一はため息混じりに頷いた。

「・・・何とか三匹はな・・・。」

「・・・お兄ちゃん(弟でも可)は?」

「・・・四匹・・・」

そして三人は揃って大きなため息をついた。

「・・・まだ100匹以上も残っているんだよ。一体どうするの?」
 
 

 そのころ名雪は

「ネ〜コ ネ〜コ♪」

と猫たちとの別れを惜しんで家事する暇も猫たちと遊びほうけていたのであった。
 
 
 
 そして相沢家から猫が一桁台まで減少したのはそれから一ヶ月余り後、秋子さんが里親を見つけてくれたからであった。
 
 




 
 
 
あとがき
久しぶりに「機動警察kanon」以外のkanon−SSです。

じつはこのSS,大分前に着手したのですがその時はWindowsがいかれてしまいまして。

この時の顛末は日記に書いてありますからそちらを参照してもらうとしてまあいったん消えてしまったSSです。

それがこうして公開の運び日になったのはうれしいな。
 

さて相沢家ですが祐一と名雪が結婚、息子と娘の四人家族。

秋子さんの家から徒歩十分ぐらいの所に家庭を構えている、という設定です。

なお祐一と名雪の年齢は37.8歳、息子と娘は12〜14歳ぐらいを想定しています。
 
 
2001.04.22
 
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