「まったくあいつめ、また迷子になったな。」
俺は駅のターミナルにデンと据え置かれている時計に目をやってそうつぶやいた。
すでに約束の時間は一時間以上経っている。
だからといって探しに行けばすれ違ってしまうかもしれない。
仕方が無く俺は待ち人がやってくるのを黙って待ち続けた。
「・・・もう二時間になるぞ。」
さすがに俺も心配になった。
いくら迷子とはいえ遅すぎる。
とりあえず辺りをグルッと見回ってこようと思って立ち上がった時、突然背後から抱きつかれた。
「・・・・・・・」
何も言わないが、いや何も言わないからすぐにわかった。
俺は首に回されている手をふりほどくと言った。
「いい加減にしろよな澪。苦しいだろ。」
そう、そこにいたのは俺の彼女の上月澪であった。
『遅くなってゴメンなの。』
手にしたスケッチブックにはそう書かれている。
俺は澪の頭に手をぽんと置くと頭をなでた。
「それじゃあ行こうか。」
俺がそう言うと澪はスケッチブックを俺に見せた。
『どこへ行くの?』
「内緒だ。」
俺の言葉に澪はこくこくと頷いた。
『ハイなの。』
俺と澪は切符を買うと駅の構内へと入っていった。
キキッー
駅に停車した電車に二人で乗り込んだ。
今日は休日の昼間なので席は空いている。
俺と澪は仲良く並んで席に座った。
そしてすぐに電車は駅を出発、目的地目指して進み始めた。
ガタンガタン ガタンガタン
単調なレールのつなぎ目を通り抜ける音と春のうららかな日差しが睡魔を呼び起こす。
電車に乗ってすぐに俺は肩に澪の頭が乗っかっていることに気がついた。
どうやら眠ってしまったらしい。
俺は澪のかわいらしい寝顔をずっと見続けた。
「次は○○○駅ー、○○○駅でございますー。」
俺は目的地の名前を連呼する車内アナウンスではっと目を覚ました。
どうやら俺も寝入ってしまっていたらしい。
あわてて澪の肩を揺すって起こそうとした。
「お、おい澪。目的地だ、もう降りるぞ。」
すると澪は寝ぼけ眼のまま顔をこすりながら目を覚ました。
なんだかとっても可愛い。ってそんなことを考えている場合じゃなかった。
「早く降りるぞ。」
俺はまだ眠たそうな澪を連れ、電車を降りた。
『ここは・・・。』
「ああ、俺たちが前に住んでいた町だよ。」
懐かしい、かって住んでいた町を感慨深げに俺はそう言った。
すると澪は小首を傾げながら尋ねた。
『何しに来たの?』
澪の言葉に俺は空を見上げながら言った。
「約束を守るためにな・・・。」
『???』
なんだかよくわかっていない澪を連れて俺は目的地へと歩き始めた。
俺は子供の頃、よく歩いた道のりを澪とともに歩く。
あのころはまだ・・・親父もみさおも生きていた・・・・。
あの女・・・母さんも宗教なんぞにはまっておらず、まだまともだった。
思えばあのころが一番幸せだったのかもしれない・・・そんなことを一瞬頭に思い浮かべたもののすぐに頭から追い払った。
また永遠の世界なんぞに行く羽目になるのはごめんだからである。
ふと横を歩いている澪に目をやるとなんだか嬉しそうに歩いていた。
やはり澪にも懐かしい風景なのであろう。
そうこうしているちに目的地へとたどり着いた。
「さあついたぞ。」
俺がそう言って指し示したのはなんてことない公園だった。
俺と澪以外には・・・。
『ここは・・・あの公園なの。』
「そうだ。俺と澪が出会ったあの公園だ。」
十数年ぶりに見た公園は俺の記憶とは異なり、えらく小さいものであった。
もっとも公園が小さくなった訳ではなく、俺が成長したからであろう。
俺はそのまま公園に入るとブランコに腰掛けた。
澪も一緒についてきて、俺の隣のブランコに腰を下ろす。
とそこで澪は俺の考えていたことに気がついたらしい。
すぐに立ち上がると俺に一冊のスケッチブックを差し出した。
よれよれで・・・使い込んである年代物だ。
『約束通りこれ返すの。』
「ああ・・・。」
俺は澪が差し出したスケッチブックを受け取った。
これで十数年ごしの約束は守ることが出来たのだ。
俺にスケッチブックを手渡した澪はまたブランコに腰掛けた。
キーィ キーィ キーィ
ただブランコのきしむ音だけが響いている。
「よし。」
俺はかけ声をあげると立ち上がった。
そしてブランコに腰掛けている澪の手を取ると立ち上がらせ、言った。
「よし、寿司をおごってやるぞ!!」
俺の言葉に澪は目を輝かせた。
『嬉しいの。』
デカデカと書かれたその文字が澪のうれしさを表現している。
「それじゃあ行こうぜ。」
『はいなの』
俺と澪は公園を発った。
幼い頃交わした約束を果たして・・・・。
あとがき
ONESS第五弾は予告通り上月澪でお届けしました。
次はヒロイン最後の椎名繭です。
それでこの『永遠の世界から帰還直後シリーズ(勝手にそう名付けた)』は完結です。
その後のことは一切未定。
書き終えてから考えますね。
平成13年2月3日 節分の日に