追悼〜泡沫の少女へ〜

 

 

 今、私の手元にはあるペンダントがある。

それはごくありふれたなんでもない量販品である。

しかし私にこれを残して逝った老人にとっては非常に価値のある物であった。

そして老人にこれを残した彼女にも・・・。

これから私は数十年前に聞いた、このペンダントについての由来を語りたいと思う。

 

 

 その店は小さくこじんまりとした酒場であったと私は記憶している。。

それもうらぶれた通りにあるぼろ酒場。

そこが私が当時良く通っていた場所であった。

 

 このような店に出入りしている私だが決して貧乏人と言うわけではなかった。

いや、むしろ金持ちの部類に入ったであろう。

ではなぜこんな所にいたのか?

それは当時、私が駆け出しの作家であり、そのネタを見付けるためにこうして私は変装してまで

このような所に入り浸っていたのだ。

 

 

 そして私が初めて入った店で 私は出会った。その老人に。

それはほんの偶然に過ぎなかった。

たまたま私がその老人の隣に座っていただけだったのだから。

 

 老人は年の頃は60才過ぎぐらいであろうか、身体のあちこちに刀傷を受けており、だれがどう

見ても元軍人というたたずまいだったのだ。

「あのー、すいません。」

私は老人に声を掛けた。

しかし老人は気づかないのか、それとも無視をしているのか。

まあとにかく私の言葉に耳を貸そうとはしない。

普通ならば私は諦めていたことであろう。

こういったことは決して珍しい事ではなかったのだから。

しかしこの時の私は違っていた。

なぜだかは分からない、しかし今考えると私の第六感が伝えていたのであろう。

この老人の話す興味深い話についてを・・・。

 

 「すいません。」

何度目かの呼びかけにようやくと老人は応えてくれた。

アルコールでトローンととけた眼差しを私に向けながら老人は口を開いたのだ。

「何のようだ、若いの・・・」

その時私は初めて気が付いた。老人が東洋人であったことに。

そんな私の心の中に気付いたのであろうか、老人は鼻でせせら笑いながら言った。

「そんなに東洋人が珍しいのか?」

老人の言葉に私は首を横に振った。

そして老人に語りかけた。

「よろしかったら話をしませんか?」

と。

しかし老人はお気に召さないようであった。

カウンターに銀貨を一枚置くと千鳥足でふらふらと酒場を出ていってしまったのであった。

 

 翌日から私は毎日その酒場へと通いだした。

老人から何でもいい、とにかく話が聞きたかったのだ。

もちろん老人は私の相手など全くしてくれなかった。

いつも適当に聞き流し、やがて私を置いて帰ってしまう。

そんな日々が繰り返された。 

そして・・・

 

 「お前も飽きないヤツだな・・・」

とうとう老人は根負けしたのか私の言葉に反応してきたのだ。

とはいえすぐに何か話してくれたわけではなかった。

ただ黙って私の言葉を聞くだけ。

それでも私は嬉しかった。

反応してくれるならばいつか私の願いも聞き届けられると思ったからである。

 

 

 そしてとうとうその日がやって来た。

老人は語りだしたのである。自分が経験したあの日のことを・・・・。

 

 

 

 そのころワシは傭兵をやっていた。

ドルファンって言う国を知っているかい?

 

 知らない?

そうか・・・、あの国が滅んでずいぶん経つからな、無理もあるまい。

まあとにかくワシはドルファンで傭兵をやっておった。

それも一兵卒なんかじゃない、れっきとした小隊長だった。

 

 あのころのワシは今みたいにこんな酒浸りの駄目野郎なんかじゃなかった。

常に自信を持っていてな、自分のやることに責任を持てていたんだ。

今のワシの姿からは想像も出来ないがね。

 

 まあとにかくあれは・・・そう、暑い夏の日の出来事だった。

 

老人はそう言うと語り始めた。

 

 

 

 「あ、あの・・・すいません!!」

俺は突然背後から掛けられた声に後ろを振り返った。

するとそこには顔を真っ赤にした少女が立っている。

「・・・一体何かね?」

問いただすと少女は泣きそうになりながらもきっぱり言い切った。

「わ、私とお友達になって下さい!!!」

「いいとも。」

俺はすかさず返事した。

すると少女は惚けたような顔を浮かべている。

「一体どうしたんだ?」

俺は少女のを覗き込みながら尋ねた。

すると少女は目を輝かせ、嬉しそうに言った。

「あ、ありがとうございます。わ、私はアンといいます。」

そう言うとアンは頭を深々と下げ、逃げるように立ち去っていった。

 

 

 それが二人の出会いだった・・・。

 

 

 その後、ワシとアンは毎週、どこかへ遊びに行くようになった。

まあデートというやつだ。

ブティック・貴金属店・喫茶店・ダンスホール・酒場などなど。

とにかく俺たち二人はどこにだって行った。

二人で過ごす時間がすごくたのしかったんだろうな。

 

 そんな中で印象深いデートが幾つかあった。

いまにして思えばなぜあそこで気が付かなかったんだと思うが若造だったワシにはそこまで気を

回すことなんて出来なかったんだろうよ。

 

 

 「じゃあ着替えてきますね。」

海に着くと早速アンはそう言った。

「おう、早くしてくれよ。」

俺がそう言うとアンは嬉しそうに笑うと頷き、更衣室の中へと入っていった。

 

 (うーん、遅いな。)

既に更衣室に入って20分が経とうとしていた。

いくら女性の着替えが時間が掛かるからといってもこれは遅すぎだ。

だからといって更衣室を覗くわけには行かない。

そんなことをしたら衛兵に捕まってしまう。

困っていると波打ち際の方から俺の名前を呼ぶ声がする。

誰だと思い、声のした方に目をやるとそこには波と戯れるアンの姿があった。

 

 (いつの間に彼処まで行ったんだ?)

俺は不思議に思ったもののすぐにそんなことは頭の中から消し去った。

そして俺に向かって手を降り続けるアンの元へと向かったのだった。

 

 

 「お、おはようございます・・・い、いえ・・・こんにちは。」

約束通り国立公園に着くとやはりいつものごとくアンの方が先に着いている。

「今日も待たせちゃったな。早く来ているつもりなんだが。」

俺の言葉にアンは慌てたように言った。

「そ、そんな待たせただなんて・・・。ただ私が勝手に早く来ているだけなんですから、

気にしないでください。それよりもあちらの方へ行きませんか?私、行った事がないんですよ。」

アンの言葉に俺が頷くとアンは笑い、そして俺の手を取ると走り出した。

 

 アンが俺を連れていったのはトレンツの泉だった。

「ここに来たかったのか。一緒にコインでも投げ入れるか?」

俺はアンにそう声を掛けたがアンは反応しなかった。

うつむいて嗚咽している。

「アン。一体どうしたんだ?」

俺の言葉にアンは涙を瞳にたたえながら、しかし笑顔を見せながら言った。

「な、何でもないんです。・・・ただ泉を見ていたら悲しくなってしまって・・・。」

「泉?」

俺は不思議に思った。

ただ人魚の銅像が真ん中に置かれた、ごくありふれた代物だったからである。

「・・・・、すいません。ちょっと今日は私気分がすぐれなかったんです。」

「無理は禁物だ。家まで送るよ。」

俺の言葉にアンは首を横に振った。

「大丈夫ですよ、一人で帰れます。・・・すいません、ここで失礼させて貰いますね。」

そういうとアンは暗い表情のまま俺の前を立ち去った。

 

 

 今考えるとこの日のことは極めて重要だったんだ。

ただワシが気が付かなかっただけだったんじゃ・・・。

 

 

 「どうだ?今度のクリスマス、二人でパーティーに参加してみないか。」

俺の言葉にアンは目を輝かせた。

「私なんかと一緒で構わないんですか?」

「俺はアンと一緒にクリスマスを過ごしたいんだよ。」

俺の言葉を聞いたアンは顔を赤らめてうつむいた。

「・・・はずかしいです。でもすごく嬉しい・・・。」

その言葉を聞いた俺は黙ったままアンを抱きしめた。

「・・・・・。」

そんな俺の行動に対してアンはただ大人しく黙ったまま抱かれ続けていた。

 

 

 「お待たせしました♪」

サウスドルファン駅前で待っているとアンがやって来た。

今日は王家主催のパーティーに参加するので俺もアンもきちんと正装していた。

そのあまりの美しさに見とれていた俺はアンの

「どうしたんですか?」

の一言に慌てた。

まさか見とれていたなど恥ずかしくて口が裂けても言えない。

そこで俺は誤魔化すように

「それじゃあ行こうか。」

と言ったのである。

それを聞いたアンは頷いたので俺はアンと共にお城へ向かおうとした。

 

 その時、二人の目の前にサンタクロースが現れた。

もっともサンタクロースと言ってもお店の宣伝マンだったが。

そのサンタクロースは俺とアンを見ると微笑んだ。

そして俺たち二人に声を掛けてきた。

「そこのお二人さん、プレゼントはいかがね。」

そう言われて俺はクリスマスプレゼントを用意しなかったことに気が付いた。

どうしようかと悩んでいるとサンタクロースが俺の耳元に口を寄せると囁いた。

「どうだね?安くしておくよ。」

その言葉で俺は決断した。

アンに見られないようにサンタクロースに金を渡すとプレゼントをアンに手渡すように頼んだ。

「どうぞ、お嬢さん。」

サンタクロースからプレゼントを受け取ったアンは嬉しそうな顔をした。

 

 そのまま駅前を離れると二人は城に向かって歩き始めた。

さっき、貰ったプレゼントが嬉しいのか包みを胸に抱きかかえている。

「嬉しいです。クリスマスにプレゼントを貰えて・・・」

本当に嬉しそうな顔をしている。

そんなアンの顔を見ていた俺もつい嬉しくなってしまい、ニヤニヤしていた。

「一体何が入っているんだろう?」

俺が尋ねるとアンは考え込んだ。

「・・・分からないです。包まれたままだと。」

そこで俺はアンに包みを開けてみたら?と言った。

俺としても何をプレゼントしたのか知りたかったのだ。

それを聞いたアンは少し躊躇したもののすぐに頷き、包みを丁寧に開けた。

するとそこから出てきたのは綺麗なネックレスであった。

「ありがとうございます。こんなに素敵なプレゼントが貰えるなんて・・・。私・・・嬉しいです。」

安物なのにこんなに喜んで貰えて俺はなにか申し訳なかった。

そこで

「来年はもっと良い物をプレゼントしてやるからな。」

と言った。

そうすればアンも喜んでくれると思ったのだ。

しかしそう言う反応は一切見せなかった。

というよりもうつむいて地面に視線を落としたのだ。

「どうしたんだ?」

俺が問いただすとアンはどこかぎこちない笑顔を見せ、そして言った。

「何でもありません。それより早くお城に行きましょうよ。」

アンのもっともな提案に俺はアンの手を取ると城へと急いだのであった。

 

 

 城でのパーティーは大変楽しいものであった。

様々な料理にお酒。そしてアンとのダンス。

どれをとってもしがない傭兵にとっては大変に貴重な、そして大事な物であったのだ。

そんな楽しい時間もやがて終わる。

二人は連れだって城を後にした。

 

 「今日はとても楽しかったです。ありがとうございました。」

アンの言葉に俺は嬉しくなった。

アンが満足してくれたからである。

そこで俺はアンを家まで送ろうと声を掛けようとした。

その時、俺の鼻先になにか冷たい物が当たったのに気が付いた。

「何だ?」

俺は寒空を見上げた。

するとちらほらと白い物体が次々と降り注いでくる。

「雪じゃないか。」

俺は思わず嬉しくなった。

故郷を出て早十年、久しぶりに見た雪だったからである。

(アンはどうなんだろう?)

アンはこの珍しい雪にどう思っているのかと横目でちらりと見た。

すると何故かは知らないが非常に悲しそうな目をしていた。

そして降り注ぐ雪を手のひらで受け止めながら呟いたのだ。

「・・・手のひらで溶けて消えてしまう雪・・・まるで私の・・・」

その言葉を聞いた俺は言いしれぬ不安を覚えつつ、しかし何も言うことが出来なかった。

 

 

 しかしいつまでも至福の時間は続かなかった。

 

 外国人排斥法。

殆ど全てのドルファンの国民が望み、そしてそれに政治家が荷担したことによって成立したあの

悪名高い法律。

それワシをドルファンから、そして最愛の人から別れさせようとしていたのだ。

ここドルファンを出ることにはなんら心残りは無かった。

しかしアンとの別れ。

これだけは一切承伏しかねることだったのだ。

そこでワシは出国する前、アンに対して一通の手紙を送ったのじゃよ。

 

 

 

 

 「それでどうなったんです?」

私は老人に続きを尋ねた。

今まで老人が話していたことは全て若かりしころののろけ話のはずである。

しかし老人のつらそうな、悲しそうな顔からはとてもそれだけではないと私の直感が告げていた

のだ。

私に促された老人はグラスに口をつけて酒を飲み、そして言った。

「彼女は・・・アンはワシの前から消えたのじゃよ。」

「消えた!?」

私は思わず聞き返した。

自分の直感が外れたのかと落胆しかかったからである。

しかし老人は私の様子を気に留めることもなく続けた。

「ああ、消えたのじゃよ。ワシの目の前で煙りのごとくな。」

老人の言葉に私は違和感を覚えた。

なにか自分の考えていることと老人の言っていることに大きな隔たりが有るのではないか、

そう思ったからである。

「消えたというのは貴方の前から去ったということなのですか?」

私の言葉に老人は笑い、そして言った。

「そう言うと思ったよ。しかし違う、文字通りワシの前から彼女は消えたんじゃ。

こいつを残して、まるで始めからいなかったのようにな。」

老人はカウンターの上に古びた、安っぽいネックレスを取り出した。

「・・・・・・・。」

私は老人の語った途方もない話に黙り込んでしまった。

それと同時に私はある伝説を思い出していた。

ある港町に伝わる儚くも美しい、そして悲しい結末の物語を・・・。

 

 「こいつはお前にやろう。」

老人はネックレスをカウンターの上に置いたまま立ち上がり、そのまま酒場を立ち去ろうとした。

そこで私は慌てて老人を引き留めた。

「ちょ、ちょっと待ってください。このネックレス、貴方の大事な物なのでは?」

しかし老人は私の問いかけには一切応えようとはしなかった。

そのまま振り返りもせずにそのまま酒場を出ていってしまった。

これが私が元傭兵で東洋人である老人の姿を見た最後だった。

 

 

 

 あの後、私がこの手記を書き終えてすぐに老人が薄汚い路地裏で冷たくなっていたということを私は聞いた。

あれからすでに40年以上の月日が流れている。

その間、私はずっとこの手記を公表しようとはせずに封印してきた。

しかし私が死んだらどうなるのであろう?

泡沫(うたかた)の夢のごとく消えたアンという少女のことを知る者は?

 

 そんな訳で私はこの手記更に手を加え、そして完成させた。

彼女のことを、彼女のその存在を忘れぬために・・・・。

 

 

 

 

あとがき

 とりあえずこの作品は特別企画室「第一回みつめてナイト人気キャラコンテスト」で一位を獲得

したご褒美というか何というか・・・、まあアンSSです。

  この作品を考えたのはアンエンドの後、主人公はどのように生きたんだろう?ということからでした。

そこでこんな変則的な構造を持つSSが出来上がったのです。

 とにかくこの作品は大変苦労しました。

いままでで一番考えて考えて。

それでもまだ充分という気がしないのです。

でもそんなことを言ったらいつまで経っても完成しないし・・・。

そんなわけでとりあえずこれで完成です。

 ただ始めの構想を完全に書き切れたとは思っていません。

自分の筆力不足で不十分な点がまだまだ見受けられます。

もしかしたらそのうち書き直すかも知れませんね。

 

 

2001.01.08


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