稲妻   

見渡す限り田んぼの広がる盆地の真夏の雷は恐怖です。
映画のシーンでなら見た事があるかもしれないですね。
大地を横に走る稲妻のシーンを思い出してください。

でこちゃんは小学生、学校から約8㌔の道のりで、
自宅まで1.5㌔程手前になると、その広~い田んぼの地域を
横断して川に架かる橋を渡ります。
その間に在る物は、樹齢500年を越す老木の聳える神社が一軒。
社守の家が一軒。
村はずれから自宅までは、たった一本の農道だけだったのかな。
あっ、あったあった!高圧の鉄塔が立っていました。
100m間隔くらいに。大きな鉄のロボットみたいに思えました。
この鉄塔が、よけいに雷の恐怖を引き出しすのです。

ある日の朝は、真っ青な空で雲も無くて、そんな大嵐になるなんて
予想も付きませんでした。

放課後の習字の活動を終えて帰宅し始めると、真っ黒い大きな雲の塊が
みるみるうちに空を覆い始め、大粒の雨が降り始めました。
生暖かい吹き卸しの風が舞いました。
びしょ濡れに成りながら田んぼの稜線上に広がる黒い雲の方に目がいきます。
回りの音をかき消すような雨の音とは違う、地面から沸き上がるような
鈍い音がしました。
そして、直後に稜線上の黒い雲の中に、蒼とオレンジ色の稲妻が走るのを
見たんです。

でこちゃんは焦りました。
雲の流れと風の向きで、すぐにその雷が、頭の上にくる事が解ったからでした。
夢中で走りました。
だって、周りには雨宿り出きるような建物もなにもないのです。
それから直ぐの事です。
田んぼ地帯の真ん中あたりまで来た時、頭上を横切る高圧線が
まるで吠えるような唸りを出していることに気が付きました。

でこちゃんの足がとまりました。
瞬間、弾き飛ばされるような衝撃と全身の産毛までが総毛だつしびれを
感じて目の前が白一色になりました。
すごく大きな叫び声が出た筈なのですが、自分の叫び声も消してしまう
大地を突き抜け割れるような音が耳に響きました。

恐ろしいのに閉じる事を忘れた目の前を、横に走る青い色の閃光..。
濡れた身体が宙に浮き、服も髪の毛も肌もびりびりと痺れるようでした。
そしてまた今度は、真上から突き刺すように走り落ちてくる閃光を見た時
でこちゃんの身体は、田んぼの排水溝まで吹き飛ばされたようでした。
自分で俊発的に飛び込んだのか、衝撃に飛ばされたのかはわかりません。
排水溝の泥水から顔だけ出して見たものは、縦から横に二本に別れた閃光が
雨に煙った高圧鉄塔の避雷針に吸い込まれるように流れたいった光景。

時間にしたら、わずか秒単位程の出来事だったかも知れないのですが
でこちゃんの記憶には、まるでスローモーションを見ていたかのように
鮮明な映像になって焼き付けられました。

後になって解った事ですが、この時傘をさしていたら間違いなく
雷の直撃を受けていたと聞かされました。
この日から数日、でこちゃんは寝る度にうなされて
悲鳴を上げ続け高熱を出して病気になってしまいました。

大人になったでこちゃんの記憶には、地の割れるような音と横に走る
青い閃光と、泥水の味が残っています。
多分こういう経験をすると、雷がひどく怖くなると思うのですが、
でこちゃんは、そうでもなさそうです。
不思議に綺麗だと思って見ることが出来るのです。

でこちゃんは、大人になってから、よく山登りに行きました。
ただ,山に登ってる時の雷は恐怖でした。
何処から来るのか解らないし,雨が降らなくても雷は落ちることがあるからです。
実際に何度か突然の雨と雷に合い、高木も何もない平原の斜面にべったり
伏せて過ごしたこともありました。

でこちゃんは子供の時から自然の中で育ちました。
自然の脅威には、時には難儀したこともあったけど、
でこちゃんにとって、稲妻は美しく、雷の轟音は自然界の音楽に
聞こえるそうですよ。


終わり