動き出した日々

 

 

 ガタン ガタン ガタン!!!

 

 俺は目の前の石段を二段とばしで駆け上がって行く。

普段ならなんでもないこの道も今は非常に苦痛に感じられる。

なんせいつもは着ない服にここで自転車を担いで駆け上がっているのだから。

「はぁはぁはぁ・・・」

俺は息切れしてその場でかがみ込んでしまった。

しかしゆっくりしているわけには行かない。

あいつを・・・七瀬を待たせているのだから。

俺はちらっと階段の上を見上げた。

(あと2.30段日か・・・・・)

俺は階段があと少ししかないことを確認すると気力を振り絞った。

そして

「 うおおおおおおっー!!!」

と気合いを入れ、一気に石段を駆け上がった。

 

 

 階段を上りきったその先に七瀬は立っていた。

俺が送ったあのドレス・・・すっかり煤けていたが、を着て・・・、俺の顔をじっと見つめ続けて。

「ぜーぜーぜー」

俺は公園の時計を見、そしてすっかり荒くなってしまった呼吸を落ち着かせると七瀬に言った。

「よっ、七瀬。時間には間に合ったな。」

「・・・・・。」

「ん?どうしたんだ?」

七瀬は何かに耐えているかのように手を握りしめ、プルプル震えている。

「ははぁ、さてはトイレに行きたいんだな。」

その俺の一言が引き金になったようであった。

「言いたいことはそんだっけかぁー!!!一年も待たせやがってー!!!!」

そう叫ぶと見事なパンチを俺に食らわせた。

 

 「ふっ、さすが七瀬だな。いいパンチしてるぜ。」

俺は殴られた頬をさすりながらそう言うと立ち上がった。

そして七瀬を見ると・・・俯いてしゃくり上げていた。

「うっうううう・・・。」

「七瀬・・・すまん。」

俺はからかいすぎたことを謝った。

それを聞いた七瀬は俺の胸に抱きつくとわんわん泣き始めた。

 

 

 「落ち着いたか。」

それからしばらくしてようやくと泣きやんだ七瀬に俺はそう声をかけた。

すると七瀬はこくこくと頷いたとので俺はその手を取ると片膝を地面につけ、恭しげに言った。

「おまちどおさまでしたお姫様。」

「・・・・・・」

七瀬は黙ったままである。

「我が愛車へどうぞ。」

そう言って俺は自転車を指し示した。

すると七瀬はぽつんとつぶやいた。

「・・・自転車なんて格好悪い。こういうときは車じゃないの。」

「・・・悪かったな、免許なんか持ってないだ。それよりも早く行こうぜ。」

「口調がいい加減よ。」

「俺に演技力を求める方がどうにかしているよ。さあ乗った乗った。」

「・・・そんな威勢のいい王子様なんかいない!!」

やもなく俺は馬鹿っ丁寧に言った。

「お姫様、車の用意が出来たのでお乗りください。」

うんうんと七瀬は頷き、俺の自転車の荷台に乗った。

「それじゃあ行くか。」

俺はそう言うとペダルをこぎ始めた。

 

 

 小高い所にある公園から俺と七瀬を乗せた自転車は爽快なスピードで一気に駆け下りる。

「ちょ、ちょっとスピード落としなさいよ。」

あまりの自転車のスピードに七瀬は悲鳴を上げる。

「仕方がないだろ。急がないと間に合わないんだからさ。」

俺の言葉に七瀬はきょとんとした。

「?????」

そんな七瀬の様子を見て俺は笑い、そして言った。

「なんのために待ち合わせしていたんだ。踊るんだろ。」

「・・・そうだったわね。おかげで一年も待たされたんだわ。」

「・・・それは言わないでくれ。」

俺が情けない声をあげると七瀬は笑った。

「今回だけは特別に許してあげるわ。」

そう言うと七瀬は俺の背中に体にぴったりと抱きついた。

 

 

 「ここだぜ。」

俺は自転車を止めると七瀬に一軒のビルを指し示した。

そこの三階には『倉田ダンス教室』という看板が掲げられている。

「ここで踊るの?」

今ひとつ気に入らないらしいがはっきり言ってこれ以上は俺には無理だった。

だいたい七瀬の乙女心が求めているような所など日本にだってそう何カ所もあるまい。

「さあ入ろうぜ。」

「しょうがないわね。」

こうして喪服姿の男と煤けたドレスを着た女はビルの中へと入っていった。

 

 

 

  それから一時間後。

俺と七瀬はたっぷりと踊りくたびれ果ててビルの外へと出てきた。

すでに日は落ち、辺りは暗くなっている。

「なあ七瀬、寒くないか。」

俺はそう声をかけた。

すでにもう春とはいえ七瀬が着ているのは肩がむき出しのドレス、寒くない訳がない。

すると案の定、七瀬が頷いたので俺は喪服の上着を脱ぐと七瀬の肩に掛けた。

「あ、ありがとう。」

七瀬が素直にお礼を言ったので俺は思わず嬉しくなってしまった。

そこで

「なあ七瀬、飯でも食いに行かないか。俺がおごってやるからさ。」

というと七瀬は頷いた。

「ところでおごってくれるのって例のやつ?」

七瀬の言葉に俺は頷いた。

「その通り。毎度おなじみのキムチラーメンだ。」

俺の言葉に七瀬はため息をつき、しかしすぐに笑った。

「いいわよ、もう。早くキムチラーメン食べに行きましょ。」

「おうとも。」

 

 

 

 そして二人で食べたキムチラーメンはとても温かく、心和ませるものであった。

 

 

あとがき

 ONESS第四弾目は予告通り七瀬です。

そんでもって次回は上月澪の予定です。

 とりあえずこの話はけっこう苦労しました。

ダンスシーンが無いのは書き切れそうになかったのでオミットした関係です。

個人的に書きたかったのはラストのキムチラーメンのみ。

もっと絞って書いても良かったかな?

 

 

平成13年2月2日


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