アンラッキーデー?

 

 

 

 チュン チュンチュン チュン チュンチュン

 

 「……あらもう朝なの?」

ドルファン国立病院の看護婦であるテディー・アデレード はカーテンの隙間から差し込んでくる朝日と、すすめの声で目を覚ました。

「ファ〜」

しかしまだ眠いらしく大きな欠伸をする。

看護婦の不規則な勤務時間は彼女の体に一晩寝たぐらいではとれない疲労をため込ませているのだ。

しかしだからといって二度寝するわけには行かない。

今日もいつものように病院で患者たちが待っているのだから。

「それじゃあ起きようかな……」

テディーは大きく延びをするとベッドから起きあがる。

そして何気なくベッドのすぐそばに置いてある目覚まし時計に目をやり、そして思わず叫んだ。

「ち、遅刻!?」

本来ならば彼女の事情など全く無視していつものように機械的に(目覚まし時計は機械だし)たたき起こしてくれる時計がなぜだかは知らないが今日に限ってその役目を放棄してしまったのだ。

そのせいでいつもの彼女が起床する時間よりもずっと遅い時間に彼女は起きる羽目になったのである。

「た、大変!!!」

いつもの白衣の天使という形容詞がぴったりの彼女はどこへ行ったのやら血相変えてテディーはパジャマを脱ぎ散らかす。

慌ててハンガーに掛かってくる私服を手に取るとあっという間に着替える。

そして手早く鞄を掴むと玄関へと走った。

「あ、化粧していない……」

玄関に置いてある姿見を見てテディーは自分が化粧一つしていないことに気がついた。

しかしもうそんなことをしているゆとりは全くないのだ。

「化粧しなくったって死にはしないわ!!」

結局テディーは着の身着のまま自宅を飛びだしたのであった。

 

 

 

 「どいて、どいて、どいて!!!」

テディーはドルファン国立病院への道のりを爆走する。

いつもの白衣の天使はどこへ行ったのやら?

あまりにいつもとは違い、心臓病とは思えない見事な走りっぷりにテディーを知る人たちは目をむいて驚いている。

「おっ、テディーじゃないか。どうだ、今夜……」

「すいません、急いでいるんです!!」

ちょっと気になるというかかなり気になる存在の東洋人傭兵を無視してテディーは突っ走る。

 

 

 やがてテディーの行く手にドルファン国立病院が見えてきた。

サウスドルファン駅の時計からするとぎりぎりではあるがどうやら遅刻は免れそうだ。

思わずほっとすテディー。しかしそれは過ちであった。いきなり足下を何かが横切ったのだ。

「へっ!?」

ブチ

いきなり靴ひもが切れた。

そしてテディーは顔面から地面にダイブした。

「い、痛い……。それに今の何なの?」

顔を上げたテディーの目の前に飛び込んできたのは黒い猫であった。

「黒い猫……しかも靴ひもが切れた……ふ、不吉な……」

その時サウスドルファン駅の鐘が鳴った。

「え!? え!? えっ!? ち、遅刻……?」

今までしたことがない遅刻にがっくりと肩を落とすテディー。

「急いで走ってきたのに……気になるあの人も振りきって走ってきたのに……」

だがいつまでも肩を落としているわけには行かない。

遅刻とはいえ病院に出勤しないわけにはいかないからだ。

とぼとぼとした足取りでテディーは病院へと入っていった。

 

 

 

 「はぁ〜、今日は最悪だったわ……」

仕事を終えての帰り道、真っ暗な夜道をテディーは肩を落としてとぼとぼと歩いていた。

すっかり落ち込んでしまっているがこれは無理もあるまい。

まず朝、寝坊したこと。

そして次に気になるあの人に対して素っ気ないというかつれない態度を取る羽目になってしまったこと。

転んで地面に顔面ダイブしてしまったこと。

遅刻して婦長にさんざんしかられたこと。

患者さんに処方する薬を間違いかけたこと。

医療器具を床にぶちまけてしまったこと。

入院中のエロじじいにお尻を触られたこと。

お昼の賄いにちょっと苦手な(実は嫌いな)食事が出たこと。

帰り際にもう一回婦長に叱られ、帰る時間が遅くなってしまったこと。

細かいことを言えばそれこそきりがないほどだ。

しかしそれはもう過ぎ去ったこと、パッと気分を切り替えて明日から過ごすに方が良いに決まっている。

というわけでテディーは「えい!」と気合いを入れた。

「今日は早く帰って寝ることにしましょうっと」

そしてテディーは家に向かって歩き始めた。

 

 

 

 コツコツコツ

 

 夜に人気のない石畳の道を歩くとかなり音が響く。

正直言ってテディー劇場とかで公開されるホラーもの定番の効果音そのもののこの音が苦手だった。

やはり人通りのない道を歩くというのは怖いものだ。

しかしこの道を通らなければ家に帰れないので仕方がない、歩き続けるテディー。

 

 コツコツコツ

  コツコツコツ

 

 (えっ!?)

もう一つ、自分以外の足音にテディーは驚いた。

それこそ嫌な展開だ。

しかし気のせいと言うこともあるし、なによりたまたま同じ方向に行くだけかもしれない。

とりあえず気にしないことにしたテディーは家に向かって歩き続ける。

しかし足音は決して消えることはなかった。

それどころかどんどん近づいてくる!!

(イ、イヤ……もしかして強姦魔!?)

最近とみに治安が悪化中のドルファンである。

テディーは自分の頭の中に浮かんだ考えにパニックになった。慌てて走り出すテディー。

するともう一つの足音も走り出した。そのままテディーを追いかける。

(だ、誰か助けて……!?)

悲鳴でも上げれば良さそうなものであるがパニックになったテディーは気がつかずただひたすら走り続ける。

がテディーは心臓を患っている身の上である、正直言って体力はそうはない。

(今朝のことは忘れてください)

すぐに息も絶え絶えになってしまう。

それでも我が身のピンチ、必死になって走るがやがて体力の限界が来た。

まったく足に力が入らず石畳の上に崩れ落ちてしまう。

(も、もうダメ……私はこのまま……。やっぱり今日は厄日だったのよ……)

 

 しかしそうはならなかった。

 

 「テディー、大丈夫か?」

「はい!?」

知り合いの声に思わず顔を上げるとそこには東洋人傭兵が立っていた。

その姿を見るやいなやテディーはどっと疲れた

「も…もしかして私の後を付けてきたのは……?」

「付けてきたとは失礼だな。声をかけようと思ったらいきなり走り出したのはテディーの方だぞ」

「えっ!? そ…そうでしたか?」

 

 

 「俺を強姦魔と間違えたのか? 酷いな」

テディーから話を聞いた東洋人傭兵はは思わず苦笑した。

まさか自分がそんな犯罪者と間違えられるとは思っていなかったのだから。

しかしテディーはむくれた。

「酷いのはこっちですよ。もう怖くて怖くて……心臓が止まるかと思ったんですよ」

「それはしゃれにならないからやめてくれ」

心臓病のテディーにそう言われると全くしゃれにならないというものである。

「ところでどんな用事だったんです?」

考えてみれば朝も声をかけていたし、今も追いかけてくるぐらいなのだからそれなりの用事があるはず。

そう思ったテディーは東洋人傭兵に聞いてみた。

すると東洋人傭兵は笑った。

「そういえば本題を忘れるところだったな。はい、これ」

そして男は包みを手渡した。

「こ、これは何ですか?」

「誕生日プレゼント」

「誕生日プレゼント!?」

素っ頓狂な声を上げたテディーに東洋人傭兵は首を傾げた。

「あれ? テディーの誕生日って5月17日だよな?」

「えっ!? ……あ、はい」

「で今日は5月17日だよな」

「……そういえばそうかも……」

朝から色々とあったテディーはすっかり自分の誕生日を忘れていたのだ。

「何だ、誕生日そんなにうれしくなかったか?」

東洋人傭兵の言葉にテディーは首を横に振った。

「いいえ、とてもうれしいですよ♪」

「そりゃあよかった。それにしても今日は帰りが遅かったんだな。

本当はこの後ご馳走してやろうと思っていたんだがもうこの時間じゃ店もやっていないし」

「その気持ちだけで十分です、というかプレゼントもういただいていますから」

「そうか、それなら良かった。それじゃあ家まで送るよ。

俺を強姦魔と間違えるぐらいだ、夜道嫌だろう」

「はい、お願いします。でも送りオオカミにならないでくださいね」

「ヘイヘイ、わかりました。絶対に送りオオカミにはなりません」

東洋人傭兵がそう言うとテディーはむぅと頬をふくらませた。

「それはそれで何か嫌です。私に魅力がないみたいじゃないですか!」

「それじゃあどうしろっていうんだ?」

「…良いです。送ってください」

東洋人傭兵の腕にしがみついてテディーがそう言うと東洋人傭兵は顔を赤らめた。

「しがみつくのやめてもらえないかな?」

「何でです?」

「その…何というか……む、胸が当たる……」

「ふ、不潔です!!」

「だからしがみつくのやめてくれって言ったんだが……」

困っている東洋人傭兵のその表情にテディーはほほえんだ。

「ダメです」

「えっ!?」

「私を脅かした罰です。このまま帰ります♪」

そして東洋人傭兵を引きずって帰路に就くテディー。

 

 

(今日は色々いやなことありましたけど結果オーライです♪)

 

すっかりご満悦のテディーなのでした。

 

 

 

あとがき

およそ一年ぶりのみつナイSS(Condottiere2は除く)ですね。

しかし誕生日SSとかいって四日遅れだし…。

でも書いていて楽しかったです。テディーの口調がちょっと変かもしれないけどね。

 

 

2002.05.21

 

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