おねSS「どっちが好き?」

 

 

 

 「もう春だね〜。」

光を失い、しかし決して絶やさぬ笑顔で川名みさきはそうつぶやいた。

 

 すでに年月は三月。

梅は咲き誇り、桜もつぼみが生長しつつある。

季節はまもなく春を迎えつつある。

一年でもっとも美しい季節、しかしみさきはその美しさを見ることは出来ない。

ただ春の香りを感じるだけ。

しかしそれでもみさきの笑顔は絶えることがないであろう。

みさきと腕を組み、一緒に歩いていた浪人生折原浩平は今と昔のみさきの表情を思い浮かべつつそう思った。

と突然みさき先輩が浩平の顔をのぞき込んだ(実際には目は見えません)。

「どうしたの浩平?」

「えっ!?何がだ先輩。」

「なんだか浩平様子が変だったよ。それと私のこと先輩って呼ぶのいい加減やめてほしいな。二人とももう高校生じゃないんだし。」

「ごめんみさき、ちょっと昔のことを思い出してもんだからつい・・・。」

浩平はあわててごまかした。

みさきがそういう風に思われるのを嫌っているのを十分承知していたからだ。

それに全くの嘘でもないし。

 

 幸いみさきは浩平の考えていたことには気がつかなかったらしい。

興味深げに浩平に尋ねてきた。

「ねえ昔のことってやっぱり高校生の頃?」

みさきの質問に浩平はうなずいた。

「ああ、そうだよ。俺とみさきが出会った頃をね。」

浩平の言葉を聞いたみさきは懐かしそうな表情を浮かべた。

「・・・もう浩平と会って二年以上になるんだね。」

「そうだな、もうそれくらい経つよな。」

「うん。そしてあれから一年経ったんだね・・・。」

みさきはそう言うとうつむいてしまった。

浩平は申し訳なさでいっぱいになりみさきを抱きしめた。

 

 「こ、浩平・・・」

「みさき・・・もう絶対離れないからな。」

浩平の言葉にみさきはうれしそうにうなずき、そして顔を赤らめた。

「・・・目が見えないからはっきりは分からないけどみんなが見てるんじゃないかな。」

「へ?」

浩平はあわてて周りを見渡した。

すると老若男女、様々な人間がニヤニヤと笑いながら見ていた。

「・・・行こうかみさき。」

急に恥ずかしくなった浩平はみさきの手を取るとあわててその場を逃げ去った。

 

 

 とりあえず浩平はみさきを連れ、さっきの場所からほんのちょっとの位置にあったファミレスに飛び込んだ。

人目をさけるため、というのも理由には違いなかったが元々今日はみさきにめいいっぱい食べさせてやろう、そう思って銀行からたっぷり金を下ろしておいたのだ。

 

 「それにしてもさっきははずかしかったよ。」

みさきはまだ顔を赤らめたままそう言ったので浩平は謝った。

「ごめんみさき、つい抱きしめたくなっちゃってつい・・・」

「うんん、それはいいんだよ。」

みさきは首を横に振った。

「抱きしめられたとき私、すごく嬉しかったから。」

「みさき・・・」

「浩平・・・」

二人はまたさっきのように抱き合おうとした。

しかし今度はそうしなかった。

なぜならば周囲から寄せられる好奇の視線に今回は気がついていたからだ。

「・・・今日は俺がおごってやるよ。」

その場の雰囲気を吹き飛ばすかのように浩平は言った。

するとみさきはにっこり微笑んだ。

「ありがとう浩平。いくらでも頼んで良いんだよね?」

「・・・出来れば手加減して欲しい・・・」

いくら金を余分に持ってきたとはいえみさきに本気で食べられたら絶対に足らない。

情けないなぁと自分を思いつつも浩平はみさきにそう言わざるを得なかった。

 

 

 

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 みさきは目の目に並べられた料理を次々と平らげていった。

周りにいるほかの客も店のウエィトレスも何かとんでみない化け物でも見るかのようにお嬢様然としたみさきのものすごい食いっぷりに呆然としたように見つめている。

「相変わらずだな。」

浩平はいつものことなのでそれほど驚かずというか財布の心配をしつつみさきにそう言った。

するとみさきはにっこり微笑んだ。

「なんったって浩平が奢ってくれるんだもん、いつもよりもたくさん食べられるよ。」

「頼むから止めてください・・・・(涙)。」

浩平の懇願を聞いたみさきは食べ物を口の中に放り込むのを止めた。

「冗談だよ。いくらなんでも浩平を破産させる訳にはいかないもんね。」

「みさき・・・」

浩平は感激した。

あのみさきが食べ物よりも俺の財布の中身を心配してくれるとは・・・。

そこで前からかねがね聞いてみたいと思っていたことを浩平は切り出した。

「なあみさき、一つ聞いても良いか・」

「何?浩平。」

「・・・俺と食べ物、みさきにとってはどっちが大切だ?」

「もちろん食べ物だよ。」

みさきの即答に俺は涙した。

「み、みさき・・・」

俺の泣き言を聞いたみさきは笑った。

「冗談だよ、浩平。いくら私がご飯大好きだからって大切な人と秤に掛けたりはしないよ。」

「・・・ひどいぞ。一瞬本気かと思ったじゃないか。」

「あのときのお返しだよ♪」

「あの時?」

浩平はみさきの言葉に聞き返した。

仕返しされるような心当たりが全くなかったからだ。

「そうあの時。屋上までの競争の時だよ。」

「ああ、あれか。」

浩平は昔のことを思い出した。

あれは浩平が初めて逢ったすぐ後、みさきと屋上にどっちが早くつくか、競争した時のことだった。

その時、浩平はみさきと正面衝突してしまったのだが、当然誰と衝突したのかわからないみさきは、半泣きになりながら浩平に謝っていた。

それが可愛くてしばらくそのまま黙っていたのだが、後でそれを知ったみさきはずいぶん怒っていたのだ。

 

 「あれはもう時効だろ。」

浩平の言葉にみさきは首を横に振った。

「犯罪じゃないんだから時効なんかないんだよ。

それに浩平は私を一年もほったらかしにしてたんだよ。だからこれぐらいじゃあまだまだちゃらにはならないよ。」

「グハァ!!」

浩平は思わずうめき声を上げてしまった。

「そ、それを持ち出されると俺には反論出来ん・・・。」

「だからこれからずーっと浩平は私に借りを返さなくっちゃいけないんだよ♪」

「何!?」

浩平は思わず聞き返した。

何かとんでもなく恥ずかしいことをみさきが言ったように聞こえたからだ。

しかしみさきは顔を真っ赤に染めてこう答えただけだった。

「恥ずかしいからこれ以上は黙っておくよ。」

と。

 

 

 

あとがき

 ひさしぶりのおねSSです。

なんでもみさき先輩シナリオでは3月4日に浩平が帰還というのをどっかで聞いたような気がしたので書いてみました。

まちがっていたらごめんなさい。

ちなみにこのSSの世界は2001年3月4日を舞台にしています。

うなわち浩平が永遠の世界に行ったのが1999年3月4日、帰還したのが2000年3月3日(合ってましたよね?)、その一年後ということで。

 なおこのSSのネタ、本来は「うららかな日々」の後半部分だったんです。

ただあんまりにも長くなってしまうこと、雰囲気が違うことでカットしたんです。

そしてようやく日の目を見ることが出来たのでした。

でもおちが無いな・・・。

 

 

2001.03.03

 

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