蜜月の日々
 
 
 









眼光鋭い一人の巨体を持つ男が歩いていた。

その男はチンピラであった。

それも凶悪なぐらい顔つきの悪い奴である。

そのすごさは通行人の誰もがその男を見るなり「回れ右」をして進路を開けるぐらいに。

チンピラはそのことを当たり前と思っていたので気にも留めていなかった。

やがてある交差点にさしかかった時、チンピラはある男と鉢合わせした。

そのまま巨体のチンピラは地べたに尻餅をついてしまったのだ。

「何しやがるんじゃ!!このボケー!!!!」
チンピラはぶつかってきた男に怒鳴りつけた。

それを聞いた男は右手で頬の刀傷をポリポリかきつつ、左手ではケーキでも入っているのだろうか、

箱を持ちながら言った。

「いやぁーすまんすまん。それじゃあな。」

あっさりそう言ってその場を立ち去ろうとする男にチンピラは怒鳴りつけた。

「おい、兄ちゃんよ、まさか治療費払わんつもりかよ。」

「治療費?」

「おうとも。人にぶつかっておいて一銭も払わねえとは言わせねえぜ。」

それを聞いた男はチンピラを鼻でせせら笑った。

「そんだけ元気な奴に治療費が必要なもんか。」

「な、何だと・・・・。貴様死てえのか!」

チンピラの恫喝はすさまじいものであった。

現に恐る恐る様子をうかがっていた野次馬達の何人かは腰を抜かしている。

しかし男には何でもないことのようで、手をパタパタ振りながら言った。

「俺を脅すつもりかい。それなら無駄なこった。たかだかチンピラごときに怯えるわけないだろ。」

それを聞いたチンピラはうなった。この男には自分の虚勢が全く通用しない。

しかしこのままでは自分の面子がつぶれてしまう。

そうなったら十数年かけて築いてきた立場が崩れ去ってしまう。

チンピラはその巨体を使って男を取り押さえると押しつぶそうとした。


しかし男には通用しなかった。

男はチンピラの腕をかいくぐるとそのまま掌底を顎にたたきつけた。

しかも思いっきり体重のこもった一撃である。

ちなみに左手には相変わらずケーキか何かが入った箱を持ったままである。

チンピラは脳震盪をおこしてふらふらとした。

そして男はチンピラの右腕を掴むとそのままてこの原理でチンピラを投げ飛ばした。

「ぐおぅ!?」

戸惑いの声と共にチンピラは地面に叩きつけられた。

「グギャァー!!」

よく見るとチンピラの右腕があり得ない方向にねじ曲がっている。

どうやら男は投げ飛ばす際にチンピラの関節を極めていたらしい。

これでチンピラの右腕は一生使い物にならないことが確定した。

それだけではなくあばら骨の何本かも逝っているようだ。

しかし男は攻撃の手を緩めようとはしなかった。

そのまま地面をのたうち回っているチンピラの左腕を掴むと軽くねじった。

すると再びチンピラは叫び、そして気絶した。

・・・左腕も一生使い物にならなくなったのだ。

これでチンピラの末路は確定した。

一ヶ月後ぐらいには道端で野たれ死んでいることであろう。

完全に気を失っている事を確認した男・・・騎士団団員ヤングは小銭を二三枚残すと立ち去った。







 
 
 チンピラを熨したヤングはフェンネル地区というドルファン首都城塞内のもっとも一般的な住宅街へと足を

踏み入れた。

ここはいわゆる中流家庭が多く存在している場所である。

男は一軒のこぢんまりとした家の前に立つと大きく深呼吸した。

そして大きく息を吐き出すと叫んだ。

「ただ今帰ったぞー!!」

そしてヤングは家の扉を開けると玄関に踏み入れた。
 
 
 
すると一人の女性・・・ヤングの妻クレアが台所から顔を覗かせた。

「あら貴方、おかえりなさい♪お食事とお風呂、どっちを先にしますか?」

そう言ったクレアの格好は新妻おなじみのエプロンドレスである。

思わずボーと自分の妻の姿にヤングは見とれてしまった。

さっきまでのきりっとした表情がまるで嘘のよう。

「貴方?どうしたんですか。」

ボーっとしたヤングを心配したのであろうか、クレアが聞いてきたので慌てて言った。

「とりあえず飯が先だ。」

「わかりました、ア・ナ・タ。」」

ヤングの言葉を聞いたクレアはにっこり笑うと台所へと入っていく。

「俺も手伝おうか?」

ヤングがそう言うとクレアは首を横に振った。

「いいえ、貴方疲れていらっしゃるでしょ。ゆっくり休んでいてくださいね。なんせ台所は女の戦場なんですから。」

そう言われては仕方がない。

ヤングは箱をテーブルに置くと椅子に座り夕刊を開いて読み始めた。

しかし・・・・。
 
 
 「きゅあー、お鍋焦がしちゃった!」

「あーん、お肉生焼け・・・」

ガシャーン!!!

「あー、お皿が・・・・。」

「あぁぁースープが吹きこぼれちゃう・・・・て熱!!」

台所から流れ込んでくる焦げ臭い臭い、そして煙。

さらに悲鳴とともに聞こえてくる恐ろしい言葉。

さすがに我慢できなくなったヤングは台所に入った。

「ク、クレア・・・・大丈夫か?」

そこでヤングが見た光景は想像を絶するものであった。

うずたかく流し場に積み上げられた焦げ付いた鍋。

一体何枚割ったのか分からないほど多量にある陶器の欠片。

そしてお皿に載った何だか分からない奇妙な食料の数々。

そしてトドメをさしたのが包丁で指を切って慌てているクレアの姿であった。
 
 
「あ、貴方・・・」

夫であるヤングを見たクレアは目に涙を浮かべると抱きついてきた。

「ご、ごめんさい・・・・私失敗ばかりで・・・」

(うぅ、我が妻ながらなんて可愛いんだ・・・・)

とはいえこのままでは夕飯を食べれそうにない。

ヤングは妻の顔を上げさせるとその瞳を見つめながら言った。

「良いんだよ、クレア。誰にだって失敗の一つや二つぐらいあるもんさ。

俺が夕飯を作るから傷の手当てをしておいでよ。」

「で、でも・・・」

「いいからいいから。」

ヤングはクレアを強引に台所から追い出すと溜息をついた。

「・・・・まずは片づけるとするか。」

ヤングは軍隊生活で鍛えた技術を使って手早く鍋をみがく。

するとあっという間に新品同様に輝きを放った。

「食事の準備に掛かるとするか。」

ヤングは手慣れた手つきで食材を刻むと炒めたり、煮込んだり、蒸したり、揚げたりした。

その手際の良さは主婦顔負けであった・・・。
 
 
 「お、おいしい・・・・」

ヤングがつくった夕食を一口食べたクレアは呟いた。

「そうか、おいしいか。じゃんじゃん食べてくれよ。」

ヤングがそう言うとクレアはよよよと泣き崩れた。

「わ、私料理が下手だから・・・、貴方に美味しい物も作ってあげられない・・・。」

「クレア・・・・」

思わずジーンと来たヤングは愛しい妻を抱きしめた。

「いいんだよ、クレア。練習すれば料理なんか簡単に上手になれるさ。」

「私に出来るようになるかしら・・・・?」

「ああ出来るさ。それよりお土産にケーキを買ってきたんだ。食べ終わったら一緒に食べよう。」

「はい、貴方。」

クレアは潤んだ瞳を袖で拭きながら頷いた。
 
 
 
「このケーキおいしいですね。」

おみやげに買ってきたケーキを一口食べてクレアはにっこり微笑んだ。

「そうか、気に入って貰えて嬉しいよ。また今度買ってくるからな。」

「はい、そうしてくださいね。」

その笑顔があまりにも可愛かったのでヤングは思わずデレーとなってしまった。

「……貴方」

 ことんと頭をヤングに預けながら、クレアは言った。

「二人で・・・幸せになりましょうね。」

「……そうだな、幸せになろうな。」

ヤングは若くて美しくて可愛い妻を抱き寄せた。

「ええ。幸せに・・・。」

 若い夫婦はそっと唇を重ねた。
 
 
あとがき
 ヤング大尉とクレアさんの新婚話を書いてみました。

ヤング大尉・クレアさんと書きたくなるのを我慢しつつ書いたこの話、いかがだったでしょう?
 
始めはクレアさん、普通に家事洗濯料理してなんとなく過ごす時間を書こうと思ったんですが進まないから。

料理下手ということになってしまいました。

でもこっちの方が可愛いからOKかな?
 
 
平成13年1月25日

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